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第四話 夢の国と非実在男性事情

 何の変哲も無いその町は、日本本州の太平洋側の県、その内陸部に位置していた。

 人口はわずか三万とちょっと、二方向を山に覆われた田舎だ。外部との交通手段は一般道路と電車のみで、自動車道は通っているものの料金所は無く、建設地の土地持ちがちょっと裕福になったぐらいで、むしろ近隣への騒音や排気ガス等が問題になっただけだった。その問題も出来てみたらそれほどでも無かったのだが。

 学校は小学校が五つに中学校が二つ、さら中高一貫校が一つだ。保育園や幼稚園はやや少なく、例にもれず待機児童の問題に役所は頭を抱えている。

 戦後に開発された為、区画整理が割と整っているのも特徴だ。町の東西で綺麗に役割が分かれていて、真ん中の線路を挟んで東側が住宅地、西側が商業地になっている。しかし東南に郊外型ショッピングモールが出来たせいで、西側の商業地は改革を余儀なくされている。

 町の一番東、新興住宅地のある場所は、戦国時代の古戦場跡で、小規模な処刑所跡もセットで付いていた。観光に出来るほどの曰くもなく、しかし曰く付きの土地なのは間違いない為、不確実な目撃情報が後を絶たなかった。それを当時の県知事と町長が対処したのは、前話の通りである。

 しかし近年、その県知事と町長が架空の職業斡旋や人材派遣により多額の紹介料、仲介料を受け取っていたことが発覚し、辞任している。そのまま罪に問われなかったことから、一時期警察との癒着を疑われたりしたが、結局不起訴になっている。

 町のレジャー施設もほとんどなく、大型筐体が入らないゲームセンターと前述したイ〇ンぐらいしか無い。本格的にデート等で遊びたいのならば、電車で四駅ほど行く必要がある。この四駅は、山手線の四駅の三倍ぐらい時間がかかる。慣れればさほど遠く感じないが、実は料金も三倍以上かかるので、毎週末とかの頻度で遊びに行くと、交通費が割と圧迫してくる。因みに、バスは都市までの直通は無い。

 一見すると何の変哲も無いというよりか、むしろヤバめの経済状況を抱えた町ではあるのだが、特になんらかの手を打つことも無く、町民にとってやや不便なまま日々が過ぎていく。





 目が覚めると、そこは窓霊まどれいの寝室では無かった。

 石造りの見たことも無い建築様式の建物が立ち並び、すぐ右手には海、左手の彼方には山脈が見える。気候は不思議なことに感じられない。日が天辺高くに上っていることから昼間なのであろうし、その日差しから暑さを錯覚しそうだが、全く暑く無い。湿気等も感じることなく、海が目の前にあるのに潮の香りもしない。

 町中なのに人の気配も、生活の匂いも、風が撫でる様子も、音も何も感じない。この場所は一体、何処なのであろうか?


「夢の中ね。ここ」


 夢でした。

 窓霊は落ち着いた様子で周囲に目を配り、そして前に歩き出す。たまたま向いていた方向というだけで、何が有るかは分からないし、分かる必要も無い。しかし、その足取りに迷いも不安も見られないことから、窓霊にはここが何処か心当たりがあるようだ

 何時もの部屋着のワンピースなのは素直に助かった。夢の中の服装は、何時も着ている物とは限らないからだ。露出が激しかったり、センスが酷かったりした場合のメンタルダメージはヤバい。精神攻撃は悪霊にも効く。しかし服装は、夢の内容や夢を作った犯人次第なのだ。

 夢の中に出てくる霊はそれなりに居る。女性だったりサルだったり鬼や妖怪だったり、夢の中の国にはネズミまでいる。しかし、周辺の様子からでは特定出来る情報が無い。結局、何処まで歩いても景色は変わらない、相変わらずやけに四角い石造りの建物が続いているままだ。

 まあ、分からなければ、取り敢えず呼び出せばいいのだが。


「これ以上、私を歩かせるなら、後で覚えていなさい」


 窓霊は、よく通る声で周囲に呼び掛ける。……呼び掛け?

