表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4429F  作者: 撫川 俊
12/15

12、回天の轍

12、回天の轍



 ホテルのロビーは混雑していた。 1階にあるラウンジの向こうには、有名ブランドのショップがテナントとして入っており、オープンカフェスタイルの喫茶店や、パスタの専門店が続いている。 玄関ロビーとつながったロータリーには、石膏の天使像が置かれ、洒落た造形の噴水が心地良い水音を立てていた。

 土曜の午後とあって、待ち合わせカップルや挙式の出席者、買い物客など、まるでラッシュ時の駅前の様相である。

「 では、記者会見では、毎朝さんを2番目に指名しますんで、菊地さん、よろしく。 あまり、つっ込んだ事、聞かないで下さいよ? 」

「 分かってますよ。 勤皇隊、怖いっスからねえ 」

「 それですよ。 ヘンなゴシップでも持ち上げられたら、たまりませんから 」

 コーヒーカップに残ったエスプレッソを飲み干し、公産党の広報局員は、席を立って行った。

 ラウンジのカフェテラスに、1人残った菊地は、一息つくと、辺りを見渡した。

( 社の姿は、今のところ無いな・・・ )

 大きな1枚ガラスの向こうに、噴水があった。 その周りでは、待ち合わせの買い物客に交じり、同業の記者の姿も見える。 何か打ち合わせをしているようだ。

 ロビー正面には、他局のテレビスタッフもいた。 会見を中継するらしい。 ロータリーの向こう側に中継車を止め、中継基地にしているようだ。 ロビーまでのシールドコードが邪魔になるのか、ガードマンが盛んに何か言っている。

 ふと、菊地は噴水脇にいる数人の少女たちに気付き、目をやった。 買い物の待ち合わせであろうか、皆、高校か中学くらいの歳のようである。 その内の1人が、噴水の向こうに手を振った。 友だちなのだろうか、向こうからは、1人の少女が彼女らのもとにやって来た。 ・・何と、友美であった。

「 あれっ? 友美ちゃん! 」

 菊地は、持っていたコーヒーカップを慌てて置くと、携帯電話をかけた。 間もなく友美は、呼び出し音に気付き、ポケットから携帯電話を取り出している。 菊地は、それを眺めながら話した。

「 そんなトコで、なにしてんの? 友美ちゃん 」

『 えっ? 菊地さん、私が見えるの? 』

「 正面のカフェテラスだよ。 ほら、ここ 」

 友美の方も、テラスにいる菊地に気付き、手を振った。

「 ロビーにおいで。 今、出てくから 」

 菊地は、携帯電話を切るとレジで清算を済ませ、ロビーに出た。

「 やっぱり来ちゃったのか、友美ちゃん 」

「 だって心配で・・ あ、こちら菊地さん 」

 友美は、皆に菊地を紹介した。

「 菊地です。 友美ちゃんから、みんなの事は聞いてるよ 」

「 愛子に、里美と春奈よ 」

「 初めまして。 多岐 愛子です 」

「 三上 里美です 」

「 沢口 春奈です。 へえ~、意外と若いんだ。 もっとオジさんかと思ってた 」

「 君らから見れば、立派なオジさんだよ 」

 菊地は、笑って見せた。

 友美が、菊池に言った。

「 菊地さん、大館さんや浩子さんとは、面識ないでしょ? 愛子たちに相談したら、行った方がいいって 」

 里美が、付け加える。

「 もし、あいつらに遭遇したら、友美1人じゃ危険なんです。 あたし達、全員で立ち向かわないと・・ 」

 菊池が答えた。

「 僕も、社って子の力は、身を持って体験している。 浩子って子は、それ以上らしいね 」

「 でも、友美センパイは、この前、浩子さんのプレスを弾き飛ばしたのよ! 社との対決だって、勝ってたし・・ みんなで力を合わせれば、押さえ込めるかもしれないのよ 」

