第9夜 ―冷たい黒―
久しぶりに更新出来ました(汗
今回の話ですが文中の後半に残酷な描写が含まれています。そのため今回から小説のカテゴリーに『残酷な描写あり』を追加させていただきました。
宜しくお願いします。Revです。
追記・6月6日一部修正しました。
――いつ頃か
失う事が怖くなっていた
平静と言う名の元に偽り、作られた平穏の中
いつかそれを崩された時
それはもう戻らないと分かっていたのに――
目の前を柔らかくない、人工的な光が俺の視界を覆う。
最初に感じた物はヒンヤリとした机の冷たさだった。
「っつ・・・」
どうしようもない痛みが襲いかかる。
鈍くそれでもまだ響いている。
まだ・・・?
疑問を問いかけた。
やっと思い出したのだ。さっきまでの光景、出来事、それら全てを。
結果、伏していたのは俺だ。
こうして教室の机へともたれかかり今の今までこうしていた。
(つうか・・・)
立ち上がる。当然痛みは激痛となり体全体を襲ってくる。
だけどそんな事どうだっていい。
「なぁ、俺ってどんぐらい寝てた?」
近くに座っている女子へと声をかけた。
意外、だったか突然の事に驚いたのだろうか声を暫くは出さない。しかしその後ようやく言葉を返した。
「ようやく起きた〜大丈夫?アタシらすんごい心配したんだよ〜」
その甲高い声が耳に障る。しかも俺が放った質問に対して全くの答えになっていない。
「っつ・・・あ?」
何かが手に触れた事に気がついた。さっきまで視界に入っていなかったはずのそれは今こうして俺の目に映った。
「それね、リーヴァ君がって。雅人君が起きたらやってあげてくれだってさ〜」
「あいつが・・・?」
「何があったの〜?アタシらすんごい気になるし、2人で屋上なんかに行ったりしてケンカでも始めると思ったら―」
それは誰もが飲んだ事があるであろうスポーツ飲料だった。
あいつが――俺に?
そういえばこう言っていた気がする。
まだ何もしていない、そうあいつは自分の口からそう告げていた。その中で俺は一体何をしていたか、その答えはよく覚えている。
有無を言わさずあいつへと敵意を持ってその拳を放ったのだ。
明らかだ――
「馬鹿か・・・俺」
「え?雅人君?どこ行く――」
答えなかった、と言うか答えなくてもどうするべきなのかはもう分かっていた。
駆けた。
ただひたすらに
今何をやるべきか、その答えがこれだった。
ただがむしゃらに――
それを叩きつけた。
「――やっぱりここかよ」
体を吹き抜ける風、今となっては心地よいものだった。
何故―またこの屋上にやって来たのかは自分でも分からなかった。
ただ、体がそうさせた。
その答えがそこに在るからだ。
「リーヴァ」
冬の寒空に冷たさを纏った風に靡く髪、一目見て冷徹にそして感情すらを押し殺すようなその鋭利な瞳。
「どうしてだろうかーー授業が始まってるにも関わらず僕はここにいようと思った」
力の抜けた、半ば落胆に近いような声を向けられる。
「きっと来るのだと、君がそうする事が分かってたようだ」
「あぁ・・・」
お互いそれ以上は喋ろうとはしなかった。
「悪かった」
それが俺の放った言葉。
何を言うかと思ったであろう、この場の流れからはよほど予想もしていなかった状況にリーヴァは驚いたような顔でこちらを眺めていた。
「何を謝る、いや・・・意外だ。君がそんな事をするなんてのは予想もつきはしなかった」
リーヴァは半ば構えていた。山本雅人がここに来るであろう理由はただ一つ、今朝の出来事の『報復』である。
だからこそ今目の前にある光景は意外なものだった。
「俺は・・・守らなきゃいけねぇ」
強く、いつにもなく迫真の思いだった。
「アイツを・・・今こうしている時間を・・・」
「それで・・・今こうしているわけか」
言葉はない。
その意味を理解して、それでも放った一言だった。
