第三話 赤い袴と緑の電話事情
何の変哲も無いその町に、何の変哲も無いそこそこ大きな一軒家があった。二階建ての5LDK、駐車場有、庭有。二人暮らし。
その変哲も無い家は、住宅地の真ん中に普通に建っているので、当然に周囲も住宅地だ。築年数はやや古いが、大きめのお屋敷が建ち並ぶその住宅地は、戦後の再開拓の初期の入植者達が、権利として勝ち取った土地に高度経済成長期の波に乗って建てた物だ。
そんな中に窓霊の家はある。普通にある。
その住宅地から学校を挟んで反対側に有る別の住宅地は、近年、建て売りされたばかりの家々が並ぶ。
その土地は、地元では有名な古戦場跡で、小規模ながら処刑場もセットで付いた、立地に対してお安いながらも、開発が進んでいない不良物件だった。
だった、のだ。過去形になったのには当然、理由がある。古戦場跡にはもちろん出るのだ。三話目だし、悪霊は普通にいるのはお分かり頂いている事だろう。
お約束通り、その場で散って逝ったサムライ達の霊が、成仏もせずにたむろしていたのだ。何が未練で現世に留まっているのか、地元のローカル局が取材を敢行した結果、
「俺らってー、戦うしか出来ない不器用な存在だしー。平和に成って行き場を無くしたしー。将来に夢も希望も無いってゆうかー」
と、返ってきた。落ち武者ヘアーの落ち武者から。
将来が有るのかとか、平和になって何百年経つと思っているのかとか、当時は職業軍人は殆ど居なかっただろうとか、色々言いたい事もあったが、それを受けた当時の県知事と町長が、再就職先を斡旋した。
そして、浄化された古戦場跡にニュータウン的なものが出来上がったのだ。
新しい霊生をスタートした落ち武者達を見たいのなら、ウォービング・デッドというアメリカドラマをお勧めする。見た目ゾンビな落ち武者ズは、ゾンビ大国アメリカで、特殊メイクの必要が無いゾンビエキストラとして、充実した日々を送っていた。
改めて記すまでも無いことだが、フィクションといえども、この世界でも幽霊の存在は認知されていない。某有名な、ボディコン悪霊退治マンガの世界とは違う。
そんな何の変哲も無い新旧住宅街だが、昨今は特に噂も無く、平穏な日々が流れている。いつでも悪霊が頑張っていると思ったのなら大間違いだ。
***
人身御供という風習をご存じだろうか。端的に言えば、人の手に負えない自然災害や疫病、飢饉などを神の御業と捉え、人命を捧げることによって神から許しを得ることを言う。
詳しい説明は省くが、日本では神道の価値観も手伝って、各地で人身御供が行われていたという設定だ。伝承はあっても一番の物的証拠である生贄の遺体は当然残っておらず、人道的にも早々に代替品で済ますようになっていったので、知名度程の証拠は残っていない。ちなみに、一番新しい物証付きの人身御供は一九一四年のトンネル工事のものだ。意外と最近なのでビックリである。
日本語で言う精霊信仰が強い地域や文化ほど、人身御供が行わていたようだ。日本の神道も精霊信仰の一形態である。
さて、日本は火山と水害と地震との付き合いこそが、日本の歴史そのものであると言っても過言ではないだろう。
ある火山では、ずっと昔に山の神の怒りを抑えるために、一人の少女が人身御供として選ばれた。村でも若く、美しく、処女だったからだ。彼女は村の為、皆の為、家族の為に命を投げ出し、山の神の怒りを鎮めることに成功したと、由来の神社では記録に残されている。
***
窓から覗く霊の朝は早い。霊なのに早起きってどういう事だよとお思いかもしれないが、彼女の獲物は通勤や登校途中の清い男性である。幽霊は夜出るものと相場が決まっているとかは無い。
それもこの間までの話。最近の窓霊の朝はちょっと遅い。起床は大体八時ぐらいで、すでに獲物は出勤済みである。今日も彼女の朝はゆっくりだった。
