1、訪問者
1、訪問者
遮断機が鳴っている。 大きな赤いランプを交互に点滅させ、まるで周囲を威圧するが如く、鳴っている。
その音をかき消すように、アルミ車体の電車が、轟音と共に何両も通り過ぎて行った。
駅から吐き出された人々が、一斉に踏み切りを渡り始める。 それぞれに、今日あった出来事や明日の予定などを話しながら、踏み切りの向こうにある商店街へと消えていく。
もう、あの事件についての事情聴取は無くなった。 マスコミの取材も、最近はめっきり少なくなり、友美は、やっと普通の高校生活を送れるようになっていた。
死者7人。 一連の事件関係者で、生き残ったのは友美1人きりである。
髪を切り、転校して半年。 新しい生活の中では、務めて明るく振舞った。 その努力の甲斐あって、現在は普通の高校生らしく、友だちもたくさん出来ている。 今までの、荒んだ生活をしていた友美の周りにはいなかった、親しい友人たちだ。
試験のこと、彼氏のこと、人気タレントや雑誌の話・・・
幼稚な話だとは思いつつも、友美はそんな屈託の無い話をする事に、密かに憧れていた。
何も怯える事は無い。 虚勢を張る必要も無い。
今の生活は友美にとって、やっと手に入れた夢のような生活だった。
( もう、あの頃の私には絶対戻らない。 今の生活や友達を、ずっと大切にしていきたい )
1人暮らしをしているアパートの階段を登りながら、友美はそう思うのだった。
築12年のアパート。 義父名義で借りている6畳1間の小さなアパートではあるが、友美は満足していた。 物心ついた時から施設で育った友美には、親はいない。 1人には慣れている。 気を使う他人がいるよりは、1人でいた方がずっと楽だった。
部屋に入った友美は、通学カバンを机に置くと、そのまま台所に立った。 昨日作った肉ジャガが、鍋に残っている。 冷蔵庫を開けると、ラップに包んだ冷や飯があった。
( 今晩は、これでいいわね )
そう思った時、入り口をノックする音が聞こえた。
「 こんにちは~。 笠井さ~ん、ちょっといいですか~ 」
友美は直感した。 まるで友美が帰宅するのを待っていたかのようなタイミング。 おそらく張り込み待ちをしていたのだろう。 あの事件の事だ。 また誰か来たのだ。 警察か、マスコミか・・・
友美の顔が、にわかに曇った。
「 どなたですか? 」
友美はドア越しに尋ねた。
「 毎朝グラフの菊地と申します。 少々、お話があるのですが 」
週刊誌の記者らしい。 当然、あの事件のことだろう。 友美はドアを開けずに答えた。
「 もう、あの事件の事は話したくありません。 知っている事は、全て警察の刑事さんに話しましたし、他の週刊誌の方にも、何度も話しました 」
この手の記者はしつこい。 断っても何度でも訪ねて来る。 友美は今までの経験で、それを体験していた。
「 いいかげんに私を解放して下さい。 もう、放っておいて欲しいんです。 何もお話する事はありません。 あまりしつこいと警察、呼びますよ 」
「 お叱り、ごもっとも。 確かに私はあの事件に関連した事で参りました。 でも、取材じゃないんです。 私用というか・・・ ある情報を入手しましたので、お伝えに参ったのです 」
今までの連中とは違うようだ。 しかし、もう触れて欲しくない過去の話を聞かされる事には違いはない。
「 結構です。 お帰り下さい 」
「 あなたの出生についての情報なんですが・・・ 」
「 え・・・? 」
友美は一瞬、驚いた。 その途端、ドアの外で、何かを叩くような音がした。
「 わっ! 痛てっ・・・! 何だ、アンタ! 」
「 何だ、とはアンタのことだろっ! 友ちゃん、イヤがってんじゃないか。 とっとと帰んなっ! 」
「 ちょっと、オバさん、落ち着いて! 痛てっ、痛てっ。 ホウキで叩くなって! 」
隣の部屋に住む、トヨおばさんの声だ。
「 ありゃ? ホウキの柄が折れちまった。 えいっ、コイツ、これでもか、これでもか! 」
「 待った、待った! 痛てっ、やめろって! 」
