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第5夜 ―瞳をトジテ―



しかしあれだな。少し疑問がある。

俺にだって残虐的な姉貴がいるし、その姉貴の弟として下の子の気持ちってのは少しぐらいは分かっているはずだった。


そこでみんなに一つ、聞いてみたい。


妹って・・・こんな酷いものなのか?




「おっ兄ちゃぁぁぁん!!!」


正直言うぞ?ウザいよホント・・・

いきなり俺の目の前1m地点で叫んでくるコイツは『ノエル』


先ほど俺はコイツの兄になりました。

と言うわけで付きまとわれまくりな感じでお兄ちゃんと呼ばれ早くも30回ぐらい・・・このままいけばトラウマになること間違いないだろうな。


何がそんなに嫌だって?バカ言うなよ。これから説明してやるからよく耳をかっぽじって聞いてくれ。



トイレに行くたびに男子トイレに惜しげもなく乱入してきて

「お兄ちゃぁぁん!!」と叫ぶ。


昼休みに入ったらもう大変だ。

「お兄ちゃん!昼休みはノエルと一緒に遊ぶんだよ!ずっとずっと一緒なんだからね!」とか誤解を招く発言はやめてくれ、マジで。


逆に授業が終われば教室にズガズガと入り込んできて

「お兄ちゃぁぁん!!」ってあああぁぁぁぁぁ!!


「ウッゼえぇぇぇぇぇ!!」



おっと危ないまた机をひっくり返しそうだった。そうだな、落ち着け俺。


「お兄ちゃぁぁん!!」


本日早くも31回目・・・いや、ホントどうしよう?このままだとまた暴れちゃうぞ?

しかしコイツは・・・いきなり抱きついてきたり男子トイレに侵入してくるとか人としての恥などを持ち合わせてないのだろうか、と本気で考えてみた。


(あ、人じゃないんだっけか)


昼休みの独りツッコミとはこんなにも虚しいものだったとは、とっても悲しすぎる。


「あ・・・」


待てよ?なんか忘れてる気がするんだよな。なんだっけか・・・あぁもう、喉の真ん中まで来てるってのに・・・




「そうだ、杏樹の事忘れてた」


気づいたら俺は走り始めていた。

はるか後ろからは既に俺の事をお兄ちゃんと呼びながら闘牛のように真っ直ぐ俺をめがけて走ってくる恐ろしい子がいるが構わず走り抜けた。

いやむしろ構ったら負けだと思っている。


「お兄ちゃぁぁん!!」


負けそうだわ・・・


見えてきた保健室の白い扉。

あそこに着いてしまえさえすれば全てはこっちのものだ。


むしろ50mを6秒ちょっとで走る俺の後ろを余裕でついてくる奴をどうにかすればまるでこんな問題は無いのだが・・・


えぇい!もうどうでもいいわ。今はとにかく前に突き進むのみなんだ!



「なんだ・・・!?」


保健室の手前まで到達したところで俺の目の前に奇妙な光景が広がった。

そこには保健室のドアを挟むようにして狭い廊下を無数の男どもが息を荒げながら固まっていた。


「コイツら、どっかで見たような・・・まさか」



突然地響きのような男どもの歓喜の声が廊下中に唸る。

はたから見たらとんでもなく醜い事限りないだろう。

そして男どもの間を割ってバカ皇帝たる男がどこからともなく出現した。



・・・・・


(やっぱお前か、百樹・・・)


あらかた予想がついていた答えに動ずる事はしなかった。


「貴様等!俺の名前を言ってみろぉ!!」


『ジャ・・・百樹様ぁっ!!』


「ふふふ、良い響きだ。本題に入ろう!諸君等【杏樹ちゃんファンクラブ(非公式)】に集まって貰ったのは他でもない!今、この保健室に杏樹ちゃんが眠っている事はご存知かぁ!?」


うわっ、すんごい興奮してるよ。しかもコイツの考えてる事はお見通しなんだが・・・


「そこでファンクラブ会長として貴様等会員にサプライズイベントをくれてやるわ!!名付けて【杏樹ちゃんの寝顔を間近で見ちゃいましょうの会】を開催じゃぁぁぁ!!!」


予想通りか・・俺は百樹の行動よりも百樹の行動を簡単に予想出来る自分がなんか悲しくなった。


「まぁタップリお仕置きしてやんよ」


自分でも今俺は恐ろしい顔をしているのだと思った。でもね、間違っている事は正さなきゃね!


