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第12夜 ―識―




私には何が出来るのだろう


賢者は自らに問いた


答えを探し旅を続け得た答えは『空虚』


賢者は自らに問いた


そんな答えが欲しかったのかと


賢者は自らに問いた


そんな物のために旅を続けるのかと



賢者は自らに答えた




いつかその答えを得るのが怖くなっていたのだ、と










「っと・・・朝か」


雀やらなんかは知らないがチュンチュン鳴いているって事はどうやら朝になったらしい。

これだけクリアーに聞こえるのだから間違いないだろう・・・実際部屋が穴だらけなわけだし


しかし毎日毎日ご苦労様だ。

飽きもせず毎朝、気持ち良い朝を知らせてくれる功労者に感謝しなきゃいけない気がする。

だがそんな俺は・・・と言うと


「あ゛〜昨日の事で頭がガンガンして痛いんだが・・・」


あの領収書・・・どうしてくれようか。

つうかうちですらあんな大金見たこと無いってのに一体どうすりゃいいってんだよ。

今は・・・とりあえず落ち着きたい。


「あ〜無駄に喉渇いたわ・・・つうかほんと喉渇いた」


「はい、粗茶ですがどうぞ」


「おっと、わりぃな。・・・はぁ、少し落ちついたわ。ありが―――」




なんでコイツがいるんだよ・・・


「おはよう、お兄ちゃん♪はいっ!」


おはよう、じゃねぇよ!

しかもノエルの野郎・・・この期におよんでぬぁにがはいっ!だ、えぇ!?この野郎め。

明らかにお目覚めのキスをプリーズ、みたいなふざけた方向に持っていこうとしてやがる。


こんな・・・こんな・・・


「きゃッ!おっお兄ちゃん・・・朝からそんな積極的なの、ダメっだよぉ!お兄ちゃ――」



ポイッ バタンッ!


「えっ・・・?」







「さってと、我が城に害を及ぼすうるさい吸血鬼は外に出して片付いたって事で平和な飯にするかな・・・」


もう勘弁ならなかった。平日の、まして早朝からあんな奴に日常の時間を取り上げられてたまるか。

ただでさぇ問題が山積みなアパートなんだ、これ以上疲れるのはゴメンなのだ。


しかもノエルめ、いきなりアホな事し始めやがって・・・首根っこを掴んで外に放り出したのはどうやら正解のようだ。

予想通りあれから騒ぐ事が無くなった。どうやら少しは反省してくれたらしい・・・・と、




思ったばっかりなのにこいつは・・・



「お兄さんごめんなさいぃぃぃぃぃ!ノエルね・・・ノエルね・・・エ゛フォエ゛フォエ゛フォ!!」


正直、すんごい恐いです。

なんか爪を立ててドアをガリガリ引っ掻いてわけわからん言葉を発してます。もう一度言うと


すんごい恐いです。


「もうワガママ言いませんから!もう変な事言わないからぁ、だから・・・だから!」


・・・・・



「外がすごいアイツの獣臭がするからお願い開けてえぇぇえぇぇ!!」




ひょいッ バタンッ!!


無理でした。近所の騒音的な意味でも人間として倫理的な意味でも・・・



「ハァッ、ハァ、ハァハァ・・・」


「フゥッ、フゥ・・・フゥ!」


「何生き返ったような顔してんだオイ!」


すかさず脳天にチョップをお見舞いしてやったぞ。部屋に入った途端一体何を安心してしまってんだか・・・


「大体なぁ、俺の部屋に勝手に上がり込んどいて何を勝手に粗茶とか言ってんだよ。それになにが獣臭だ。アイツってどうせ杏樹の事だろうが!いきなりわけわかんない事言う・・・オワッ!」


いきなりのチョップに痛かったのかノエルの動きは止まってた。そして例の如く俺は説教をしようとしたのだが・・・なんでこうなるの?


「ってて・・・転んだ?この俺がわけもな――」



「ん〜〜〜〜〜〜」


どういう状態だ、と頭をかこうとした時気付く。なんで倒れた俺の上にノエルが羽交い締めみたいにガッチリ組み付いてるんだ・・・


「何をやってんだ・・・お前」


「しばらく、こうさせてね。お兄ちゃん」



「バカ言うなよ、こちとら17年弱生きてんだ。そろそろ世間体ってものを気にし始めてる頃だぞ!こんなんアパートの住人にでも・・・いや姉貴にでも見つかったらああぁぁあぁあ!!」


もう体をわっしゃわっしゃ動かしてなんとか脱出しようと頑張った。しかしヴァンパイアとしてのノエルの力は強すぎるらしい・・・全くと言っていいほど動けねぇ。どうやらものの見事にこの羽交い締め決まっているようだ・・・


つうかそんな事どうでもいいわッ!


