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4429F  作者: 撫川 俊
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3、覚醒

3、覚醒



 翌日、友美は一日中、考えていた。 授業中も、放課後も・・ 昨日、菊地によってもたらされた、自分の出生についての事実についてだ。 特に、あのユキと同じ病院で生まれたという事実には、確かに、何か感じるものがあった。

 あの時の、ユキの目・・・ 自分を殺そうとしていた、怨念の塊を思わせるような、あの目・・・

 しかし、今、恐怖感を取り払い、冷静になって思い出してみると、その視線の奥底には、友美に何か訴えかけるような、受け継ぐべき、遺志のようなものの存在が感じ取れてならない。

( 私は、やはりユキに見逃されたのだろうか? いや、何かをする事によって、命を絶つ事を許されたのかもしれない。 じゃあ、その何かって・・・? )

 想像は限りなく膨らみ、友美はその収拾に苦慮していた。


 下校時間。

 友美は、帰宅途中にある、大きな総合駅にいた。

 ターミナルビル1階にあるファストフード店で、早めの夕食を軽く済ませ、繁華街の方へと歩いて行く。

( 本町2丁目か・・・ この辺も、久し振りね )

 死んだ洋子や、可奈子たちとよく来た繁華街である。 角にあるゲームセンターは、仲間たちのたまり場だった。

( 2丁目215番の3って・・ ああ、あの細長いビルね。 その5階か・・・ )

 友美は昨日、菊地から渡された名刺を頼りに、菊池が勤める会社を訪ねようとしていた。 トヨおばさんの『 来襲 』で中断された、あの話の続きをしたいと思ったからである。

 午後6時を過ぎ、繁華街はネオンで彩られ始めていた。

「 おい、友美じゃねえか・・? おい! 」

 後ろから、友美を呼び止める声がする。 振り返ると、ブレザーの制服をだらしなく着た高校生が、3人いた。 皆、髪の毛を金髪に染め、1人は、タバコをくわえている。

「 やっぱ友美じゃねえか! 久し振りじゃんよ~ 」

 赤いキャップを被り、耳にいくつものピアスをした1人が、馴れ馴れしく友美に近付いて来た。

「 達也・・・! 」

 以前、付き合いのあった不良グループの仲間だ。

「 元気してたかよ、おい。 すっかりイメチェンしちまって、どうしたよ? え? 」

「 ちょっと・・ 触んないでっ! 」

 友美は、肩から腰のあたりに回された手を払いのけた。

「 何だよォ。 久し振りだってのに、冷てえな。 ナンかお前、変わったぞ 」

「 そうよ、変わったの! もう、私に付きまとわないでくれる? 」

「 ・・んだとォ? 」

 男の顔から笑みが消えた。

「 散々、やりてえ事やっといて・・ 洋子が死んだら、知らん顔ってか? ふざけんなよ! 」

 男が凄んだ。

「 あの頃の私は、どうかしてたのよ! もう、二度と戻らない・・! だからアンタたちも、私にまとわりつかないで! 」

 そう言うと、友美はさっさと、その場を立ち去ろうとした。

「 てめえ・・ 下手に出りゃ、イイ気になりやがって! 待ちなっ! 」

 髪の毛を後ろから乱暴につかまれ、友美は声を上げた。

「 痛いっ! 離しなさいよっ! 何すんのっ 」

「 今頃、イイ子ぶりやがって。 ざけんなよっ! ナメんじゃねえっ 」

 男は、友美の顔に詰めより、再び凄んだ。

「 ・・オレたちと、縁を切りてえってか? 上等だよ・・・! 立正学園『 死喰魔 』って言やあ、ちったあ、名の売れたレディースだったがよ。 みゆきや可奈子も死んじまって、幹部の残りは、てめえ1人なんだぜ・・・? メンバー連中も、みんな他のチームに吸収されちまってるってのに、何、1人でイキがってんだよ、ああ? 」

 タバコをくわえていた別の少年が、友美を後ろから羽交い絞めにして言った。

「 センパイ。 その隅、連れてって、コイツ・・・ ヤっちまいましょう! 」

 男はニタリと笑うと、顎で指示した。

「 やめてっ! 何すんの、離してっ! 」

 洋子たちと好き放題していた頃、この達也たちが、よく女性をレイプしていたのを覚えている。 友美たちは、それを面白そうに眺めていたが、 今、まさに自分がレイプされる側になろうとは、考えもしていなかった友美であった。

