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4429F  作者: 撫川 俊
15/15

15、終局の封印

15、終局の封印



 大きな夢。 小さな夢・・・

 人は皆、夢を見て成長する。

 しかし、あらゆる夢を具現化し、未来を自由に書き換えられるような、全てを超越した大いなる力を手にした時、人は、人でなくなる。 ・・そう、夢を実現させようと目的を持ち、己自身の力で邁進する姿こそ、美しいのだ。

 勘違いしては、いけない。 夢は、叶える為にあるのではなく、見る為にあるのである。


 夢に向かう事・・ それこそが、人の姿である。

 夢を持つという事・・ それこそが、人間の証明である。



「 あれ? アンタは・・・ 」

 アパートの階段で、菊地は、初老の女性から声を掛けられた。

「 あ、その節はどうも。 町田・・ 豊子さんでしたっけ。 友美さん、います? 」

「 いるけど・・ 」

 友美の部屋を振り返り、彼女は暗い表情を見せた。

「 何だか最近、元気なくってねえ。 明るくないんだよ。 何ていうか、その・・ 浮の空ってカンジでねえ・・・ 話し方も妙に、よそよそしいし。 ・・そのうち、アンタが訪ねて来るから、って言ってたけど、何かあったんかい? 」

 友美の様子を気遣う彼女。 どこか、今までの友美とは違う、違和感を覚えているようだ。

 菊池は答えた。

「 体調が悪いらしいね。 僕も、よく判らないけど・・ 」

「 ・・そうかい・・ それにしても、何だい? その包帯は 」

 菊地の頭や、手首に巻かれた包帯を見て、彼女は聞いた。

「 いや、その・・ ちょっと階段でコケちゃって・・ 」

「 何だろね、そそっかしい 」

 菊地が、負傷者として報道に出ていた事は、気付いていないようだ。

「 友ちゃん、今日は学校休んだらしいから、あんまり長居すんじゃないよ? 友ちゃんが、会いたいって言ってるから、会わせてやるんだからね。 頭に乗るんじゃないよ? 用が済んだら、早く帰んな 」

 そう言うと彼女は、1階の管理人室へと、入って行った。


 あの日、セントラルホテルで重症を負った菊地は、病院のベッドの上で意識を回復した。

 約、2週間の入院の間、テレビのワイドショーなどは、連日、その事故の報道を伝え、入院中の菊地の所へも、取材の記者が来た。 新聞社・大手出版社など各報道機関へは、憂国勤皇隊の名で犯行声明文が郵送されて来ており、おそらく、大館がセントラルホテルへ向かう途中、一斉に投函したのだろう。 事故ではなく、事件として後日からは、検証・検分、行動論議などがメディア展開されている。

 死傷者も多く、近年には記憶に無い、大きな事件となった。 10階の防災センターと集中管理室の職員、消防士、レスキュー隊員、警備員・・・ 死亡者の合計は、41名。 宿泊客や、一般の買い物客にも数多くの犠牲者が出ており、そのほとんどは、落下して来たガラスの破片によるものであった。 春奈や愛子たちの名も犠牲者名簿の中にあり、もちろん、大館や浩子、社の名前もあった。 損傷が激しく、女性と思われる身元不明の遺体は、所持していた学生証と着衣から、事故発生の2日後、里美であると報道されていた。

 病院のベッドで、食い入るようにテレビを見ていた菊地・・・ 友美の名前が一向に発表されない点に、やがて菊地は、事態の全容を把握した。

 現場に居合わせて重症を負った記者が退院した、と報道された日、初めて友美からのメールが届く。

 菊地は、すべてを知った。 友美が今、どんな状況にあるのかも・・・


 ドアの鍵は開いていた。

 少しドアを開け、内側を軽くノックする。

「 どうぞ 」

 小さな声が聞こえた。 友美の声である。 菊地には、その声が、妙に懐かしく響いた。

「 友美ちゃん・・ 」

 部屋の一番奥にある、レースカーテンをひいた窓側に置かれたベッドの上に、友美は横になっていた。

 じっと天井を見つめたまま、顔は菊池の方には向けず、しかし、優しい口調で友美は言った。

「 体は・・ もう良いのですか? 」

 友美は、制服を着たままであった。 昨日、学校から帰って来て、そのままの様子だ。

 菊池は、部屋に入り、静かにドアを閉めながら言った。

「 ああ、まだ抜糸してないトコもあるけどね。 32針、縫ったよ 」

 相変わらず、菊池の方には顔を向けず、友美は答えた。

「 色々、ご迷惑をお掛け致しました。 菊地さんがいらっしゃらなかったら、どうなっていた事か・・ 」

 妙に、言葉使いが丁寧だ・・・

 菊地は、友美が性格的にも、変化している事を感じた。

 ベッドの傍らにあった、折りたたみイスを出すと、菊地は友美の横に座った。

「 何も・・ 感じないんだね? 」

 友美の手を取り、菊地が尋ねる。

「 ・・はい 」

 真っ直ぐ天井を見つめながら、友美は続けた。

「 でも、とても・・・ 満ち足りた気分です。 忘れていた、幼い頃の記憶が・・ 鮮明に甦っています。 私をかわいがってくれた、寮母さまの声が聴こえるのです・・ 」

 何も苦痛を感じない友美の意識は、過ぎ去った遠い過去へコンタクトしているのだろう。 寂しくはあったものの、何も恐れる事の無かった、穏やかな幼年期へ・・・ 話し方が丁寧なのは、その頃、しつけられていた記憶と、シンクロしている為のようだ。

