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8/13

第7夜 ーHateー

随分更新が遅くなりました。なかなか大変な時期になってまいりました…o(_ _)o

「そ〜っと・・・そ〜っと・・・」



皆さんこんにちは。山本雅人です。こんな登場ですみません。

そこはどこ?中身ボロボロ、外見ズタズタの我が家(和室6.5畳台所トイレ付き)です。


はぁ、それは分かってるんですか。じゃあ何かと?なんでこんな事してるかと?




ぶっちゃければ俺にも分かりません。



いわば本能?


本能がそうさせてるんだね?よく分かってらっしゃる・・・


もうあれです。藤〇弘。もビックリな臨場感です。アマゾンの奥地に行って変な遺跡を発見して他の隊員の安否を確認する・・・そんな頼れる隊長に私はなりたい・・・って・・・



うわっ!!野生の狼だ!気をつけろ・・・奴らは匂いで俺たちの事を嗅ぎつける。ここは慎重に行こう・・・・







「雅人君〜!!そろそろ晩御飯だよぉぉぉ!今夜の献立はいかほどなもので・・・」



ほんとまぁ・・・・




「お〜まぁ〜えぇぇ〜はぁぁぁ〜なんでこんな・・・こんなベストでベタなタイミングでいつもやって来て俺に不幸を授けようとするんだぁぁぁ!!」



「えっ・・・えっ・・・なんでぇ!もっもしかしてご飯の時間までまだまだでしたっ!?とりあえず雅人君おちついて―ふぁ!?」


「これのど・こ・が落ち着いてられるんだ・・・杏樹、えぇ!!10秒で答えよ!!」


「ふぉぬぁくぅあぐゅをぉあふぇいまふぃた・・・」



訳・お腹がへりました。



そうやって俺はここ目の前にいる狼女、杏樹の耳と口を同時に抓り喋らせている。


「ふぅ・・・」


そして俺山本雅人は自分が抓りあげてる事で杏樹のやつが喋りきれてない事にようやく気がついた。

最近の自分はどうも乱れがちだ。そう思うのも無理はない・・・だって目の前にいる天然活力問題児な狼女とか、翼を生やした超絶吸血鬼な自称俺の妹とか・・・あの意味の分からないドが10個ぐらい付きそうなサディスティック生徒会長とかさ、んで一番の問題は・・・・




忘れてた・・・



俺は絶句した。一番忘れてはいけないものを忘れてしまっていたのだ・・・

それは近代が生んだ科学的大量破壊兵器や人を生きる屍にしてしまうウイルスなどでは無く、まさに『それ』だった。




グウォンッ!!



何かがその場を飛翔する音が響いた。



焦り、辺りを見渡す。何があっても驚愕を隠せない―まさにそんな雰囲気が漂っていた。

今更ながら端から見たらそれはもうバカらしい光景だとつくずく思う。


うんほんと・・・


ここはほんとに日本かよ、ってね。

なんで家に帰ってきてまで・・・いや違う!家に帰ってきてるからこんな事になるんだ。




・・・・って自問自答してる場合なんかじゃないんだよ!




「やられるわけにゃいかねぇん・・・」


刹那、右後ろから殺意を纏った気配がこちらに向かってはぜる。


「―だぃよっとぉぉぉ!!」



間一髪、まさに避ける事が出来なければ一撃で葬られる。

まさにその本気で放たれた一撃だった・・・


「この・・・ってホントに死ぬとこだったじゃないか!このバカあ・・・」




「あ、がなんだって?続き言ってみな?」



その言葉に俺は怖気をこの身に感じた。まるで生きた心地がしない。

俺の視界に映る杏樹は何かに酷く怯えるように部屋の端でその大きな目を丸くしながらガクガクと雨に打たれた子犬のように震えていた。

そして杏樹の指は不意に俺を指さす・・・


何をさしているか、もうそれについて考えたく無かったが・・・と言うか答えは1つしかない事はよく分かっている。



人間諦めが肝心だ。


かの偉人、なのか・・・?そんな人がそう言っていた気がするよ。


そうだな。諦めが肝心・・・



「た、たたたたただいま!!」


緊張と恐怖が混ざり合った変な感覚に陥って噛みまくったあげく語尾が甲高く跳ね上がったのはよく覚えている。


そんな俺に対して目の前の悪魔は―




すんごぃ笑ってるよー!(もう棒読み)



途端、湧き上がったように轟音が悲鳴のように部屋全体が震え上がる。

そして彼の悪魔はあの満面の笑みから一転、いつもの破壊神へと姿を変えた。



「ν∀;の☆仝〆っ〇¥@*∵※∀ぁぁΞー!!」


その悪魔はネジが一個二個ぐらい飛んだように何か叫んでいるようだったが、もう誰もその呪詛を聞き取る事は出来なかった。


宙に舞う紙切れが如く、ただ無力に消し飛ばされていく俺。


そして目の前に広がる世界は霞んでいき全てが真っ白になっていった・・・






今日初めて、たった1体の悪役怪人に対して5人で闘う戦隊ヒーローの気持ちってやつがちょっと分かった気がした・・・









「さあぁて〜さぁて〜楽しい楽しい時間の始まりだね〜」




ぜんっぜん楽しくありません・・・


「ほら・・・もっと楽しそうな顔して笑ってみろよ?あぁ?」


って言ってる我が山本家最大の戦闘魔獣的姉の山本幸の顔は全然笑っていない。

むしろこれは完全な臨戦態勢な顔である。見れたものじゃ―


「ん〜?何か仰りましたか?私の大切な弟君よ」


「いえいえ、とんでもありませんがな。お姉様」




逆らわない方が賢明である・・・



「んで〜?なんで白昼堂々こんな可愛い可愛い女の子のお部屋に侵入し、かつ何かを漁ろうとしてたのかね?君達は」


「お姉様、口を挟めて誠に申し訳ありませんが今はもう夕方です。それに自ら可愛いブッ・・・女の・・・子とは・・・ブフッ!!」






―――――――空白の五分間。



「さて、喋りすぎた弟君は静かになったところで」


まるで吐き捨てられたボロ雑巾のように、いやボロ雑巾のほうがよっぽと扱いがいいほどだ。そのぐらい今の俺は悲しい姿だ。


「そこんとこの説明夜露死苦ぅ!犬っころ!!」


「・・・・」


「夜露死苦ぅ!!」


「・・・・」


「夜露死苦ぅ!!」


「・・・・」


「いい加減夜露死苦ぅ!!」




すんごい異様な光景だ。

杏樹はその場に正座しながら顔を伏せ姉貴の言葉を微動だにせず一蹴している。だけどよく見てみたらこいつ・・・この状況でよだれを出しながら爆睡してやがる。よっぽどいい夢を拝んでいるのだろう、その根性は素晴らしい。


