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第一話 幼女と下半身事情

 何の変哲も無いその町に、何の変哲も無いそこそこ大きな一軒家があった。二階建ての5LDK、駐車場有、庭有。駅の近くで通学通勤に便利、徒歩圏内にはスーパーと病院もあり、商店街も自転車で行ける。築年数にやや難あり南向きの良物件だ。あえて問題を上げるとするなら、保育園や幼稚園が少し遠い事と、良くない噂があることぐらいだろうか。


 二階の一室に少し大きめの窓が有る。そこの締め切ったカーテンの隙間から、覗いてくる女が居るのだの言う。少女とも女性ともつかぬ年齢の「それ」は、一日中カーテンの隙間から、家の前を歩く人々を覗き見ているのだ。羨ましげにも憎らしげにも思えるその眼差しは、前を通る人々に確かな「違和感」を与えてくる。にもかかわらず、その家の前を人々が避けて通る事は無い。まるで取り憑かれたかの様にそこを通ることに固執するのだと言う。


 その少女は何を思い、何を見ているのだろうか。ただ、その少女に魅入られた者は、この世の恐怖の全てを体験するのだと言われている。

 もし、彼女の姿を見たいと言うのならば、大勢で行くといいだろう。一人では彼女の呪いに抗う事が出来ないのだ。「赤信号、みんなで渡っても撥ねられるときはまとめて」の標語でも言われているように、投網漁の如く纏めて呪いが襲いかかってくる事間違いなしだ。何人で行っても無駄なのだ。

 ただ、その少女、いや女性は非常に美しいと言われている。一見の価値有りだ。最近はネット通販を利用しているようで、月末の金曜日になると玄関前で待機している姿をよく見かける。だが気を付けるのだ。彼女に呪いを掛けられたという声は後を絶たない。友人の兄弟のクラスメイトとかがよく被害に合っているとかいないとか。


 そんな彼女こそが、噂の窓から覗く霊だ。悪霊というヤツである。窓から覗く霊とかそのまま過ぎて、固有名詞を付けてあげたい。仮称で窓霊(まどれい)という。

 それっぽい雰囲気を醸す為なのか、薄幸系美少女な彼女は、白いワンピースの部屋着に腰まで届く黒髪ストレート。優し気な眼差しに、自然な眉毛。ナチュラルメイクが清楚っぷりを引き立たせる。胸は程よく大きく、こう、手で包み込める感じだ。

 腰から尻、太ももにかけてのラインが絶妙だが、スカートがふんわりと邪魔してくるので見たものは居ない。


 まるで童貞をこじらせた童貞が、妄想したらこんな感じ。な、外見をしていた。

 童貞をこじらせた童貞が家の前を通る度に、それっぽい外見と魅了の魔眼を使い、窓から視線を投げつけ呪いを重ね掛けし、最終的に一本釣りにするのだ。重ね掛けされた呪い、通称「魅了ポイント」がMAXになったこじらせ童貞は、窓霊にとって都合の良いように思考を操作され、一人、窓から外を覗く少女の事情を妄想し始める。末期症状だ。

 妄想の内容は非常にアレで、きっと病弱なんだろうとか、きっと友達いないんじゃねとか、多分俺の事好きなんじゃね、とかである。ちなみに最後の自意識過剰な勘違いは、窓霊による魅了の効果では無く、童貞自身が持って生まれたギフトである。

 人は誰しも、生まれた時は童貞なのだ。ギフト「勘違い」は、誰もが生まれながらにしてアンロック済みのスキルだが、日常を経験することにより、普通にロックがかかるようになる。いい歳してロックがかかっていないのは、経験値「日常」が足りないのだ。ロックの方法がわかれば、作者もすぐに対処するのだが。どうすればいいのやら。


 そうした童貞達は、魅了の効果により、一本釣りされちゃって、最終的には家を訪ね、彼女の前に立つ事になる。そして明らかになる彼女が呪いを使い、童貞たちを引き寄せた真意。