「ようし!これから一人づつ会場に入ってその目にしかと焼き付けてくるがいい!トップバッターは俺様じゃぁぁ!」


男どもは変なオーラを発しながら百樹の勇姿に固唾を飲んで見守った。


「どけぃ!どけぃ!俺様の夢のロードを邪魔する奴は許さんぞぉ!」


なんか男達をかき分けながら悠然とこっちに進んでくるよ。

「どけぃ、どけぃ!ふはははは・・はは?はは・・?」


百樹の笑い声が止まった。そりゃまぁ目の前に俺がいるんだからな、南無・・・



「よ、よう雅人!どうした?こんなとこで!」


ポキリ、


「いや〜偶然だな!ほんっと今日はなんかあるのかもな!あはははは」


ポキリ、


「待ってくれ、話せば分かる。まず落ち着いてくれな」


ゴキリ、


「ここは平和的にいこうじゃないか?何か誤解しているようだがこの際ちゃんと俺の事を理解して欲しいんだ!」


ゴキリ、



「・・・あえて言おう!これは俺の『趣味』であると!!」


ほう・・・?




次の瞬間には百樹の体は天井へと垂直に突き刺さるようにして埋まっている。

その惨劇を目の当たりにしていた男達はただただたじろぐばかりだった。


「ふぅ、すっきりした。さて・・と」


俺が一歩歩く事に男達はたじろぎ道が出来る。遂には保健室のドアが現れるほど綺麗に見えた。






やっとのことで着いた保健室のドアに手を掛け引いた。

たったそれだけの行動だったが何かその時不思議な感覚に陥った。

そのドアは余りにも軽すぎたのだ―


そっと、俺が手を掛けた瞬間にドアの向こうからは誰かが引いていたのだ。




開かれたドアの対面に杏樹はいなかった―、が代わりに別の女が何事も無かったかのようにそこに立っていた。


女は不思議だった。


格好は確かにウチの制服を着ている。だが見たところ俺の記憶が正しければ『あんな女は居ない』


「おいっ――」


声を掛けようと俺はそいつの肩に触れようとする、寸前女はそれをかわすように駆けていった。


「んだよ・・・あいつ」


気になるとこであったが今はそれどころで無い事は分かっていた。

だから再び保健室に視線を直そうとした時―






女は嗤った―




その違和感を覚えた時は余りにも遅く―全てが無意味過ぎた。








さっきまでいた大勢の男達の声がしない、それに気づいた俺は恐怖を体の奥底から感じた。

体がそう気づかせたのだ―


やがてそれは雅人の中で恐怖から確信となった。


これは『凶』なのだと―




ふと、何か音がする。床一面を這い回る音・・・それは無数に蠢き回る百足だ。

蠢き・・・そして死の触感を携えて体を蝕んでいく。


俺はソレに恐怖した。

目の前に広がる光景は現実には起こり得ないはずのものだという事は分かっている。だがこれは――


枯れず、誰にも届かない叫びにもならないものを繰り返す。


窓の外は白と黒の世界で覆われていく。やがて自分もそれに染まるのだという実感すらあった。


もがき、必死に抗い掻き分けながらその先に微かな希望を信じ進む。


それは刹那に絶望へと変わる。

狂い―悶え、変わってしまった部屋を見渡す中はようやく見つけた。

俺は『黒く染められた血溜まり』に沈むベッドを覆うカーテンに手をかける。







―叫べば楽になる事はとうに分かっている



彼女であったものはもう動かなかった。

彼女であったものはもう喋らなかった。

彼女は、杏樹はもう―


『どうして―』









「―さとくん」


誰かが叫ぶ声がする。俺は消えゆく意識の中、聞いた事のあるその声に耳を澄ました。