えらい騒ぎである。
とりあえず友美はドアを開けた。
「 トヨおばさん、やめて! ケガしちゃうよ、その人。 とりあえず話し聞くから・・・ 」
ポーチの蛍光灯の下で、トヨおばさんは仁王立ちになっていた。 肩で、ふうふう息をしている。
「 聞く必要ないよ、友ちゃん。 こいつら、1度許すと何回でも来るからね 」
「 ありがとね、トヨおばさん。 でも、いいの 」
手摺に追い詰められた格好で男がうずくまっている。 歳は、25・6歳くらいだろうか。 こざっぱりとした濃紺のスーツを着た、真面目そうな男だ。
「 大丈夫ですか? 」
友美が声をかけた。
「 いやあ~、すごいボディガードがいるね。 参ったよ 」
「 何だとォ~! もういっぺん言ってみなっ! 」
トヨおばさんが、折れたホウキを振り上げる。
「 わあァ~っ! 参った、参った! 降参っ! 」
うっすらと、頬に赤い打撲の跡をつけた男の必死の形相に、友美は思わず吹き出した。
トヨおばさんが、友美に言った。
「 いいかい、友ちゃん。 部屋ン中でヘンなことし始めたら、すぐ呼ぶんだよ。 いいね? 」
「 わかったわ。 ありがとう 」
「 今度来る時、新しいホウキ買って来ますね 」
ズボンの汚れを手で払いながら、男は言った。
「 余計なお世話だよっ! 2度と来るんじゃないよっ! 」
トヨおばさんは、折れたホウキの柄で男を指しながら凄んだ。
「 わ・・ 分かった、分かりましたよ。 これからは、あなたにアポをとってから来ます 」
「 あたしゃ、来るなと言ってんだよっ! 」
「 はい、はい、」
トヨおばさんは、ずいっと男の顔に詰めより、再び凄んだ。
「 ど~も、アンタのツラは好かないねえ・・・! 友ちゃんに災いをもたらしに来た、ってカンジだねえ・・・! 」
「 トヨおばさん、そのくらいにした方が・・・ また、管理人のオジさんが来るよ? うるさいって 」
友美が、2人の間に入って言った。
「 フン、あんなジジイ、怖かないね! 」
捨てセリフを残し、トヨおばさんは自分の部屋に入って行った。
「 すごいオバさんだなあ。 もう、付き合いは長いの? 」
頭をかきながら、男は友美に聞いた。
「 駅前で焼き鳥屋をしてるのよ。 町田豊子っていう、名物おばさんなの。 もう、20年近く1人暮らしなんだって。 今日は定休日ね 」
「 へえ、焼き鳥屋かあ・・・ うまそうだな。 味にこだわってそうだ 」
「 狭いですけど、どうぞ。 」
「 お邪魔致します 」
友美に続き、部屋に入った男が、ドアを閉める。
出された座布団に男が座ると、友美は、男の前の畳にキチンと正座して言った。
「 笠井友美です。」
軽く一礼する友美。 男は、ネクタイを締め直しながら挨拶を返した。
「 改めまして。 毎朝グラフの、菊地と申します 」
「 あいにく、お茶を切らしてまして・・・ 何もお構い出来ません。 ごめんなさい 」
「 いやいや、お構いなく。 こちらこそ突然お伺いして・・・ う~ん、とても高校生には思えない挨拶だねえ。 もっと、最近のチャラチャラした、脳ミソなしの高校生かと思ってた。 あ、失礼 」
菊地は、大人っぽい友美の挨拶の仕方に、少々、戸惑いを見せながら言った。
「 施設でのしつけは、結構厳しかったんですよ? 社会に出ても恥かしくないようにって、小さい頃から寮母さんにしつけられていましたから。 その反動か、中学生の頃からは荒れてしまいました。 今、思えば、まだまだ幼稚だったんですね。 その為に、あんな事件にも遭遇したんだと思います 」
膝の上に組んだ手を見つめながら、友美は言った。
「 僕も、君の心境を考えると、実際、もうあの事件の事には、あまり触れたくないんだ。近代、まれに見る猟奇殺人だったからね 」
その言葉に友美は顔を上げ、菊地を見た。
「 ・・警察では、事故とされています。 今、殺人とおっしゃいましたよね・・・? 」
しばらく、じっと友美の目を見つめてから菊地は言った。
