第6夜 ―Standing alone but together―
1ヶ月ちょっとに一度更新ペース・・・もうちょっと早く書けるようになりたいな・・・
学生にとって一番の至福の瞬間。
下らなく長いと感じる授業が終わるとそれが学園中に鳴り響く。
ある者は自分の将来を担うだろう部活動にひたすら汗を流し青春を謳歌する。
ある者はアルバイトをして自分の欲しいものを買うために必死に頑張る。
その者達はそれを待っていた。
キーンコーンカーンコーン
帰りのHRの終わりを告げるチャイムである。
学生の幸せといったらそんなものだ。
だけどそんな幸せを誰もが幸せだと思える事が本当の意味での幸せなのかもしれない。
起立と礼、というごく当たり前の言葉の羅列が学生達を昇華させる。
そんな放課後の過ごし方など人それぞれだ。
人それぞれ―
なかには無機に過ごしている者だっている。
この少年、山本雅人もその一人だ。
高校二年生という中途半端なポジションにいる中、何に熱中するわけでもなくなのである。
元々運動神経がずば抜けて優れていたから部活動の勧誘などは星の数ほど受けさせられた。
けど雅人にはその中に熱中するものなどなかった。
彼は何も無かった。
幼い頃から闇の中、暴力にあぶれ支配し誰も近づかなくなった時人はどこか彼を敬遠していた。
ここには何もない・・・
そう思ってきた頃だ。
彼女はやって来た。そんな世界に彼女は―俺の世界に光を差し込んだ。
死んでいるように生き、生きてるように死んでいた俺にとって彼女は光だった。
眩しく、いつでも強く逞しく生きていた。
俺は幸せだった。
彼女がいる世界は輝いていて楽しかった。
俺は思ってしまった。
こんな日がいつまでも続けばいい―と
俺はそう願ってしまったんだ・・・
「お兄ちゃん・・・帰りはどこ行こっか!!ノエルはね〜日本に来てからまだ美味しいもの食べてないんだ・・・だからさ・・・『吉田屋』の血肉したたる牛丼が食べたいな〜」
「だ〜か〜ら・・・」
ノエルがこの学園にやってきてから半日が経った。正直なところノエルのこのバカっぷりには心底困り果てている。ある意味尊敬出来るほどだ。
だってさ・・・
「ノエル・・?今は何の時間か分かっていらっしゃりますか?」
「帰りのホ〜ムル〜ム〜」
よく分かっていらっしゃる・・・
「じゃあ出ていこうか」
相変わらず俺もアッサリ言うものだ。つうかこんぐらい言わなきゃコイツは効かないしな。
「や〜だ〜っ!!だってノエルはお兄ちゃんと吉田屋の血肉したたる牛丼を食べないと気が済まないんだから〜!もうこれは絶対なんだからね!」
あっこりゃ全然効いてないわ・・・
「だからまずアンタよ!ノエルとお兄ちゃんの仲を引き裂こうとしてるこの悪魔めっ!!今から成敗してやるわ・・・」
ビシィッ!と人差し指を向けられた方向にいたのは杏樹だった。まぁ当然と言えば当然なんだがな。
でもとりあえず杏樹としては全く身に覚えがないわけで・・・あぁ、もう理解出来ないでポケーッとしてますね。
いやまずその無垢な笑顔を向けるのは止めてくれ。ノエルが暴走するだけだから!
「や、や、ヤッパリやるしかないわ・・・やってしまうしかないわ・・・」
「頼むから本気になるのはやめてくれ・・・頼むから平和に過ごさせてくれ」
俺の切な思いはコイツら(主にノエル)には届かず教室の中はホームルームそっちのけで『たかし!見ちゃいけません!』コールが共鳴するように聞こえていた。
何?これ流行ってんの?