 一声掛けてから、待つこと数分。建物の陰から一人の女性が出てきた。紺のブラウスにクリームのロングスカート。黒髪は背中まで伸ばし、中ほどで一つに纏めている。一言でいうなら野暮ったい女性だ。


「覚えていて下さるのなら、幾らでも歩いて頂いても構いませんが?」


 優しそうな表情、その柔らかそうな唇からおっとりと声が漏れる。

 そんな女性を忌々し気に睨む窓霊。


「やっぱりあんたか、カシマレイコ」

「はい。ようこそいらっしゃいました」


 カシマレイコと呼ばれた悪霊が軽く手を払うと、その場にテーブルとイスが出現する。カシマレイコがどうぞとイスを進めると、窓霊は乱暴にイスを引き、どかっと腰掛ける。


「はしたないですよ?」

「うるさい、要件は何よ?」

「言わなくても、分かっている筈ですよね」

「……まあね」


 窓霊は茶を飲もうとテーブルに手を伸ばし、そう言えば、茶すら出ていないなと、目の前の気が利かない悪霊を睨みつける。


「なんか茶でも出してよ」


 テーブルを指先で数度叩いて要求する。

 とりあえずイスに座ると、茶が飲みたくなるそんな窓霊。悪霊に尿意が無くて良かった。

 そこで出てきたのが缶コーヒー。


「ハマってるんです」


 しかし、何故かそこには三缶ある。窓霊が疑問の視線をカシマレイコに向ける。


「もう一人、お招きしています」

「ここ、私の夢でしょう? なに勝手に連れ込んでるのよ」

「同居人を仲間外れにするのも、忍びないのではありませんか?」

「同居人? まさか」


 ちょうど計ったかのようなタイミングで、向こうからふよよよよと巫女さんが飛んできた。天色の髪をなびかせた十五、六ほどの巫女装束の少女、おコトちゃんだ。


「ご主人さーん! 良かった。目が覚めたら知らない所に居て、凄い不安だったんですよ!」


 べそかきながら両手を広げて抱きつこうとしたおコトを、イスに座っまま上半身だけで避ける窓霊。スキンシップにやや抵抗がある寂しがりやは、やはり面倒くさい。

 まさか、避けられるとは思っていなかったおコトは、そのまま机に顔から逝く。机を巻き込み転んで大惨事かと思いきや、机はその場に固定されていた為、おコトは額をぶつけ、首を捻り、反動で仰向けにひっくり返り、しかし机と缶コーヒーに被害は出ずに事なきを得た。


「せっかくのコーヒーが、こぼれてしまいます」


 自分も着席し、缶コーヒーを楽しんでいたカシマレイコが良い笑顔でそうのたまう。机を固定したのはカシマレイコ、この夢の支配者だ。


「あんた、非道いわね」

「あなたも大概だと思います」


 二人で、痛みで悶絶して地面を転がる巫女少女を眺める。




「あ、あの、ここは何処で、この方はどなたなのでしょうか?」


 やっと痛みが引いて、起き上がり服の汚れを叩いてから、おコトが口を開く。それまでに十分近く掛かったが、その間テーブルの二人は優雅に缶コーヒーを味わい、その味の違いについて議論していた。

 問われてカシマレイコは席を立ち、一礼してから名のる。


「始めまして。カシマレイコと申します。彼女の古い友人です」


 カシマレイコは窓霊に目線を向けながら話す。


「カシマさん、ですか。こちらこそ、始めまして。ご主人さんのお家でお世話になってます、おコトと言います」

「フルネームか、あるいはレイコとお呼び下さい」

「いえ、カシマさんで」


 おコトは頑なに、レイコと呼ぶのを拒否する。何故だろうか。


「ちょっと、何となく受け付けないので」


 割と酷い理由だった。



 お互いの自己紹介が済んだ後に、おコトはカシマレイコの詳細と現状の説明を受けた。

 カシマレイコとは、夢の中に現れる悪霊だという。

 夢の中に唐突に表れて様々な条件を突き付けてくる厄介な奴で、条件がクリア出来なかったら夢から目覚めず、そのまま死んでしまうという。しかも条件をクリアしてもまだ安全ではないらしい。ここにいるのは霊ばかりなので死ぬことは無いが、夢から覚めるには条件クリアが必要との事だ。なんて面倒くさい。


「なんて面倒くさいのかしら」


 窓霊が吐き捨てる。家から出ない、いや出られない窓霊にとって、夢とは言え滅多にない外の散策はただただ面倒くさいだけらしい。まあ、日差しも風もなにも感じなければ、アウトドア派でも嫌になりそうだが。