「 君は、どちらがいいんだい? 」
友美は視線を落とした。
「 菊地さんは・・・ 信用して頂けるんですか? 私が、色んな人たちに言っていた事を 」
「 君の供述は、確かに信用度に欠ける。 あまりに非現実的だからね。 だけど、君がウソを言ってるようには思えないし、現場検証からは、どうしても解明出来ない現状がある事も事実だ 」
友美は再び顔を上げ、菊地を見て言った。
「 菊地さんの推察する、あの日の全容を言ってみて下さい 」
「 あの日の全容ね・・・ よし、わかった・・・! 」
菊地は、スーツの上着のポケットから手帳を出した。 ワイシャツの胸ポケットからタバコを1本取り、無意識の動作で火を付けようとした。
「 あ・・・ 」
未成年の女性が暮らす部屋にいる事に気が付いた菊地は、タバコをくわえたまま、友美の方を見た。
「 構いませんよ? 以前は、私も吸っていましたし 」
友美は台所へ行くと、納戸の引出しを開けて灰皿を取り出し、菊地の前に差し出した。
「 いや、やっぱり部屋の中ではよそう。 大人としての配慮ってモンもあるしね 」
くわえていたタバコを元に戻しながら、菊池は言った。
「 記者さんにしては、紳士なのね 」
「 男はまず、紳士であれ、ってのがポリシーなんで 」
菊地は小さく笑って見せた。
友美もそれに答え、少し微笑むと、菊地の前に再び正座した。
「 ええっと・・・ まず最初に、立川みゆきっていう女子生徒の件だけど・・・ 君が入っていた、不良グループの仲間だった生徒だね? 」
友美は無言で頷いた。
「 君を含む、みんなの前で突然血を吐いて倒れた。 その後、搬送先の病院で死亡。 死因は内臓破裂。 ・・・続いて高木可奈子。 この子もグループの仲間だが・・ 電柱の昇降用クイに串刺しにされて即死。 その後、当時、君の養父だった笠井氏の友人である、榊原病院の院長 榊原氏が、病院の屋上から投身自殺。 そして、養父 笠井氏も、会社の玄関で事故死・・・ 最後は、君の義理の姉だった笠井洋子さんと、その彼氏の住田純一氏が、住田純一氏の住むマンションの屋上で事故死・・・ 」
友美は、俯いたまま、じっと下を見つめている。
「 おかしな事ばかりだ。 立川みゆきは、立ったまま内臓破裂。 高木可奈子は、地上から3メートルもの高さにある昇降用クイに、背中から串刺し。 投身自殺したとされる榊原氏の左手は内側から破裂。 笠井氏に至っては、自動ガラス扉に首を挟まれている。 普通、異物が挟まると、自動扉は開く仕組みになっているはずだ。 しかし、そのまま扉は閉まり続け、笠井氏の首は切断されてしまっている。 そんな力が自動扉にあるはずがない。」
手帳のページをめくると、菊地は、しばらく友美の方を見た。 友美は、その気配を感じ取り、顔を上げて菊地の方を見る。
菊池は続けた。
「 ここからは君も、その現場にいた・・・ 君の証言によると、住田氏は空宙に浮き、配管パイプに後頭部を強打したとある。 更に、笠井洋子は、宙に浮いた357マグナムで腹部を打たれ、どこからともなく飛んで来たナイフが首に刺さり、倒れた・・・! 」
「 信用して頂かなくても、結構です。 でも・・ 事実なんです。 全て、私の目の前で起きました。 純一さんは、私の真横で頭を・・・! 」
にわかに友美の手が震えだしたのを、菊地は見て取った。
「 すまん、思い出したくない記憶だったね。 検証で判明した事実だが、拳銃は住田氏が所有していたものらしい。 もちろん、不法所持だけどね。 入手先は、本人が死亡した為に、分からずじまいだ。 ナイフは、笠井 洋子のもの・・・ 」
ふうっと菊地は、大きなため息をついた。 再び、手帳のページをめくると、続けた。
「 新聞でも報道され、君も知っているだろうが、榊原氏の自殺動機について検察側が調査を行なっている。 結果、臨床認知されていない新薬を、笠井氏の経営する笠井製薬から入手し、病院内で実験的に患者に投薬されていた事が判明した。 おそらく、いくらかの謝礼が渡されていたと思う。 いわば、人体実験だ 」