「えぇい、離れろ!俺はまだ姉貴に一生ネタにさせられるような人生になりたくねぇんだ!」


「ん〜ん〜」


断固拒否なようだ。つうかそんなまどろんだ顔じゃ説得力の欠片も無いんですが・・・


「ねぇお兄ちゃん、一つだけお願いがあるんだけど・・・」


「あんっ!?この期に及んでお願いだぁ?」


何かノエルの様子がいつもより変に見える。いやそんな最近コイツやって来たばっかだしよく分かんないけどさ・・・なんていうか変かな?って思ってみたり


「な、なんだよ。その目・・・」


「あのね・・・」


いつものノエルとは様子が違う、そんな彼女はこう言った。




「この部屋・・・凄く寒いんだけど・・・」




「あぁ、そうだよな・・・穴だらけだもんな・・・寒いよな」


とにかく虚しい思いです。

そりゃ確かに寒いからくっつきたくなる気もするし離れたくもないのかな・・・コイツにとっては。


我ながら貧乏ってのを恨むよ


「だからお兄ちゃんの・・・上着、貸してくれたらノエル心の底から暖かいなぁ〜って・・・」


「あぁ、ほらよ」


ポイとノエルに向かって着てる服をを投げ入れる。驚いたのか拍子抜けしたのか、ノエルはポカンとまるで本当にいいの?といった表情で俺を見つめている。

えぇい見つめるなめんどくさい!


「あ〜!いくらでも今着てるのやるから早くこの部屋から出てってもらいたいわけだが!つうかなんで眼がウルウルしてるんだ?」


ほんとにノエルの瞳はウルウルしてる。なんて言えばいいのか・・・葉っぱに浮かんでる雨の滴って言うか、説明するのがやたらとめんどくさいのでそこは妥協だ。


「・・・大好きぃぃ、お兄ちゃぁあぁぁぁぁあん!!」


そんな悠長な事言ってる場合じゃないだろうしな。こんな状態だし!


「なん・・・っでそうなるのさ!んどあぁあぁああ!!」


また、倒された。無残にも抵抗すら出来ずに・・・再度羽交い締めの始まりである。



「は〜な〜れろッ!」


「ん〜」


どうしろと・・・そう思ってる最中、



奴がやってきたッ!


「オワッ!?」


突如、玄関のドアが重苦しい唸りを上げる。俺は粗方予想がついてる・・・というかあいつしかいないだろうが!

それほどの分かりやすいオーラが出まくってるわけで、凄く大変です。


タイミング良すぎだ、うん


「待てっ、ノエル。お願いだ!ここは離れよう・・・な!?お願いだから」


ブンブンと横に顔を振るうノエル。


頑なに拒否・・・か、死んだな俺(社会的な意味で)


そして・・・



扉が開いたわけです。




「雅人君ッ!?あぁあ!おはようございます・・・って言うような場合じゃないんですよッ!朝からッ女の子の悲鳴がするの!すごい悲鳴だから私ビクビクしちゃ・・・」


あぁ、そうだ


「って・・・?雅人、君?」


コイツも


「・・・お兄ちゃんッッ!!?コイツッ」


杏樹にも


『・・・いっ!』


見つかっちゃいけないんだったなぁ・・・



『イやあァぁあァァァああアぁぁあアぁあぁあアァアあぁぁァ――!!』









フシュー、フシュー、フシュー、



コー


「ウイルス濃度18%まで減少、現時点をもって散布を終了する」



何をしてるんだ・・・コイツは。



「ふぅ・・・これでウイルス汚染の恐怖が無い、平和な世界が訪れるのね・・・お兄ちゃん♪」


・・・ゴッ!



「何がお兄ちゃん♪っだ!馬鹿やろう。どうやらげんこつの一発や二発じゃあ身につかねぇみたいだなぁ・・・せっかくの機会だ、レクチャーしてやるよ」


「許してお兄ちゃん!でもこうしないとノエル息できないの!コイツのせいで・・・コイツのせいでッ!」


とりあえず一発げんこつをお見舞いしてやったのだが、全く堪えてないようだな・・・とりあえずその被ってるガスマスクを外せ!

ついでに両手に持ってるフ〇ブリ〇ズも!

