6階
私には幼い頃の記憶があまりない。
中学に上がる前に交通事故にあったらしい。その時のショックで記憶がところどころ抜けてしまった。思い出せないのは六歳から十二歳の間。その中のたいていのことが、ぼんやりとしかわからない。
これが夢だとしても、本当はそんなことないのかもしれないけれど、忘れる前の私に会えるのなら会ってみたい。
ドアの先の空間は先ほどと同じく真っ白で、ポツンと置かれた椅子に私が座っていた。
「こんにちは、わたし」
私が笑顔で話しかけてくる。目の前の人が自分だということをわかっているようだ。
「こんにちは。なんだか、嬉しそうだね」
「うん。きょうはね、ちよちゃんと、たっくんと、つとむくんといっしょにあそんだの。おにごっこたくさんしたんだ」
楽しかったかと聞くと元気よく返事をしてくれた。
私が言っている友達は何となくわかった。何か思い出せないかと、病院で小学校の卒業アルバムを何度も見たから。佐々木千代に森本卓也、それから……。
誰だっけ。
「えっと、わたし? 千尋ちゃんでいいのかな。つとむくんってだあれ?」
「つとむくんはつとむくんだよ?」
六歳の私には伝わらなかったようだ。
つとむくん。そんな子、アルバムにいただろうか。もしかしたら保育園だけが同じで小学校は違ったのかもしれない。夢から覚めたら卒園アルバムをさがさなきゃ。
ピンポンパンポン。校内放送のような音が鳴る。何が起こったのかと思わず辺りを見渡したが六歳の私が教えてくれた。
「じかんぎれだよ。バイバイ」
時間制限なんてあるのか。まだ私と話していたいのに。
一瞬の瞬き。ほんの一瞬だった。
その一瞬で目の前の私は消えた。
「早く戻らないと、この階にとどまると判断されてエレベーターのドアも閉まっちゃいますよ」
遠くでアームの声が聞こえる。振り返るとわずかにドアが内側に動いているのが見えた。
「戻らなかったら、どうなるんですか」
夢が覚めてくれるのだろうか。しかしアームはとても冷たい目で私を見据えた。
「……知らないほうがいいこともあるのですよ」
その冷ややかな声はどこかで聞いたことがあるような気がした。記憶よりもずいぶんと低い気はするが。
「本当に閉まりますよ。五、四、三……」
「待って。乗ります、乗りますから」
カウントが言い終わる前になんとかエレベーターに滑り込めた。アームはそんな私を見てニコッと笑った。
「おかえりなさいませ」
時間制限があるなんて聞いてないんだけど、と文句言うと彼は困ったように笑った。規則ですから、と彼は言ったが夢に規則などあるのだろうか。
「次はどちらをご希望でしょうか?」
どこへ行こうか。エレベーター内では時間制限はないようなのでゆっくりと考えさせてもらうことにした。
「そういえば、会える私はいつの頃の私なの? さっきの六歳の私はまだ保育園に通っていた頃のようだったけれど」
「今日……四月五日の頃のあなたに会えるのですよ。例えばあなたが明日いらっしゃったら、四月六日のその歳のあなたに会えるのです」
「ふうん……そうなのね。じゃあ、十三階」
中学入学前。事故に遭ったのは四月六日。事故に遭う前、記憶を失う前の私に会えるんだ。
「かしこまりました」
エレベーターがゆっくりと上昇する。少しガタガタとなる音は期待と不安の波に思えた。
「そういえば、アームは何歳なの?」
「見た目はあなたと同じ十七ですよ」
見た目は。ということは、精神年齢は違うのだろうか。そう問いかけようとしたが目的の階に到着してしまった。
「いってらっしゃいませ」
その丁寧な言葉遣いとは真逆に、アームは私の背中をきつく押した。振り返るな、降りろ、と。そう言っているようだった。
年齢が合わなくなったので訂正しました。
十二階→十三階
主人公の千尋は4/3生まれなので中学入学前に13歳になっています。本当に申し訳ありませんでした。