その略して『た見』コールが鳴り響く中、いつもの(とりあえず今日からだな)やり取りが始まった。
1・ノエルを必死に宥めてみる
2・杏樹がノエルに優しくしてるつもりが逆効果
3・俺が一番とばっちり
もうほんと散々です。
あぁ〜なんかまた変なの飛んできた〜
「ぐわばるっっ!!!」
こうして俺の平穏な筈だったホームルームは無惨にも過ぎていった・・・
「やっくそくやっくそく!!お兄ちゃんと吉田屋!吉田屋・・・・・・ってなんでアンタがいるのよ!この小娘えぇぇぇぇ!!」
これはまた綺麗なご対面ですな。
ノエルにはちょっとトイレに行ってくるからって言って脱出したのに・・・どうしてこう・・・勘のいい子!!
「お兄ちゃん!!アイツ始末しなきゃ私達幸せになれないよ!吉田屋の牛丼食べれないよ!」
そうか・・・お前の幸せは牛丼が食べれればいいと・・・
「血肉したたるやつだからね!!」
「いや、ちゃんと教えたいんだが吉田屋にそんな裏メニューは存在しないだろ」
そう言ったらノエルは頬をプク〜っと膨らませ不服そうに俺を見てきた。
その光景はなんかの新しい生物を見ているようで面白い。
俺は少し悩んでいた。それは『今日』であるが故の事だったから。
「えっとさ・・・」
理由を考える事にけだるさを感じたのか髪をかく。
「いや・・・なんてかさ、今日は俺と杏樹で行くとこあるからさ・・・」
「じゃあノエルも行く〜〜!!当然貴様は無しだ小娘〜!!ふぁふぁふぁっ!」
「・・・ちょっと今回は違うんだ。悪いな、ノエルは連れてけない」
ノエルの言葉が止まる。突然だ。
あれほど騒がしくしていたノエルが俺のたったその一言により黙り込んでしまった。
「悪いな・・・なんか気悪くしちまって。だけどちょっとこればっかりは違うからさ・・・」
「でも・・・っ!!」
はっと出たノエルの一言。共に顔は悲しみに歪んでいる・・・
「一緒に行くぐらいは・・・いいでしょ?お兄ちゃ・・・」
今のノエルの気持ちぐらい俺にだって分かっていた。だけどその時はなんて伝えればいいか―それが分からなかった。
「悪い」
それは圧倒し、否定する言葉だった。それを放った俺にさえ少なくともその時、そう感じた。
「そう・・・」
返ってきたのは素っ気ない返事だ。ただ返しただけという。
だけどもその瞳は違った・・・冷たく深い溶けない氷のような瞳だ。
それはまるで俺を睨めつけるようにじっとりと見つめている・・・
「いいよっ!しょうがないよね、それなら!じゃあノエル行くから!」
途端、人が変わったかのようにいつもの明るく気楽なノエルがいた。
全く別の者に、人はこれだけ変われるのだろうか?
「ノエ・・・・」
どうしようもない気持ちに襲われ、声を掛けた先にノエルはいなかった。
「悪い・・・・」
分かってるさ。『今日』は仕方ない・・・その言葉が何かを押さえ込む。
そして自らをも―
人は何かにつけて『白』を好む。
清楚で汚れ無きその色は人から愛されはする。
だがなぜ人はこの色を身にしないか・・・
答えは一つだ。
罪の意識を持っているからだ―
人はある日、汚れ無き純な『白』として生まれその生の始まりとす。
そして長きに渡る人生を様々な出逢い、出来事と共に生きていけばそれぞれ別の色となる。
青、黄色、緑、赤にも、そして朱にも・・・黒にさえも染まっていく。
だから人間は様々な罪という色を背負いながら生きる。
故に『白』とは罪なのだと―
真っ白な壁、真っ白な天井いつまでも続く真っ白な廊下。