次にぼんやりと虚ろだった瞳を開こうとした。


瞼を開いた筈なのにそこにあるものは歪んで見えた。


そうか・・・


瞬時に理解した。俺は泣いていたのだ―恐怖に怯え、絶望に打ちひしがれ、泣いていたのだ。


涙を拭うはずの手さえまだ震えている。あれは常識の域を外れ、死ぬのが恐ろしいというごく当たり前の感覚さえ刹那の絶望と恐怖の固まりによって『壊された』。

つまり俺は死んでいるのと同じものだと思った。

あの混沌の中俺が『手にしたの』は『失うもの』だとそう問いただされた。


そして


「雅人君っ!」


俺は失いたくなかった―









「大丈夫・・・もう怖くないから」


彼女はそう一言優しい口調で言った。

そして俺を抱きしめてくれた。


優しく―


優しく―


「俺は・・・」


やっと口にする事が出来た。言葉と言うよりは嗚咽に近いように吐き出していた。


個というものを失う事が怖かったのではない。

失う、ということの意味が怖かったのだ。




「大丈夫・・・私はここにいるから」


彼女はそう言ってくれた。









「お兄ちゃん!!ここにいたの!探したんだか・・・ら」


その場を取り巻く空気が180度、全く逆に回転するほど雰囲気ががらりと変わる。


そう、誰が見ても分かるようにコイツのおかげである・・・


「ま・・・」


ゴクリ、と俺は息を飲んだ。これから起きるだろう事があらかた予想出来るからである。

どうかこれ以上荒れませんように・・・



「また貴様かあぁぁぁぁ!この小娘がぁぁぁぁぁ!!」



大変だぁ!変な翼とかまがまがしいオーラがそこら中に飛び交ってるよー!!すんごいコウモリとかいっぱい飛んでるしー(最後まで棒読み)


こうなったら・・・


「杏樹―」


あくまで杏樹にだけは届くようにその声を出す。


「逃げんぞっ!!」


地面を蹴り上げる


「えっ・・・」


杏樹は気が抜けたような声を上げた。当然の事だ。

一瞬にして杏樹の軽い体は宙を舞い雅人の手によって背中に掲げられたのである。


「まっ、雅人君!?どうしたの!いきなり―それにあの女の子はっ!?」


「今は何も言うな!とにかく逃げんぞ!!」


その一瞬すらノエルは見逃す事はなかった。

全身のまだ未発達としての筋肉、それら全てを緊張し爆発させる。

背中の漆黒の翼はその色と同じ色に染め上げるように天を包み込むように広がり部屋中をコウモリの群れと共に埋め尽くす。


「geashiladolgamurge!!gem・・・bazlalaermgatillem!!」


その言葉は何を意味するものだったのか、その時は分からなかった。

だが振り返った時、その視界に写るものが全てを物語っていた。


(なぁっ!?)


とてつもなく恐ろしい―巨大な質量の塊。

コウモリが巨大な螺旋のように連なって殺意を持って襲いかかる。


(待てよっ―)


刹那の殺意が飛び交う中、ふと疑問が思い浮かぶ。


(これは杏樹や俺どころか―校内全部が・・・)



儚き想いだった。

雅人の想いはそれほど強いものだったが無意味だった。

悪意無き殺意を放つ―ノエルにとってその想いはガラスのように簡単に踏みにじっていく。


それだけのものだった。


「esaablisso・・・ifebrina」


手を上に掲げ、そして決意をしたように握る。

放たれた言葉はそれこそ『想い』だ。


そしてもう止まらない―止められない。


コウモリの大群は弧を描くようにまるで一つの塊が蠢くようにそれでいて鋭く一直線に杏樹へと向かう。


(―やっ!?)