「興ざめだ――山本 雅人」
その冷たい目はあの時と一緒だ。
それと同様にほど冷え切った銃身を向けられた時のようなあの感覚。
忘れようもないあの冷たさ
だけど――
「それでもアイツを守んなきゃいけねぇんだ!!」
叫ぶ。ありきたりだったその言葉の中に全てを込めて叫んだつもりだった。
「五月蝿い・・・」
「・・・!?」
一瞬の出来事、その場を『ありもしない』空気が生まれそして淀む。
息苦しささえ感じさせるほどの醜悪なそれはリーヴァの体から現れ出ているものとは違うものだと言う気さえした。
そしてその中のさらなる刹那、2人の空気は動く。
チッと乾いた大気がかすれるように爆ぜた。同時にリーヴァが動く。
雅人もほぼ同時に動く事が出来た。だが結果は一瞬早くリーヴァが抜けた、雅人が遅かったのではない。
リーヴァが速すぎたのだ――
戸惑いは無かった。
だがその一瞬の中ではそれは1つの方向、すなわち『死』と言う選択肢にしか通じなかった。
まるでその格好は刀を腰から抜き目の前の相手を両断する、まさに居合いそのものだった。
構えた右腕が腰へとのびていく。途端、そこにはどこから現れたであろうさっきまでは無かったその銀の銃身が姿を現した。
ガチリ、無機質でおぞましくも美しい旋律の音が鳴り響く。
それは――
それ以上鳴る事は無かった。
「――ッッ!!」
銃のトリガーは最後まで引かれず、まるで『別の生き物』を拒み、必死で抑えつけるようにリーヴァは己が身であるその右腕を縛りつけていた。
「分かるか、山本雅人・・・」
不意に放たれる一言。他でもなく雅人へと向けられた言葉である。
「これがいずれ貴様らヴァンパイアへと放たれる『獣』だ。それほどに、それほどにに僕は貴様らを恨み憎むッ・・・!!」
「お前・・・」
「いずれ自分でも抑えきれなくなるだろうな。だから僕は貴様らを蹂躙する。そう――」
『刻が来たらだ』
「そう言ったな、リーヴァ」
それは同時に2人の口から飛び出した。
「最初にお前の口からそう告げた。いや、それが最初じゃないな・・・」
リーヴァは嗤う。これから俺が言おうとしている事、感じている事、それら全てを分かった上で嗤っているのだろう。
雅人はそう感じた。
「初めてお前を見た時、お前は『俺の名前を知らなかった』なのに山本雅人、確かにそう言ったな」
リーヴァは語らない
「そして何で俺がヴァンパイアだって事――」
「死神だ」
それはやってきた。今までいくらでも感じてきたその独特の感覚。
痛みとも違う快感でもない、それは露骨に伝わってくる。
闇――
「やつの名・・・いや、やつは死神。山本雅人、貴様の全てを教えこの僕を復讐へと走らせた化け物だ」
「な――」
「ヤツに初めて会った時、この上ない恐怖を感じたよ。
『ヤツが彼女を殺したのではないか』そうとさえ思った。そしてヤツはそんな事をまるで道端に生える花を踏みつけるように軽く出来る、僕はその時化け物がいるのだと初めてそう感じたほどだ」
突然、この状況では理解出来ないような言葉がまるで箍が外れたようにリーヴァの口から出るとは思えないほどに溢れ出す。
それはとめどなく、負の連鎖となり雅人へとのし掛かっていく。
「想像出来るか!そんな奴が現れ――何を言う!ヤツはこう告げた!!『ヤツらがお前の彼女を葬った』と・・・」
悲哀
まさに今のリーヴァを表す言葉だった。
そんなリーヴァへなんと声を掛ければいいのだろうか・・・
一向にその答えは出る事は無かった。
「だから――」
「貴様らヴァンパイアを恨む、ってか」
突然に、全く自分でも不意に放った一言。
「復讐に駆られヴァンパイアを全て蹂躙する――そう言いたいんだよな」
「ホントは、そんな事したくはない筈だ」
今までこんな事は一度だって無かった。
全くの他人であった筈のリーヴァを何故・・・
彼女の話を聞いたから―?