寝室では、窓霊がぐっすりベッドで就寝中だ。悪霊って寝るのかなんて疑問が吹き飛ぶほどぐっすり睡眠だ。もう獲物は家の前を通らない。フィッシングは諦めたのであろうか。しかし、窓には窓霊さんポップが設置済みだ。では、設置した後に二度寝したのかと言えば、違う。
寝室のドアをノックする音が聞こえ、一呼吸置いて開かれる。一応ノックの返事を待っていたようだ。ドアから入ってきたのは白衣に緋袴のいわゆる巫女装束の少女だ。歳は十五、六くらいで、天色の髪を腰まで垂らしている。足元は白足袋に草履と服装に合わせているが、床から浮いている。足が地面に付いていないのだ。
そして極め付けは彼女の周りに浮かぶ人魂が数個。つまり巫女装束の少女は幽霊だったのだ。
ふよふよと空中を移動した巫女少女は、窓霊が寝ているベッドまで近づくと、そっと声を掛ける。
「ご主人さん。朝ですよ。おきてくださーい」
優しく優しく声をかける。両手をそっと布団の上から添えて、優しく揺さぶる。なんかもう存在自体が優しさで出来てるんじゃなかってぐらい優しい。
彼女の起こし方は、むしろ安らかに眠れそうなほど優しかったが、そこは悪霊。そもそも眠る必要はそれほど無いので、外からの刺激で窓霊はアッサリと起きる。
「……あらおはよう、おコトちゃん。いま何時?」
「もう八時を過ぎてますよ」
「そう」
窓霊はベッドからむくっと起きると、何時もの様に一階の洗面所へ向かい、寝ぐせの付いていない腰までの黒髪など、身だしなみを整えて寝室に戻ってくる。
そこではすでにベッドメイクを済ませた、巫女少女のおコトが待っていた。リネンは取り替えていない。悪霊は汗とか出ない。寝てたから皺が付くぐらいで、これもその気になれば付かない。悪霊は物理法則ですら自由自在だ。
寝室で昼間用の寝巻きに着替えた後、もう一度一階に降りて仕事場として使用している部屋へ向かう。内職部屋だ。
おコトは彼女の後ろをふわふわ付いて行き、今日のスケジュールを説明する。そもそも引きこもりの窓霊のスケジュールなど、たかが知れているのだが。
午前中の窓霊は内職だ。仕事はちゃんとしないと、いざという時にお金はあったほうが良い。あの世の沙汰も金次第だ。おコトはというと、
「あの、お庭の改造とかしても良いでしょうか?」
とか言ってきた。
「庭の改造? なにかイメージが有ればそれに変換してあげるわよ」
庭も窓霊の能力範囲内だ。思った通りに変換できる。日本庭園でもイタリア式庭園でもフランス式庭園でも自由自在だ。ただ、広さは自由とはいかないが。日本狭い。
「いえ、時間があるので、園芸をしてみようかと」
「えんげい?」
「はい。お家で出来る趣味を見つけようかと思いまして」
「別に外に出ても良いのよ」
「でも、それだとご主人さんが一人に……」
ばつの悪そうな表情をするおコト。優しい彼女は、窓霊の寂しんぼ属性に敏感に反応することがある。窓霊自身もそういったおコトの甘やかし属性に期待して同居を強行した節があるのだが、残念ながら、彼女の心には残念な鬼が潜んでいる。
「何よそれ。あんたを拾ったのは雑用をさせる為だから、自由時間は好きにしても良いのよ?」
「ハイ。だから好きにします。お庭をいじっても良いですか?」
「……好きにしなさい」
「!! ありがとうございます!!」
満面の笑みでおコトが頷く。だが、彼女は知らない。天邪鬼で面倒くさい寂しがりやなとある悪霊が、すでに庭を背丈が2メートル近い謎植物で覆っていることを。優しさに慣れないボッチは、ついやらかす。
嬉々として、鎌やらスコップやら植木鉢やら準備したおコトが庭に向かう。
「うわーーー!! な、何ですかこれ!!」