これを避ける事は最早不可能だ。本能がそう告げた。

ノエルは本気で終わらせるつもりだった。

そしてノエルは今、その力や覚悟を持っている。


これを止める事が出来るのは操者であるノエルだけだとおそらくそう考えた。



つまりこれは止められない―

待つものは何もない、そう思った時だった。




コウモリ達が止まった



現実はそう受け止めるしかなかったのだ。


まず一言、『なぜ』と考えた。

頭の中であらゆる状況を考えてみた。だが答えは一向に出ようとしない。


そして答えは目の前に広がる状況ではっきりとした。


止まったのではない、コウモリ達は避けたのだ―その『存在』に怯えて。




「アンタ・・・何者?」


忽然と砂ぼこりと共に現れ立ち尽くす男に疑問の言葉を投げかける。雅人も同じ疑問が浮かぶ。


そしてそれは疑問からある確信へと繋がる。


「百樹」


俺はその名を呼ぶ。









「まさか・・・人間!?ノエルのあれを初めてかわしたのが人間だっていうの!?あんた・・・人間?」


百樹は不敵に笑う。その笑みは突然現れた不確定要素に戸惑いすら隠せないノエルとは対照に余裕を持ってしても余裕を持て余す表情の表れだった。


「これでも・・・っ!!」


目の前の不安に必死に抗うため手を掲げる。

先ほどと同じようにコウモリを操り目標に向かい攻撃するためだ。


「行って・・・っ!!」


普通なら―このまま全てが終わるはずだった。

だがこれはノエルにとって普通ではなかった。






「―なんで?」


コウモリ達は怯えていた。それも酷く、何かに怯えるように一匹一匹震えていた。

それはノエルも例外ではなかった・・・


「なんでよおぉぉぉぉ!!なんで行かないのよおぉぉ!!」


恐怖だった。生まれて初めて感じた恐怖、それを今克明に感じているのだった。


それでも百樹はじりじりと距離を縮めようとしてくる。

最早追いつめられているのは自分でそれにはさほど時間が掛からない事を理解した。



「これが―」


この事実ばかりは素直に受け止める事が出来た。

それ程に、あきらめが簡単につく程に力の差はハッキリとしていたのだ。


「敗けって事なのね・・・」



天に掲げた手を下ろす。その瞳にはもう一片の殺意などは残らずただ覚悟を決めている、そんな感じだった。


「さぁ人間・・・アンタの名前を教えなさい。この胸に刻んであげる」


少しだけ、困ったようにそして真っ直ぐに伝えられない言葉を一生懸命に声にしてみた。



「い・・・」


それに応えたのか百樹も先ほどから沈黙して閉ざしていた口を開いた。


まぁあれだ。気づいた時には遅かったと。それで百樹ってこんなやつなんだなって事を改めて思い出した気がしたわけで・・・







「妹祭りじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」




「・・・え?」


数秒たらず、それも一瞬のうちにその場の空気が凍りついた事に誰もが気づいた。


百樹・・・ある意味凄いよお前。



「ものどもっ!出あえい出あえい!!」


『うおぉぉぉぉぉっす!!!』


何が何だか分からない状況の中、ノエルはそのまま男達に担ぎ上げられる。


「えっ、えぇっ、えぇぇぇぇ!!」


ノエルの表情が困惑から恐怖へと変わる。おそらくこれほどの恐怖体験は彼女のこれからの人生の中で最初で最後となるだろう。


そしてこれがものすごいトラウマになる事は誰もが安易に想像出来た。


ノエルはようやく事態を把握出来た。コウモリ達は百樹に恐れたんじゃない・・・『気持ち悪がっていた』のだと。



「い―」


迫り来る男達の波、波、そして波!!

ノエルは忘れる事はなかった・・・



「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」



生きてくれ・・・









「まぁおかげでこうして杏樹と平穏な時間を弁当を食えてるからよかったと思ってるよ」



ここは橘ヶ谷学園の第二屋上、向こう側に見える第一屋上と違い普段からここは解放されており昼休みとなればカップルの巣窟となっているわけで・・・



ボフンッ!!


「げほっ、げほっげほっ!!がほっ!」


「大丈夫っ!?雅人君?なんか詰まらせた?」



少しちゃんと考えてみた・・・

俺、そういえばあの時・・・どさくさに紛れて・・




ボフンッ!


ダメだ・・思い出しただけで恥ずかしい。なんであの時あんな事を・・・



「顔・・・赤くなってるけど大丈夫?風邪でもひいたの?」


「って杏樹、お前非常に顔近っ―!!」



いちいち大変です、今日の俺。


「そっ、そういや杏樹!今日の弁当なんだよ!」


「えっ?私はいつものやつだけど・・・」


「いいから見せろって!!ほらっ」



カパッ


そこには丸々とした依然変わらぬ輝きを放ち鮮度そのままを保つ緑色の宝玉があった。



「・・・・・・」


何?その同意っていうか意見を求めるような輝いた目は・・・俺は何かを言えばいいのか?