 春奈が言った後を、里美が続けた。

「 まず、あいつらが現われるかどうかなんです。 現われたら、とにかくみんなで固まっていれば、そう簡単にはやられやしないわ 」

「 里美・・ ちゃんだっけ? 第1に成すべきは、一般客の避難だ。 もちろん、彼らのターゲットである公産党員もね。 ・・彼らとの対決は、なるべく避けなくてはならない。 いいね? 雌雄を決するあまり、対決に先走ってはいけないよ? 出来る事なら、話し合いで済むに越した事は無い 」

 到底、そんな穏やかに済む筈は無い。 菊地本人も含め、皆も分かっていた。 しかし、一厘の望みを託し、全員が菊地の注意に頷いた。

「 パーティーは、3時から始まる。 あと、20分少々だ。 5時からは記者会見・・ 党員の代表や幹事長など、主だった者が出席する。 幹部のみを狙うのだったら、この時だ 」

 友美が聞いた。

「 会場は? 」

「 3階の大会議室だ 」

 里美が、周りを見渡しながら言った。

「 狙撃か、建物ごとか・・・ いずれにせよ、とんでもない騒ぎになるわね、この人出じゃ・・! 」

「 もう、いっそ、今から非常ベルを押したい気分だよ 」

 菊地が、苦笑いしながら言った。

「 あ・・! 」

 友美が、何かを感じた。 続いて、春奈、里美・愛子も気付く。

「 ・・どうした? 」

 只ならぬ緊迫の表情の皆に、菊地は戸惑った。

「 ・・いる・・! 社よっ! 浩子も一緒・・! 」

 愛子が言った。

 ・・やはり、来た。 狙いは、間違いなく公産党のパーティーだろう。 しかも社の他に、浩子もいるという。

「 やはり、来たか・・! どこだ? どこにいるっ・・? 」

 菊地は、辺りを見渡した。

「 ・・上よっ! あいつら、上にいるっ・・・! 」

 春奈が、ロビーの天井を見上げながら叫んだ。

「 ええっ? もう、上に上がっているって事かいっ・・? くそうっ、行こう! 」

 エレベーター脇に置いてあったテレビ用ケーブルを掴むと、愛子たちに渡しながら、菊池は言った。

「 そこの、工具箱も持って! 局のアルバイトみたいなつもりで・・ 友美ちゃん、そこのマイクスタンド持って! 」

 やがて開いたエレベーターに乗り、5人は、とりあえず3階へ向かった。

 階数ボタンを押しながら、菊池が言った。

「 随分、早くから来たもんだな・・・! しかも、もう上にいるとは・・・ こっちが感じてるって事は、向こうも気付いてるって事だよね? 」

 菊地は、傍らにいる愛子に聞いた。

「 そうですね・・ でも、あっちは動いてない・・・ 何か、小さな気を使ってるわ。 作業してるみたい・・! 」

「 作業・・ 会場に、小細工でも仕掛けてんのかな? 何階くらいにいるか、判るかい? 」

「 ・・ずっと、上ですね。 10階くらいかしら・・・」

「 10階は、防災センターがある階だ。 確か、集中管理室もある。 ・・どうも、クサイな。 まず、そっち行ってみよう。 人も、そんなにいない筈だし 」

 菊地は、3階に着いたエレベーターの扉を閉め直すと、10階のボタンを押した。 いきなり臨戦態勢だ。 やはり、話し合いなど皆無の状態になるのであろうか。

「 ・・・捕まえた・・! 社よっ! 」

 腕を胸で組み、盛んに気を集中させていた春奈が、唐突に言った。

「 えっ? ちょっ・・ ちょっと春奈、もう? ど、どうしよう、愛子! 」

 里美が、手にしていた工具箱を床に置きながら、愛子に言った。

「 春奈のホールドは強いけど、1人じゃ・・ 」

「 あっ、キャッ・・! 」

 突然、物凄い力で春奈の体は、エレベーターの側壁に叩きつけられた。

「 春奈ちゃん! 」

 菊地が、春奈に手を触れた途端、バシッと青白い放電が走った。

「 痛ッ! 」

「 ダメよっ、菊地さん、触っちゃだめっ! 感電するわっ! 」

 友美が、菊地の手を押さえる。

「 春奈、頑張ってっ! あたしが行くっ! 」

 愛子は叫ぶと、春奈に覆い被さっている気との間に集中し始めた。

 室内灯が薄暗くなり、チラチラし始める。 社を束縛しようとしていた春奈は、逆に、社に束縛されてしまっているようだ。 エレベーターの狭い室内の隅の方に、追い詰められた格好で必死にプレスに耐えている。