そして姉貴は姉貴として一昔前に流行った今は死語として指定されている『夜露死苦』を熟睡中の杏樹に対して連呼している。しかも穏やかな顔も今となっては般若も卒倒させるぐらい恐ろしいものと化している。


これを異様な光景と言わず何と言おうものか。


「待て!!」



突然響き渡る声、誰も予想しいえなかった声に皆がおののく。


そこには確かに奇跡が存在した・・・



「般若をバカにするなっ!!!」




一言、般若である。



よく言えば般若のお面を被った学生服を着た変態が微妙にカッコイいポーズを取りながらドアの前に立っていた。

でもそのポーズ・・・やっぱり微妙です。


そんな一見して分かる微妙な般若に俺は少し期待していた―こんな未知の生命体が俺らに何をしてくれるのかと。




「ふはははははは!!!さらばだ!!」




・・・・・




え゛え゛え゛え゛ぇぇぇぇ!!



逃げた!般若逃げた!般若逃げたよ!逃げちゃったよ!!


しかもすんごい速度なんだが・・・って何このオーラ!!


うわぁ、お姉様だいぶ怒ってらっしゃる。誰が見てもヤバいオーラ放っちゃってるよ。こりゃもう誰も止められないわな・・・


「雅人・・・」


「は、はいぃ!!」



どす黒く突き刺さるような鈍く鋭い声が耳に届く。誰のでもない、目の前にいる姉貴のものだ。


「ちょっとよ・・・殺ってくるわ、アイツ・・・」


異論などない。あるわけもない。ましてやそんなものがあったら今この目の前にいる顔中切れそうな血管だらけなのに楽しそうに笑ってるに人に俺まで滅せられてしまう、そう俺は感じた。


静かに俺は親指を立てて姉貴に向けた。

その瞬間、姉貴は飛翔した。

間もなく悲鳴がこだまのように聞こえたのは聞こえなかった事にしておこう。




嗚呼、明日はワイドショーのインタビューに答えなきゃいけないのか・・・







「あの野郎・・・結局あのバカみたいなお面は剥がせかったぜ・・・」


ドタンッと力強く開いたドアからは姉貴がなんか満たされたような笑顔で入ってきた。きっとアイツも刀の錆びにされたのだろう。


同情する・・・



「お疲れさんっす!姉貴ぶぎゃっ!?」



機嫌を取ろうとジュースを持ってきた俺は床の畳に押しつけられた。

何をされたかワケが分からなく俺はただひれ伏されていた。

こうして何も見えない状態でもよくわかる。


きっと姉貴はそれこそ般若のような心と恵比寿のような笑顔で今の俺を見ているんだと、俺はそう思ってる。


「んでぇ・・・」


そしてこう言う。いつも頭に血が登り全身にアドレナリンが駆け巡っている時はいつもこんな喋り方なんだ。


「どうしてこのうら若き神聖な乙女の部屋に侵入を試みたって?理由を原稿用紙一枚程度に抑えて簡潔に述べ、かつこの心意気に感謝して粗品を添えなさい。以上、さぁ粗品よこせ」




人類至上これほど異常な物欲に長けた人類はいたのだろうか・・・とりあえずこれ以上突っ込まないのは俺の身の安全を考えてやめておこうと思う。しかしまぁ・・・非常に残虐的なお言葉だ。きっとこれだけで人を殺められるのだろう。




「あぁーもう分かりました分かりました!!」


覚悟を決めるしかない・・・

俺は起き上がり事の真相を事細かに述べた。


「・・・なんて言うかアイツにさ、会ってきたんだよ。今日」


「まさか・・・」


「いやまさかって言うかアイツなんだけどさ」


「あの『戦慄!恐怖の膝蹴り』ボルケーノ・マリアか!!」


「いや誰だよ」


後に分かった事だがその『戦慄!恐怖の膝蹴り』ことボルケーノ・マリアさんと言う方は姉貴の謹慎が解けて最初に闘う相手の事らしい。

身長192センチ、体重105キロ。ホントに女性の方なのか心配だ・・・






「じゃなくて孝太郎だよ。孝太郎」

「んだよ。ビビらせんじゃねえよ全く・・・」


勝手に話を進めたのはアンタだろ。そう言いたいのは山々だがそれじゃあ俺の身の安全を保障出来ない。


俺も結構学んだものだ・・・


「んで孝太郎の見舞いに行った時さ・・・お見舞い買ってったんだよな。売店から」


「はいはいはい」


あんまり聞く気無さそうだな実際。



「んで見舞い渡して話して帰ってきたわけだ」


「ふ〜ん、いやはいはいはい」


「んで気づいたわけだよ・・・」


「へ〜いへいへい」







「お金が無くなったので貸してくださいお姉様」


「断じて一切断る」



こいつ・・・さっきまで聞いてないような雰囲気だったのにいきなり拒否しやがった。


「いや〜そこをなんとか」


「これ持って部屋に帰れ」


と言って姉貴は何かを投げてきた。

よくよく見るとくしゃくしゃに丸められた紙のようだ。とりあえず原型に戻す作業をする事にした。




た、宝くじ・・・



「あの〜お姉様?」


「男なら夢を追え」



その冷徹な一言を言い終えると姉貴はいきなり目の前にそびえている襖を閉めた。そして俺らは部屋から閉め出された・・・



あの、この宝くじ・・・去年のです


「お姉様?この宝くじは去年のやつかと―」


「大丈夫。当たってるには当たってるから、300円」


「それじゃあ夢も何も・・・」



途端、空が暗雲に満ちる。今日の予想降水確率は全くの0%の天晴れなのに有り得ない雲行きだ。

あー雷まで。どうなってるんでしょうか。


それに答えるようにそのドアの向こう側からしっとりとした冷たい熱が語りかけてくる。



「滞納してる家賃今月分を合わせまして合計3ヶ月〜3ヶ月〜3ヶ月ったら3ヶ月〜。ついでにリフォーム代合わせましてうん十うん万うん千うん百円〜ついでにそこにお気持ち代を含めましてざっと〜※天文学的数値」



「いやないないない」


ピカッ!ゴロゴロとなんとも古めかしい雷の表現がアパートの前を直撃する。


「うわっっと・・・・」


雲行きがヤバい事になってきてる。てかホントにこの宝くじ(300円)でどうしろと!!