童貞(魅了済み)「(渾身の口説き文句)(さらに、自分に気があると勘違い)」

窓霊「うざ」


 彼女がかなり無表情なのがポイントだ。嫌ってくれてもいい、申し訳なくされてもいい、せめて感情を乗せてくれと、童貞達の魂のシャウトが聴こえてくるが、当然それも勘定の内だ。

 振るために釣るというキャッチアンドリリース。自然保護精神に溢れる彼女の善行──キャッチアンドリリースは善行に決まっている──は、キャッチされた童貞達に、一生消える事のない思い出を胸に刻みつける。トラウマとかでは決してない。

 そして、彼女を忘れられない童貞達は、その後、彼女との思い出(トラウマ)だけを胸に秘め生きていくのである。

 彼女は、そんな童貞紳士たちからの、何か嫌な感じの、フワッとした気配的なものを吸収的な方法で体内に取りこみ、糧にするのだ。童貞達を食べずに食い者にする。エコロジー。


 余談たが、キャッチアンドリリースは魚の体に針等による傷が付く事が問題視されているが、彼女はキャッチ時もリリース時も精神に働きかけるので、童貞達の体に傷を付ける心配が無い点が優れている。心配せずとも、童貞達の身体は清いままだ。良かったね。

 そんな割と悪趣味な彼女だが、悪趣味な霊で、悪霊だ。



 窓から覗く霊の朝は早い。霊なのに早起きってどういう事だよとお思いかもしれないが、彼女の獲物は通勤や登校途中の清い男性である。幽霊は夜出るものと相場が決まっているとかは無い。うっかり深夜にうらめしや~して、誰にも気づかれないまま朝を迎えるという悲しい事案も発生している。幽霊とは見られてなんぼなのだ。

 学校の怪談に深夜系が多いのは、出現条件を昼間にして授業の妨げになるのを防ぐ為である。花子さんが出たとかで授業を中断し、先生達が女子トイレに確認しに行くなと、あってはならないのだ(実話)。


 彼女も朝の6時には起きる。通勤や登校時間には多少早いが、身支度に時間が掛かる。窓から姿を晒す必要がある以上、身嗜みに気をつけるのはマナーだ。目的を考えても、綺麗であればあるほど良い。

 ベッドから起きても彼女には寝癖も服の皺もない。なにせ幽霊だから。それでも2階の寝室から1階の洗面所に降りて、鏡の前でいろいろする。この時、大体後ろに誰か居るのが鏡に写るが、基本は鏡の所為である。

 読者諸君も、鏡を覗くと、いない誰かが写る事がよくあることだろう。

 それは霊が写ったのではなく鏡の悪戯だと考えて間違いない。その場合の対処は至ってシンプルで、原因の鏡を叩き割ってしまえばよいのだ。さすがの鏡も反省し、変なものは写さなくなるだろう。

 鏡を見ながら髪を念入りにとく。髪が女の命なのは、命無き幽霊でも同じなのだ。

 人気の無い洋館の廊下を歩いていたら、角を曲がったら死体を貪るゾンビに出会うという事態に覚えは無いだろうか?

 それだけならば問題はない。だが、そこでゾンビの髪の毛が枝毛だらけのボッサボサだった場合と、サラッサラの天使の輪があるキューティクルヘアーの場合とどちらがより恐ろしいだろうか。キューティクルヘアーゾンビが恐ろしい形相で襲いかかってきた時、あなたはこう思わずにはいられないだろう。「あ、髪からドキッとする良い匂いが」。


 髪をとき、簡単なメイクを済ませた彼女は二階の寝室に戻る。一階のダイニングで朝食の流れにはならない。ご飯は食べない。だって幽霊だから。

 寝室に戻ったら見せ寝巻きに着替える。病弱な少女風に見せる為の寝巻きだが、普段使用している物をそのまま見せられるほど恥知らずではない。見せ寝巻きは白いパジャマワンピースだ。こういうのが薄幸の美少女っぽいのではないかと作者は思う。