「ウン、マンマキャベツデスネ」


「そうなの!!でもね!これはまた形も一級品で八百屋さんが言うには味のほうも最高なんだって!それで1玉50円なんだよ!

元々キャベツってのはねヨーロッパ原産の越年草で葉っぱは厚くて大きく、巻いて球状になる種類の多い作物なんだよ!それでね・・・」


「いやもうその説明だけで腹いっぱいだから・・・むしろ勘弁してくれ」


しかし疑問だ・・杏樹は狼男ならぬ狼女なわけで、普通に考えてみたら狼って肉食じゃね?それを好んでキャベツなんて・・つうか・・・



さっきから凄い殺気を感じるんだが?



そこでやっとものすごい音が耳に入ってきた。いや、しかしものすごいな・・・

あれ?なんだろ。人がぼんぼんと宙を舞ってるのが見える気がするんだが?しかも凄い数だぞ?平和な日本でこんな事が起こるんだな・・・


「ははは、凄いな。見てみろよ杏樹。なんか出し物でもしてるのかな?」


「あれ、雅人君・・?なんか女の子が叫びながらこっちに猛スピードで走ってくるんだけど?」







やっぱりですか・・・

これは避けられない運命ってやつなのか?何が因果で―


「あの小娘えぇぇぇ!!この世から二度は滅してやるんだからぁぁぁ!」



はい、ちゃんと聞こえましたよ。

なんか知らないがおそらく杏樹に怒り浸透中だし・・・


(そろそろ片をつけなきゃいけねぇな。いつまでも逃げるわけにはいかないしよ・・・)


ゆっくりと下ろしていた腰を上げ気だるそうに雅人は立ち上がった。


ふと今までの人生を振り返ってみた。考えてみれば本当に不思議なものだ・・・


ガンガンガンガンッ!!


杏樹に会ってからというものの全くツキに見放されこうして毎日毎日災難に押しかけられ――


「ちょりゃぁぁぁぁぁ!!」


そう・・・今回のこれも試練なんだな・・・


雅人は見えていた。



まるでゼロコンマ単位の世界になったような感覚に襲われスローモーションのように目の前に起こる全ての光景が時が止まったかのように広がっていた。


当然それも―


依然雅人に向かって一直線近づいて来るのは屋上と階段を繋ぐ鋼鉄製でやけに錆び付きが目立つ扉だった。


そして向こう側に見えているのはそのあくまで『鋼鉄製の扉』を軽々と蹴飛ばした人間としての能力を軽く超越した存在であるヴァンパイア、ノエルである。



そして俺も―



鋼鉄製のドアは今も真っ直ぐに向かってくる。

無機質でいて巨大な鉄の塊は直撃などでもしたらそれだけでいて人を殺めれるものだと誰もが理解している。

たとえそれがそういう用途に使われていなかったとしても結果、人を殺めたとしたらそれは紛れもなく危険物の類に入るものだという事も―



俺の目の前に広がる世界はいまだスローモーション映像のようにゆっくりと動いている。だからこれも何の問題はない。


飛び交い襲ってくるそのドアへそっと手を『添える』

後はそう―こうシてしまエばいイノだ。







噴煙が巻き起こる。それはまさに一瞬の事だった―


「まさか・・・お兄ちゃん?」


ノエルは後悔し自負の念にとらわれた・・・突発的に起こしてしまった行動とはいえ蹴り上げたドアの先には―


「あ、あ・・・」


噴煙を巻き起こしなお勢いが落ちない程の殺傷力を帯びて襲いかかった鋼鉄の塊は全てを終わらせてしまった。


辺りが静かになり始め、ただ夢のごとく虚ろになった時だった。


雷鳴のごとき轟音が甲高い悲鳴のように辺りに轟きわたりその場を圧倒し支配する。


『それ』はほんの数えるまでもない数瞬でノエルの前を過ぎ去って後ろに位置する壁へとこすれ、金属音とコンクリートの無機質な音とが混ざりあいながらぶつかりそして一気にめり込んだ。