人身御供で命を投げ出したおコト(仮名)は、本来ならそのまま山神になる筈だった。しかし才能が無いとかで神様の人事部から解雇されてしまい、途方に暮れていたのを窓霊の知霊に拾われ、ここまで連れてこられたのだ。
別に大きな妖怪とのバトルが裏事情であったりはしない。それはよく似た別の話だ。おコトの情報には個人を特定出来るものは無かった。ありふれたプロフィールがおコトの個性だ。マジで。
窓霊が彼女を引き取ったのは、ぶっちゃけ寂しかったからなのは前述した通りだが、二人暮らしを始めて、もうそれなりに日々も過ぎた。その間、変わった事も無く日々は平和に過ぎていった。
強いて言えば、テレビで出た傷害事件の犯人の似顔絵が、大きなマスクを着けていた事ぐらいだろうか。犯罪を犯すのだから、顔を隠すぐらいは普通だろう。痴女のもつれとか、不倫がどうとか言っていたが、興味もないので覚えていない窓霊であった。
正午を過ぎて、仕事を終わらせた窓霊は屋上テラスにふっかふかソファーを出現させ、のんびり読書と洒落込んでいた。
今日は天気がいい。雲一つ無いとはいかないが、逆に少ない雲の、その白さが青空との対比になり、空の透明感を際だたせている様ですらある。二階建ての一軒家の屋上を改変し、屋根の一部を広さ十五畳程度のテラスにする。日焼けする事は無いが、日差しが眩しいのも鬱陶しいから半透明のルーフをつける。更にテーブルと今座っているソファーを出して、お茶と茶菓子で完璧だ。
読書を続けていて、ふと眼下に目を向けると、おコトが庭で植物相手に格闘している。相手は、三本の根を巧みに使い歩行する肉食植物だ。
「あれ、本当に地球上の植物かしら?」
窓霊の能力では地球外の物は再現できない、筈だ。つまり地球上の植物でなければおかしいのだが。
命に別状があるわけでもないので、適当に観察した後は、また自分の読書に戻る。
今度こそ、好きなだけ読書と洒落込もう。スマホから自由な明日が聞こえてきた。
「………」
窓霊は無言でスマホを睨むが、当然なにか反応を返してくるわけではない。その着信欄にはメリーさんの名前がある。携帯の登場で割を食った悪霊第一位のあの悪霊だ。
いつまでもスマホが鳴り止まないので、仕方なく本を置きスマホを手に取る。画面をタッチして本体を耳に近づける。
『あ、もしもし、メリーだけど?』
ツーツーツー
思わず切ってしまう窓霊。当然またメリーさんから掛かってくる。
『ねえ、突然切れたけど、電波悪いの?』
「悪いのはメリーの電話口での物言いよ」
「何でよ!?』
「あ、から始めるのは止めなさいって、前から言ってるじゃない」
『あー、その話? またするの?』
「全くもう。普段の言い方が本番で出ちゃうでしょう。メリーさんから電話がかかってきたのに、あ、もしもしとか。友達か! そのまま、元気? 今ヒマー? って続きそうじゃないの」
『別に構わないわ。持ち歩けて発信者の名前が出る携帯電話じゃ、メリーさんが活躍出来ないのよ。昔は公衆電話しか無かったから、少しづつ獲物に近づいて恐怖を与えられたのに、それもパー。もう無理』
メリーさんの愚痴を軽く聞き流しながら、喉を潤そうとテーブルのカップを見ると空だった。「ちょっと待って」と電話の向こうへ伝え、窓霊はテラスから身を乗り出し、3本根歩行の肉食植物に組み伏せられているおコトに声を掛ける。
「テラスまでお茶を持ってきてー!」
おコトは俯せに地面に倒れているので、顔は見えない。肉食植物に喰われることも無いし、目も普通に見えているので、心配することは無い。
「…あのー、今ちょっと手が離せないんです。ていうか、手を放してくれないんですー」
おコトは地面とキスしたまま喋っているので、いまいち聞き取りにくい。
「それ、手じゃなくて、葉じゃないの? じゃあ、よろしくねー!」
「ううう、分かりましたー。んんんん! わーーー!」