 彼女の様な幽霊は、人間の考えるそれらしさを上手く取り入れる。ここで寝やすいからと全裸になったりしないし、ましてやそのまま窓から姿を見せたりもしない。全裸の女性が毎日窓から覗いているとか、エロいより怖い。人の心を理解するからこそ、人の心を貪れるのだ。


 ある程度の準備が出来ても、出勤(獲物の)まで時間がある。ギリギリなんて避けるべきだ。一度寝坊して急いで準備した結果、息を切らしつつ窓から覗く羽目になったことがある。ハァハァ言いながら覗いている女とか、ただの変態みたいだし、事実そういう噂が一時期流れた。フィッシュするのが目的なのだから、敬遠されるのは困る。会いに行ける幽霊をコンセプトに頑張っているのに、台無しである。


 そういう事情で空いた時間は霊体スマホを使い、霊界ニュースをチェックする。アイティー社会の昨今、様々な噂が加速度的に広がり、変質し、多種多様な怪談が日々誕生している。怪談は彼女らの発生する土壌だ。ビッグウェーブに乗り遅れるのは弱みになる。

 ある日、怪人アンサーから挨拶の電話がかかってきた時、そのアンサー関連の噂を知らなかった彼女は酷く狼狽した。「え? 誰?」って感じで。

 いわゆる携帯電話を十個使って何でも答えてくれるという奴だ。幸いアンサーさんは礼儀正しく、先輩霊である彼女に恥をかかせる事なく無難な挨拶だけでその場を収めてくれた。

 だが、それはそれで彼女のプライドを引っ掻いていった。同じ過ちは繰り返さないと彼女は誓った。


 ところで、彼女は霊ではあるが、生前と言うモノは無い。彼女の噂のベースになった死亡事件はいくつかあるが、彼女がその被害者の誰かと言うわけではない。人々の噂が具体性を持ち、輪郭がボンヤリと形作られて、ついに彼女は爆誕した。他の例えばメリーさんとか、口裂け女とか、一人かくれんぼとかもその類である。因みに、噂の量や質なども彼女らの霊的な力に影響する。有名であるほど、詳細であるほどその影響は強い。


 霊界ニュースの今日の運勢をチェックし終わるごろから、家の前を獲物が通り始める。運勢は良くなかった。ラッキーアイテムは青い人魂だ。家から出れない彼女に手に入れる術はなく、どうするかは後回しにして、彼女はクローゼットから等身大窓霊さんポップを取り出し窓際に持って行き、カーテンの隙間から見えるように立てると、寝室を後にして書斎に向かう。


そう、彼女は家から出られないのだ。一見すると彼女が一軒家に取り憑いているかの様だが、事実は逆だ。家こそが彼女の本体なのだ。人型の彼女は、家が獲物を誘い込む為と、他の悪霊とコミュニケーションをとる為に用意したもう一つの体なのだ。

 実際、相手が家だとどう会話していいかわかんなし、何処向いて喋るんだよってなると思う。顔がどこにあるかは、割と重要な要素なのではないだろうか。


 一軒家の一人暮らしなので、部屋は贅沢に使う。寝室と書斎とオーディオ部屋は別なのだ。あと、等身大窓霊さんポップは、表情が割と変わる。

 書斎は、窓霊の知人では無く知霊に言わせると図書室みたいなのだそうだ。でっかい本棚たくさんに本がびっしりで、古今東西の様々な本が置いてある。正確には本の霊だが。

 処分された本の霊魂が個々にやってくるのだ。全てが本棚に並んでいるわけでは無く、目録から選ぶ仕様だ。並んでいるのはこの部屋の持ち主である窓霊の嗜好に合わせた、本人ならぬ本本たちのおすすめ本だ。今の一押しは竹内文書だそうだ。

