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4429F  作者: 撫川 俊
14/15

14、行き着く果てに・・・

14、行き着く果てに・・・



 非常階段から、浩子が降りて来た。 社が、怪我だらけだったのに対し、浩子の方は、何ともない。 着ている女子学院の制服にも、乱れは無く、埃の跡1つ見当たらない。 おそらく、強力なシールドを張っていたと推察される。 ・・・しかし、目の前で社が攻められている状況に対して、何も手を出さず、傍観していたとは・・・

 春奈が、気付いたように言った。

「 そうか・・! 社と戦わせておいて、友美センパイのスタミナを減らそうって魂胆だったのね? 」

「 まあ、そんなところかしら。 あの子、単純だから・・・ 」

 友美は、じっと浩子を見つめた。

 以前に会った時より、普通ではない人格の、極度な増幅を感じる・・・ 全てを拒否したかのような、暗い瞳。 かすかに、笑みを浮かべるその表情も、どこか冷酷で、人間性が全く感じられない。 近寄る者は、冷酷無比に皆、傷つけてしまうような・・ そんな冷たさを発している。 何人も殺めて来た経緯が、彼女の風貌を、こんな風に変貌させてしまったのだろうか・・・

 浩子は、友美を見据えつつ、静かに言った。

「 ずいぶんな使い手になったようね、友美・・・ さっき、あの子に言ってた説教も、聖人ぶってて、イイ線いっているわ。 ・・でもね、きれい事だけじゃ、人は動かないわよ? 最後にイニシアティブを取れるのは、リアリズムだけ 」

 友美は答えず、浩子を見つめ続けた。

 浩子が続けた。

「 もっとも・・・ 春奈たちのように同調する者も、いるかもしれない。 でも、あたしたちが言ってる『 人 』ってのは、この世の中を占める大多数の人の事を言ってるのよ? 大衆、民衆にイデオロギーは必要ないわ。 何に従うか・・ それだけよ 」

 浩子の後ろから、大館も降りて来た。 おそらく、浩子にシールドで守ってもらっていたのだろう。 大館も、どこも怪我は無いようだ。

 友美は、ゆっくりと大館に視線を移した。 大館もまた、じっと友美を見つめている。

 友美は、大館に言った。

「 ・・・その、大きな恐怖に従えって言うの? 大舘さん・・・ 」

 少し間を置いて、大館は答えた。

「 今は、恐怖と見てもらっても仕方ないだろう。 僕らには、大きな意志がある。 それを実現するための、これはステップだ 」

 その答えに対し、大館の目を見据えながら、友美は言った。

「 あなた・・ 何様のつもりなの・・? 価値観は、大きさじゃないわ。 必要性でもない・・可能性よ・・! 目に見えない、小さな可能性すら蹂躙してしまう大館さんの考えには、私は絶対、賛同出来ないわ! 」

 大館が答える。

「 以前にも話し合った通り、僕らとの主義・主張は、平行線のままのようだ・・ 出来れば、君らとは再会したくはなかったのだが、こうなってしまっては仕方がない。 残念だよ。 非常に 」

 浩子の体から、猛烈な殺気が発しられ始めた。 ・・押し潰されそうな重圧感。 周りの空気を凝縮したかのような、威圧ある気が浩子の周りを取り囲んでいる・・・!

「 春奈・・・ シールド、外すわよ? 私、浩子さんとは、自信ない・・ 」

「 分かった、友美センパイ 」

「 気を付けてね・・! 」

「 ・・センパイ、あたし・・・ センパイと出会えて良かったよ 」

 唐突な春奈の言葉に、友美は困惑した。

「 な、何言ってるの・・? 」

「 この力・・ 人の為に使うってコト、初めて考えさせてくれたの、友美センパイだった・・ 人が生きて、初めて自分が生きるんだよね? 」

「 春奈・・・ 」

「 あたしたち、隠れるコトしか考えてなかったもん・・! 」

 突然、目が眩むような閃光が走り、強烈な衝撃が襲って来た。 今までに体験した事も無いような、猛烈なプレスである。 友美は最大のシールドを張り、防御した。 ・・が、何も手応えが無い。

「 ? 」

 以外にも、ホールドされたのは春奈だった。 浩子は、友美ではなく、春奈にその刃を向けて来たのだ。 春奈は、浩子の圧倒的な束縛を受けながらも、果敢に抵抗を試みていた。