リーヴァのその身に突然降りかかった不幸、それに感化されて、そんな事を言ったのか
「だから俺が起きた時・・・目の前にお前からの差し入れだって――」
「もう、いい」
そこで再び開いたリーヴァの声に俺はそれ以上何も言う事は出来なくなった。
――雨が降る
「強くなりそうだ」
リーヴァのその姿からは先ほどの殺気は微塵も垣間見える事は無かった。
「いずれ雪になる――そうだ、彼女が死んだのもこんな、雨から雪になって僕らに降り注いだ日だった」
雨は次第に強くなっていき容赦なく打たれその身を震わす程に濡らしていく。
「話は終わりだ、山本雅人。これが・・・全てなんだ」
舞台の終焉を告げる幕引き、それが今この時。
全てが終わった瞬間だった――
「リーヴァ・・・」
「どう足掻いても貴様と僕は敵同士、それは抗える事はない。そう―いずれ刻が来たら」
そう言い終えしばし雨音が2人を包む。
ただリーヴァは屋上に唯一ある出入り口のドアへと歩いていく。
「・・・そうだ、いい事を教えてやろう。これから君に降りかかる僕ら『凶』の話を」
それは突然の、全く構えていない時だった。
突拍子もなくかけたられたその言葉は確実に俺の中の『異質』を蝕むように浸食していく。
「何を――」
「さっきも言ったであろう、『死神』――そして『魔女』。奴らが君の全てを奪い尽くすだろう」
頭が混沌とする。新たな敵、リーヴァの口からそう告げられた存在・・・
死神
魔女
それらをイメージさせるものは、何なのだろうか。
リーヴァは何故このタイミングで語ったのか。
そして――
「だが『貴様』は・・・この僕が狩る。だから刻が来るその時まで・・・」
全ての答えは明確だった。胸につかえていたであろう思いまるでが紐のように解かれていく。
リーヴァが放った一言、それはいずれ敵となりて全てを賭けて闘い合う。
たとえ命を賭けてまでも守り通すもののために――
「貴様は貴様の守るべきものを守るがいい」
そこにはもう言葉など必要無かった。
必要なのは『誓い』
それを貫き通す覚悟だ。
今はまだそれが分からなくても構わない。
大事なのは――
「っと・・・じゃあ俺行くわ。まぁ、なんか色々助かったわ」
「ふん・・・」
そして雅人は駆けた。
自分には待つ者がいる・・・今はただその者の元へ行けばいい。
ただ自分の信じた答えのために・・・
「酷く時間が掛かったものだ・・・もの分かりの悪い者に教えるのはどうも苦手だな」
少しばかり疲れた。
リーヴァはそう感じた。
しかし山本雅人、その本質たるものを一瞬だけでも垣間見る事が出来た、その事は確かだった。
(山本雅人、君は何を思い何を貫く。次に対峙する時はその答えを見せてくれるのだろうか)
ふとその時腕に違和感を覚えた。
あの時だ――
山本雅人の、その『何か』に触発されたように自ら内に隠し通そうとしていた獣を放とうとしている自分がいた。
それは恐ろしく蝕むように抑え込む鎖を引きちぎる。
いつかその鎖が消え去りし時、どのような事が起きてしまうのか・・・リーヴァ自身がソレに『恐れ』すら感じている。
震え恐れる己が腕に視線を向け哀れみを放つような瞳で見る。
(ふっ・・・くだらないな。いつ頃からだ、こんなにも・・・『楽しく』感じてしまうようになったのは)
今朝、山本雅人から見えてしまったあのおぞましくも歓喜を覚えさせるような存在。きっとこの生きているうちに二度は会わないとそう思えた―
圧倒的なる『黒』
あれほど恐怖と言う、その根源たるものは見たことすらなかった。
(それに真祖アルベリウス エル ヴィレイナ、あんなものをこんな僻地で目にするとは思えなかった。きっと山本雅人とは何かしら関係があるのだろう。全く――興味に絶えないものだ)