「いや姉貴ホントに―」



それ以上ドアに近づこうと試みた。

結果―全く近づけなかった。そのオーラのせいか・・・


ドア、というかアパートをどす黒い塊が覆っている。

ゾゾゾっと背筋をムカデがはうような感覚、そしてそれを超える恐怖が遅いくる。


「分かってるよな・・・?」


「はっ!はいぃぃ!!」


正直なところ少しも分かりたくはない・・・

でもね?逆らったらどうなるか知ってるから・・・ね?


しょうがないよな?うん。


「今月中にな。小僧」


あぁ、不条理だ・・・


諦めて外へと俺は歩き始める。この目に映る光景はさっきまで暗雲立ち込めるような暗黒の世界だったのに・・・今となっては夕方だというのに小鳥がさえずりスッキリと晴れ渡った景色が広々と広がっていた。

ホントにあの人何者なんだろう・・・


それ以前に部屋へと置いてきてしまった杏樹の安否を俺は盛大に願いまくった。


そんな疑問と思いを胸に俺は旅に出る。




お金探しの旅へ―










プルルルル、プルルルル


凍てつくような緊張の中俺は携帯電話という現代の象徴とも言える高性能な機械を駆使している。



普段は絶対に押さない番号、電話が来ても出たことがない、そんな番号に俺は電話を掛けている。


今となってはこの番号が一筋の光であり希望なのである。信じがたいがこの状況では仕方なすぎる・・・


『もしもしー!!』


通じた。


光明が見えた!


「あ、俺俺!じゃあな」



じゃなくてじゃなくて・・・


「俺だけど、雅人だけどさ・・・」


そのたった一言がこの電話の相手の『スイッチ』を入れてしまうらしい・・・


それからの会話と言うものの・・・まさにそれは俺に対する機関銃のごとし異性への告白より甘い言葉の羅列だった。


「いや、ちょっと寒気がするわ。んで今日は、いや今日はな?ちとお願いがあってよ」



そして本題へ切り出す。話した!全てをぶちまけた!もうプライドなんてなんのその。



『余裕でOKっす!』


というわけでOKらしいです。


『そう言えば兄貴ぃ!!俺、兄貴の事がヤバいぐらい好き好きす―プープープー』



うん、即電話切ったよ。キモイし。


というわけで残すは本番のみ・・・




いざ行かん。戦場へ・・・・









「ここ、か・・・」


アイツに指定された通りに来た場所。そこはうちのアパートから遠くかけ離れた所にある繁華街、古い言葉でネオン街と言われる場所であろう。

様々なビルが建ち並びそれぞれに煌びやかな装飾が施されており見るもの全てを魅了する。


その中で異彩を放つ、と表現すればいいのか他を圧倒するビルがここに『君臨』する。


「・・・入りたくねぇ」


さっきから入る事を躊躇している俺はある事に気付いていた。このビルの周りにだけは人が寄りついていない・・・


「んなとこで俺は一体何をさせられるんだ?」


そんな疑問を胸に抱えたまま一歩、また一歩とビルへと向かう自分がいた。


もう分かっていたのだろう・・・後には引けない、と



稼ぐしかないんです・・・




ここはどうやら一階が貸事務所になっていて例の場所は二階にあるらしい。階段を一歩ずつ上がり、その度にこみ上げてくる緊張を抑えこむ。


そうこうしているうちに入り口まで来てしまった


そうだ。後には引けないんだ・・・


後はこの扉を引くだけ引くだけ・・・引くだけ引くだけ引くだけ・・・



「うおりやぁぁぁぁぁ・・・・ぁぁ・・・あ?」









『いらっしゃいませ!!ようこそ、クラブ【sTiーll】へ!』




「っへ?」



疑問、どこだって?


誰もそれに答える気はないらしい。

その場に緊張と静寂がいり混じったような環境が出来上がる・・・・


「ーにきぃ〜!!」


よし、嫌な予感がして来たぞ?


「あ〜に〜きぃ〜!」


さて帰るか・・・ってうおぉあぁぁぁ!!