「 浩子さんっ! あなたの相手は、私のはずよ! 春奈には、手を出さないでっ! 」

「 邪魔なのから片付けるのよ。 ・・何なら、そこに倒れて気を失ってる記者さんも、潰してあげようか? 」

「 ・・あ、あなたって人は・・ やめてっ、春奈を放して、浩子さん! 」

 友美の叫び声には答えず、浩子は、春奈を攻めた。

「 ふ~ん・・ あんた、結構使うようになったのね・・・ バカね。 抵抗しなきゃ、楽に死ねたのに 」

 いくつもの青白い放電が、春奈を取り巻くように発光している。 浩子は、何かを春奈に仕掛けているようだ。 盛んに口を動かし、友美に訴えているような仕草を見せていた春奈だったが、喉の辺りに両手をやると、苦しそうにもがき始めた。

 友美は、浩子の手が読めた。

「 く・・ 空気を・・! や、やめてっ! 浩子さんっ・・! 」

 浩子は、春奈を束縛しているシールド内の空気を抜いたのだ。

 大館が言った。

「 友美! 春奈を生かすも殺すも、君次第だ。 このまま我々の邪魔をせずに、ここを立ち去ってくれるか? 」

 ・・友美は、我が耳を疑った。 これが、あの大館の、真の姿なのか・・?

 大館は、続けて言った。

「 浩子のシールドの間に入ろうとしても無駄だ。 シールド内は真空になっている。 春奈は、自らの力で体内の気圧を調整しているんだ。 無理にシールドを破れば、自らの力で自分の体を押し潰す事になる! 」

 釣り上げられた深海魚と、逆の論理だ。

「 返答はッ? 」

 問い詰める大館。 春奈の顔色は、みるみる青ざめていく。 友美は拳を握り、目に涙を浮かべて大館を見た。

「 こんなの・・ こんなの、答えられないっ・・! お・・ 大舘さん、あなたはこんな事して・・ 平気なのっ・・・? 」

「 ・・・平気、と答えておこう・・・! 大義の前に、小さな犠牲は仕方ない事だ 」

「 命に、大小があるとでも思ってんのッ! あんたのやってる事は、殺戮よッ・・! 」

 突然、春奈の束縛が開放され、何事も無かったかのように、浩子が言った。

「 死んだわよ? この子 」

 床に倒れ込む、春奈。 友美は、慌てて駆け寄る。

「 春奈! 春奈ッ! 」

「 心臓マッサージでもする? まあ、無駄ね・・ 延髄の神経、切っておいたから 」

 友美は、震える指先で春奈の頬をなぞった。 ・・どこにも外傷は無い。 しかし、春奈は事切れていた。 もう二度と、その瞳を開く事はない。

「 ・・そ・・ そんな・・・ 」

 友美は、春奈を抱き起し、その額に自分の額を押し当てると、小さな春奈の体を強く抱きしめ、搾り出すような声で言った。

「 春奈・・・ッ・・! 」

 後ろから、大館が声をかけた。

「 仲間を失うのは、僕だって悲しい。 覚醒以来、ずっと一緒に行動して来たんだ。 みんなで悩みながらね。 出来れば友美、君だけでも・・ 」

「 人殺しの仲間なんかに、誰がなるもんかッ・・! 」

 振り向きざまに大館の言葉をさえぎり、友美は、語気を荒げて叫んだ。

「 この子は・・ この子は、まだ13よっ! あんた、人の命を何だと思ってんの? 意志だか何だか知らないけど、偉そうなコト言う前に・・ 人として、恥を知りなさいッ! 」

 次の瞬間、いきなり浩子が、衝撃波を友美にぶつけて来た。 あっという間に友美は、抱いていた春奈の体ごと後ろへ吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 大館の前に歩み出ると、友美を見下げ、威圧するように、浩子は言った。

「 あんた・・ すっごい、ムカつく・・! あたし達が、どんなに悩んできたか・・ どんな偏見や仕打ちを受けてきたか、あんたには分からないでしょう? ・・あたしは、レイプされた事だってあるのよ・・! 」

 友美は、春奈をそっと床に寝かせると立ち上がり、浩子を見つめた。

「 ・・だから何なの? だから、無差別に人を殺してもいいって言うのッ・・? 」

「 あんたには分からないッ! イジメられ続けて来た、あたし達の気持ちなんて・・ 誰も、理解出来ないわッ! 」

 突然、物凄い気圧が、友美に圧し掛かって来た。 全てを威圧する、果てし無く暗い、浩子のプレスである。 手足の自由はおろか、息をする事すら間々ならない。 全身を握り潰すさんとするような、強烈な束縛だ。