『それ』は金属製のドアだった。

先ほどまでは形どころか原型そのままに残りただ飛んでいったはずのドアが今はその形すらおろかドアだったという面影さえ分からないまでに捻れ、歪み、破壊されていた。



なんで―


最初に生まれた言葉がそれだった。

その疑問ははたして疑問として受け取ればいいのか自らさえ分からなかった。

だから



なんで―と



ふと物音がしか事に気付く。それは噴煙がいたずらに舞い続ける彼の者がいる場所だった。


ごくり、と息を呑みこみ目をこらす。

そこにいるのは『影』だ。影が一つ浮かんでいる。


影はゆらりとする。一つにも関わらす犇めき合いながらゆらりと動き続ける。


だから奇妙だった。


「お兄・・・ちゃん?」


震える声でその先に投げ掛ける。

答えは帰ってこなかった。しばらくその空間は無言に包まれていく。


何もないその空間でそれは語りかけてきた。



「ノエル・・・」


緊張が破られた瞬間だった。


「良かった、お兄ちゃ・・・」


奇妙な違和感に包まれていた中、そこにいたのは紛れもなくいつもの雅人であった。

やはりさっきの影に見えた幻は自分の見間違いだろう、とそう呟いた。

今はこうして安心出来たのだから。









「もうさ、終わりにしようぜ。こんなんじゃみんなに色々迷惑とかかかっちまうし、何より俺らが迷わ―ムグッ!?」


「やだやだやだやだやだ!!絶対やだあぁぁ!絶対将来お兄ちゃんのお嫁さんに・・っなるんだからぁ!!子供の頃からの約束なんだからね!」


こいつ・・・いちいち抱きつかないでくれ。しかもなんか凄い話が発展してるし第一子供の頃からなんて会ってないからな?妄想もはなはだしい・・・


「いやまず落ち着け、そして一旦深呼吸して・・・」


「だからそれにはまずっ!小娘!!あんたを細切れ八つ裂きのけちょんけちょんのメッチャめちゃにしなきゃノエルの気が済まないのよ!!」


「だからそういう事はここじゃやるなと・・・」


「滅してやるわ!さっきのあんたが送り込んできた変態達のようにね!ノエルが受けた辱めを10億倍にしてお釣りが出るくらいとことん追い詰めてやるんだからぁぁ!」


その変態達ってのは百樹達だって事は間違いないな。

いや、それについてはすまないと思ってる。


というかなんかヤバい雰囲気になってるからそろそろ逃げたほうがいいぞー杏樹。




「あははは。ノエルちゃんって面白いね!」



「ってお前は落ち着きすぎだ馬鹿者!!少しは場の空気読んでくれ!」


「あ・・・あんた、この期に及んで・・・ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」


ほら、だから言ったろうに・・・またノエルから変な殺意がひしひしと向かってきてるし。

効果音すら自分で言ってるのはもう末期症状ってやつですな。


と言うかヤバいヤバい!またなんか構えてるし!

皆さーん、逃げて下さーい!何かが飛んできますよ!


「喰らいなさい!消えなさい!滅しなさい!最終奥義〜!」


「いや、流石にそれは俺もやば・・・」



突如出現したそれはあきらかに元〇玉にしか見えなかった。それは置いといて問題はそんなものを喰らったら、と思った事だ。


「百樹もいないし、つうかこれはほんとヤバい状況だろっ!?」


「喰〜ら〜い〜な〜さ〜い」


今もノエルは呪いの言葉を杏樹に向けている。ていうか杏樹も・・・いい加減笑ってないで逃げろコラ!