「あ〜にきいぃぃぃぃ〜!!」




ムニュ






問1,これは何でしょう


答え,唇




唇、かぁ・・・



キレてしまうまで3秒前・・・3、2、はい


「って唇じゃねぇんだよ、ごらあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


残り1秒が来るよりも早く、手が出ていたのは必然だ。

とっても危ない放送禁止用語を発していたのもしょうがない。


でもコイツ・・・よりによって、俺の・・・俺の、唇・・・


「うわぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁん!!」



メロス、いや雅人は激怒した・・・

我を忘れ、建物を破壊しつくす。失ってしまった青い春への悲しみは癒える事は無い。

いつまでも吐き出されるその切なき獣の叫び。


誰にも届かぬ・・・17歳の嘆きだった。






「シクシクシクシクシクシク・・・うっうっう」


失ったモノはそれ程に大きなものだった。俺は忘れる事も出来ずただ隅っこに丸くなりおもちゃを取り上げられた子供のようにいじけるしかなかった。



さらば青い春よ・・・




「あ〜にきぃ、ホントに大丈夫っすかぁ?」


ポンと肩に手を置かれた。一体大丈夫って・・・



「だ〜れ〜のせいでだよ〜手前!」


「あはは、兄貴!そんなじゃれ合わないでくださいよ!みんな見てるのに、あれ?腕なんか回しちゃって・・・なんか兄貴が積極的グボァァ!!!」


「だ〜れがてめぇなんかに手ぇ出すか!アホが!アフォが!」


極まった・・・この時、完璧に入った首締めをこのまま極めてしまえばどんなに楽だった事か、悲しみばかりが募る。


事実ーそれ以上腕に力が入らない・・・




それを意味するかのようにコイツはワザと視界に映るように『白い封筒』をヒラヒラと揺らして見せた。



瞬時にそれに反応したように俺の手は一瞬のうちに伸びていた。

と同時か、それより早く封筒も視界から消え失せる。


「あ〜〜お金〜」


力すら入らない俺の声は情けない限りだ。それを見てか首締めから逃れたソイツは封筒と共に俺の手から逃れる。


「だ〜めっすよ♪ことわざでしたっけ?『働かざるもの食うべからず』って・・・ヒャハ♪」


そう言ってコイツは封筒に愛を与えるようにキスをする。しかもこっちを見ながら・・・正直そんな趣味は無いから安心してやめて貰いたい。

俺はコイツを・・・この変態ヴァンパイア・シュリアをこれほど恨んだ事は無かった。




見た目は普通の人間と変わりない。それを利用し生き血をすする冷酷な生き物、それが俗に言うヴァンパイアである。

コイツもそう・・・あの日敵として目の前に現れた。

目的は分からないが杏樹の刻印を狙う『シュベルヌ』と行動を共にし俺らを苦しめた・・・はずなのだが今はこうして日本にすら馴染んでいる。

だけど正直毎日気を抜く事は出来ない。どこでまた前のような行動を移すのか・・・




そして今やそれだけではなく俺の貞操すら心配なのだ。連日連夜コイツと思われる視線に襲われているし、全く気が休まれる状態ではない。


そして今目の前でこんな事やってるし・・・



「あのさ、とりあえずなんで両手両足を捕まれてるんだ?」


現状としてはこうだ。なんか大の字の状態に仰向けにされて両手両足を他の男達がガッチリとつかんでいるという現状なのだ。



「んで?どうなるの俺?」


そこでシュリアの顔が素晴らしい勢いで俺の顔へと迫ってくる。いやほんと近すぎだし、もう3センチぐらいで接触だっての。

ふざけるなこの変態と・・・



「兄貴?」


「なんだよ・・・」


「お金、稼ぐって言いましたよね?」


ただ一言、その一言だけ言ってシュリアは立ち上がった。

そして俺に見えないように向こう側でゴソゴソと何かをしている。


「Let's・・・」


「は?」







「Show timeだこの野郎ぉぉおぉぉぉ!!!」


『うおぉぉぉぉっす!!』


大地が揺れる、とかこの事だろうか。そこにいる皆の声が共鳴し合い一つの声となっていた。


「なっ!なっ?なっ!?何いぃぃぃぃぃ!?」


なんか知らないが男達は両手両足をガッチリ掴んだまま俺をの体をみこしのように揺らすがごとく息を揃えてワッショイワッショイと担ぎ上げる。

なんていうかコイツら・・・百樹の側近達と同じ様な雰囲気がするんだ。

え?何がいけないかって?


『汚される』気がするんだよ・・・


「んだよこれはよっ!説明しろシュリア!!」


「フォーアアァァァァー!!」


「叫んでんじゃねぇぇぇぇ!!」


もはやこんな体勢では抵抗の仕様が無かった。唯一出来るとしたらソイツを見ることー


そのシュリアといえばさっきの封筒をスーツの隙間から股間の付近に入れ俺に向かって腰を激しく振っている。

どう見ても変態である。しかもテレビで見た気がするな〜



程なくしてよほどその動きが疲れたのだろうか、ゼ〜ハ〜ゼ〜ハ〜と息を荒げながら深呼吸した。


数秒後、落ち着いた様子で俺の方を微笑ましく、今までにコイツが見せた事も無いような笑顔でこう言った。



「お金が必要、って言いましたよね♪」


その瞳はどこか・・・真っ黒だった。

瞬時に俺は想像してしまった。

よくテレビのドキュメントで紹介されている夜のお仕事の数々を・・・


「おい!シュリアっ!!」


前方に小さな、薄暗く目立たない扉があった。


「は〜い♪」


立ち入り禁止と赤字で書かれているのが涙目になっている俺にもよく見える。

男達の中の1人がそのドアを躊躇なく開けた。


「俺って・・・どうなるの?」


震えるような声で必死に問いかけたその言葉ははたしてシュリアに聞こえたのかどうかは分からなかった。


でもアイツは確かに・・・



笑ったー




「汚さないでえぇぇぇぇぇぇ!!」




扉は閉じられたー









『さぁ〜始まりました始まりました始まりました〜!!今宵もお越しいただいたお客様の感謝デー!!』


「ねぇシュリア・・・」


「は〜い、なんですか?兄貴?」


「ここって・・・ヤッパリあれ、だよね?」


「な〜に言ってんすか〜」


豪華、とも煌びやか、とも違う独特の妖しさを放つ室内。そして立派にスーツを着こなし今宵も来てくれたお客様を存分におもてなしするあの仕事・・・


「ホストクラブッスよ〜♪」




ヤッパリだ・・・


最悪だ。最も最悪なとこに来てしまった。さっきは多分シュリアが指定してきた時間に来たから開店前だったんだろうから客なんて一人もいなかったけど、この光景は・・・



満員御礼じゃないか・・・


しかも最も俺のイメージでやりたくない仕事No1だよ。


なんでだって?女の人多すぎじゃねーか!!