まさにここはそれらを象徴とする場所である。
学校から歩いて30分ぐらいに位置する、『百合ヶ咲病院』は隣に教会までも設置する大きな都市型の私立病院だ。
ここに俺と杏樹は来てる・・・
今日はあの『日』だからだ。
売店に立ち寄り見舞い用の菓子を買う。店員に一言、どうもとだけ添えた。
それから後は単調な行動だ。真っ白に広がるカーペットのような廊下を渡るだけだ。
コツコツと廊下を歩めばそれに反響して甲高い音が淡々と返ってくる。
そんなつまらない反応に耳を向けながら俺は少し考えていた。
(俺は・・・お前に何か出来たのかな・・・)
ずっとそれを今まで考えてきた・・・
全ての物事には限りなく意味がある。
あの日俺が手にした力、それはとてつもないものだった。だから今もこうして杏樹がいて歩いている。
だけど―その影で色々なものを失いかけた。
それは幼い頃から今までを共にしてきた大事な・・・大事な仲間だった。
(なぁ・・・孝太郎)
103号室。なんともキリが悪い数字だ。だが通い慣れた今では何となく嫌いではない・・・
そしてここまで来れたのも考えてみれば1ヶ月ぶりだ。
今まで来てみれば面会謝絶、面会謝絶の繰り返しだったのだから。
考えてみれば当たり前の事だろう・・・あの3ヶ月前、孝太郎は生死の境をさまよっていたのだから。
(それでもお前はあの時、俺を送っていってくれたよな・・・)
深く、深い傷が蘇る。
こうして部屋の前まで来ているのに・・・それ以上が踏み出せない。
ずっと今までもそうだった。会おうと思えば部屋に入っていけば会えるのに・・・いつもそんな感じだ。
(なのに・・・俺は何一つお前にしてやれなかった)
あの日の『大災』によってもたらされたものは母さんによって人々の記憶から消されていた。それどころか崩壊した建物、公共物すら元の姿に戻った。
だけど人々の心や体の傷は癒える事は無かった。
一夜にして人々に降り注がれた原因不明の大災害。
ニュースではそう報じられてた。
建物などの建造物は全くの無傷なのに人々だけは大小問わず原因不明の怪我などを負った。
だから病院などは日夜怪我人に追われここ何ヶ月かは大変な騒動だった。
孝太郎のやつもそうだった。あの日、母親を守るために自らを省みず守ろうとした。結果としてはよかったはずのその出来事は―
(くそっ・・・!)
自らに問いかける。お前は何が出来た、何をしてやれた、と。
だけど浮かぶのは罪の意識のみだ。
親友すら守り通せなかった無意味な力だと―
俺は咎人だ。
「へ・・・」
息をついた。何も変わらないし変わろうとしていない自分がこれほどにも情けない存在でしかなかった事に気づいた。
「また、だな。・・・」
そっとため息をつく・・・それは俺の心の叫びだったのかもしれない。
「杏樹、やっぱり帰・・・・」
俺の告げようとした言葉よりも早くにそれは来る。俺の手にそっと何かが触れた。
とても暖かい・・・振り返って見えたそれは杏樹の手だった。
彼女は下を向きながらずっと俺の手を握っている。微かに震えている事にも気づいた。
「杏樹・・・」
だから俺は動く事も出来ずにただ立っていた。
彼女が言わんとしている事はよく分かる・・・それぐらいは俺にだって分かっている。
だけど行けないんだ。俺にはその資格など、無い。
「ねぇ、雅人君」
彼女は口を開いた。手だけでなくその口調すら震えているようだ。
「ゴメンね・・・」
俺は自分がどうしようもないバカだという事に気づいた・・・彼女は、杏樹はあの日の事を覚えているんだ。