「 ・・もう一度、言ってごらんっ! さあ、言ってみなさいよッ! 聞いたふうな口きいて・・ あんたなんか、ペシャンコよっ! みんな潰してやるッ! あたしたちをバカにしたヤツらも、イジメたヤツらも・・ みんな潰してやるッ・・! 」

 浩子の強靭な力の源は、虐げられた、その理不尽な過去の経験にあるようだ。 手にした膨大な力・・・ 心に巣食っていた暗い心理は、得た力によって解き放たれた如く膨張し、他を寄せ付けない巨大な力と化したのだ。 ・・途方もない力を手に入れた、弱者の逆襲・・ その威力は、何者の想像をも、遥かに超越した力であった・・!

「 どうしたのさっ! ええっ? 口先ばかりじゃない、あんたなんて! 」

 吹き荒れるような、物凄い気圧の中、修羅のような形相で友美を見下げ、浩子は言った。 まるで、ダンプカーと押し合いをしているようだ。 どんなに気を発しても、浩子のプレスは、徐々に友美の領域を凌駕して来る。

( 血流が・・ 止まってる・・! )

 猛烈な圧力に、体中の血液が循環しなくなっているのだ。 意識が、次第に遠のいていく。まるで歯が立たない。 これが、浩子の力なのだ・・!

( 衝撃波しかない! それも、最大の・・! でも、その後の体力が・・ )

 迷っている余裕は無い。 友美は目を見開き、浩子のプレスに向けて、今まで出した事がないような、巨大な衝撃波を発した。

 ドドーン、という大きな地響きと共に、閃光が走り、猛烈な気圧と共に浩子のプレスが弾け飛ぶ。 天井の化粧板は全て吹き飛び、残っていた床材も四散、全ての壁には、無数の亀裂が走った。

「 こ、この・・っ! 」

 浩子は、飛び散る建材を避けると、立ち込める白煙の中に、友美を探した。

 やがて、めくれ上がった床に手と膝を付き、俯いたまま、肩で息をしている友美が見て取れた。 今のプレスは、さすがの浩子も、かなりの体力を消耗したようである。 しかし友美は、それ以上だ。

 浩子は、友美に悟られないよう、余裕の表情を見せながら言った。

「 短期間で、よくそこまで使うようになったわね。 頭を潰すのと、首を折るのと・・ どっちがいい? 」

 友美は下を向いたまま、荒い息を続けている。

「 命乞いでもしてみる? 助けて、って言ってごらんなさいよ、ええ? 」

 ゆっくり顔を上げた友美は浩子を見つめ、荒い息の中で、呟くように言った。

「 力の・・・ 力との・・ 共存を考えて・・・! 」

「 ・・ま・・ まだ、寝言ってんのッ? いいわっ、二度と言えないようにしてあげるッ! 」

 浩子の周りに、再び、気圧の渦が発生し始めた。 青白い放電が渦になびき、浩子の周りを、徐々に回り始める。

( 来るっ! プレスを・・ シールドを張らなきゃ・・! )

 分かっていても、かなりのダメージを受けた友美には、早急な対応が出来ない。 まばゆい閃光が走り、浩子のプレスが、再び友美に襲い掛かった。

( 間に合わないっ・・ 潰される・・・ッ! )