「つうわけで帰るわ。じゃ―」


ガシッ


「兄貴ぃ・・・」


必死でこの場から逃げようとする俺を逃がさんとするようにシュリアは俺の後ろの襟をガッチリと掴んで離さなかった。


「これだけは、譲れられまへんなぁ・・・」



シュリアさん・・・なんか見たことないような口調に早変わりですね。

なんかVシネを生で見てるみたいだ・・・


「とまぁ♪そんな流れで兄貴には今日1日ここで働いて貰います!」


さっきとは打って変わってVシネから恐ろしいほどの早変わり、流石です。



「・・・どうしても?」


「稼ぐためなら何でも頑張るって言ってましたよね〜」



あらあら、シュリアの顔がイラっと来てるのが目に見えて分かるわ・・・



「ところでさ」


「はぁい、なんですか?」




「何、この髪型・・・」


ホールの一角が鏡張りになっていた。そこで俺は確かに見てしまった・・・

流石のシュリアも口をしぼめて何も喋らないようにしていた。


「なぁ、なんで教えてくれないんだよ・・・」


シュリアは・・・口を閉ざしたまんまだ。

俺は叫んだ。




「なんで・・・なんでリーゼントっぽい髪型になってんだよおぉぉぉぉおい!!」


「すみませんすみません・・・でも、似合ってますよププッ」


「ほぉ、貴様笑う余裕があるとはな」


指をコキリポキリと鳴らす。十分に怒りと憎しみを込めて・・・


「それは・・・うちのスタイリストさんの趣味なんすよ〜なんて言うかあの人リーゼントとかパンチパーマとかが異様に好きで・・・あれ?兄貴?」



『ぎゃああああぁあああ!!!』






数秒後、俺はスタッフルームからその拳を真っ赤に染め上げながら抜け出してきた。



「兄貴、あ・・・頭戻ったんすね!!そういえばスタイリストさんは・・・」


「あぁぁん!?」


凄い剣幕で睨みつけていたのだと思う。おかけでシュリアはビクビクと震え逃げた。

ふぅ、と息を吐く。こんな騒動も今や普通の事となったものだと・・・大人になったな俺。




「・・・しゃあねぇ」


「おおっ!兄貴!」


「だってしゃあないだろうが。今夜は絶対金を稼がなきゃいけねぇんだ、ここで悲しんでても、こんな事で萎んでてもしかたねぇだろ!」


「兄貴ぃ!やる気になったんすね」


「まぁ、な」


やる気、というか生きる為です。

お金がなきゃ今夜は・・・これからは生きていけないんです!

切迫した思いから生まれた『誓い』は俺の心を揺り動かすには十分だった。


「っしゃあ!!行ってきてやんよ・・・夜の街に・・・スーツを貸してくれ!シュリア!!」



何故か応答は無い。やる気を削ぎ落とされたような感じだった。


「おい、シュリア」


違和感を感じながらも俺は誰かが答えてくれるのを待った。

「すみません兄貴・・・」


そしてシュリアはそう答えたんだ―









「今日はボーイさんとして働いてもらいたいんすけど・・・」




「そうっすよねそうっすよね・・・シクシクシクシクシク・・・」


冷たい、冷たい一言でした・・・




「い、いや別にやる気は無くならなくてもっ!影から支える縁の下の力持ちっすから!無くてはならない仕事ですからね!まぁホストをやるにはいきなり来てポンとやらせろってのはやっぱり他の奴らに示しがつかなくなりますし・・・分かってくださいよ兄貴ぃ!!」