菊地は、手帳を脇に置くと腕組みをし、続けた。
「 それを苦に、榊原氏は自殺したとされているが、その現場に居合わせた病院の当直看護婦が、病院の屋上から落下する榊原氏の叫び声を聞いている。 普通、投身自殺する人は、叫び声を上げないものだ・・・ 」
腕組みをして、下を向きながら話していた菊地は、顔を上げた。
じっと菊地を見つめる友美と目が合った。
「 自殺ではない・・・と? 」
友美が聞く。
「 断定は出来ないけどね。 だが、他殺の可能性は充分ある 」
菊地は、続けた。
「 警察側の話しによると、笠井氏と榊原氏の件は、友美ちゃんが遭遇した事件とは無関係だと言ってるけど・・ 僕は、そうは思わない。 すべて同日に起こった不可解な事件だし、 関連した、一連の事件と考えるべきだと思う。 ・・これら、一連の事件の謎を解く鍵・・・ 」
友美は、じっと菊地を見つめている。
「 友美ちゃん・・・ おそらく君が、この事件の記憶の中で1番、触れたくないと思っている人物が、もう1人いるね・・・? 」
友美の顔に、明らかに恐怖の表情が見て取れた。 硬く握り締められた両手が、膝の上で震えている。 絞り出すような声で友美は言った。
「 ・・・小沢・・ ユキ・・・! 」
「 そう、7番目の死亡者だ。 供述によると、惨劇の最後に、マンション屋上にある給水塔の上から投身自殺したとある 」
震える両手で腕を抱え、自分に言い聞かせるように、友美は言った。
「 ・・・ユキは死んだ。 そう・・ 死んだのよ・・! もう死んだのよ、 あの子は・・・! 」
尋常ではない友美の様子に、菊地は声をかけた。
「 大丈夫かい・・・? そんなにユキって子は、怖い存在だったのかい? 確か、転校して来たばかりの1年生だったと聞いてるが・・・? 」
下を向き、無言のままの友美。
菊池は続けた。
「 警察関係者から聞いた話しでは、その、ユキと言う女生徒についての証言は、かなり怯えた様子で話していたと聞いているが・・ そもそも・・ 」
「 バケモノよっ・・・! あいつはバケモノなのっ! 」
菊池の言葉を制し、友美は言った。
「 バケモノ・・・? 」
「 みんな殺したのよっ・・! 洋子も純一さんも、お養父さんも加奈子も・・・! みゆきが血を吐いて倒れた時も、ユキがそばにいたわ。 可奈子は、洋子に言われ、1人でユキを探しに行って死んだのよっ! みんなアイツが関わってる・・・ アイツが・・・ ユキが・・・! あ・・ あのバケモノが殺したのよッ・・! 」
「 わかった。 落ち着いてくれ。」
次第に興奮状態になっていく友美を制し、菊地は言った。
「 この事件については、警察も迷宮入りの様子だ。 小沢 ユキは・・ 君の義理の姉だった、笠井 洋子さんがリーダーをしていたレディース・グループ、『 死喰魔 』と、何らかの理由で、対立していたらしいね。 事件当日の夜、話し合いがこじれ、洋子さんが、ナイフでユキを刺した。 その後、そのナイフで、ユキが洋子さんを刺した・・・! とりあえず警察は、そんな見解で検査処理をし、その後の見解を避けている。 常識では考えられないシチュエーションや、状態、結果、動機・・・ 全てが説明がつかない事ばかりだからね 」
両腕を抱いたまま俯き、じっと目を瞑っている友美。
菊池は続けた。
「 ただ、君のオカルト的とも言える話が、実際に現実に起こったとするならば、全て状況は一致する。 警察は、それを認めたくないんだろうな。 世間も、普通は信じないだろう・・・ 」
友美は、両腕を固く抱いたまま、菊地の話を聞いている。 興奮状態は治まりつつあるようだが、依然、何かしらの恐怖に怯えた状態である。
菊池は、言った。
「 もう、済んでしまった事件の事はいい。 おそらく君は、ウソは言っていないと思う。 ただ、僕が興味を持ったのは、君だ。」
怯える視線を徐々に上げ、友美は、菊地を見た。
「 ・・・・わたし・・・? 」
「 なぜ、君は生き残ったんだ? 」