「 へっ、友美。 ザマァねえなあ・・・! あの頃はよく見学してたよなァ。 そういやオメェ、処女だっけか? 拝ませてもらうか・・・! 」

 高校生とはいえ、3人がかりでは、どうする事も出来ない。 手で口を押さえられ、友美はビルの一角の暗い隅に引きずられていった。 これも、今まで好き勝手していた代償なのだろうか。 友美は悔しくて涙を流した。

「 かわいいねえ~ 友美。 おまえでも、泣く事あんのかよ。 ・・おい、よく押さえてろ。 おまえ、足持て、足 」

 もう1人の金髪の少年が、友美の制服を脱がし始めながら言った。

「 あの『 死喰魔』のナンバー2と、ヤれるなんてサイコーっすよ、センパイ! 」

 赤いキャップの男は、醜く笑いながら友美に言った。

「 真面目ぶったって、過去は変わんねえよ、ええ? 友美。 ま、楽しくやろうぜ 」

 ・・・せっかく手に入れた穏やかな生活。 それが踏みにじられようとしていた。 どんなに身なりを整えようとも、務めて対話を開いてみても、そんな事で過去を清算させる事は出来ない。 しかし、友美は自分を変えたかった。 怠惰な生活を払拭し、新しく確立させた自分で過去を清算させようと、やっと心に決心出来たのだ。 しかし、 その鼻先を挫こうとするかのような、この状況・・・! 元の自分に引き戻されていくような、果てしなく暗い不安が、急速に、友美の心の中に沸き起こって来た。

( こんなのは償いじゃない! イヤ! 絶対、イヤ! )

 赤いキャップの男が、ズボンのチャックを下ろすのが見える。


< ゲス野郎ッ! 死んじゃえッ! >


 鈍い音がした。 ミリミリッと、何か軟らかいモノが握り潰されるような音だ。

「 ・・・うごっ・・・! 」

 持っていた友美の両足を離し、赤いキャップの男は、突然、うずくまった。

「 どうしたんスか。 センパイ? 」

 くわえていたタバコを吹き捨て、少年が聞いた。

 赤いキャップの男は、腹部を押さえ、尋常ではない苦しさを訴えている。 男の顔には、脂汗が吹き出し、体が激しく痙攣し始めた。

「 ・・大丈夫っスか? センパイ! 」

 友美を押さえつけていた別の少年が、男の肩に手を触れた途端、メキッ、という鈍い音と共に、その男の首が真後ろを向いた。


 すっかり日が落ちた繁華街のネオンが、事務所の窓ガラスに映っている。 パソコンのキーを叩きながら、傍らにおいてあったコーヒーカップを手にとり、冷めたインスタントコーヒーを飲み干すと、男は言った。

「 菊地さん。 この原稿、完全にワードオーバーですよ。 もうちょっと、まとめてもらえません? 」

 山のように詰まれた資料の向こうから、返事があった。

「 んん~・・? 写真、取ってもいいから、そのままでいってよ。 それでも結構、簡素化したんだぜ 」

 男は、空のコーヒーカップを持って立ち上がり、部屋の隅にある流し台の所へ行くと、新しくコーヒーを作りながら言った。

「 叙情的に書き過ぎるんですよ、菊地さんは。 小説じゃないんだから、もっとレポート的にまとめて下さいよ。 また、デスクから言われますよ? 直木賞でも取るつもりかって 」