※ホストさんもボーイさんも高校生ではなる事は出来ません。ご注意ください。



「シュリア・・・」


「はぃっ!」



もう・・・逃げられない。


なら―










「おい新入り!フルーツ盛り足んねえぞ!追加しとけ!」


「はい!」


「おせぇぞ!ついでにストッカーからシャンパン出しとけ!」


「はい!」


やるしかないじゃないか・・・どんなに辛くたってこうなったら働くしかないんだよ。


「ったく使えねえなぁ!新人さんはよぉ・・・」


「っっ・・・!?」


「ほらっ!コイツでも飲んで目でも覚ましてやんよ!」

目の前の男はワインの瓶を高く上げ、そして逆に持ち変え俺に中身をぶちまけた・・・



こんな―



「・・・てめぇ」



「あん?なんか言ったか?新人さんよぉ。うちらに文句ある前にてめぇの心配でもしてりぁあいんだよ!」


殺意、怒り、負を意味する二つの感情が交わる。それは今までにないような自分がいる事に気がついた。


体が、驚くほど軽い。


「あ・・・?てめぇ何笑ってんだコラ・・・ムカつくなぁ」


気が付かなかったがどうやら俺は男を前にして笑っているらしい。

何がおかしいのだろうか、何に対して笑っているのだろうか、それは今の俺にすら分からない・・・目の前の男は酷く苛立つのも当然だと感じる。

段々とその俺に対しての怒りを感情の外へと露わになって来ているのが嫌でも理解出来た。


「・・・決定ぇ。教育的指導な。恨むんじゃねぇぞコラ」




ソレは降り降ろされた―






「ガアッッ・・・!?」



皆が予想出来なかった光景だった。降り降ろされたのは拳、それもソイツのものだ。


「な〜にやっちゃってくれてんの?俊慈君〜それが君の教育的指導ってやつ?」



拳を放ったのはシュリアだった。

重く鋭い拳は誰の目にも止まらず、故に俊慈と呼ばれる男は一撃にて床へと叩きつけられた。




「何ぃ、その目?」



狂気―


真っ直ぐで純粋な瞳だ―


それだけに、皆はそれを『知っている』故に恐怖で動けずその場に膠着させられていた。



「もっかい分かるように言うよ?仕事辞めたいの?」


俊慈のスーツのネクタイを掴み上体を軽く持ち上げながら静かにそして強く語りかける。




「あぁそうそう。お前らもさぁ・・・この人に手ぇ出したらよ」


辺りはピンと静まる。シュリアは半ば意識の無い俊慈の体をその場に無造作に落とす。

俊慈の口元からは一筋の赤い線が走り始めていた。

それを人差し指で掬って・・・口に含んだ。

その異様な光景にそこにいた者は誰一人、ホストやお客の人例外なくゴクリと息を飲んだ。




「まぁいいや♪忘れちゃったし。はいみんなー仕事仕事!」


恐ろしく外れたのは言うまでもない・・・ずっこける者さえいたのは当たり前だった。


それに本人が納得しているのだから問題が無いのだろう。

皆もそれを『理解』している。

触らぬ神に祟り無しと言ったところだろう、それ以上誰も突っ込む事は無かった。

店の雰囲気も戻り辺りは何も無かったように正常と化す。




その中でシュリアは未だに倒れ込む俊慈にこう告げた。



「兄貴に手ぇ出したらさこうなるんだって事頭によく積めときな・・・後は無いってよ」


途端に俊慈の顔は青くなりその場を後にした。




「さてと・・・」


シュリアは向かう。


「あ〜にき」


「・・・・あぁ」


「どうしたんすか?あんなやつ兄貴なら―」


「・・・」


「なんか最近兄貴様子が変ッスよ?なんか変わったって言うか・・・」


そう、自分でも分からないが自分の中で何かが変化を遂げつつあるのだ。

それは侵食し徐々に俺の自由を奪っていく・・・


「ん〜」


困るような顔をした後シュリアは俺にこう言った。


「昼休み、入れましょ♪兄貴も疲れた事だし」



「ちょ・・・っと待て!なんだいきなり!手ぇ引っ張ってんじゃねぇよ!!」


グイグイと手を引っ張られまるでオモチャのように扱われた。


「店内案内しますって!俺ここの店長なんすから♪」


「えっ・・・いやマジかよ・・・ってうおあぁぁぁ!!マジで引っ張る力強いんだっての!!」


「遠慮は〜しないで〜♪」


「して・・・ねえぇぇぇ〜!!!」







「てなわけでここが普通のホールッスね。兄貴はさっきまで厨房のほうにいたからあんまり分かんなかったと思うけどここが一番華やかなとこなんすよ!」



「は・・・あぁ」



驚くべき光景だった。

一番最初に目に付いたのは中央のステージに位置する大きなシャンデリアだった。

シャンデリアといったら大概の人は中世ヨーロッパを頭にイメージすると思うがこれは違った。

黒をベースにし、見てわかるような細かな細工がされていてシックに纏められている。それでいて中心として主張せずにあくまで中和するような存在としてそこにあるのだ。


次に目に付いたのは全体に設置してあるテーブルとチェアだ。シャンデリアにひけをとらないぐらいに美しいフォルムのそれもまた和を意識した自然そのままの原木の色をイメージした配色と造りになっている。


驚きながらホールを見渡すとそこにはところどころに『花』を『華』にするような、素人目の俺から見ても分かるような見事な花のアレンジメントが並べられている。バラ、カーネーション、スィートピーやガーベラがまるで一つの生き物のように華やかに、そして凛として飾られている。



本当に素晴らしいものだった。感無量とはこう言った事を意味するのだ。

本当に素晴らしいと感じた時、それは言葉にすら表せないものだと・・・



「これ、一応俺が全部セッティングしたんすよ♪」


「これ・・・!?」


「やだな〜普通に照れるじゃないっすか。そんな見られちゃったりしたら♪兄貴はこういったのは嫌いっすか?」



嫌いも何も・・・本当に言葉が出なかった。


「・・・こんなとこいるのもなんっすから次!次行きましょ!!」


「あ・・・あぁ」




まだ圧倒されている俺の手を引っ張りシュリアはグイグイと先に進んでいく。




「兄貴さぁ、なんか今悩んでるっしょ?」


突然掛けられた言葉だった。


「あっ図星って顔ッスよ?それ」


まさに当たっていた。コイツはこんなとこが鋭いらしい。心を読まれるのはあまり好ましくは無い・・・


「なんてか・・・すみませんね。さっきみたいな事とか・・・」


「さっき?」


「あの俊慈とかっていたじゃないっすか・・・」


ふと思い出した。何故かは分からないがいつもはすぐ手を出していた筈の俺が―


「なんか―分かんねぇよなぁ・・・」



確かに自分でも分からなくなっている。昔は何も考えずにやってきた筈だった。でも今はよく分からない。こうなった事実は認めるしかない、認めざるを得ない紛れもない事実なのだ・・・ヴァンパイアだってなんだって、ヴァンパイア―


何かが胸に未だ引っ掛かる―






「なんつーか大変ッスよね。ほんと♪」



言葉を詰まらせた俺に対して気を紛らわそうとしてかシュリアは話しかけてきた。


「俺だってホントは・・・アイツと、シュベルヌのやつと杏樹さんの刻印を奪おうと兄貴と対立したのに・・・今は何でかこうしてここにいて兄貴と一緒に歩いてる」


まさにそうだった。気が付けばこうしてこれを日常として過ごしている俺がいるんだ。


「ったく人間ってのは大変なもんっすよ。相手は人間っすからね。もうわけ分かんなくて毎日大変っすよ♪しまいには今日みたいな事にもなるわで・・・」







「でも・・・それでも頑張ってんすよ?俺」


一点、まるで辺りには誰もいないように俺のみをその瞳に添えて言った。


「毎日毎〜日、この仕事に誇り持ってやってますけど毎日辛い思いばっかなんすよ。お客様の対応とか、他の店のヤツら事とかね―それでもこうして兄貴と喋れて、兄貴と顔を合わせて、兄貴と笑えるのが楽しいから・・・」