 レースのカーテン越しに差し込む柔らかな光・・・ 友美の穏やかな表情からは、その光と相まって、この世のものとは思えない、まるで聖母のような優しさが感じられた。 すべての煩悩を取り払った友美は、既に、神の領域に入っているのかもしれない・・・

「 友美ちゃん・・・ 」

 菊地は、静かに聞いた。

「 これから、どうするんだい? 」

 しばらく間を置いて、友美は答えた。

「 ・・お母様のところへ、参ります 」

 菊地は、それを聞くと目を瞑り、下を向いた。

「 ・・・・・ 」

「 菊地さん。 最期に1つ、お願いをしてもよろしいですか? 」

「 ・・何だい? 」

 顔を上げて、菊地は尋ねた。

「 テープをかけて頂けますか? その棚の・・ 端にあります 」

「 テープ・・・ 」

 菊地はデッキを探したが、どこにも無い。 棚には、1枚のCDが置いてあった。

( これの事か・・・ )

 机の上にあったポータブルプレイヤーに入れ、再生ボタンを押す。 しばらくすると、バイオリンの音色が聴こえて来た。 静かなオーケストラ演奏曲のようで、かなり古いレコーディングのようである。

 菊地には、その曲名が分かった。

「 モダン・タイムス ・・・ 」

 チャップリンの、古い映画音楽だ。

「 寮母さまが、お好きだった曲で、『 スマイル 』という曲名なのだそうです。 『 街の灯 』という映画も、観に連れて行って下さいました 」

 友美は、静かに目を閉じた。

 旅発つ、友美の気配を感じ、菊地はベッドに取り付いて、友美の手を取った。

「 友美ちゃん・・! 」

 顔を菊地の方に向け、少し目を開けると、友美は言った。

「 人は愚かです・・・ こんな力を、持ってはいけない・・! 自分で、努力して得たものにのみ、価値は存在するのです 」

「 ・・だからと言って、君が逝く必要はない! 友美ちゃんっ・・! 」

「 菊地さん、ありがとう。 いつまでも、お元気で・・・ 」

 友美は、血流の循環を止めた。 それを察知した菊地が叫ぶ。

「 逝っちゃダメだ、友美ちゃんっ・・! 」

「 菊地さんのお顔を、最期にもう一度、拝見したかったのです。 身も知らぬ私に・・ お声をかけて下さいました。 ・・菊地さんが・・ すこやかに・・ お過ごし頂けますように・・・ 」

 友美の声が、次第に小さくなっていく。

「 ダメだ、ダメだっ! 早く・・ 血流を戻すんだっ! 友美ちゃんっ・・! 」

 菊地の呼びかけには答えず、友美は、呟いた。

「 ・・お母様が・・ お母様が、呼んでいる・・・! 」

 今、まさに友美は、旅立とうとしている。 引き戻す事は、誰にも出来ない。 菊地は、それを感じ取った。

「 ・・友美ちゃん・・! 」

 ささやくような声で、最期に、友美は言った。

「 お母様・・・ 友美は、ここです・・・ 今、参ります・・・ 」

 眠るように、友美は、息を引き取った。

 菊地は、暖かさの残る友美の手を握り締めたまま、シーツに顔を埋める。

 あの、ユキにも匹敵する力を覚醒させた友美 ・・・ その能力を持ってすれば、生命を維持していく事も出来たはずである。 しかし友美は、生きる屍より、永遠の眠りによる力の封印を選択したのだ。 親身になってくれた菊地に、最後のお別れをして・・・

「 ・・・オレが来るのを、待っていてくれたのか・・ 友美ちゃん・・・! 」

 菊地は、友美の頬を、震える手で撫でた。

「 君の事は、忘れない。 壮絶な運命を辿った仲間たちの中で、ただ1人・・ ベッドの上で静かな最期を迎え、安らかに旅立って逝った、伝説の人・・・! その記憶をもって、僕も、全ての記憶を封印する事にするよ・・・ 」

 安らかな、永遠の眠りについた友美の顔を、静かに見つめ続ける菊地。

 部屋には、オーケストラの音色が、いつまでも流れ続けていた。



                          『 4429F 完 』


最後までお読み頂き、有難うございます☆

果汁が30%以上含まれていれば、『 果汁100% 』と表記出来る事を、ご存知でしたか? 考えても見て下さい。 実際に果実を絞った果汁が、あんなに甘くて美味しいですか・・・?

保存料・甘味料・着色料・・・ 食品には、ワケの分からない『 薬品 』がいっぱい入っています。 最近、急増した花粉アレルギー・・・ これは絶対に、添加物の影響だと私は考えています。

「 いつか、とんでもない事態に波及するのではないか・・? 」

そんな思いから、この作品の構想を練りました。

また宜しければ、他の作品でもお付き合い下さいね!

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