狂人か、強靭か
一月某日 夜
夕食の食器も洗い、洗濯物も畳み終わった。未だ歩く度にずきりと痛む脚を労ってか、珍しく夜桜が家事を手伝ってくれたのもある。後は、ひかげの帰りを待つだけだ。
「ねぇリュウ」
「なんだよ」
居間には、彼女と私だけだ。時刻は21時42分。シャムは就寝し、ひかげはまだ帰らない。
「今日、辛かったでしょ。ごめんね」
「別に」
反射的に素っ気ない返事をしてしまったが、実のところたいへん辛かった。
「やっと、歩く気になった?」
「……まぁ」
「なってないでしょ」
最低限のリハビリは、何処か山奥の病魔病棟で行ったはずなのに。
「痛みが怖い」
恐怖に気付いた時にはもう遅くて、悪寒が背筋を走り抜けた。
「過去を捨て切れないのは、私もだけど。トラウマを克服することが、第一のリハビリなんじゃないのかな」
「煩いな」
少し驚いた夜桜が、怯えた顔でこちらを見ている。
追い詰められて吐いた言葉がこれだよ。震えは収まることを知らずに、私を蝕む。
「何も知らないだろ」
「ごめんね」
「謝んなよ、うざったい。私がどんな言葉で自由を奪われたかも、どんな傷で現実感を見失ったかも知らない癖に生意気言うな」
勢いに任せて言ってしまった言葉に、多少の罪悪感が残った。何故かは解らないが、視界が潤む。夜桜はごめん、ごめんと謝罪を繰り返していた。
「私は可笑しいんだって……言ってんだろ、なぁ。狂ってる奴にそんな事言ったって、」
声に嗚咽が混じり初めたのに気付いた夜桜が、私の肩を無言で掴んだ。
「どうして」
これ以上、紡ぐ言葉も無くって。私の一言一句に振り回されている夜桜に申し訳無くて。毎晩の様に繰り返す一問一答が嫌になって。また泣いた。
そんな私の肩を、もう二度と離すまいと、彼女がまだ掴んでいた。
「ごめ、ん、夜桜」