 あれから三人で缶コーヒーブレイクを堪能した後、カシマレイコの先導で最初の条件を満たす為に移動中である。すでに町を抜けて、林の中の未舗装の道路をダラダラと歩いている。

 この夢を作り、条件を設定したのはカシマレイコだが、条件の内容は完全ランダムで、カシマレイコ自身も条件クリアの例外にはならない。つまりカシマレイコは他人の夢に現れる度に、この面倒くさい条件をクリアしているのだという。


「せめて傾向とかはないんでしょうか?」


 おコトはふよふよと空中を移動している。彼女は短距離以外は基本、浮いている。


「実際に条件を達成する段階になれば、場合によっては色々と解ることもあります。ただ、その場合はカンニング防止として、必要なことが喋れなくなりますが」

「なるほどー。よく出来ていますね」

「面倒くさいわね」

「ご主人さん、さっきからそればっかりですよ。もっと楽しいことを考えましょうよ」


 指摘されて黙ってしまう窓霊。反省したとかではなく、もう口を開くのも面倒くさいのだ。

 そうこうしていると、道の前方に大きな建物と、その建物の一階中央に道をふさぐ形で門が見えた。例えるなら関所のようだ。


「あれは第一の条件ですね。関所になります」


 カシマレイコが説明する。関所だった。

 そして、関所にたどり着く窓霊一行だが、そこには先客がいた。この世界を作ったのはカシマレイコだが、この夢自体は窓霊の夢だ。だからこの二人のどちらかが認めないかぎり、新しい人物は登場できないハズなのだが、在りえない乱入者に対し一行に緊張が走らない。

 どうやら、窓霊とカシマレイコには知己の相手で、おコトはそもそもこの夢の世界のシステムを正しく把握していない。

 その先客、スーツを着た男の様だが、一行を認めると笑顔で寄ってきた。その笑顔は裏表がないとても素直な表情で、垂れ下がる目じり、膨らむ鼻の孔、変な笑いの口と、どう見ても下心満載である。そこは裏に隠しておけよと言いたい。

 太い眉に広い額、薄そうな毛髪と厚い唇。背丈は男性としては低く全体的にあまり容姿に恵まれてはいない。

 その男の様子をみて、窓霊とカシマレイコがげんなりした表情を見せる。割と表情豊かな窓霊と違って、登場からずっとおっとり笑顔のカシマレイコの表情が初めて崩れた瞬間だ。


「this Man…」

「モスマン?」


 男の正体を呟いたのはカシマレイコだ。this Man。ただの男とでも呼ぶべきか。

 その正体は、世界中の人たちの夢の中に登場したと言われている男の事だ。ある精神科医が患者から相談を受けた。同じ男が連続で夢に現れるというのだ。それで実際にモンタージュで製作した男の顔をネットで公開したら、なんと世界中から同じ男が夢に出たとの声が上がったのだ。その正体は不明。目的も不明。出てくる夢に規則性は無く、夢の中での振る舞いにも共通点は無い。

 ただその顔だけは強烈に印象に残るらしく、軍事兵器だ洗脳だと騒がれたが、結局、モンタージュで作られたその顔以外に何も分からなかった。

 ちなみに、モスマンとはアメリカで目撃された羽の生えた人間型の未確認生物である。おコトが空耳した結果だが、よくモスマンなんて知っていたものだ。もちろんthis Manとは何も関係は無い。

 そのthis Man、通称ティムは、嫌らしい下心満載の笑顔のまま三人に近づいてきて、カシマレイコが生み出したバットを使った窓霊によってフルスイングされた。

 

「やは! 久しぶりだねっ、美女たちよぎょおっ!!」

「うるさいわね、打つわよ?」

「申し訳ありません。ティムの方が能力が高いので追い出せません」

「えっとお、ご主人さん、この人は?」


 事態を把握出来ていないおコトの質問はスルーされた。

 フルスイングのダメージから回復したティムは、今度こそしっかりと立ち上がり挨拶を始めたが、軽薄な発言の度に窓霊のバットの餌食になり話が止まるので、とっとと要約すると、世界中の人々の夢を渡り歩く能力で、世界中の老若男女(DEAD OR ALIVE)に粉かけていたらしい。

 しかも性質が悪いことにその能力の高さから、夢に入り込まれたら追い出すのは至難の業なのだ。何せ彼の噂は世界規模だ。噂の質や量が力に影響を与えるのであれば、それは世界でも上位の能力があることと同義だ。厄介極まりないことではあるが。