 警報ブザーが鳴り、アナウンスが流れた。

『 エレベーターに異常を感知しました。 最寄の階に停止します。 速やかにエレベーターを降り、係員の誘導に従って下さい 』

 エレベーターが9階に停止すると、扉が開いた。

「 友美、菊地さん、早く降りてっ! 」

 里美が叫ぶ。

 エレベーター内は、愛子の気も相成って激しく放電し始め、やがて、大きな音と共に閃光が走り、気が弾け飛んだ。

「 春奈ッ、・・愛子! 」

 里美がエレベーターに駆け寄り、愛子と共に、ぐったりしている春奈を、エレベーターから引きずり出した。

「 ごめんなさい、里美センパイ・・! ミスっちゃった・・・ 」

「 1人じゃ、無理よ。 浩子が出て来たんでしょ? そこに座って・・! 衝撃波を使ったのは、愛子ね? 大丈夫? 」

「 とりあえず、あいつらの出方を見るつもりだったんだけど・・ 物凄い気だわ・・! 強いって言うか、殺気に満ちた荒々しい気よ! 最初っから殺すつもりのような・・ 衝撃波で振り払うのが精一杯・・・! 」

 荒い息と共に、メガネを掛け直しながら、愛子が答えた。

「 向こうは、もう何十人も殺してるからよ。 みんな、気を引き締めてかからないと・・・! 」

 里美が続けて言った。

「 みんな、不用意に動かないで・・! あいつら、あたしたちが見えてるわ 」

 菊地が言った。

「 非常ベルのスイッチ、その辺に無いか? 火災報知機でも何でもいい、押しちまえ! 」

 里美が見渡し、菊地に言った。

「 あっちの隅にあるわ! あそこ 」

 フロアの廊下を行った、向こうに赤いランプが見える。

「 火災報知機のようだな。 やけに静かじゃないか・・ こっちの動きを見てるのか? 」

「 動いた途端、来ますよ・・? あいつら、初めっから殺すつもりだから・・・! 」

 9階のフロアは、オフィスのようである。 土曜日とあって、休日なのだろうか、静まりかえっている。

 じっと、天井を見つめながら里美が言った。

「 友美・・・ 向こうが仕掛けて来ても、不用意に反応しちゃダメよ? あいつら、すぐ上の階にいるけど、居場所を確認してからでないと・・・! 」

 エレベーターのチャイムが鳴った。 開いたままのエレベーターではなく、その隣の、もう1基の方からだ。 誰かが、下から上がって来るようである。

「 誰かしら・・? 気は・・ 感じないわ。 普通の人よ。 もしかしたら、大館さんかも・・! 」

 里美が、愛子をかばうように構えながら言った。

 やがてエレベーターは9階で止まり、その扉が開かれた。

「 ・・おい、何やってんだ? 君ら。 この階の会社の人かね? 」

 エレベーターから出てきたのは、警備員だった。

「 ええ、そうです。 エレベーターで下に降りようとしたんですが、故障したらしくて・・・ 」

 とっさに、菊地が答えた。 しかし、床に座り込んでいる春奈や愛子たちの様子は普通ではない。 しかも、オフィスフロアに未成年の女性が何人もいるのもおかしい。 整合性のない状況に、その警備員も不信を抱いたようである。

「 どこの会社の人? 名前は? 」

 ・・まずい。 不審者と判断されて通報されると、パーティーは中止になるかもしれない。 社たちにとって、非常に不都合な状況となるわけで、このまま彼らが黙って見ているはずがない。