そして自らの暴走した刻印の力によって・・・
俺は―とんだ大バカだ
俺は1人で苦しんでいる気ですらいた。
「杏樹」
なのに彼女は一言も言わずずっと自らを罪として背負っている・・・そんな彼女に対して俺はなんて言えばいい。
「俺は・・・」
もう迷いたくはないんだ―
「悪かった・・・」
精一杯に言った一言。俺はその後顔を上げた。
「行くよ。もうアイツに背は向けられない」
放たれた言葉は真っ直ぐに貫く事が出来なく今まで悔やみ過ごしてきた自分への意志の表れだ。
そんな俺に彼女もいつもの、そんな笑顔で応えてくれる。
「行こう。雅人君」
手を繋ぎ、俺は彼女の手を引いた。そして目の前にそびえる今まで越えられなかったその壁へと2人で手を添えた。
もう迷う事は無かった、迷っても仕方なかった。
ずっと思ってた。
何がしてやれたか―
答えはこうだ。
結局俺はあの時何もしてやれなかった。
だけど―
今は踏みだそうとしている。たとえ果てしなく続いている先の見えない闇だろうとこれからはそれを照らす仲間がいる。
信じる仲間が―
それが今、自分の出した答えだ。それに変わりはない。
扉を開ける。
今の今までずっと迷っていた。だけど今はもう迷わないでいける・・・結局それは確信でもなんでもない。
だけど―
そうだと信じていける
単調に鳴る電子音。それは心電図だ・・・人の命の現状を告げる、いわば目安のようなものだ。周期的に安定して聞こえるその音からしてアイツは安静なんだと思う。
目の前に視界を覆い隠さんとする存在に気付く。その真っ白なスライド式のカーテンは静寂に包まれるこの空間にはよほど合うように不気味だった。
その向こう側に、ずっと辿り着けなかったアイツがいる。
今だってこの心臓がはちきれんばかりに鼓動を打ち上げる。ちょっとした拍子で体から削がれてしまいそうだ・・・
時計の秒針が刻を指す音がハッキリと聞こえる。それほどに神経が逆立ち俺を狂わそうとしている。
(らしくねぇ・・)
ふと自分に問いかけた。
(らしくねぇよな・・・)
いつもの俺はアイツのとこに転がり込んではズガズガと押しかけて行ってたはずだ。なのに今はこんな目の前に立ってるはずなのにこうしてただ無駄にたたずんでるだけだ。
こんなのらしくない・・・
「あぁ!!・・・くそっ!!」
もう我慢の限界だっ!クソ野郎・・・
俺の体は一線にベッドへと向かっていた。体が、今までしまい込んでいた俺自身がそうさせた。
カーテンを思い切り引っ張り上げるようにして開ける。
そして最初に見えたのがえらく簡易的なパイプ椅子だ。それ目掛け他は見ないようにしてズガズガと駆け寄り・・・一気に座る。
そのままフゥ、と深呼吸をして自分を落ち着かせる。
幸い、そこにはいつもの自分がいた。
もう大丈夫だ―
紙袋を抱えた右手を『アイツ』に向かって突き出す。
「よ、ぉ・・久しぶり・・・」
それでも俺は照れくさかったのか顔だけは合わす事が出来なかった。
それが精一杯だった。
「・・・雅人?」
返ってきたその声の主は驚きを隠せない様子だった。
「・・まさ・・と」
なんか気まずい雰囲気が広がってる事に耐えれなくなった。だからチラッと視線をアイツに向けたんだ・・・
ゴッ・・・・
ゴッ、って何だよ・・・?ゴッって。
開けた視界の中にアイツの顔があったのは覚えてる。そして何故か知らんが次の瞬間にはどこからか来たのか分からない拳が俺の顔目掛けて飛んできた・・・
だからゴッ、って事かと自分で納得・・・・・・・・・ってオイッ!!