「それだけ? あんた、夢に出る悪霊系の中でも、かなり上位の能力があるのに」

「それ以上に、何が有ると!? 愛と繁殖こそ生きとし生けるものの責務でしょうが!」

「あの~、お約束ですが、私たちは死んでますよ?」

「性別も年齢も生き死にも無視しておいて、何を仰っているのでしょうね」


 窓霊は結局、ティムの存在はスルーすることにした。どうせカシマレイコの影響で夢から出るには面倒ごとが待っているのだ。今すぐ目覚める事が出来ないのだから、同行者が増えようが減ろうが、割とどうでもよかった。減るのは良くなのでは、とはおコトの弁。


 一行が道を塞ぐ関所の前までくると、道を塞ぐ門ではなく、その横にあるドアから大勢の人間が出てきた。

 すでにいろいろ面倒くさくなっている窓霊、夢世界の支配者であるカシマレイコ、軽薄で能天気っぽいティム、相変わらず状況を把握しきれていないおコトと、大勢の人間に囲まれても特に警戒しない弛みきったメンバーだった。


「なによ?」


 開口一番ケンカ腰の窓霊。

 集団の中から、一人の爺が一歩前に出てくる。


「ワクワク二択問題!!」


 説明しよう。

 ワクワク二択問題とは、門を通るために出題された二択問題に答えることで、門の通行許可を得るオリジナリティに溢れた斬新な出題方法である。

 問題は一問。試案時間は十秒、AかBで答え、曖昧な回答は却下。その他ルールは臨機応変で。回答権は全員で一回。

 以上。


「準備は良いか?」

「ちょっと待って、この男は別グループだから。さ、this Man。先に答えなさい」

「なるほど、それで傾向を見ようってことだね? じゃあ代わりにそのおっばぁごほぅい!!」

「セクハラはバットの刑よ」

「あの、バットで首を狙うのは如何なものかと? ご主人さん?」

「どうせ死なないのですから、問題はありませんよ」

「準備は良いわ」


 地面に沈められたティムを横目に、窓霊はティムへの出題を求める。

 一応、ティムの状況を心配する爺だが、窓霊が一蹴する。

 そうこうしている間に、回復したティムがのそのそと起き上がり、爺に向けてサムズアップ。爺は頷き、口を開く。


「問題。ででん。母親と恋人が崖から落ちそう。助けられるのはどちらか一人。A、母親。B、恋人。さあどっち?」


 何てことだ出された問題は万人共通の正解がない不可思議なものだったのだ。


「B!」


 なんとティムは即答。「さすがに、母親とは、その、アレはちょっとね?」などと最低な回答理由も自主的に述べる。「アレって?」とおコトが首を傾げるが、さすがに業が深いですよthis Manさん。


「通りな」


 門が開けられ、ティムは集団全員をナンパしながら(出題者の爺含む)、門をくぐる。そして足元に突如現れた落とし穴に落ちていき、穴は塞がり、その場には不快な男は居なくなっていた。

 門は再び閉じて、爺は今度は三人に向き合う。


「さあ、問題だ」

「あ、あの、ちょっと待ってください。門が開いたってことは、今のはBが正解って事ですか? お母さんだって大切だと思うんですが、ちょっと納得がいきません」

「ここからは無駄口禁止だ。問題。デデデン。息子と娘が崖から落ちそう。助けられるのはどちらか一人。A、息子。B、娘。さあどっち?」


 爺のカウントが聞こえる中、おコトは困惑する。正解がない問題で正解しないと夢から覚めないなんて。

 どうすればいいのかと、この世界の支配者であるカシマさんを見る。カシマレイコは冷静だった。じゃあと窓霊を見る。窓霊も冷静だった。

 おコトは二人が冷静なら自分が考えるまでも無いなと、回答をとっとと放棄した。


 カシマレイコは冷静に窓霊に視線を送る。


(あなたにも聞こえたはずです。これは簡単なトリックです。先ほどの男性は通れと言われただけ、正解とは言われませんでした。その証拠に、目の前で落とし穴に落ちていった男の悲鳴が聞こえました。つまり正しい回答では無かったのです。AかBでしか答えられない、しかし正解は無い。ならば答えはそう、沈黙)