 そう思った瞬間、何かが、友美に覆い被さった。

「 ・・・? 」

 体は、何とも無い。

 浩子のプレスから逃れようと、思わず仰向けに後退りした友美の体の上に、何かが乗っている。 それは何と、里美だった。

「 ・・さ、里美っ? 」

 浩子の圧倒的なプレスを受け止めながらも、必死に友美を守っている。

「 ご・・ ごめんね友美・・! ガレキの中で気を失なっちゃってた。 どこまで持つか分かんないけど・・ 今のうちに、とにかく、まずシールドを張って・・・! 」

 その表情に笑みはあるものの、巨大な浩子の力に、耐えうるはずが無い。 自殺行為に等しい。

 友美は、急いで応急的なシールドを張ると、里美に言った。

「 出来たよ、里美っ! つ・・ 潰れちゃうっ! 早く、そこから逃げて! 」

 結果的に里美は、友美のシールドと浩子のプレスに挟まれた状況となっている。

「 だめっ・・! もう少し経たないと・・ 友美の体力が回復しない・・・! 」

 確かに、その通りではあるが、完全な体力の回復には、かなりの時間を要する。 しかし、それまで里美が、持ち堪えられるはずはない。

「 里美っ、逃げてッ! お願いっ・・! 」

「 ・・友美のプレスに比べたら、こんなの・・・! 」

 里美はシールドの圧力を上げた。 周りの空気が圧縮され、赤く熱を帯び始める。 里美が、ここまで気の圧力を上げたのは、おそらく初めてだろう。

「 だめえッ! 神経、切っちゃう! 里美! 」

 いつも、他人の気遣いをしていた里美・・・ 誰かが傷付くと、傍らにはいつも里美がいた。 絶体絶命の危機だった今も、やはり里美がフォローしている。 しかし、そんな里美にも限界がある。 今や、その限界は、とうに過ぎていた。

 状況を見ていた浩子が言った。

「 とんだ伏兵がいたものね・・ いいわ、里美。 一緒に、潰してあげる・・・! 」

 プレスの圧力を、更に上げる浩子。 里美は、既に表情を失っている。 だが、かすかに微笑みながらも、じっと友美を見つめていた。

「 ・・里美っ? 里美、しっかりしてっ! もう・・ もう無理よ、神経が・・・! 」

 友美のシールドに覆い被さっている里美の胸の辺りから、メキメキッという、鈍い音が聞こえて来た。 肋骨が折れたのだ。

「 さっ、・・里美! 」

 友美の頬に、暖かいものが、ポタリと落ちて来た。 続いて、2つ、3つ。 友美の耳の脇辺りから、首筋へと流れて行く。

「 だ・・だめ・・ 里美・・・! 」

 生気を失いつつも微笑む里美の口から、血が流れ出ている。

「 ・・あたしが死んでも・・・ 友美が・・ いる・・! 」

 里美が、そうつぶやいた瞬間、何かが砕ける音と共に友美の目の前は、真っ赤になった。

 再び、強烈な浩子の気圧が、友美を襲う。 しかし次の瞬間、巨大な放電柱が、浩子のプレスを一気に弾き飛ばした。

「 あ・・っ! 」

 爆風にも似た圧力に、浩子はよろめいた。 圧縮された空気が熱風となり、フロアを吹き抜け、四散した建材を猛烈に巻き上げる。

「 浩子オオオオオ ―――――――――― ッ! 」

 髪を逆立て、仁王立ちになった友美が叫んだ。 体中、いたるところから放電し、巻き上がった建材に接触する度、火花を散らしている。 今までに無い、荒々しい殺気を帯びた力が、友美の周りに渦巻いていた。

「 あたしのプレスを破壊した・・? そんな・・・ そんな力、あんたには残ってないわ! 」

 凄まじい視線で浩子を見据え、ゆっくりと近寄る友美・・・ その殺気に、浩子は、初めて恐怖した。 もう自分には、体力は残っていない。 まさか、友美が、このプレスを弾き飛ばすとは、予想もしていなかったからだ。

 自分の知らない、未知数的な、友美の力・・・! その存在の前には、成す術も無い。

 浩子は怯えた。 閉じ込められた部屋の壁が少しずつ迫って来るような、鬼気迫る友美の表情に、浩子は一歩も動けない。

「 ・・こ、この・・っ! 」

 浩子は、残っている体力で衝撃波を繰り出した。 バシッ、という音を立て、衝撃波は友美のシールドに、いとも簡単に跳ね返されていく。

 耐え兼ねない恐怖に、浩子は叫んだ。

「 ・・こ、来ないでっ! 来ないでよっ! 」

 友美は、じっと浩子を見つめたまま、表情一つ変えない。

「 ・・・! 」

 浩子は気付いた。

「 ・・あんた・・ 神経を・・・! 」

 友美は、歩みを止めると、じっと浩子を見つめた。 その表情は無機質だ。 しかし、一度、その力を稼動させれば、自身の体の存続を考慮しない、無制限な力の放出の危険性を示唆している事を、浩子は感じ取っていた。

 ・・・友美は、神経を切ってしまっていたのである。 それは、自身の死を意味する。 あの、ユキのように・・・!