左手で腕を無理矢理に押さえつける。そうする事で自然に今までは治めてきた。
そして今だって・・・
(しかしだ。僕は一瞬でもあの真祖と言うものにそれ以上の恐れを感じてしまった。
そうだ、あの感覚は間違い無くヤツに出逢った時のような――)
「あ〜あ」
そこは本来、屋上という普段は誰もいない筈の空間。
そこにはさっきまでリーヴァがいて雅人の姿があった。今雅人がいなくなったこの瞬間、この空間にはリーヴァ以外誰もいない。
その空間に声が響いた。
それは突然、リーヴァ以外誰もいない筈の空間に響き渡ったのだ――
一閃に鋭利な銃口がまるで抜き身の刃物のように煌めく。
冷たく鳴り響いたソレは銀の銃身、リーヴァの獣そのものだった。
そんなものを向けたに何があるか、リーヴァは全てを分かっていた。
「勝手に行かしちまいやがった・・・せっかくだからここで仕留めちまおうと思ってたのによぉ」
リーヴァは『ソレ』に向けて真っ直ぐに銃口を構える。
『ソレ』は恐れず、ただ淡々とリーヴァへ向けて愚痴を吐いていく。
「貴様か――」
「貴様・・・だぁ?名前で呼びやがれ。俺にはちゃんとした名前がなぁ」
「黙れ、『死神』」
その一切の容赦無き殺意すら感じさせる言葉に『死神』の口からは何故か満面の笑みが零れる。
「そう言うなってぇ・・・で?」
リーヴァは驚愕した。
『死神』がリーヴァが構える銃口にちょんと、まるで水面に指を這わせるようにして触れる。
やった事はそれだけだ。なのにその行為はリーヴァを驚愕させるまでに至った。
「こんなもん俺に向けてなにする気よ、あぁ?」
銃口はその先から跡形も残さずに溶け出す。
熱くも無く冷たくも無い、そんな『無』に近い感覚を受けリーヴァは銃の全て溶けきる前に手から離した。
「ごめんごめん、『つい』やっちゃった」
まるで純粋な少年のようにあどけこの世界をあざ笑うかのように微笑んだ。
「ふん。化け物め」
「うわっ!今更そのセリフ?おっかしいねぇ・・・」
「なんで逃がした?」
言葉が同時にリーヴァへと襲い掛かる。
さっきまで明るくにこやかに話していた言葉と重なって、この世のものとは思えぬ負の念を固めてぶつけるような殺気をリーヴァへと押し込める。
「リーヴァ君もとことん人がいいねぇ。今なら『やれた』じゃん・・・
この反吐が」
「彼は僕が片付けると散々言った筈だ。この死神ふぜいが」
気圧されず、それ以上の気をもって対峙する。
「まぁ・・・いいや。どうぞご自由に」
「用件が済んだならさっさとこの場から消えてもらおう。貴様のその存在すら目障りだ」
「おっ言うねぇ。とりあえず言っとくけどこっちはこっちでやるからそこら辺覚えときなよぉ・・・」
途端、闇が現れる。その名の通り漆黒に染まる閉ざされた暗黒の空間だ。
「あ〜暇だ暇。こんな適当な仕事なんかやんなけりゃよかったなぁ・・・もっとも『やらなきゃ』いけねぇんだけどな」
死神はその闇へと足を踏み入れる。
「覚えておくがいい」
「あぁ?」
「貴様もまた――僕の獲物の1つでしかない。その事を心に刻んでおけ」
睨みつける視線、死神へと向けられる感情は怨みと言う1つの念でしかなかった。
「あ〜恐い恐い。すんごい嫌われちゃってるなぁ〜。恐い恐い・・・」
ただそれだけ言って死神は漆黒の中へと消えていった。
最後に見えたのはドロリとしたその闇のように、不気味なほどの作った笑みに包まれた死に神の表情だった。
「ふん・・・化け物め」
先の行為で溶けた銃。
リーヴァの言葉に対して『恐い』、そう言った死神。
世界はバカげていると、リーヴァはこんなにもバカげているのだと嗤った――
「ったくアイツ素直じゃねぇよな」
悩みも解け、軽快に廊下を駆ける雅人はそう思った。
「つうか・・・やっぱりいいやつじゃねぇかよ」