いや・・・色々と大人の事情的な問題もあるからな・・・



「とりあえず杏樹ッ!!」


「はっ、はい!」


うん、コイツに言う事はただ一つだな。


「タイミングが・・・悪いです」


とか言っても事実は変わらないわけで・・・端から見ればいざ!禁断の関係、なストーリーが今にも進もうとしている光景だったんだ。いや普通に考えたらだ!



俺、来てる服脱ぐ必要無かったじゃん?ってさ・・・


普通に考えたらそんな考えは思い浮かばないはずで・・・悲しいね、浅はかな考えって・・・


まぁ当の杏樹がその事実に気付いてなかったようで・・・なんか叫んだのもテンション的な問題だろう。


ほんと性格が天然な感じで助かったね!


そしてもう一匹!

そこのまだフ〇ブリ〇ズを振りまこうとしてるお前!

えぇい、何故杏樹を完全無菌室に閉じこめてる!杏樹も少しは抵抗の意志を見せろ!つうかなんでこの部屋に無菌室がある!




・・・落ち着け俺ッッ!


「ハァハァ、ハァ・・・」


「粗茶ですが・・・」



はい、と・・・


とりあえずなぁ、フ〇ブリ〇ズの原液を湯呑みに入れたところでこの国では粗茶どころかそんなん飲み物扱いしねぇんだよッ!!



てなわけで・・・ちゃぶ台返しを御披露目したわけなのだが


「てめぇら、いい加減にしろよ・・・」


息も切れ切れで朝から何をしているのかよく分かったものではない。よ〜く分かってるのはノエルがここに来ている事、その意味だ。

まぁどうせ母さんが住所の情報をオープンにしたんだろうが・・・今はプライバシー保護の時代ですよ母さん。


そんな事したら俺の平穏な時間が・・・もう無い事は知っているのだが・・・


「テレビを、勝手に、つけるなよ、お前ら!」


「どきなさいこの獣女!毎朝かかさず見てる星座占いが見れないじゃない!今日こそは・・・今日こそはてんびん座が他を凌駕するのッ!」


「ノエルちゃん・・・てんびん座なの!?私はね、私はねッ――」



あぁ、聞いてねーや。


つうかノエル、いくら杏樹が嫌いだからってガスマスク付けたまま杏樹を足蹴にするもんじゃありません。つうかフ〇ブリ〇ズいい加減に没収するぞオイ。

そして杏樹、そろそろ怒りなさい。

てな感じで無気力に突っ込みを入れたところでそろそろ学校に行く準備でもしなきゃならないわけだ。


「お前ら〜早く学校行く準備しろな」


「ほら、ほら!来たわ!ここまでてんびん座は無し!残り4枠の・・・」



・・・どうせ聞いちゃいないし、制服着てとっとと行くか。


「4位・・・みずがめ座、3位・・・乙女座!さぁ勝負の時間よ、結果は――」




『今朝の占いの時間ですが、速報が入りましたのでこの時間帯を利用してお伝え致します』


「・・・・・」


「・・・・・」



ナイスですッ!

思わず腕をグッとしてしまう程の鮮やかなタイミング・・・

惚れ惚れしてしまうね、全く!



「さぁ!占いも終わったとこで俺らもとっとと行くぞ!はは・・・待て!待てまてマテ、待て!」


「このポンコツ・・・地デジ移行前にスクラップに三回ぐらいしてやるのよ!シクシクシク・・・


「いや、地デジ移行前はマズい!ソイツはまだうちの唯一の現役エースなんだ・・・だから、壊さんといてぇ!!」


ほんとやめといて下さい!叩くとかならまだしもソレはやめて!


どこから出したの!その凄い威力のありそうなデカい斧は!

かなり真っ二つにしそうな・・・それにその赤い染みは確実に『あれ』しかないだろうが!そんなもんブンブン振り回さないでくれ!



「やめて!ノエルちゃん!」


「な、ナイスタッコゥ(タックル)!助かった杏樹・・・ってあぶ――」



飛んだ、飛んだ♪デカい斧が鼻先5センチを・・・♪

そのまま斧は押し入れに突き刺さったよ♪



むしろ杏樹のタックルが無かったら何も起こらなかったのではないかと思うのは・・・俺だけか?


何にせよノエルのさっきまでの危ない動きは収まったわけだ。


まぁ終わりよければ全て良し?


「ノエルちゃん・・・駄目だよ。だって、だって・・・」


とりあえずは杏樹に感謝、かな。



「だって・・・『料理鉄人、宮崎達郎の瞬殺!一分間クッキング』が見れなくなっちゃう・・・」



全っぜんよろしくねぇ・・・!!