 「八、九、十! 終了。正解は、そう、沈黙」


 カウントが終了し、爺が正解を宣言する。結局、十秒間口を開かなかった窓霊一行は正解したのだ。安堵するおコトとカシマレイコ。窓霊はゆっくりと爺のところまで歩いて行くと、手に持ったバットでお年寄りのお爺さんを一発。


「え?ちょっとご主人さん!!?」

「……待たされてやったんだから、これぐらいの返しは当然でしょ」


 答えはそう、沈撲。


「ご主人さん、さっきから何か殺伐とし過ぎですよ! 今日はどうしちゃったんですか?」

「せっかくの睡眠を邪魔されて、機嫌が悪いのですよね?」

「邪魔したのはあんただけどね」


 窓霊は寝るが、悪霊は寝なくても別に困らない。睡眠で疲労はとれないし、そもそも肉体的疲労とは縁が無いのが悪霊なのだ。窓霊も例に漏れない霊であり、彼女が睡眠に求めるのは心労の回復だ。心の疲れを癒すために寝るのだ。

 だからこそ、睡眠をダイレクトに邪魔されている現状が窓霊を苛つかせるのだ。


「それに、ここの連中は夢の国の住民だから、実在するわけじゃないのよ」

「え!? そうだったんですか?」

「はい。その通りですよ」


 要は、だから殴っても大丈夫ということらしい。

 その後は窓霊が散々急かし、門を開けさせ通っていく一行。一瞬だけ不快な何かが合流していたような気もするが、気にする事無く先へ進む。




 その後は、まさに波乱万丈であった。

 カシマレイコの夢の世界は、これでもかと達成すべき条件とやらを突き付けてきたのだ。いや、条件などと生ぬるい表現などペッと捨ててしまって、今後は試練とか苦難とかを採用すべきではと思えるほどだった。

 おコトが〇×の書かれた板の正解と思える方に飛び込んだり、おコトが小麦粉の中にある飴玉を手を使わずに口で必死に探したり、おコトが遥か上空からスイカダイビングで光球で出来たリングをくぐりながら的の中に着地したり、おコトがハンマー投げでゴルフをして飛距離を競ったり、おコトがロンドンでテロに遭った大統領を護衛しながら犯人を追跡したり、おコトが空から降り注ぐサメを退治したりした。



 現在はカシマレイコが出したテーブルとイスとベッドで三人とも小休止中だ。

 ここは見渡す限りの緑の絨毯が、色鮮やかに目の飛び込んでくる。

 雲一つない青空とのコントラストも素晴らしい。風や匂いが感じられないのが本当に残念なほどだ。

 比喩でなく、緑の絨毯だ。夢って、なんでもありです。

 カシマレイコによると、試練も残すところあと一、二回だという。最後のもうひと踏ん張りの前に、最後の晩餐といったところか。


「おコトちゃん、あと少しよ。頑張って」


 窓霊が、見たこともない慈愛の籠った表情で、おコトに笑いかける。もしその笑顔が噂になれば、悪霊どころか神か仏かと噂され、神格化されてもおかしくないほどである。

 手には上等の磁器と中に満たされたドアーズ茶。夢の中は香りが再現されていない為、正直紅茶を楽しむには不向きではあるが。


「おコトさんの頑張りのお陰で、順調にクリア出来そうですよ」


 カシマレイコは相変わらずのおっとり笑顔だ。母の様にすべてを包み込むその笑顔を向けられれば、どんな犯罪者であろうともたちまち昇天してしまうだろう。

 テーブルには相変わらずの缶コーヒー。今回はやや高めのデミ〇ス缶だ。あれは飲み足りない事もよくある。


「……いや、も…もう無理…で…す」


 おコトは今にも消えそうである。悪鬼か幽鬼かといわんばかりの顔色で、その表情には生気が感じられない。ベッドに投げ出した四肢はピクリともせず、山の神どころかこっくりさんで降霊しても、十円玉の重量に潰されそうなほど弱っていた。