窓霊はテラスから顔を引っ込めてしまったので、下で肉食植物とおコトがどうやって闘っているかまでは分からないが、流石に可哀想になってきたし、出したの自分だしと、庭を元の状態に戻した。
「あれ? 消え……てない!? ご、ご主人さーん! この、歩く植物だけ残ってますけどーーー!? 」
下でおコトが何か言っている。どうやら窓霊産では無く、何処かから迷い込んだ植物が居たらしい。流石に植物は専門外なので、下も覗かず声だけでよろしく言っといた。
再びスマホを耳に近づけ、メリー相手に野暮用が済んだことを告げる。
「で、何の用?」
『あ、あのね。私メリーさん。今、〇△小学校にいるの』
「ああ、うちも校区よ、確か。それで?」
『……迷子になったのよ。あんたの家どこよ?』
「……」
『わ、悪かったわね! 普段は呪いを発動してから獲物に電話するから、道を間違えるどころか、道自体を認識せずに目的地まで一直線なのよ!』
「いや、知ってるけど…」
メリーさん、という妖怪が居る。捨てられた人形が、電話で現在地を確認しながら帰宅するという、子供が迷子になりやすい親御さん必見の怪談だ。
逐一居場所を伝えてくれるので、道を間違えたらその都度、修正してあげて欲しい。無事に帰り着いたら抱きしめながら褒めてあげると、子供は次も頑張ろうって気持ちになれるので、なお良い。
もちろん、事前に地図や看板などの読み方をしっかり教え、最低でも何回かは子供と一緒に帰りながら道順を確認しよう。一緒にお出掛けする事になるので、平日は仕事で家にいないお父さんも、子供と触れ合える良い機会になるのではないだろうか。
何の話だっけ?
『で、あんたん家には、どうやって行けばいいの?』
「外を出歩けない私に聞かれても。スマホの地図アプリか、ああ、確かその小学校には花子が居るから、彼女なら道案内してくれるわよ」
『げ、花子がいるのか(あー、スイカが居るーーー)』
電話の向こうで誰かが大きな声を出したようだ。誰かっていうか、花子なのだろうが。おそらく学校付近でウロウロしていた為、花子の感知に引っかかったのだろう。
『スイカって言うな!! 今、お姉ちゃんと電話してんの。あっち行ってて』
『(お姉ちゃんと電話? 私もしたい!)』
電話の向こうで、メリーと花子(推定)が口論を始めた。内容は幼稚なので割愛する。メリーは何故か、よくスイカに間違われるのだ。どう見ても噂のベースである人形か、あるいは人間にしか見えないのにだ。
そして、メリー本人はスイカ呼ばわりを非常に嫌がる。本人もなぜスイカなのか全く分からないので、困惑しか出来ない。
窓霊はスマホをスピーカー設定にしてテーブルに置いた後、読書の続きを始める。いま読んでいるのは、「さらば 竹内文書」。竹内文書シリーズの最終巻だ。10年ぶりの新刊だったらしいが、そもそも竹内文書自体が、偽古文書なので、刊行ペースにどれだけ意味が有るのか。
屋上テラスの扉からノックが聞こえたので、返事をするとおコトが入ってくる。手にはお盆とその上にカップが二つ。どうやら彼女も屋上テラスでお茶をするつもりらしい。
「庭はもういいの?」
窓霊は、配膳を始めたおコトに尋ねつつ、もう一つソファーを出す。
「ハイ。何とか屈従させる事が出来ました。あ、ありがとうございます」
さらっと物騒なことを発言しながら配膳が済んだおコトは、窓霊が出したソファーに座る。
彼女の言葉通りなら、力でねじ伏せたらしい。窓霊が興味をもってテラスから庭をのぞき込むと、三本の根で器用に正座したト、肉食植物が頭を垂れている様子が見えた。有る筈がない肩を落としている様にも見える。
「あ、大丈夫ですよ、ご主人さん。ちゃんとこの家のボスはご主人さんだって教えておきました」
