5.壊れない機械と嘘をつかない機械
長かった戦争が終わり、壊れない機械はやっと故郷の街に帰ることができた。
小さく穏やかだった街はメチャクチャになっていた。
戦火の傷跡は、こんな辺境の街にまで及んでいたのだ。
壊れない機械は、街の復興のために働く事になった。
それからしばらくして、街の復興のため国から新しい機械が派遣される事になった。
それは、決して嘘をつくことが無いと言われる機械だった。
嘘をつかない機械は優しく、野に咲く花のように純粋だった。
少女のように純情で可憐だった。
線が細い外見で、いつも穏やかな微笑みをたたえ、
純白のローブを身にまとっていた。
決して派手なところが無く、まさに機能美といえる程に洗練された機械だった。
嘘をつかない機械は万事優しく、思いやりをもって行動した。
すべての人を平等に扱い、自分が犠牲になることも厭わなかった。
天使のように柔和で、菩薩のように包容力があった。
その高潔な姿に町の人々は誰もがみな心を打たれた。
みな、嘘をつかない機械の事が大好きになった。
嘘をつかない機械の存在によって、街の復興は大いに捗る事になった。
しかし、嘘をつかない機械は本当の意味で優しいというには、
あまりに純情過ぎたのだった。
嘘をつかない機械の「純情さ」は、超高性能の量子コンピュータによって賄われていた。
そしてこの「純情さ」とは、コンピュータ上で実行される演算処理のうち、最も負荷の高い処理の1つだった。
超高性能の量子コンピュータと言えど、常に純情さを発揮し続ける事は難しかった。
嘘をつかない機械は、自身のリソースの上限故に、一千人分までの優しさしか発揮できなかった。
嘘をつかない機械が、一千一人目に慈悲の心を向けようとすると、機械はやむおえず一番目に登録されている人のデータを抹消する必要に見舞われた。
この時、嘘をつかない機械はほんの僅かに物悲しい薄幸そうなアルカイックスマイルを浮かべるだった。
復興が始まってしばらくして、街が大規模な疫病に襲われた。
それは致死率の高い質の悪い肺炎で、老若男女問わず多くの人が罹患することとなった。
嘘をつかない機械は、問診装置や外科手術ユニットを搭載していたので、八面六臂の大活躍で人々の救護を行った。
だけど、それがいけなかった。
嘘をつかない機械が救護をしていた街の病院の患者数は 900 人を超え、あと少しで 1000 人に達するというところまできていた。
そしてついに患者数が 1000 人を越えた時、嘘をつかない機械の「純情さ」はパンクしてしまったのだ。
嘘をつかない機械は用意した 1000 人分のワクチンを、最初の一人目を計算にいれず配り始め、1001 人目に渡すようにしてしまった。
しかし、実際のところ最初の一人目に登録されていたのは、まだ年端の行かない幼子で、1001 人目としてワクチンが配られたのは、90 歳を過ぎた寝たきりの痴呆老人だった。
嘘をつかない機械は、その完全、究極とも言える「純情さ」によって、フレーム問題を解決することができない不具合を抱えていたのだった。
子供を見殺しにした嘘をつかない機械に対して、街の人々の反応は冷ややかなものだった。
やはりどんなに性能が良くたって機械は機械に過ぎない。人々は手のひらを返して陰口を言うようになった。
嘘をつかない機械が通る度、子供はポンコツと言って石をぶつけた。
嘘をつかない機械は決して事を荒立てたりはしなかったけども、そのような複雑な人間の感情に対応することができず、優しく優しく微笑みをたたえながら、ついに音も立てずに壊れてしまった。
一方で壊れない機械も働いていた。その働きっぷりは地味だった。
言われた事を言われたとおりにしかやらなかった。創意工夫などめったにしなかった。
業務終了時間になったら、進行状況などお構いなしに切り上げた。
だけども、明らかに指示がおかしいと思われる場所は、二三回首をかしげた後で監督に相談しにいった。
少しギアの調子が悪いと思った日は、平気で丸一日休んだりもした。
他の機械が休んだときは、その代わりにちょっぴり無理をするぐらいの事はやった。
壊れない機械の待遇は決して良くは無かったけども、不平不満をいうこともなかった。
人間みたいに酒を飲んで愚痴を言うことは無かった。
だけども、人間の愚痴には無言でつき合っていた。
カウンセリングだの拝聴だのそんな繊細さは一切なかった。
ただ、話を聞いている最中の眼差しは、どこか鋭くて真実を一心に見ているような雰囲気があった。
壊れない機械は特に大活躍もしなかった。でも、大きな問題も起こさなかった。
自分のやること、与えられたことを淡々とやっていた。
そうやって壊れない機械が 100 年働いた時、ようやく街の復興は一段落が着いたのだった。