だがそれと同時に先の会話リーヴァが伝えようとしていた事、雅人にはよく伝わっていた。
あの時、必死に説得していればリーヴァを止められるのか。
それはきっと違う――
多分これからもリーヴァのその深い悲しみは止められない。
そしていずれ『刻』が来る。
(だから強くなるしかねぇ・・・今よりも、ずっと)
俺らはその現実を受け入れなければならない。今も、そしてその時が来ても・・・
だからこそ今こうしてある時間を
ゾクリと、背筋を這い回る冷たくもなく温くもない悪寒。
おそらくは雅人のような幾つも経験を経たほんの一握りの人間にしか分からない・・・そんな『何か』だ。
これは何者かが放つ圧倒的な程の『殺せる』圧力。
(は・・ぁ?なんだよこれ・・・)
確実に何かが迫るような感覚、雅人は理解した。
この学園に人ではない、何かが――いる。
その予感はきっと当たっていると、雅人の本能は告げていた。
(何だってんだ・・・クソッ――)
そして宿る。頭の中に巡る不安と言う名の実が―
「杏樹っ!!」
どうして今まで気づかなかったのか、自分でもよく分からなかった。
それはさっき誓った事なのに・・・
根拠の無い、決して欲はない不安だけが頭をよぎっていく。出てきて欲しくはないその言葉。
死神
そうだ。それはきっとリーヴァの言った通り俺の全てを蝕むように奪い尽くしていくだろう・・・今までのようにだ。
「くそッ!くそッ!!くそぉぉ!!」
たまらず体が走り出していた。体は相変わらず痛み出し所々悲鳴をあげている・・・
だけどそんな事など言っていられなかった。
杏樹は今何をして何をされているのかも分からない、そんな状況なのだと頭の中は混乱を招いている。
思えば思うほどに気持ちははやり、いつしか苦しい息を吐きながら辺りを掛ける自分の姿があった。
『きゃああぁあぁぁあぁ!!』
途端、どこからか叫ばれた悲鳴が校内に響き渡る。
教室にいる生徒がざわめき出す。その混乱を抑えるように教師達がそれ以上に声を張り上げて制する。
俺は気付いてしまった。
それはいつも聞いている筈の彼女の、『聞きたくは無かった』声だったのだと・・・
「あん、じゅ・・・?」
四肢からゆっくりと力が抜けていくのが分かった。
なんて言葉を放てばいいのだろうか。
何をすればいいのだろうか。
だけど――違った。
体から力は抜けていっても動くのはやめようとしなかった。
「まだだ・・・」
ヴァンパイアとして格段に飛躍したのは聴覚だった。
先程の杏樹の悲鳴を漏らす事無くその耳が捕らえ頭の中で判断を告げる。
まだ間に合う
確信に近い、自らが下した結果に雅人は安心した。
だがそれより早く雅人の足は駆けその方向へと脱兎のごとく走り出した。
『貴様は貴様の守るべきものを守るがいい』
アイツはあの時そう言った。
わかっている――
だから今こうしてここにいる。
もう失わないために。
『生徒会室』
その異様な構えにこの学園の生徒たちは一歩引かざるを得ない。
何しろその作りときたら学園に存在する校長室などとは比較にもならない程の素晴らしいものとなっている。まるで中世ヨーロッパの宮殿のような美しく芸術品のような輝きを放っている。
だから余りにもその場に似つかわしくないものにこの学園の生徒たちは一歩引かざるを得ないわけである。
1人、この男を除いては。
「・・・ぉぉおおおおおぉお!!!」
雅人は一直線に生徒会室へと走り出す。
ヴァンパイアとしての聴覚が示した先はまさにここであった。
抑えきれない衝動をこらえ、それの前に止まる。
雅人の目の前に広がるのは誰が見てもあからさまに頑丈で丈夫そうな石造りの扉だった。きっとこれも中世ヨーロッパなのだろう・・・
なぜ普通の学園などにこれを設計した人間の感性を疑ってしまう作品だ。