おコトがすごい笑顔で、訊いてもいないことを教えてくれる。その笑顔は朝起こしに来てくれた時と同じに見える。怖い。もう一度下を覗き込むと、上を向いていた肉食植物と目があった。ような気がした。途端に、酷く怯えだした肉食植物は、挙動不審になりつつも、私はただの雑草だと言わんばかりに大地を踏みしめていた根っこを、地面に埋め始めた。
「なんか不憫だから、名前でも付けてあげたら」
「そうですか、じゃあ、しずも「却下」。えーと、トリ「却下」。むー、じゃあ、しずちゃんで」
「しずちゃん? まあ、いいんじゃないの」
「ありがとうございます。由来はですね」
「それは言わなくていいわ」
窓霊とおコトは、今後のしずちゃんの育て方について相談を始めた。生態が分からないから餌をどうするかとかで、会話が弾む。最悪死んでもいいぐらいで何を食べるか試すらしい。下のしずちゃんに聞こえていないことを祈るばかりである。
窓霊のスマホから着信音が鳴る。どうやら一度切れていたらしい。着信欄はメリーさんだ。
「はい。メリー? 結局どうしたの」
『あ、お姉ちゃん。げんきー?』
「花子? メリーはどうしたの?」
『道を教えてあげたら行っちゃったよ。この電話どうしよう?』
「あげるわ」
横で聞いていたおコトが、今まさに飲みかけていたお茶を吹きだして、せき込む。ちなみに安物の緑茶だ。
『ホント? やったー。ありがとう』
花子の喜ぶ声を最後に電話が切れる。
彼女の電話は何時も唐突に終わる。それは花子が誘われた遊びが、いつも強制終了することを意味する。彼女は知らないのだ。円満な場の収め方を。
いつも一方的に呼び出され、そして一方的に相手は居なくなるからだ。それが例え、花子さん自身が起こした惨状だとしても。
「メリーさんという方が、これから来られるんですか?」
おコトが、テーブルを布巾で綺麗にしながら訊いてくる。
「そうみたいね。何をしに来るのかは知らないけど。しかし、電話を忘れた彼女に存在価値なんてあるのかしらね」
「・・・はは」
とりあえず笑うしかない窓霊の発言だ。おコトはメリーがどういう悪霊か知らなかったから賛同しなかったが、電話が出来ないメリーは、ただのメリーだ。
もうすでに十九時を回り、辺りは暗くなり始めた頃だ。窓霊の獲物たちはとっくに帰宅を済ませ、時間的にも家で夕食を食べている頃だろう。
窓霊のテラス読書も十七時には終了させ、今は、リビングでおコトと二人でテレビを見ているところだ。あのメリー携帯を使った花子からの電話からすでに数時間が経っていた。
二人は食事を必要としないからか、今度はリビングでお茶会をしている。事あるごとにお茶お茶お茶だ。一応、飽きが来ないようにメニューは工夫している。窓霊は紅茶、おコトは日本茶が好みだ。
「もう、今日は来られないのでしょうか?」
湯呑から熱いお茶を一口飲んで、吐いた息と共に残念な来客へのため息がこぼれる。おコトの目線はテレビから動かない。今は心霊特集をやっている。窓霊が読書が趣味なら、おコトはテレビ鑑賞が趣味だ。
「どっちでもいいわ」
そう言う窓霊も、今はテレビを見ている。手元のカップにはローズヒップティーが入っている。因みにティーバックだ。マイブームでも特にこだわったりしない、面倒くさがりの窓霊だ。
テレビは現在、心霊写真の特集コーナーになっているが、そもそも霊である二人にはどれが本物でどれが偽物かは、録画放送でもハッキリと分かる。昔にくらべて心霊写真も心霊動画も偽物がかなり増えた。
一つは技術の進歩だ。今や簡単な心霊写真なら、フリーソフトでも作れる時代だ。
もう一つはヤラセだ。報酬を約束してもらった暇している浮遊霊たちが、ノリノリで写真に写るのだ。スナップ写真と言いながら、微妙にカメラ目線だったり不自然な表情だったりした時の、あの残念感に通じるものがある。