「痛ってえぇぇぇぇぇぇ!!んだょ!この〇〇やろうぉぉぉぉ☆&#*%£!!」
俺はすぐさま拳を放ったであろうアイツの襟元を掴みあげた。
「ごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんなさい!!!」
まるでアイツはスイッチが入ったかのように『ごめん』絶叫し連呼した。
「ごめんごめんごめんごめんなさいごめ・・・・・・・久しぶり」
・・・・・
「えぇ・・なんでそんなきりの悪いとこで区切るかな・・・・」
ようやく、コイツ向き合うことが出来た。
長く埋まることの無かった空白を今はかつての親友がこうしていてくれたから・・・
「まぁ・・・久しぶり」
今はこうして笑える―
俺達は笑った。
「杏樹さんも元気そうだね。すんごい嬉しいんだけど・・・雅人はやっぱり変わんないや。良くも悪くも」
「ほぅ?最後の言葉は余計だと思うんだがな・・・?」
「あぁ〜ごめん」
いつものやり取りだ。その日常が戻ってきてくれたのだと少し嬉しくなった。
「・・・まぁまたこうやってみんなと会えて良かったよ。つい最近までほんとリハビリ漬けで誰とも遊べなかったしつまらなかったからさ」
その言葉が不意に記憶を引きずりあげる。
今までなんて言えばいいのか分からなかった自分―何をすればいいのか分からなかった自分。
だけど今は迷いなんてさほども無かった。
「悪いな・・・今頃になって来ちまってよ。なんてか自分の中でずっと逃げてたってのか、今までそうだった。自分の都合のいいように考えて苦しんでるものから目を逸らしてきたんだと思ってる。だからこれからは・・・」
「もういいよ。雅人、お前が思ってるよりずっと僕には伝わってる、届いてる。だからもう大丈夫」
不意に孝太郎は俺の後ろにいる杏樹へと声を掛けた。
「杏樹さん、ありがと。雅人が今こうして『ここに居る』のは杏樹さんのおかげだと思う・・・雅人ってみんなが思ってるよりずっと脆くてさ、弱かったりするとこもあるんだけど・・・それでいてキレやすいしすぐ手はあげるしそんでもって意外に細かいとこにはほんと細かいし」
「オイッ、ちょっと言う加減を考えて・・・」
孝太郎は突然、頭を下げた。杏樹へ向かってだ。
「だから僕はお願いする。これからも雅人を支えてくれ・・・」
誰もが予想すらしていない事だった。それは言葉を掛けられた杏樹でさえそれに呑まれているものだと思っていた。
「それは違います、孝太郎君。かつて・・・私も独りだった。ずっと独りで今まで生きてきた。どんなに苦しんだって独りだったから、しっかりしなきゃって・・・・でも内にある自らの闇にとらわれるような気がして毎日怯えてた」
杏樹の口調は強く、だけどどこか悲しいようだった。
「でもそんな時に私は雅人君に会う事が出来た。だから今はどんなに苦しんだって怯えていたって雅人君と一緒ならどんな事だって前を見上げて進んでいける・・・」
それが彼女の胸に秘めた想いだった。
「私はそう想っています・・・」
「杏樹、お前・・・」
少なくとも俺が考えてるよりはずっと杏樹は強かった。その強さに俺は今でも支えられている、そう感じた。
だからこそ杏樹の存在は大きくなっていた。
「は〜いっ!!ったく怪我人にそんなイチャイチャしたもの見せつけるなんて・・・あぁもう2人とも帰りなさい!オジサンは耐え難いです!そんな雰囲気は後で2人で楽しみなさいよ!!」
その雰囲気を作ったのはどこのどいつだバカやろう・・・なんか恥ずかしくなってるのはこっちなんだよ。
ほら、杏樹も恥ずかしくてなんも喋んなくなったし・・・それに気づくのも遅かったけどな。
「なぁ孝た・・・」
「はいはいはいはい君達が帰らないんだったらこの邪魔者は去るとしますよ〜。そうさせたくないならさっさと2人で帰路に行きなさいな!!」
こいつ・・・無駄なとこだけは計算だけぇんだよ、このっ・・・一生寝てやがれやあぁぁぁぁ!!