「あ、あの、普段はどうされてたんですか? こ、こんな内容を、ご主人さんがこなしてたとは思えないんですが……」


 それなりの時間、おコトはベッドに横になっていたからか、体調もだいぶ回復してきたようだ。まだベッドで横になっているが、顔色が幽鬼から幽霊ぐらいには良くなってきた。


「………」


 優雅に紅茶を飲む窓霊。


「………」


 優美に缶コーヒーを飲むカシマレイコ。


「え? ちょ、なんで無言なんですか? そんな、答えづらい質問でしたか?」


 おコトは思わず体を起こす。

 二人が黙っているのはただのSっ気なのだが、普段の窓霊は予想通り、条件をクリアしていない。難易度が軽くなるわけではない。カシマレイコの言うと通り条件の内容はランダムなのだ。早い話、窓霊は条件をクリアせずに寝たままなのだ。一か月ほどぐっすり眠っていれば、カシマレイコの呪いが消えて目が覚めるわけだ。

 もちろん普通の人間がやれば死ぬ。睡眠中に病院等で栄養を摂取させられていても死ぬ。魂が夢の中に捕らわれたままだからだ。普通の幽霊でも下手すると死ぬ。同様に魂が捕らわれる訳だが、人間と違い魂その物な幽霊は、捕らわれ続ければ力をすり減らし、そのまま消えてしまうだけだからだ。

 窓霊は別の体を山ほど持っており、本体が寝ていても構うことなく日本中で覗きまくっている。覗く度によく分からない力をよく分からない方法で吸収しているので、どれだけ寝ていても力尽きることが無いのだ。ちなみに、花子さんも同様の方法がとれる。まあ、彼女は嬉々として条件をクリアしていくだろうが。

 余談だが、カシマレイコの条件も普段はここまで酷くはない。今まで無視し続けていた窓霊が挑戦するとあって、夢の中の条件を司る部分が妙に張り切ってしまっているのだ。カシマレイコ自身もその辺のシステムは把握しきれていないのだが。


 「次の条件が、来たみたいね」


 窓霊が明後日の方向に目を向ける。残り二人も釣られて向けると、そこには壁も無いのに、二つの扉と二つの窓がポツンと存在していた。


「窓と扉? 反対側には何も無いようですが?」


 おコトはベッドから立ち上がり窓と扉に近づいて行く。


「私達も行ってみましょう」


 カシマレイコの誘いを受け、窓霊はカシマレイコと二人で歩いて行く。

 二人が現場に着くと、先に到着していたおコトが立て看板を読んでいる。遠目には気づかなかったが、いつの間に現れたのだろうか?

 カシマレイコがおコトに看板の内容を尋ねると、おコトは何故か大げさに肩を竦ませた。そして恐る恐るといった感じで看板からこちらへ顔を向ける。その表情は真っ青だ。


「どうしたのよ、おコトちゃん?」


 窓霊が心配して覗き込んでくる。さっきまで、おコトに過酷な試練を全て押し付けていた霊と同一霊だとはとても思えない。


「いや、あの……これ」


 おコトが看板を指さす。そこにはこう書かれていた。


【窓から中を覗き、正解の扉を開けよ。さすれば夢からおはよう出来るだろう】


「おはようは無いわね」


 眉をしかめる窓霊と、一応この看板の主でもある、苦笑しか出来ないカシマレイコ。しかし、内容そのものは予想の範囲内だ。扉が二つあればそれは二択問題と一緒だ。少なくとも青ざめる要素は特に見当たらないので、じゃあ中が問題なのかと、窓霊とカシマレイコは窓から中を覗き込む。