インターネットも良し悪しだ。噂が早く広まるので、一部の悪霊にとっては歓迎出来るものだが、早すぎるのか、感情が乗らない事を懸念する悪霊も一定数いる。
幽霊の噂などは本来、恐怖と共に口に乗せられ、伝わる毎に人々の感情がこもっていくハズが、簡単な文字だけで全世界へ発信されてしまうので、物足り無いとの不満も出ていた。その一方で忘れられて消えていく悪霊もいる以上、ツールが何であれ噂を流すのはやはり人の感情なのだろう。
メリーさんも技術の進歩の割を食った霊の例だ。携帯電話で誰でもメリーさんの真似が出来るようになってしまったのだ。どこからでも電話を掛けてくる恐怖は、あの緑の公衆電話しか手段が無かった時代と比べ、その怪異性は確実に損なわれている。逆に最近じゃ呪いのビデオと並んで、萌え化筆頭なのではないだろうか。検索してビックリだよ。
正体も手段も分からずに、ただ追い詰められていく恐怖は、当時だからこそなのだ。今では、やはり呪いのビデオと並んで、「自宅に女の子が来るなら人外でも良い。むしろ人外が良い」派のいい餌食だ。
「あれ? そう言えば、メリーって……」
その時、窓霊のスマホから自由の明日が流れる。着信欄は空白だ。
「だれよ」
電話を取るなり、開口一番威圧的な窓霊。
『もしもし、私メリーよ。今、〇△町二丁目にいるの。…やっとつながったあ』
「携帯忘れてたでしょ? ついでに、自分の能力も忘れてたでしょ?」
『……あははは。昔は携帯使わずに、電話かけまくりだったっけ』
「メリーさん自身が携帯に頼ってちゃ、ねえ。ていうか、私に呪いを掛けたわね」
『う、そうでもしないと連絡がとれないんだもん』
「まあいいわ。無事だと分かったし。今からでも来なさい。で、泊っていきなさい」
『心配してくれたんだ~。ありがと。素直じゃないんだから~』
「む! 言っとくけど、私にはあんたの呪いは通じないから、そのまま何時もみたいに、家の中には入れないわよ」
『呪いがあんたの家まで誘導してくれれば、後は問題無いわ』
「そう? なら良いけど」
その後、二人は簡単な挨拶を済ませて電話を終える。
「メリーさんは、なんと?」
「今、向かってるって」
「そうですか、それは良かったで、あれ? ご主人さん、また携帯が鳴ってますよ?」
窓霊も指摘されるまでも無く、携帯の着信には気付いていた。
その着信欄には花子の名前が。
「今日は電話ばっかりね」
窓霊は、うんざりだとため息をつく。
「いえ、さっきまでは、通して一つの要件でしたから……」
ばかりというのは、語弊があるのではないだろうか。
窓霊は、面倒くさい表情を全開にして、それでも拒否をする事無く電話に出る。
「もしも『助けて、お姉ちゃん!』
食い気味に、緊迫した花子の小さな叫びが聞こえてくる。その声は、誰かに聞かれる事を恐れて小さくなり、それでも抑えきれない焦燥感を滲ませてる。そんな、今まさに危機が迫っているかのようであった。
「な、なに? どうしたの!?」
普段から飄々としている窓霊も、さすがに血相を変える。そばで聞いているおコトも、何事かと身を強張らせる。
『あ、あのね、隣の個室から物音がするの!』
「え?」
詳しく聞くと、どうやら花子が普段寝泊りしている、三階の女子トイレの奥から三番目の個室の隣の個室から、電気が付いていないのに物音が聞こえてくるというのだ。現在時刻はすでに二十時を超えている。花子が活動するにまだ早いが、小学校のトイレが使用されるには遅すぎる時間だ。
『そ、それで、どうすればいいのか分からなくて』
電話越しからは、涙声が聞こえてきた。花子は相当混乱しているようだ。
心配からおコトも表情を曇らせるが、窓霊は逆に落ち着きを取り戻し、何時もの面倒くさそうな表情になっている。