きらめく俺の連撃は病院内である事を忘れ、1人の男を絶滅させる勢いで刹那に放たれていった―
「あぁ〜もう分かった分かった!帰っからよ・・・じゃあな!!行こうぜ杏樹」
「え・・あ・・あ、はいっ!あ、待って雅人君・・・」
そこにいる息も絶え絶えな生き物に杏樹は未練を残し、それでもその場を後にした。その姿は見るに耐えないものとなっている。
「じゃまた来るからよっと。そんじゃな・・・」
扉を閉めようとした時、静かな空間である事が当たり前の病院に怒涛が響き渡る。
「雅人っ・・・!!」
それは孝太郎の声だった。
「僕さっ!今週中にはここを退院出来るからさっ・・・また楽しみに待ってろよっ!!」
俺らは2人で笑ってやった。
「当たり前だろうがよ・・」
俺は後ろを向いたまま親指を立てた右手を上げ、アイツに掲げた。
「待ってる・・・」
アイツも笑ってる。そんな気がした―
いまだ微妙な空気が取り巻いている。これはどうしろってんだあのバカ孝太郎め・・・
「まぁアイツも今週中には退院出来るって言ってたしこれで当面問題は無くなったな!」
「・・・」
反応が無い
「しかしアイツも変わってなかったよなぁ!あのアホさ加減といい毎度の事ながら見てらんないしよ・・・って」
杏樹は俺に構わずドンドン歩いていく。
なんかそんな状態が辛かったのか俺はたまらずさっきまで喉に詰まっていた言葉を口にした。
「き・・・今日はさ、なんかありがとな。お前がそこまで考えてくれてるなんて俺、全然分かってなくてさ。なんてか・・・どう言ったらいいか分かんないけどよ。ありがとな・・・」
ピタリと杏樹は歩むのを止めた。どうやら俺の思いが通じたらしい。だけど顔が微塵も動かないで前を見ているようだった。
「・・・杏樹さん?」
変な予感―それが頭をよぎった。
「杏樹・・・お〜い、杏・・・やっぱりか」
俺はここまで信じてきた自分に、そして信じさせた杏樹に少し落胆した。
「こいつ・・・立ったまま寝てるよ」
見事な寝顔だった。首をかしげフラフラとしながらも絶対に倒れない、そんな凄いバランスで杏樹は立っている。
これじゃあ俺の言葉が聞こえないわけだ・・・
「ったく・・・」
だけどこれじゃあ後に倒れる事は目に見えている。俺は杏樹の体をすくい上げおんぶした。
「世話かけさせやがって、男にこんな事させんなよ」
ぶつぶつ言いながらも俺は少し安心していた。彼女があの時口にした言葉によって・・・
(まっ、なんつうのかな・・・)
今までは恥ずかしくて言葉にする事が出来なかった。
だけど今日まで、支えてくれた彼女に対してこれだけは伝えたかった。
「ありがとな」
今出来る精一杯のありがとうをキミへ―
「う、ん・・・」
・・・待てっ!?まさか今ので起き・・・
顔が思わず赤面した。
「うーん、ファンタスティック・・・」
くそっ・・・なんで寝言なんだよ・・・
ちょっとベタな展開に期待した俺がバカだった。
そう思い正面に振り返った時だった。
その『殺意』を感じたのは―
(なっ・・・)
それは先ほど向いていた後ろから放たれている。俺は一生の素早さで振り向いた。
待っていたのは大きな『口』だ。
それも杏樹の・・・
「杏樹・・・さん?」
反応がないところを見るとこれは寝ているらしい。
と言うことはこの状況を脱するのは『不可能』である。
「うーん、デリシャス・・・」
その瞳からして多分彼女の視界には多分大好物が映っている事なんでしょうな。
あぁ、絶対そうだ!だって目が異様な輝きを放ちながらこっちに向けてるからな!!
つうか無理だ!俺は逃げっ―
逃げられねぇ状況じゃんかよ!!
いや、よく考えろ?
そう言えば毎回こんな展開だったな・・・そう思えば諦めがつくか・・・ってつくわきゃねーだろうが!!!
迫り来る狂気・・・
「まっ・・!!」
そこに逃げる術は無い。
「うひゃあぁぁあぁぁああぁぁぁあぁあぁ!!」
その悲鳴は切なく誰にも届く事は無かった・・・