「だからこうして頑張ってられるんすよ♪」



「お前・・・」


「だから兄貴も、力入れろとは言いません。むしろ肩の力抜いた方がいいっすよ♪てか俺頭悪いからなんて説明すればいいか分かんないっすけどこれだけは言えるっす・・・」



凛としたシュリアの目、あまり見たいものでは無かったがその時ばかりは真剣だった。



「兄貴は強い人っす。俺はそこに惚れたんすから♪頑張りましょうよ♪」




なんて言うか、凄い気持ちは分かった。俺の事心配してくれたり何を伝えたいのかも大体分かった・・・




だけど・・・気持ちだけ受け取っときます。


「あ〜もう!こんな事言わせるなんて!真っ赤っすよ!俺の顔、今バラより!!何てこと言わせるんですか〜♪」


「ハイハイ、ソレハドウモ」


コイツの真剣な冗談はさておき、疲れも幾分取れた。不思議とコイツと居ればホントに単純に疲れがないから面白いものだ。その辺は感謝すべきなのかもしれない・・・




「ってと、まだ洗うもんとかあるし厨房に戻るわ」


「はい〜♪兄貴ぃ大好きっすよ〜」




最後言われた言葉は出来るだけ早く頭の片隅から消し去ってしまおう、そう思った時だ―




その場全体が吼え震え上がった。


ビリビリと轟くように歓声がこだましクラブ全体を覆い尽くす。


「何?なんだこれ・・・」

思わずシュリアのところに駆け寄り事態の把握をしようとした。




「アイツ――っすよ・・・」


呆れ、今までに見せた事の無いような困ったような顔でシュリアはスーツのポケットから携帯を3つ取り出した。


「あっ―島田さん。俺です、えぇ今日も―はいお願いします。どうも」


「石垣ちゃん?悪いけど今日も頼むわ!悪いねいつも!んじゃ」


「はいよ。俺だけど今日いつものやつ頼んだわ、取れないとか無しな」



それぞれ違う番号の相手だろう。事細かに説明しなくても『今日』と言う言葉が入っただけで要件が伝わったようだ。

電話を終えたシュリアが話しかけてきた。


「またやりやがりましたよ。アイツが・・・」


「誰だよアイツって―」


言葉は不要と言わんばかりに人差し指をその方向に指す。


「アイツは毎回やってくれますよ。ここに入って三日目、それで今やうちのNo1・・・常識外れもいい加減にしろってやつっすよ。一体誰が初めて経験したホストで毎晩ドンペリの嵐を生むってんすかね。ったくさっきの電話もそうなんすけどね、毎晩業者さんのとこに注文するこっちの気持ちに――」



もう声は聞こえていなかった。無意識のうちにそこへと歩み寄っている自分―まるで引き寄せられるように。


客、ホスト、それらの歓声の中別なものがそこにあった。



ビンと張り詰めるような空気、恐らくここにいる誰もがそれに気づいて無いことだろう。


ソレは俺に向けられているのだから・・・






銀の野獣―



鋭く、血すら凍てつく程の冷たい狂気の刃




かき分けた先


視線のその先の彼はそう答えた。






『山本、雅人―』










「ふぅ、終わった終わった」


玄関のドアを開けたどり着いたのはアパートの俺の部屋だ。

今日は色々な事が起こりすぎて大変な1日であったと、そう告げるように『ソイツ』へと声を届かせるように言った。


「しかし・・・まさかうちの学園にホストをやってる奴がいたなんてな・・・」




雅人の視線の先にいたのはいかにも頭の良さげな眼鏡をかけた整っている端整な顔立ちのスーツを着た男だった。その姿は男だという事実を忘れさせるぐらいの美しささえ放ってさえいる。

見覚えがあった。そう、見覚えと言うかそれは確信だ。

ノエルが転校してきた日、同時に転校してきた男だった。一瞬だが視線を感じた取れた事を覚えている。


「で!何?やっぱりこんな事隠れてしてるぐらいだからなんか家とか貧乏とかか?なんかさ、そんな感じがしてならなくてさ!」


同じ境遇、同じような不幸、そんなものを持っている人がいないのかと雅人は探していた・・・むしろ自分以上の不幸を味わってる人がいたらちょっと会いたい気持ちでもいた。



「いや、すまないがウチの家系は何故かお金には困っていない。話題にならなくてすまない」


初めて聞いたその声は顔に負けず劣らず強く、美しいものだった。

そしてお金さえ持っているとは・・・神はにぶつを与えないとはよく言ったものだー雅人は神に激怒した。


「日本にはある用事があって来ている。ホスト・・・と言うのか、あの仕事は。あれも日本の文化を知るためにやっている。やはり女性を喜ばす、と言うのは簡単な事ではないものだな」



そこまで言うか、そう思った。イケメン、金持ち、モテモテ、こんな最強3拍子が苦労するのを見てみたいと俺の中の黒い部分が泣いていた。



そんな時、目の前に手が見えた。ソイツの手だ・・・握手を求めるように差し出されている。




「自己紹介をしよう。君とーそして僕の」



「あ、あぁ」


不思議と悪い気はしなかった。先程からイヤミ(被害妄想)を言われて心をボコボコにされたはずだったがコイツの言葉には優しさがあった。



「俺は、えとマイネームイズマサトヤマ・・・いやなんて言うかお前ハーフっぽいじゃん?だからちょっとさ・・・」



・・・口を押さえて笑われた。そんなに面白い事だったか?むしろコッチが嫌ってほど恥ずかしかった。


「いや、なんて言うか面白いな。僕はさっきまで日本語を話していたってのにそんな改まらなくても・・・」


もう顔が真っ赤です。どうにでもしちゃってください・・・


「僕はハーフでもクォーターでもないんだ。生まれはドイツ。でも知り合いが日本語を教えてくれたから分かるんだ。だから大丈夫」


どうやら深くは追求しないやつらしい。なんか知らないが助かった気がする。



「じゃあ、俺は雅人。山本雅人。一応これからもよろしくな」


これでひと安心だった。恥ずかしさから解放したい一心だったからひとまずは安泰だろう。


そして待つのはコイツの答えだった。







「僕はリーヴァ。エステント・リーヴァだ」



彼はそう言った。


力強く信念のある声でー



「っとまぁ玄関で話すのもなんだからとりあえず上がって話そうぜ」


部屋に一歩踏み入り暗い部屋の左側の壁を手探りで触る。

あった・・・


触れたスイッチを押すと部屋全体に明かりが灯された。


シュリアのクラブを目の当たりにした後では天と地の差ほどだったが俺にとってはなかなか住み心地がいい。あのバカ姉の存在以外は・・・


そういえばリーヴァはどうなのだろう、そう訪ねようと振り返った時だった。


「へぇ、これはまた珍しいね。日本古来の縦穴式住居をイメージしたような暗さがまた味があっていいものだ。しかも一定の湿度を保っているようだしワインセラーのような造りになっている・・・ここを管理している人は相当愛情を持ってるみたいだね」