『 現地、着ですか? どうぞ 』

 その時、警備員の左肩に付けられた無線機から、応答を求める無線が入った。 彼は応答ボタンを押して、報告をし始める。

「 ただ今、現地、着です。 エレベーターは故障の様子。 扉は開いたままです。 今の所、原因不明。 回路確認して作動復帰、試みます。 ・・え~・・ 尚、9階フロアに、数人の・・ 」

 次の瞬間、彼の体は壁に叩きつけられた。 音も無くあっという間の出来事で、まるで、目に見えない巨人によって、壁に向かって投げ付けられたような動きだった。

 もんどりうって床に倒れ込んだ彼は、そのまま動かなくなった。

「 キャッ・・! 」

 足元に転がって来た警備員に、春奈が声を挙げた。 いびつに変形した頭部の耳から、血が出ている。 ・・即死のようだ。

「 なっ・・ なんて事するんだ・・! 」

 菊地は、倒れた警備員に駈け寄り、脈をとった。

「 危ないッ、菊地さん! 」

 友美の声が聞こえたと思った瞬間、何かが割れる音と共に、菊地は背中に激痛が走るのを感じた。 辺り一面に、ガラスの破片が飛び散る。 エレベーターホールの天井に下げてあったガラス製のシャンデリアが、いきなり落下して来たのだ。

「 菊地さん、菊地さんっ・・! 」

 友美は、菊地の背中に刺さった無数のガラス片を取りながら叫んだ。

背広を着ていたので、深手ではないが、かなりの出血である。

「 ・・く、くそっ! ・・痛ッ・・ 」

「 動かないで! いっぱい刺さってるから・・・! 」

 菊地のもとに駆け寄ろうとした里美が、何かを感じて辺りを見渡す。

「 ・・来たわよッ! みんな、気を付けてッ! 」

 すると、天井の化粧板が何枚も剥がれ、それが愛子たちに向かって飛んで来た。 床や壁に当たって四散する化粧板。 廊下脇に置いてあった消火器も、唸りを上げて飛び交い始めた。

「 あっ・・! 」

 里美の体が宙に浮いた。 次の瞬間、強烈な力で廊下側の壁に押し付けられた。 里美は押し戻そうとするが、まるで歯が立たない。 壁に、張り付けにされたかのような状態だ。 全ての、体の自由を奪われているようである。

「 里美ッ! 」

 愛子が反応し、里美との気の間に入ろうとするが、強烈な気に弾かれて入れない。 ミシッという音と共に、里美が押さえつけられている壁が、里美を中心とした円形に陥没した。

「 壁が壊れるッ・・! 」

 愛子が、そう叫んだ瞬間、地響きを立てて壁が崩壊した。

「 里美っ! 」

 崩れた建材と共に、里美は、壁の向こう側の部屋に放り出されたようである。 崩壊は一部、天井まで達し、支えを失った天井の梁も、にわかにきしみ出した。

「 天井も崩れるわよッ・・! 友美、こっちへ来てっ! 」

「 菊地さんが動けないのッ! ケガしてるっ 」

「 ・・友美ちゃん、僕は大丈夫だ・・ あいつらの目標は僕じゃない。 君らだ。 早く逃げろ・・! 」

「 でも・・! 」

 その時、いきなり、数ヶ所の天井が落ちて来た。 友美は、近くに落ちて来たコンクリートの破片を気で防ごうとしたが、それよりも早く、傍らにいた春奈が反応し、防いだ。

「 センパイ、まだ気を使っちゃダメっ! あいつら、探ってるのよ。 センパイがどこにいるか・・! 私たちは、何度もあいつらと気を合わせた事があるから、すぐ判っちゃうけど、気が混線してる今は、あいつら・・ 判らないのよ! 」

 やがて、床がきしみ出した。 エレベーターホールだけではなく、9階のフロア全体に、その不気味なきしみ音は広がっていく。 愛子も、その異常に気付いた。

「 ・・こ、このフロア全体の床を落とすつもりよッ! 」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