 数少ない知霊では無く知人がここの存在を知ったときに、何コレすげえ! と言っていたが、幽霊なんてそんなものだ。考えるな、諦めろ。

 窓霊は書斎の椅子に座ると、読みかけだった本「竹内文書二巻 ~もっと竹内文書~」を手に取り読み始める。





 昼の三時を少し過ぎたぐらいに、インターホンが鳴る。窓霊は手に持っていた三巻「またまた竹内文書」を机に置くと、じっと何もない所を睨む。些細な事だが、窓霊の本体は彼女では無くこの家なので、来客の確認にわざわざインターホンを取らない。この家の敷地内は全て彼女の知覚範囲なのだ。


「なんの用」


 独り言では無い。窓霊、インターホン取らない。でも、相手に繋がる。


「用がない? 帰りなさい。面倒くさいわ」


 間。

 相手の返事は外には聞こえない。一人暮らしなので、情報を共有する必要がない。


「手土産だけ置いて帰りなさい」


 間。

 ヒドい。まあ悪霊だし。


「ちっ。仕方がないわね」


 窓霊は席を立ち、書斎から出て行く。向かうは玄関だ。

 窓霊が近づくとひとりでに玄関ドアが開く。窓霊の本体がこの家なので、家の中の事は全て考えただけで実行出来る。ドアも照明も間取りも家具も思いのままだ。

 開いたドアの向こうには小柄な人物がいた。背の高さは窓霊のだいたい腰くらい。髪は短く切り揃えられ、地味なスーツを着ている。男性だ。


「あんた、またサラリーマンみたいな恰好してるの。似合わないから止めなさい。馬鹿みたいよ」

「相変わらず厳しいですね、先輩は。服装は大事ですよ。第一印象は見た目が殆どですから。先輩も着たきりは、止めたら如何ですか?」

「下に何もはいてない奴に言われたか無いわ。そもそも私のは衣装だから。悪霊としてのね」

「僕が下に何か履いてたら変じゃないですか。あ、これお土産です。」


 男は、手に持っていた箱を渡す。その時バランスが崩れて、男は転けそうになる。


「ん。ありがと。さ、もう帰って良いわ」

「まだ家にあがってもいないんですが」

「汚さないでよ」

「もちろんです。お邪魔します」


 そう言って、男は肩掛けカバンからタオルを出すと、それで両手を拭いてから家に上がった。


「で、何の用なの?」


 リビングに男を通してソファーを進め、窓霊自ら茶を淹れる。適当に茶菓子も用意し、窓霊自身も男の対面のソファーに座る。


「近くに来たので、挨拶に伺っただけです。後で寄らなかったと分かったら、怒りますよね」

「近くまで来て、顔を出さないとか有り得ないわね」

「ですよね」


 早い話、窓霊は寂しいのだ。家から出れないっていうか、家が本体な訳だし。ネットの発達によりテレビ電話も楽勝の昨今だが、やっぱり顔を見て話したいのだ。それがたとえ、下に何にも履いていない男だとしても。


「さっきから、失礼な想像してません?」

「気のせいよ」


 せっかく来たのだからと、二人の会話は、まあそれなりに弾む。


「人間の間で、最近半身浴ってのが、流行ってるらしいですね」

「最近かはともかく、流行ってるらしいわね」

「僕の時代キターって思いましたね」

「あんたの時代? 半身浴で? ……ああ、あんたの中では、人間はそんな苦行をしているのね」


 そう言って、窓霊は相手の全身を見る。頭の先から腰まで、くまなく全身を。ソファーに乗っている相手の男には下半身が無かった。腰から上だけなのだ。

 テケテケ、という妖怪が居る。事故で下半身を失ったどこかの誰かが、上半身だけになっても化けて出てくるのだ。という噂のもとに生まれた悪霊だ。その見た目のインパクトから悪い噂には事欠かない彼だが、足の代わりに手で歩いたり走ったりする頑張り屋さんだ。因みに、飽くなき挑戦をする霊で、悪霊だ。頑張れテケテケ。君の時代は多分来ない。