ヤッパリコイツの頭の中は食い物の事しかないのね、こっちが泣きたいわけよ。


というわけだ・・・



それポイッと、バタンと・・・


「少し自重しなさい」


一言だけ言って玄関のドアを閉めてやったさ。これで問題は1つ解決か・・・やっとだよ


んで?今度はこっちか・・・


「おーい、そろそろ時間もヤバいし行くぞ?マジめに・・・」


そんなもう一匹の問題、ノエルはと言えば・・・



「ジ、ジョー・・・!じゃなかったノエル」


燃え尽きたよ、おやじさん・・・と言わんばかりにノエルの姿は真っ白に、まるで灰のように直立不動のまま固まって動かなくなっている。

おまけに白目で泡を吹いているとは・・・こいつ曰わく『杏樹ウイルス』ってのはどれだけ危険なものなのか、決してかかりたくはないものだ。


「え〜、放っておくのもなんだしな・・・こんなショック状態だしめんどくさいがしゃあないし、よっと」


偉いね俺、こんだけ騒がしくされたのにもかかわらず・・・うぅ、思い出せば思い出す程に胸が痛んでしょうがないや。


それなのにな、それなのに、コイツらってばほんとにもう・・・


「行こ・・・」


もうどうにでもして、とそう思いながら鞄を抱える。

そうにしかならないのだと、この自らの運命を呪いながら






流れる、雑音。


波のように、砂嵐のように全てを巻き込みそれは語る。


まるで流るる濁流が如く――



『先日から番組でお伝えしてきました通り魔による無差別連続殺傷事件ですが先程新たに被害者が出たとの情報が入りました。では現場の北澤さんに繋ぎます――北澤さん?』


『はい、こちら現場の北澤です。現場ですが・・・情報によりますと被害者は市内近辺で暴走行為を繰り返してきた少年グループら合わせて・・・18名だとの事です。そしてその中心核であった男は――』



全てを巻き込む濁流が如く



それは一滴の濁りからはじまる――









本当に気持ちのいい朝だ。

俺達異端と、そう呼ばれる者が光を浴びるようになってから目の前の世界ってやつは変わっていった。

とても素晴らしくこの世界が今ではキラキラと綺麗に見える。


昔の自分はそう思えたのだろうか




――そんな事は今ではどうだっていい事なんだ。



続かない――この幸せな時間がそう長くない事などは俺にも分かっている。

だけど、そんな今ってやつがこれほどに今は幸せなんだ。


俺はこの幸せを守っていきたい・・・願うなら




これからも




「おはよう、店長さん」


「おはようございまッス!朝から頑張ってますね♪」


いつものように毎朝かけられる挨拶、それを元気に返すのが俺の習慣だ。

ここ、夜でいうネオンに輝く街並みは朝になるとこうも風景が変わって見える。


「いやだよ、頑張ってるのはアンタだろッ?ホストだってのにしかもアンタは店長だ。なのによくこんな朝から店の前を掃除とは・・・偉いもんだよ」


「そうかもしんないッスね♪でも一応店長ッスから・・・ね?一番働かなきゃ下のもんがついてこないし!それに・・・」


「それに?」


ほうきを持った手を少し休ませる。



「頑張ってない人間なんていないッスよ。みんないつも・・・生きるために頑張ってるんスから♪」




ちょっと少しクサかった気もした・・・

でも人はみんなこうやって頑張っていく。この街の、そうじゃない人も皆そうやっていつも一生懸命に生きているのだから――


おばちゃんはそんな事を言った俺を見てフッと笑って言う。


「やっぱりアンタ立派だよ・・・待ってな。うちで穫れた野菜があるんだ!好きだろ?」


「はい♪・・・いや欲しいと言うならしいて言えば血の滴る肉でも」


「文句言わない!これでも飲んで待ってな」


と言われてポンと放るように投げ渡されたのは凄い真っ赤な・・・トマトジュースだった。

野菜の中では確かにあれに一番近いには近いんだが・・・



「・・・ヒャハ♪」


それでもかなり旨かった事には変わりない。本当に素晴らしい世界だ――


さて、店の前の掃除も済んだ。

今でも光る銀色のプレートに書かれた『sTi―ll』の文字も今夜は一段と輝いて見える事だろう。


今日も忙しくなりそうだ。次は店の中の掃除、おばちゃんから野菜を貰ったらまた気合いを入れ直しだ。


「よ〜〜っし!」


腕を上に掲げ思いっきり伸ばしてリラックスする。それが終わったら店に向かって回れ右だッ!