「滅〜し〜な〜さ・・おっとと・・・」


絶対危ない!危なすぎるっての!そんなもん掲げながらバランスくずすんじゃねぇよ・・・ほんとハラハラさせるやつらだよ。


そしてほんとピンチだ。もぅアイツの目には杏樹しか定まってないな。


杏樹を連れながら後ずさりをするうちに既に後には大きな壁が迫り、そして前にはノエルが恐ろしい剣幕で迫っていた。


蛇に睨まれたカエル、と言う言葉はまさにこんな状態なんだと実感した・・・


「さぁ・・これでおしまいにするんだからぁ・・・」


ニヤリと口元が笑っていたが顔は本気そのものであった。


「まてまて!ちょっと落ち着いて目を覚ませ!そうすりゃ少し落ち着い・・・」




「滅しなさい!この悪魔ぁぁ!!」


「全然聞いちゃいねえぇぇぇ!むしろ鏡見ろ!!お前が悪魔だと・・・っ!!」


バカでかく巨大な、そしてその塊は標的を確実にしとめようと殺意をもって向かってくる。


大気は震え感覚的に諦めがつきそうになってきた時、その音は鳴った。




キーンコーンカーンコーン



錆び付いたような壊れかけの不器用なその音は昼休みの終わりを告げるチャイムだった。

普段から聞き慣れた不協和音はこの状況ではかえって惨劇にほど近い。



長く永遠のように続いたチャイムが終わる。

ふと雅人はある異変に気づいた。


(妙に静かだよな・・・)


その疑問は正しかった。先ほどまではこの世の終わりではないのかというような光景だったのに今はこうして不気味な静寂が広がっている。

ゆったりと恐る恐る瞳を開けてみた。


やはりそこにはノエルが元〇玉を掲げたまま立っていた。

しかしその姿は彫刻のように固まっていた。


タイトルにしたら『元〇玉を掲げる少女』だろう。


冗談はさておき問題はなんでこんな事になっているかだった。

チャイムが鳴ったからと言ってノエルが攻撃を止める理由が全く思いつかない。

ましてややると決めた事はやるという恐ろしいやつだ・・・大抵の事じゃその信念は尽きる事はないだろう。

そうしてる間にも時はどんどん過ぎていくのが分かる。



そんな中、その緊張を解いたのはとうの本人が放ったその一言だった。




「戻らなきゃ・・・」


静かに言い放たれたその一言は俺の耳にもハッキリと、そう聞こえた。


はい?とクエスチョンマークが沢山浮かんだもんだがそんな俺らをよそにノエルは間髪入れずに喋り続ける。



「教室に・・・戻らなきゃ・・・」


その言葉を最後にノエルのそのつぶらで大きな瞳からはダオッ!!っと溢れんばかりの涙が豪流のように流れ出た。まるでその光景は下手な漫画の1シーンのようだ。


「戻らなきゃ〜・・・・お母さんに叱られる〜」



ノエルは何を思ったのか両手に掲げた元〇玉を突然光の粒のように消滅させた後、ドアに向かいトボトボと歩き始めた。

その後ろ姿はとても哀愁が漂っていた。


「っと待て!ノエル・・・いきなりどうしたんだよ!」


と、引き寄せたノエルの顔はそれはそれはヒドいものだった。


「成績が・・・」


「はい?」


涙を滝のように垂れ流し、その瞳は涙でコーティングされてある意味凄くてある意味近寄りがたい。


「これ以上学校の成績が落ちたらお母さんに・・・・・ガクガクガクガクガクガク」


膝から合わせて全ての四肢が笑って震えている。なんていうか・・・ゴメン、面白いわ。


「今日はノエルが来たばっかりなのに小テストがあるみたいで・・・もう絶対テストで一桁の点数とかとっちゃいけないから・・・お母さんに・・・・ガクガクガクガクガクガクガク」



(そうかっ!!)


俺は瞬時に分かった。



ノエルはアホな子だと・・・


ノエルはそのまま見たことも無いような萎んで倒れそうな顔をしながら、途中で足元に落ちてる空き缶に躓いて盛大にこけながらもそれを気にしないように起き上がりそして恐ろしくゆっくりと這うようにして歩いていった。


その顔はまさしく助けを求めてるような寂しい顔だった・・・助ける気は全く無いんだがな・・・


しかしノエルがいう母さんの『叱る』とはどんな行為なのか・・・知りたいような知らぬが仏なのか・・・知らない方がよほどいいんだろうな。



世の中には知らない方がいい事もあるんだろうし・・・


何にせよ学校のチャイム・・・助かったぜ。





「ところで雅人君・・・」


ふとしたタイミングで杏樹が話しかけてきた。


「ん?何?」






「雅人君は授業出なくていいの?」


「いや俺ぐらいの男になると・・・」


それ以上、言葉が出なかった。理由などはとうに分かっている。







「戻らなきゃ・・・教室に・・・」



こっちも小テストだよ、バカやろう・・・・




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