プロローグ
「あー、汚いなー。もー」
そう言って俺は、部屋に散乱したお菓子の袋やティッシュをゴミ袋に詰めていく。それから、読み散らかした本を本棚に並べる。散らかっている本のタイトルは、『蒼月のヨナ』に『俺に届け』と言った少女漫画ばかりだ。
勘違いしないでほしいのは、この本は俺の物じゃない。全て妹の趣味だ。当然、掃除しているのは妹の部屋。
あまりに汚いので、仕方なく俺が掃除しているのだ。
そして掃除も終盤。最後に俺の前に立ちはだかったのは……。
乙女ゲームの山。妹は所謂ヲタクだからこういうのがあるのは普通だけど、異質なのは、全く封が空いていないところ。つまり、たぶん積みゲー。
……勿体無いことこのうえない。せっかく買ったのだから、遊べばいいのに。
まぁ、俺もギャルゲーを積んでるから人のことは言えないんだけど……。
「よしっ、これを片付けたら終わりっと」
そう言って乙女ゲームに俺の手が触れたとき、視界が白い光に包まれた。
「なんだよこれ!?」
————。
ガチャッ。
「あれ? 部屋、超綺麗になってんじゃん。兄貴かな?」
妹は一言そう言ってから部屋を見渡すが兄は見当たらない。
「自分の部屋にいんのか? おーい兄貴ー! 翔兄ちゃーん?」
————。
「……ん」
目が覚めたとき自分のいる場所は女の子の部屋だった。
ただし、妹の部屋じゃない。
ヲタクっぽいアイテムは部屋に一切なく少し簡素ながらもぬいぐるみや小物から、ここが女の子の部屋なのだと確信させる。
『初めまして、翔子さん』
——!?。突然声がし、辺りを見回すも誰もいない。
『今回のゲームの案内役を務めさせていただく、シエルと申します。私に肉体はございませんので、姿をお見せできない非礼をお許しください』
「はぁ? ゲームって!? 翔子って!? つか、ここどこ!? お前は誰!?」
突然の事態に俺は頭がパニックになり、シエルと名乗った声だけの存在にとにかく質問を投げかけた。
『はい。順にお答えいたします。まずこの世界はゲーム……所謂乙女ゲームの世界でございます。翔子というのは、翔子様のリアルネームである翔をもじって勝手にこちらで用意させていただいた名前ですね。そして、ここはゲーム内の翔子様の自宅になります。私はさっき説明させて頂いたよう、案内役のシエルでございます』
「だーっ! ゲームの世界だとかわけわかんねえ。とりあえず俺を家に返してくれ!」
『それは現状ではできない相談でございます。……まず、翔子様をお呼びした理由をお伝えしたほうがわかりやすいかもしれませんね。今回翔子様をお呼びしたのは、このゲームを終わらせて……つまり、クリアしていただきたいのです。ですので、現実に帰る方法は……』
「乙女ゲームってことは、誰か一人男を攻略すればクリアになり、帰れる……?」
『その通りでございます。話が早くてこちらとしても助かります』
「無理だ!」
『どうして、と聞いても?』
「俺が男だからだよ! 」
『ああ、その点についてはご安心を。どうぞ、鏡をご覧ください』
シエルに促され鏡を見る。すると、そこに映っていたのはいつもの自分の顔ではなく……。
洗濯仕立てのYシャツの様な白い肌にそれとは真逆のカブトムシみたいな真っ黒の長い髪。東京タワーみたいに高く通った鼻筋に、可愛いクレヨンのピンク色みたいな唇。それから妹の持っていたオモチャの宝石のようにキラキラぱっちりした目。
どこをどう見ても女の子で……ついでに、びっくり美人さんだった。
『あのー、もう少しマシな比喩はないのでしょうか……。それではあまりに絵師が可哀想でございます』
「心を読むな! メタネタを挟むな!」
『心を読むのは標準機能なのです。メタネタに関しては失礼いたしました。それで、クリアをお願いできますでしょうか』
思わず、反射的に嫌だと言い返しそうになるが、恐らく無駄なので言葉を飲み込む。 それから一つシエルに尋ねた。
「誰か一人を攻略するだけでいいんだな?」
『はい。全員攻略する必要はありません。誰か一人でいいのです』
「オーケー。分かった。引き受けるよ。この顔なら男一人落とすのなんて簡単そうだしね。それに光の日やc戦場の覇王をクリアしてきた俺にかかれば乙女ゲームの一つや二つちょろそうだ」
『なんだかクリアしたゲームの種類が恋愛要素とは別のところに面白さがあることが気になりますが……。ともはれ、ありがとうございます。やけに素直ですね』
「断わっても無駄だって、気づいたんだよ。で、俺はこれからどうすりゃいい?」
「そうですね。とりあえず学校に行きましょう。ちなみに後20分で始業式が始まります」
——なっ!?
「早く言え! 遅刻じゃあねぇか!?」
『申し訳ないございません。これも……』
シエルの言葉を最後まで聞かず急いで制服に着替えて玄関に向かう。
玄関に向かう途中、母親らしき人物に朝ごはんの有無について聞かれたのでテーブルの上にあった食パンを加えて走った。
そしてシエルに道を尋ねながら学校へと走っていたとき、曲がり角で誰かにぶつかった。そして、ぶつかった男が声をかけてきた。
「すまない、大丈夫かな?」
それがこの世界での俺の乙女ゲー人生の(ある意味)始まりだった。