さぁ、今日も店は忙しくな――



「んだよ・・・」


あれ?今聞こえる筈のな声や見える筈のないものが見える気がします。

気にしないで掃除掃除♪


「シカトか、あ?」


っと思いっきり履いていたであろう靴を俺の頭目掛けて飛ばしてきました。

まぁ恐ろしい人っ!


「お・は・よ・う!」



そうですねと俺はこの人に告げる。


おはようございます、と


返ってきたのは笑顔なんかではなく

「笑ってねぇでとっとと店に入りな」と



あぁ、無条理


しかしそれもまた世の理なり。避けられないのはしょうがな――


「怒られたい?これ以上、なぁ?」



すみません行ってきます。

いや、蹴らないでぇぇぇ・・・







「ど、どぞ・・・」


と、上客に対しての振る舞いとはまた違う極限の緊張の中怒らせない怒らせないよいにと気を使う。

とりあえず出したお茶はそれほど値段が高くはないがなかなかの深みで高級な玉露とは異なるまたいい味を出している。


「一応俺のお気に入りのお茶っス。冷めないうちにどぞ・・・姉さん」


緊張しながらもキリッ、とまた一段と張り詰めた表情でいる姉さんに声をかける。

そんな時は酒だ!そう言う人も中にはいるだろう。

もとよりここはホストクラブだ、あらゆる種類の酒は揃えているつもりではある。そういった万全の準備をし疲れたお客さんにとって癒せる静寂の空間、俺はそれを『sTi―ll』とそう名付けた。

単純ではあるけどそれが俺のお客さんに対する気持ちだ。



目の前にいる姉さんだってそれは同じだ。このと・・・いや美貌で様々な苦労をしてきただろう。


そんな人にこそこのお茶を飲んで欲しいと思ったのだ。


「―――」


まずは一口、チビリと口をつける。



「・・・美味しいでしょう?」


味の違いに気が付いたのか姉さんは一気に飲み干した。

世には作法という言葉があるがそんなものはどうでもいい、どんな形であれただその人が一番美味しく飲めたのであればそれが作り手と飲んだ者にとっての幸せとなるのだから。



「美味、しい・・・な」


「でしょう、変わった味っスよね。言葉じゃ伝えられないと思うけど・・・懐かしいって言うんスかね。なんつうか俺らが忘れていた――」



「どうでもいいからもう一杯」


とても・・・幸せそうで何よりです。


「何泣いてんのさ、・・・ったく」


それは一応泣きたくもなったりはします。

しかしそんな気持ちを一蹴してしまうような物を姉さんは突如出してきた。



「・・・ほれ、」


目の前に無造作にバサリとそれは置かれた。

茶封筒、と言えばまさにその通りだが明らかに違うと感じたのは他と比べて目に見えた厚みだった。


「これでぴったり合ってると思うけど、よ」



合う?

何を言ってるか、その時にはすぐには分からなかった。けどいきなり封筒の中身を姉さんが取り出した事で自分の中で『まさか』というほんの水滴のように微量な確率が浮かび上がってきた。



「これで・・・と60万。あと8万と6500円か。これでちょうどだろ?苦労したぜぇ、これだけ集めんの」



一言、頭に浮かんだのは意外という言葉しか無かった。

あの山本幸――姉さんって言うのは失礼なのだがお金に非常に貪欲で正直な話、昨晩の飲み代も支払われるまで最悪一年位は遠のいてしまうのでは無いのかとすら思っていたのだ。しかも自分のお金ではなく兄貴から巻き上げたお金ではないのかとさえ・・・