「先輩も半身浴をどうですか?」

「女性の入浴方法に口をだすとか最低ね。ていうか、あんたの言う半身浴とか、お金を積まれても嫌よ」


 まさに半身浴(物理)である。いやまあ、半身浴は元々物理なんですけどね。


「ところで、お土産なんですけど」

「ん?」

「腐物なんで、悪くなる前に食べてください」

「あらそう、分かったわ」


 腐物とかいてクサリモノとでも読んで頂きたい。彼女ら幽霊は死の向こうの住人だ。新鮮なナマモノなどとは対極に位置する存在である。食べられない訳ではないが、嗜好品として口にして良いものでもない。

 想像してみてほしい。もし読者諸君が腐ったフルーツを食べたらどうなるかを。

 腹を壊すだろう。

 幽霊にとっての新鮮なナマモノも同じなのだ。お腹が痛くなり、トイレに篭もることになるのは誰だって避けたい。幽霊だって避けたい。無神論者ですら神に祈るのが、腹痛時のトイレだというのは有名な話だ。ただ、すでに腐ってるのに悪くなる前とか、ちょっと意味が分かりませんがね。


 その後、お土産を二人で頂き、おどろおどろと会話が弾み、気が付けば夕方。悪霊達が最も活発になる時がきた。帰宅ラッシュだ。ラッシュ具合には地域差が有る。

 なんで活発になるのが帰宅ラッシュ時なのかは、次話辺りで説明しよう。覚えていれば。


 窓霊には、帰宅する童貞達に熱い視線を送る作業が待っている。立てポップの活躍が再び!(勤続17年)

 テケテケさんも、部活帰りの女子高生を追いかけ回す仕事が待って「キモいわね、あんた。その紳士然とした恰好と相まってよけいキモいわ」

「いやいやいやいや。先輩とそんなに変わんないですよね? 実害が無い分、こっちの方がまだ健全ですよ」

「下に何も履いてないおっさんが、女子高生を追いかけ回してる時点でアウトよ」

「その履いてないネタやめてください! 別の地域で、テケテケの噂がただの露出狂の注意喚起になったの、先輩の差し金ですよね?」

「失礼ね。それ多分、赤マントのせいよ。アイツの活動範囲は全国区だから。噂を広げるの得意じゃない?」

「あのヤロー!!」

「ネタを教えたのは私だけど」

「このメローor」


 この後テケテケは、このままでは部活帰りの女子高生と遭遇するタイミングが合わなくなるからというキモい理由で、急いで帰って行った。事案だがどうしようもない。悪霊には司法も何にもないのだ。いつか通りすがりの寺生まれの方に祓われればいいのに。


 窓霊にも、帰宅途中の清い童貞をハントする仕事が待っている。今は疑似餌がいい感じに引き寄せてくれるので助かっているが、窓からただ眺めるとか暇すぎるし、正直面倒なのだ。まあ、窓霊には他にも人間のドッキリビックリメカニズムの感情を吸収する当てはあるので、そればかりに時間を割く必要はないのだが。

 大体19時過ぎくらいに、窓霊さん立てポップを回収してカーテンを閉める。あまり遅くなっても客足(帰宅者)が悪くなるので、効率が落ちる。何事も引き際が肝心なのだ。


 そのまま夕食を食べずに風呂に入る。悪霊なのでご飯は必要ない。ただ、食べないわけではない。栄養を吸収出来ないので、完全に味だけを楽しむ娯楽扱いになっているだけなのだ。

 風呂には鼻まで浸かる。これ大事。

 読者諸君がお風呂に浸かっていると、水面に女の顔が、水中から出てくることが稀によくあるハズである。その場合は大体鼻までで、上目遣いに睨んでくるまでがセットだ。見覚えのある方も多いのではないだろうか。この上目遣いはあざとさ狙いらしいが、多分上手くいっていない。