「 ・・お、大舘さん。 どうしよう? 友美・・ 神経、切っちゃってる・・・! 」

 浩子は、震える声で大館に尋ねた。

 飛び散った建材でフロアの片隅に埋もれていた大館は、折り重なった床材を払いのけながら、浩子に言った。

「 仕掛けるんじゃない! 力を稼動させて暴走し始めたら・・ とんでもない事になるぞ!  動くな。 今、そっちに行く 」

「 お、大舘さん・・ あたし・・・ 束縛されてる・・! も、物凄い力・・! 弾き飛ばされるっ 」

「 やめるんだ、友美っ! 今、力を使っちゃいけないっ、友美ッ! 」

 浩子の体が、猛烈な勢いで壁に叩きつけられた。

「 あ・・ ぐ、ふっ・・・! 」

 背中から壁に叩きつけられた浩子の胸と腹部から、鉄筋が飛び出して来た。

「 浩子ッ! 」

 崩落した壁の鉄筋が、浩子の体を貫いたのだ。 床に広がる、鮮血の輪。

「 ・・・・ 」

 声も無く、しばらくもがいていた浩子は、自分の胸から飛び出した鉄筋を両手で握り締めたまま、まばたきを1つすると、やがて動かなくなった。

 友美は、ゆっくりと大館の方を振り返った。

「 ・・・友美・・・! 」

 鉄筋を握り締めていた浩子の左腕が、だらりと落ちる。

 不気味な静けさがフロアを包んだ・・・ 階下の地上からは、消防車のサイレンが聞こえる。 すぐ下の8階では、レスキュー隊も到着したらしい。 作業指示を出す声が、非常階段の方から聞こえて来る。

 遂に、神経を切ってしまった友美・・・ 自分を助けようとした里美を、目の前で無残に押し潰され、怒りに我を失った友美は、自分で制御出来る限界以上の力を稼動させてしまったのだ。

 ・・・もう、元には戻れない。 酸素を供給し、脳を働かせて筋肉を操り、手足を動かせているのだ。 痛みも感覚もない。 匂いも暑さも感じない。 足元には、経験した事のない、ふわふわとした感触があった・・・

 自分は、どんなふうに大館に見えているのだろう・・・? そんな思いも含め、友美は、じっと大館を見つめ続けた。

 やがて大館が、呟くように言った。

「 ・・・これで終わりだ。 すべて終わったよ、何もかも・・・! 」

 友美は、尚も、じっと大館を見つめている。

 ・・・大館の深層心理が見える。

 エリートとしての自負と重圧。 報われない、弱者の誠意。 利と義の選択と、優先。 幼い頃の、母の思い出・・・ 浩子に向けられた、大いなる愛情。

「 ・・喋れるかい? 」

 大館は、友美に聞いた。 しばらく無言でいた友美は、小さな声で答えた。

「 ・・・さみしい 」

 大館は、続ける。

「 精神だけで、気をコントロールしているのか・・ 大したものだ。 暴走もせず、理性を保っている・・・ 自律神経をコントロールし、血流は自分で循環させてるんだね? 理解出来る僕にしても、驚きだよ。 とても、死んでいるとは思えない・・! 」

 友美は言った。

「 あなたを・・ 手に掛けたくない 」

「 僕の事はいい。 収拾は付けると言っただろ・・ 君こそ、どうする? そのまま、生きてるフリを続けるのか? 」

 しばらくしてから、友美は答えた。

「 わからない・・ 」

 大館は、ふうっと、息をついた。

「 ・・酸素は、皮膚からも取り入れるんだよ? 皮膚呼吸をさせないと、筋肉や皮下組織が壊死してしまう。 僕からの、最後のアドバイスだ・・・ 」

 大館は、足元に落ちていたガラスの破片を手に取り、言った。

「 前に言ったよね? 僕らと君らは、同じカードの裏表だと。 裏である僕らは、カードを場に出してみた。 結果は、ご覧の通りだ。 表の君らが出ていたら、どうだったんだろうね・・ まあ、今となっては、無責任な問いだが・・・ 」

 そう言うと、大館はガラスの破片を自分の首筋に当て、一気に引いた。 霧吹きで吹いた水の如く鮮血が噴き出し、大館は、よろめくように膝を付いた。

「 ・・平和的に解決出来るに越した事は無い。 でも、人間は愚かだ・・ その暴力の恐怖に、従わせる事も必要な時がある 」

 次第に、前のめりになり、目から、生気が失せて行く大館。

 かすかに笑いながら、段々と小さな声になりつつ、言った。

「 暴力の全否定は、偽善だ・・・ そんな事を考える僕が・・ 一番、愚かだったのかも・・ね・・ 」

 床に落ちたガラス片が、小さな音を立てて砕け散る。

 倒れ込んだ大館は、そのまま動かなくなった。


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