「えっ・・・え?これってまさか」


「何?ようやく分かったのかよ、ハッ!意外に鈍いんだなお前も」


と笑いながら言ってくるのはいつもの姉さんと何ら変化が無いのは果たしていいのか悪いのか・・・


「まだ疑ってる目だな、それ。ちゃんと見ろよ、本物だぜ?これは」


しかし違ったのはその態度だ。

嘘偽りの一片すら無く目の前にある大量の紙幣がその全てを物語っている。


「確・・・かに68万6500円ちょうどっス」


「たりめぇだ、アタシは山本幸だからな。そんぐらいは出来るんだよ」



しかし、なんとなくだ。信じていいものか自分でもよく分かったものじゃない。



「なんだよ、その目・・・まだ信じて無い?」



「か・・・かつあげでもしたんスか?」


瞬間、姉さんはカァっと顔を赤めらせて途端に常人とは思えないオーラを発して襲いかかってきた。


そして思った。




あぁ――俺死んだなぁ、って









「うわ・・・今朝は大変な事があるってさ〜今日のアタシの運勢最悪だな。シュリア、お前の誕生日は?」


「ふひひーほふふひー」


「何言ってっか分かんないしはっきり言えよ」


無理です、到底無理です。猿ぐつわされて宙に吊されてるんですから無理だと思います。


「あ〜ほらお前のせいで占い中断になったし」


とか、やれお前のせいでだったり朝から占い中止して入ったいらない速報を消せだの無理難題をしてくるのは俺の日頃の行いが悪いせいでしょうか神様・・・







でも、俺は気付いていたのかもしれない。


その――変化に




「まぁそれはいいとしてよ、そろそろ帰るかな。金も無くなったしよ」


無言で俺は聞いている。

まぁ現状としては見たまんまそうなのだが


「あの金、アタシが払ったってのは雅人には秘密な。・・・って忘れてた!お前下ろすの」



何の優しさも無く無造作に床に落とされた俺はブギュっと情けない声をあげた後に勢いよく立った。


「秘密って・・・なんでスか!?ちゃんと払ってくれたんならむしろ――」


「なんでだろ・・・な」


彼女は微笑ってそう言うのだ




「なんとなく・・・かな。結局姉っていうアタシはあいつにカッコつけたいのかもな」


「そ、それならッ・・・」



それ以上、何も言えなかった。

彼女の意志、何をしようとしてるのか分からないがそれを止める権利など自分には無いとそう理解したから。




「ついでにカッコつけたいお姉さんのお願い、聞いてくれるか?」



それが彼女の願い。




「しばらく・・・雅人の事よろしく頼むわ」




そう言って姉さんは店を出て行った後、店の中は何ともいえない空虚が漂っていた。

残っていたのはくだらない朝のテレビのニュース放送。



彼女は何を言おうとしていたのか


分からない、自分には・・・



ただ、あの目には明確な意志が詰まっていた。

何かを思いつめ、何かを考え、何かを・・・


何かを・・・



何かをしようとしている



思い立った時には俺の足が途端に動き出していた。


彼女は、山本幸は何かをしようと・・・兄貴に迷惑をかけまいと、あえてこの選択を取ったのだ。

それが最善の選択だと彼女自身知っていたのだから。


今思えばこれは――その為の意味も込めたお金だったのかもしれない



おそらく彼女は最悪ここに戻っては来れないのかもしれない、俺の本能はそう告げていた。

そうすると手と足に力は入り全力の限りを尽くそう、と体はたぎりを遂げようとして――


そして消えた



瞳に見えたのは赤と青の光が織り成すけたたましいサイレン、それだけがただ轟いた。

窓の外にはまだ朝だと言うのに騒がしいほどの灯りが飛び交い、アリのように無数に人間が俺を押さえようと飛び込んできた。


――何故


何故、こんな事に


筋肉が軋む、出来るならこの場を抜け出し姉さんを追い掛ける為に今なら何だってする。

例えここが血の海になろうと――


何があっても行かねばならなかった


しかし目の前の道は閉じてしまった


もし――あの時気付いていたのならこうはならなかっただろう


だけど・・・




ただ、それは閉じていった







それは流れる、雑音。


波のように、砂嵐のように全てを巻き込みそれは語る。

まるで流るる濁流が如く――この身を飲み込む



『先日から番組でお伝えしてきました通り魔による無差別連続殺傷事件ですが先程新たに被害者が出たとの情報が入りました。では現場の北澤さんに繋ぎます――北澤さん?』


『はい、こちら現場の北澤です。現場ですが・・・情報によりますと被害者は市内近辺で暴走行為を繰り返してきた少年グループら合わせて・・・18名だとの事です。そしてその中心核であった男は――』



全てを巻き込む濁流が如く



『ホストクラブ・sTi―llの店員、源氏名、『俊慈』の栄坂 俊司さん26歳だそうです。なお被害者の体は半身を切断されておりそのいずれも切断面が高温で焼け焦げた跡があるという事を視野にいれ捜査を―――』



それは一滴の濁りから始まる――





ふぅ…やっとの事で更新(・ω・)


これでも更新までに2ヶ月近くなんだよ(゜д゜)


道は長い。焦らずに頑張っていく



それが今の目標です(*^-^)


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