 もしこの場合に鼻ではなく、肩まで出てきてしまったら、なんていうか、すごい寛いでる感が出てしまう。それじゃあ、ただの幽霊美女との混浴にしかならない。なんか違う。さらに、うっかり胸まで出してしまったら、toラブルになってしまう。

 だから、浸かるのは鼻まで。日々の習慣にしてミスを減らそうというわけだ。健気な努力家で、細かいことも面倒くさがらず手を抜かない。それが窓霊のジャスティス。

 お風呂では、鼻まで浸かってそれでお終いだ。頭や体を洗ったりはしない。そもそも汚れていないし、汗もかかない。お風呂に入る理由は大きく二つ。

 一つは前述の通り、お風呂ドッキリで失敗しない為だ。彼女に限らず悪霊は水との関係が深い。水辺は霊が出やすいとかは、当然に抑えておくべき基本で、タクシーで乗せたはずの女性が消えて、後のシートが濡れていたとかは常識の範囲だ。お漏らしと幽霊の二択だが、なぜ悪霊が濡らしていくのかは分かっていない。目的地は大体自宅か墓地だが、乗車と降車の両方とも水辺に縁が無いことも珍しくないし、死因が水死という分けでもない。

 ある悪霊が聞かれたときに、「ヌレスケ」なる呪文を唱えていたので、おそらく関係のある言葉なのだろう。という分けで、水を演出として使いこなす為に普段からお風呂に入る霊は多い。

 二つ目の理由は、さっぱりするからだ。


 お風呂から上がった窓霊は、就寝用寝巻きに着替える。彼女の場合は昼間の見せ用の寝巻きもあるので使い分けは大事である。

 それから、書斎によって本を一冊手に取り、寝室に向かう。眠くなるまで読書をするのが彼女の日課だ。途中までだった「またまた竹内文書」を選択した。

 寝室のベッドで本を読んでいると、霊体スマホからメロディーが流れる。曲は「自由の明日(訳)」だ。あの銀河の歌姫っぽいPVが大好きです。

 発信者欄には花子さんの名前が出ている。学校の怪談で有名な彼女だ。


「はい、もしもし」

『あ、ホワホワ~! 花子だよ』


 花子さんの住まいだが、便所とか正直どうなのかと思う。

 単体の噂でも七不思議でも学校には大体住んでいる。ちなみに全国各校の花子さんは、「同次元同時間異位体同存在」らしいが、つまり皆で一人だ。


「あら花子、今日はどうしたの?」


 窓霊も女の子には優しい。

 もはや説明不要の花子さんだが、子供と遊ばなければいけないので、精神年齢は小学生と同じぐらいだ。そもそも見た目が子供で中身が大人だと、正直子供たちの中に馴染めるとは思えない。馴染んだフリくらいは高校生の頭脳があれば可能なのかもしれないが。中身小学生の花子さんには関係無い話である。