「……覗いて確かめてみれば?」
女子トイレにおいて、花子さんは最強とも言える存在だ。人間はもちろん、トイレに出現する一部の霊を除いた、他の悪霊ですらそう簡単には彼女に勝てない。それは、そういうルールだからだ。だれが決めたルールなのかは分からないが、例えば誰がどこにいても、メリーさんが確実に電話をかけてこれ、結果的に追跡出来るように、それぞれの悪霊にはそう言った他の事象を無視してでも、優先させられるルールを持っていた。
ちなみに、窓霊のルールは「絶対に覗き込める」だ。その気になれば、宇宙船の窓から内部を覗き込む事も出来る。宇宙ステーションで誰かの視線を感じ始めたら、宇宙飛行士は発狂しそうだ。
つまり、隣を除いて他のトイレ悪霊ならこんにちはで、人間ならどうとでもすれば良いのだ。
『いやだよ怖いよ。こんな時間に小学校の女子トイレに誰かいるんだよ? 変だよ!』
「成程、確かに変ですよね」
おコトが神妙な顔で頷いてるのは無視して、どうやら花子さん的には隣の怪異は悪霊では無いと判断したらしい。さすがに覗かなくても、霊ならば分かる。小学校の近くに居たメリーを捕獲できた様にだ。
ただの人間に花子が害されるわけがない。すでに心配していない窓霊は面倒くさいの境地だ。どうやって煙に巻こうかと考え始めた時に、おコトが立ち上がる。
「私が、助けに行きます」
「大丈夫?」
どのみち、窓霊は家から出られない。行くなら別の誰かになるのは必然なのだが。
「大丈夫です。地の文でも頻繁に優しいと褒めて頂きましたが」
「じのぶん?」
「浅い優しさは止めて、戸惑うことなく隙を射って仕留めます!」
「え…」
おコトはどこからともなく、梓弓を取り出す。
梓弓とは、簡単に言えば神事などで使う弓の事で、梓巫女と呼ばれる各地を渡り歩いて呪術等を行っていた巫女が使用していた弓の事なのだが、
「あんたの巫女装束は、人身御供の衣装ってだけで、神職についてたわけじゃないでしょ」
「いや、雰囲気って大事かなあと」
「まあ、いいけど」
との事で、おコトは基本、エセ巫女である。
ちなみに、歩き巫女とは違うので、おコトはまだだ。
『お姉ちゃん、まだ隣にいるよ~』
こちらと会話して落ち着けたのか、花子の様子も最初とは違い少し余裕が出てきた様だ。
窓霊は思案する。おコトは庭のしずちゃんに勝った逸材だ。相手が人間なら心配はいらないだろう。それにいざとなれば、学校は悪霊の宝庫だ。どうにでもなる。
「ご主人さん、行ってきてもいいですが?」
「……先に寝てるわよ?」
「もちろんです。ご主人さんを待たせるなんて出来ません」
「じゃあ、頑張ってきなさい」
「はい!」
花子には、これからおコトが援軍に向かうことを伝えると、窓霊は割とアッサリ電話を終えた。終え際に花子が薄情だなんだと言っていたが、無視だ。
今日は千客万来(電話のみ)で疲れた。とっととお風呂に入って寝ようか。
窓霊は、意気込むおコトを送り出すと、お風呂ですっきりしてから本当におコトを待つことなく、花子の様子を再確認することもなく、寝室のベッドに潜り込んだ。
「いっっっったあああああああああああい!!!!」
外から突然の衝撃音と絶叫。玄関の方からだ。
窓霊の本体である家に、誰かが呪いを仕掛けてきた様だ。今回のように人一人呪い殺すのが精々の威力では、窓霊の結界に跳ね返されてしまい、痛い目を見るのは相手の方だ。
窓霊は何か大事なことを忘れているなと考えたが、忘れているなら大事なことでは無いのだろうと自己完結し、そのまま眠りについた。今日はいつもより早いが、なんか疲れた。
「おやすみぐぅ……」
まさかの全放置。
スナップとスナッフを間違えて覚えていて、検索してビックリしました。
悪霊的には、スナッフでも正解かも?