「 やだねえ~・・ 売上優先のゴシップ記事ってのは。 ・・あ、また改行しちまった! ちくしょう、どうなってんだ、このソフト! 」

「 また、ヘンなキー、押したんでしょ? いい加減、慣れて下さいよ。 僕、このコーヒー、飲んだら帰りますからね。 今日は、女房の誕生日なんスよ 」

「 おまえ、女房なんていたっけ? 」

「 ワケわからん事、言ってんじゃないっスよ。 結婚式にスピーチしてくれたの、誰ですか? 」

「 そういや、そんな事あったけ? ありゃ、結婚式だったのか。 ・・あ、またっ、くそう! 」

 その時、突然、ドアが開いた。 開いたというより、蹴破ったような開き方だ。 制服の胸をはだけ、肩で息をしながら女子高校生が立っている。

 友美だった。

 男は、コーヒーカップを持ったまま、虚ろな表情の友美に言った。

「 ・・・いらっしゃい 」

 友美は、男の前にへたり込んでしまった。

「 ど、どうしたの、君? 何があったんだい? 」

 慌ててコーヒーカップを傍らのサイドテーブルの上に置くと、男は友美を抱き起こしながら聞いた。 友美は、乱れた前髪の間から力なく男を見つめている。

「 ・・・菊地さんを。 菊地さん・・ いらっしゃいますか? 」

 その声に、資料の山から、ひょっこり顔を出して菊地が答えた。

「 友美ちゃん! 」

 ゴミ箱を蹴っ飛ばしながら、菊地が出て来た。

「 ど・・ どうしたんだ? その格好・・! 大丈夫かい? 」

「 突然で、申し訳ありません・・・ 私は大丈夫です。 大丈夫ですけど・・・ 」

「 とにかく、奥へ。 平田君、水! 水、持って来て! 」

 菊地は、事務所の奥にあった、打ち合わせ用のソファーに友美を座らせた。

「 湯のみ茶碗で申し訳ないけど・・・ 」

 平田が水を持って2人のところへやって来ると、窓の外を、けたたましくサイレンを鳴らしながら、救急車が通り過ぎて行った。 続いてパトカーのサイレンも近付き、近くで鳴り止んだ。

「 ・・近いぞ。 事故じゃなさそうだ。 事件らしい。 お? あそこのビルの脇に野次馬がいる・・・! 菊地さん、この子、お任せしていいですか? ちょっと行って来ます! 」

 平田は、上着を取ると菊地にそう言った。

「 おお、すまん。 頼む! 」

 菊地は、近くの机の上にあったデジカメを渡すと、平田は、出かけにコーヒーを1口飲み、慌てて事務所を飛び出して行った。

友美は、少し、落ち着きを取り戻したようである。

「 さて、何があったのか、説明してくれるかい? 」

 菊地の問いかけに、友美は答えた。

「 わたし・・・ 私にもよく分かりません・・・! 気が付いたら、人が・・・ 人が死んでいました・・・! 」

「 人が・・? 」

 菊地は、一度、窓の外に視線をやると、すぐに友美の方に向き直った。

「 まさか、外の騒ぎの事じゃないだろうね? 」

「 ・・・私が・・・ やったみたいなんです・・・ 」

「 えっ? ち・・ ちょっと待ってくれ。 外の騒ぎは、殺人かいっ? し・・ しかも、君がやったって・・? 」

「 どうしよう、菊地さん! 私、もう・・ 何が何だか分からないっ! 」

 友美は両手で頭を抱えた。

 乱れた服装、繁華街、日の落ちた時間帯・・・ 菊地は、自分なりに、友美に起こった出来事を想像し、大体の状況を把握した。

「 誰かに襲われた・・・ そして抵抗し、相手を傷つけた。 そうなんだね? 」

 友美は頭を抱えたまま、無言で頷いた。

「 ・・だとしたら、正当防衛だ。 まだ未成年だし、保護されるべき立場にある 」

 菊地は、頭を抱えたままの友美の両腕を掴むと、諭すように言った。

「 しっかりするんだ、友美ちゃん! 君は、何も悪くない。 これは事故だ 」

「 菊地さん・・・! 」

 菊地の腕に抱きつきながら、友美は答えた。

「 わ・・ 私、怖い・・・! 自分が怖いの。 我を忘れた時・・ 私の中に、もう1人の私がいる・・・! 」

「 ・・もう1人の自分、か・・・ まだ、あの事件のショックから立ち直れないでいるんだよ。 あまり気にしない方がいい 」

 怯えた表情で顔を上げると、激しく顔を横に振りながら、友美は言った。

「 違うっ! 違うのっ・・! 私・・ ユキみたいになっちゃう・・・!  バケモノみたいになっちゃうよ! イヤだよ、そんなの・・! 」

「 落ち着くんだ、友美ちゃん! ただの不幸な事故だよ。 いいかい? この事は、まだ誰にも言うんじゃない。 今日は送ろう。 帰った方がいい 」

 何か、普通とは違う・・・

 友美の不可解な言動と事件の可能性から、職業柄、菊地はそう感じた。 平田が戻り、友美の事をあれこれ詮索されてもまずい。 ここは一旦、身を隠した方が良さそうだ。

 平田宛に、簡単な伝言をメモに書き、パソコンのモニターに貼ると、菊地は友美を連れて外へ出た。


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