『あのね、お姉ちゃん。相談があるんだよ』

「何? 言ってみなさい」

『この前の夜に、呼び出されて一緒に遊んだ女の子から、服装が古いって言われて』

「うん」

『なんか、ちび〇子ちゃんみたいだって』

「あー」

『それで、イメチェンしてみたから、写真を送るね』

「じゃあ、パソコンにして。そっちで見てあげる」


 待つこと数秒、パソコンからヒュードロロ♪とメールの着信音が聞こえる。花子さんは予め準備していたようだ。

 窓霊はさっそくメールフォームから付属ファイルをチェックして、絶句する。

 こちらのヤバいわーの雰囲気が、電話越しでも向こうに伝わったらしい、電話口から花子さんが恐る恐る「どう?」と聞いてきた。明らかにいい返事は期待していない。


「あ、うん。ちょっとプリティ過ぎるんじゃないかなあ?」


 窓霊はそう言うのが精一杯だ。


『そうだよね! 可愛いよね! 骨格標本や人体模型なんかは癒されるって言ってくれたの!』


 花子さん大喜び。言葉だけだとポジティブなイメージだからね。

 ご推察の通り、女子小学生から提案された新ユニフォームは、笑顔の似あう、可愛くて癒されて、幸せになれる黄色い衣装だった。

 花子さんは知らない。彼女は流行に疎い。スマイルなハッピーが流行かは置いておくとしてだ。

 ただ、子供から可愛い服を提案してもらったとしか思っていない。大変微笑ましいのだが、もちろん着せる訳にはいかない。夜中に、トイレで儀式をして花子さんを呼んだら、黄色フリフリ衣装でダブルピースとか場違いにもほどがある。普通に変だ。

 日本家屋を舞台にしたホラー映画で、口の中に口がある頭が長いエイリアンに出会った様な気分になる。すごく釈然としない。


「花子、これは駄目よ。もとの〇子ちゃん風にしておきなさい」

『えー、何でー?』

「私たちはイメージが大事なのよ。花子さんは誰が見ても、一目で花子さんに見えないと駄目なの。さっきのフリフリじゃ、深夜の学校に忍び込んだ痛い人みたいじゃない」

『じゃあ、花子が似てるって言われてる〇子ちゃんは、花子さんに似てるから花子さんなの?』

「っ! ……そ、そうよ」

『おー、花子さん以外にも花子さんが居たんだ!』


 ちび〇子は花子さんだった説。幼い精神を持つ彼女を説得するには、こうするしかなかった。そうかな?

 繰り返すが、全国の花子さんは同次元同時間異位体同存在である。つまり、全国の学校にいる花子さんは全て同じ花子さんで、花子さんが知らない花子さんは花子さんじゃ無いのだけれど、見た目が花子さんと同じ花子さんに見えるなら、花子さんとは違う別の花子さんなのかもしれないのだ。


「だからね、花子。自分の見た目は大事にしなさい」


 窓霊が優しく諭す。


『でも、個性が欲しい!』

「あんた、中身小学生のくせに……じゃあ、語尾でも付けたら?」

『おおー! がんばるだわさ?』

「駄目」

『がんばるハナ! お、なんかいい感じに聞こえるハナ?』

「なんか花をモチーフにしたゆるキャラみたいね」

『可愛いハナ?』

「んー? しばらくそれでやってみたら?」

『わかったハナ。そのうち昼にアンケートとって、子供たちの感想を聞いてみるハナ』

「え? 児童と普通に接触してるの?」

『友達いっぱいハナ! じゃあねー!!』


 勝手に話を終わらせ、電話を切る花子さん。


「気になる……」


霊体スマホを片手に、茫然とする窓霊。

 どんなに外が気になっても、窓霊さんは家の外には出られない。庭までしか出られない。学校の事なら、学校の怪談筆頭の花子さんに任せるしかないのだ。任せて良いのかは別の話だが。一番真面目だった二ノ宮さんは居なくなってしまった。今時、薪は無いよね。

 児童と仲の良い学校の怪談とか、かなり気になるが。

 仕方がないと、窓霊は気持ちを切り替える。自分だって人間の知り合いはそれなりに要る。情報化社会になって、悪霊ですら世間と離れて死んでいくには難しい世の中だ。

 時計をみるともう十一時だ。明日も獲物たちの出勤があるのだから、早めに寝なくてはいけない。

 スマホを充電器にセットし、ベッドに潜り込み電気を念じて消す。真っ暗になったところで、見えなくなったりはしない。暗闇で目が見えない幽霊とか、もう意味が分からない。うらめしやーしつつ、両手を胸の前で垂らすポーズが一般的だが、実は暗闇で手探りなだけとか言う訳でもない。両手を前に出すのは障害物対策だったりしない。

 それでも寝る時は電気を消す。気分の問題だ。気分は大事だ。

 そのまま窓霊は瞼を閉じて、一人暮らしなのに例の挨拶をかます。切ない。


 「おやすみなさーい」


 誰に対してなのか。


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