 右の窓には、おコトがメリーや花子、カシマレイコと共に、貧乏生活をしている様子が展開されている。


 左の窓には、おコトが窓霊とともに豪遊している様子が展開されている。


「………」

「………」

「………」


 貧乏おコトは、貧しいながらも日々を一生懸命生きているようで、笑顔が絶えない。

 豪遊おコトは、無駄遣いにもほどがある。買った車をすぐに人にあげたり、挙句に札束をばら撒いたりしている。かなり下品だ。笑顔はあるが、目が死んでいる。


「どちらを選ぶかで、心の有りようを問うているのでしょう」


 カシマレイコの分析で、間違いないのだろうが、問題が一つ。


「……左にしかご主人さんが居ないんですが……」


 一般的には清貧であることの美しさとかを求めるのだろうが、


「まるで、私が駄目みたいな扱いね」


 とまあ、本人を目の前に選択が出来るのかどうかが問題だ。

 おコトは大きくため息を吐くと、後ろで面白がっている二人を無視して左の扉を開けた。それはもう、なんの前振りもなくがばっと開けた


「「えっ!?」」


 窓霊もカシマレイコも、悩むことなく左を開けたおコトに驚く。どう見ても左はハズレだ。


「おコトちゃん、どうして…?」


 窓霊が信じられないといった様子で、おコトに視線を向ける。


「当たり前じゃないですか」


 後ろ姿のおコトが弾んだ調子で答える。

 その声はまるで、無く子も後悔で笑うしかないんじゃないかってほど重い。


「どんな時でもご主人さんと一緒がいいです」


 そう言って、おコトがこちらを振り向き、その笑顔を窓霊に見せる。

 その表情はまるで月の無い夜の如く、暗く沈んでいた。


「どっちに進んでも地獄なら、今怒られるのを回避しようとでも思ったの?」

「あ、わかります?」

「顔に書いてあるわ」

「私って器用な顔なんですねー」


 にやにや笑う窓霊と、笑うしかないおコト。笑顔って一口に言っても、いろいろあるんだなーと思いました。


「それでは、条件も整ったようですし、そろそろお目覚めの時間のようですね」


 手を打って二人の視線を集めたカシマレイコが、そう言って場を締め括ろうとする。


「え? 失敗したら目が覚めないのでは!!?」


 おコトがビックリして、カシマレイコに詰めかける。


「そうですよ?」

「え、でも……」

「最後の問題、何も無かったのなら、左が正解だったってことですよ」


 困惑するおコトだが、カシマレイコは正解を教えない。全ての条件を達成した今、カシマレイコはこの夢の世界ではまさに全能だ。当然、最後の選択の意味も答えも把握していた。


「ご主人さん、これってどういう事だと思いますか?……え?」


 おコトが窓霊へと視線を向けると、なんと彼女は何時の間にか現れたベッドに横になっているではないか。


「さっさと寝て、さっさと起きるわよ」

「あの~?」

「こちらでベッドをもう一つ用意しました。眠って下されば現実に戻れますよ」


 夢から覚める為には、夢のなかで寝る必要があるという。斬新だ。

 状況の急展開についていけていないおコトだが、最後に確認しなければならないことが有る。


「あのカシマさん、夢から覚めても安心出来ないって、どういうことですか?」

「ああ、それは単純です。私が出る夢は予告なのです。一週間後に現実で姿を現し殺してやろうっていう」

「え」


 カシマレイコが窓霊に向き直る。


「という訳で、一週間後に遊びに行きますから、よろしくお願いしますね」

「……分かってるわ」


 最初から一貫して本題はココなのだ。夢に現れて、ちょうど一週間後に再登場し、夢に出た相手を呪う。それが、このカシマレイコの力なのだ。

 カシマレイコ、という悪霊が居る。居るんだが、噂などがあまりに多様化しており、イメージの統一が出来なかった。苦肉の策として作者が子供のころに読んだ、怪談の本から設定を拝借しました。

 夢の中に現れ、条件をクリア出来なければ目が覚めず、条件をクリアして目が覚めても一週間後には再びカシマレイコに襲われる。回避方法もあるのだが、思い出せませんでした。


「じゃあ、この騒動って一週間後の約束の為だけに……?」

「面倒くさいでしょう?」


 呆然とするおコトと、我が意を得たりとドヤ顔の窓霊。


「……寝ます」


 もう喋る気力も無いのか、もそもそとベッドに潜り込むおコト。


「それでは、準備もよろしい様なので、今から夢の国を解除いたします。お疲れさまでした」


 カシマレイコが優雅に一礼すると、窓霊もおコトも急な眠気に襲われる。

窓霊は素直に目をとじて、今日は大変だったなあと、もう一日が終わった気になる。


「おやすみなさいー」


 すぐ、おはようなんですけどね。




 カシマレイコは今、どこでもない空間で、遊園地に有るような、おさるの電車に乗っていた。子供用の簡易アトラクションのアレだ。

 彼女はおコトの最後の選択について思いを馳せていた。あの設問は単純に、「誰と居たいか」が正解になるように設定されていたのだ。清貧とかダミーで、要は誰が好きか本心を語れと言うことだ。あそこでおコトが清貧云々に騙されて右を選んでしまっていたら、きっと夢から覚めなかっただろう。

 そんな古い友人に出来た、新しい交友関係に温かいものを感じながら、カシマレイコは突然流れてきたアナウンスに意識を向けた。


「次は~、活け造り~。活け造りです~」

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