まぁ・・・ある意味は合ってるかな。『金』に関しては惜しみなく愛を注いでるしな。



それに・・・いや〜とりあえず確信が持てたよ。




コイツは『天然』だ・・・


なんで俺の周りって天然ばっかなんだろうね・・・って1人で呟くのは危ない人みたいだからやめておこう。


「え〜と・・・なんか飲む?こらこら初対面の人の家を漁るのはやめなさいて」



何が珍しいのか・・・この寒い季節の中熱くなってる人がここにいますよ。


「・・・おっと」


いいものを見つけた。飲み物を探してる最中にちょうどよくテーブルに置かれたコーヒーが目に入った。


「特に飲ませるものとかないけどさ、そこにコーヒーあるから勝手に飲んで・・・早ぁぁ!?」


リーヴァは先程いた位置から一瞬のうちにコーヒーのカップを悠長に持ち正座している。

その落ち着きっぷりは現代日本人などよりよっぽど様になっている。


「コーヒーや紅茶は好きなのでいただくよ・・・ん・・・何か日本独特の特殊な香料でも入れているのだろうか?ひとまずいただこう・・・」







と、飲んだと同時にまるで喜劇のようにリーヴァは大粒の涙と共に飲んだコーヒーを滝のように吹き上がらせた。それはもう虹のように芸術の域にさえ達していた。


何故か・・・




「日本では・・・もてなしに墨汁を飲ますのが主流といったとこか・・・」



「え゛ぇ!?」


紛れもない・・・あの姉貴だった。あのバカならやりかねない、もしかしたら保険金をかけてこの墨汁コーヒーでショック死させようと企んでいたのかもしれない。誰よりも早くそんなバカ姉貴が浮かんだのは至極当然の事だった。




程なくして誰かがくしゃみをしたのは別の話である。誰かは言わずとも、である。




「なんてかとんでもない事して悪いな・・・初めて来たってのにこんな事になっちまって」


そう言ってジュースを渡す。アパートの外から急いで買ってきたものだ。

勿論現時点での全財産をはたいて缶ジュース二本とはなんとも言い難い悲しい現実である。


「構わないよ。それより君の話を聞きたい。山本雅人」


聞かせられる話など到底あるわけが無かった。俺が学園中、それだけでは無く付近の地域まで恐れられている男などと。


そして、




ヴァンパイアなどとー




「顔色がー大丈夫なのか?」


「あ、んあぁ!何もないから心配しないでくれよ。それよりさ・・・お前の話が聞きたいんだ」


「僕、の?」



少し言いづらそうな雰囲気だったが、その後本人からゆっくりと口を開いていった。


「ある用事・・・僕はさっきそう言ったよね」


「あぁ」









「僕の彼女はー殺された」



息もつまるような答えだった。予想もしていなかったその言葉に何を言えばいいのか、なんて返せばいいのか分からなかった。



「僕は彼女を殺した奴をー殺すために日本に来た」


「お前・・・」




「・・・すまない。今日初めて会った君にこんな事話すなんてね。悪かった、気分を悪くさせたね」

「いや、なんかこっちもそんな事聞いちまってさ・・・」


明らかに空気を変えてしまったのは自分だ。

それを元に戻そうと別の話を持ち上げる。



「てかさ、はは!こんな話するのもなんかだけどいくら日本文化を学ぶったってホストなんかするのはないよな。でも聞いたよ!入って3日でNo1だとか前からやってたんじゃねぇの?俺なんかボーイだったし・・・よっぽどシュリアのお気に入りにならなきゃー」



「シュリアー」


ここまで雰囲気を悪くしてしまったのは自分だった。それを戻そうとして口に出したのはクラブの話ーそしてシュリアと言う単語が出た時、リーヴァの様子は変わっていた。






「あいつの事、知ってるのか?」


そう尋ねた俺の言葉は届いてるようには見えなかった。



「どうしー」







窓から放たれる月夜の光は『ソレ』を照らし出す。


闇夜の中で銀色に輝くその狂気。

長く、鋭利な牙のような殺傷力を放つその銃身。



(コイツーー)



「シュリアー円卓の」



渦巻く憎悪の塊を見逃さなかった。



「ヴァンパイアー」



(ヤベぇ・・・ッッ!!)



リーヴァの両手に握られていた銃がモデルガンか本物なんて事はどうでもいい事だった。

俺の体がとった行動、それは殺されないため、それより先に相手を殺すため。




本能がそうさせたのだ。


ジュースを置いていた簡易テーブルを蹴り上げる。まだ中身が残っていたジュースの缶はしぶきをあげて宙に弧を描き舞い上がる。


全てが俺の目には『見えていた』



(・・・っくそ!!)



どこかでそう思っていた。

入学式、ホストクラブ、いや違った。


最初から分かっていた。


(なんでこうなる・・・!なんでコイツと戦わなきゃいけねぇんだ!!)



しょうがない事だった。

それ以前に生きるか死ぬか、その生死を賭けた戦いににその思いは不要なものだった。




それを意味するように、来たのは『ソレ』だった。




(いなーー!?)




衝撃が腹部へと『突き刺さる』

それをマトモに頭で、目で理解出来たのはほんのコンマ何秒の事だった。


「か・・・うぁ・・・」


痛覚は最後の最後にやってきた。

実際目に入ってきたのは肘打ち、だが実際の重さはハンマーそのものだった。



耐えきれずその場に膝をつく。意識を保っていた自分がまるで嘘のようだった。

それをバカにするかのように胸の辺りを前蹴りが襲う。

こちらは衝撃は無かったがおかけで壁際まで軽く叩きつけられてしまった。



間髪入れずリーヴァは迫る。意識をなんとか保っていた俺は瞳を向ける。

そこにいたリーヴァは先程笑顔で話をしていた『彼』などではなく、鎖から解き放たれた獣のようだった。



左肩に何かが乗せられた。リーヴァの右足、そう分かった瞬間体が壁に叩きつけられる。

意識もとうとう薄らいでるのが分かった。ただそれを叫べずにはいられなかった・・・




「どうして・・・」










「なんでなんだよ・・・!!!」






「彼女は・・・レミアは、ヴァンパイアに殺された」



獣は静かに口を開くー






「僕らは、あの日・・・神に愛を誓った」


「な、に・・・」


息も切れ切れで放った言葉などは届く筈も無かった。



「だけど・・・神の前で彼女は殺された」


悲哀と暴虐に抱かれた言葉からは恨みの念が吐かれていた。



「彼女はヴァンパイアに殺された・・・!!」


重く鋭い銃口が殺意の塊となって俺へと向けられる。


「俺はーヴァンパイアをこの手で滅する。そして神をも蹂躙する」







「貴様もだー山本雅人」




銃口は俺から反れる事無く向けられる。


「刻だー」


消えゆく思い、そこには悲しみしか残らなかった。




彼は言い放つー




「刻が来たら貴様らヴァンパイアを全てこの手で蹂躙してやるー」





読んでくださりありがとうございますo(_ _)o

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