だがそんなものは雅人にとってはただの壁に過ぎなかった。
「この・・!開き・・・やがれぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ただ、思い切りにぶん殴った。
行った行動はそれだけだった。普通の人間であればそれを殴っただけでも骨が痛み二度とは殴らぬ、下手をすれば折れると思ってしまう事だろう。
ただそれは山本雅人である。
「邪ぁ魔、だぁぁぁぁ!!」
筋肉は膨張し人間としてではない、それ以上の破壊力がその爆発を生み出すのだ。
そしてそれはけたたましい破砕音が石の壁を蹴散らし辺りへと破片を撒き散らす。
「杏樹・・・!?」
ただ瓦礫と化した扉の向こうに一歩踏み出した雅人の目の前にはまたもやそれが現れた。
「また、ドアかよ・・・」
『また』である。だけど今度は巨大で丈夫そうな石造りのドアとは違ってただの木製の、どこにでもあるようなありふれたドアだった。
「いい加減に――」
こんなとこでくすぶってるわけにはいかなかった
「しやがれえぇぇぇぇぇ!!」
待っている人がいる、それだけを思いその拳を振るってきた
だからこれからもずっとそうしていけると――
「まぁそんなに堅くならないでくれたまえ、杏樹君。
君と私、この学園の最早主柱として存在する2人が今一つになる・・・それだけの事・・・恐れなくてもいいのだよ」
「か、会長さん・・・?」
「いやいや、綺麗だよ。玉のように光る肌でその・・・いや綺麗だ」
さて・・・
これはどうしたものか
いやむしろ俺はどうすればいいのだろうか・・・疑問しか浮かばない。
(うん、こう言うのはさ・・・見なかった事にするのが一番だよな)
と思いながら木製のドアのノブに手を掛ける。
途端に何故かドアは崩れ去り後ろの瓦礫と同等、いやそれ以下にも匹敵するガラクタと化してしまった。
最早コントのような光景だった。
「えぇ〜・・・」
どうしようもない、沈黙の時間が淡々と過ぎていく・・・
そんな時、彼女はいつもそう言うだろう。
『きゃああああああ』
だったり
『ぎゃああああああ』
・・・だったり
『ちょりゃああああああ』
とは確実に言わなかっただろうけど・・・
そんな感じでいつもその場の空気を和ましてくれていたのだ。
だけど今日この場に限ってはその『彼女』が重たい口を開いた・・・
「ふん・・・この変態め」
もう一度言おう。
これはどうしたらいいのだろうか。
『会長』である篠崎 明。その重たい口から俺の胸に突き刺さるようにして向けられたそのセリフ。
大体にして現状から見て、平日のましてや授業中にかの生徒会長が後輩(女子)を連れ込んで大変な行為をしているなどという事は許される事なのだろうか!?
そしてそんな会長に変態呼ばわりされるような俺って・・・
「うぅ・・・ちくしょおおぉぉぉお!!」
とめどなく溢れる涙。それを手で拭って走り去る俺の姿。
全てが悲しくなった、そんな17の冬間近の肌寒い日だった。
酷い寒空の中、雨は止みあれからだんだんと天気は良くなってきた。
あぁ、晴れ渡る空。
小鳥が鳴く夕刻の空。
爽やかな――
意気消沈した俺・・・・・・
(どよーん・・・ってか。うふふふ・・・)
暗い顔で下を向いて道端にある草をブチブチとちょっとずつむしりながら歩いている少年。
社会から見たら確実に危険人物『少年M』だろう。
「うるせぇぇぇ!こんちくしょおおぉお!!!」
誰に向かう訳でも無くふと聴こえた心の声に叫んだはずの怒号。
それは見事に周辺の近隣住民・買い物中の奥様方・下校中の学生に向かって叫ばれているようにしか聞こえなかった。
それからと言うものの、近隣住民は5秒も経たない内に全てその場から消え去っていった。
この地球上で最後の1人になってしまったような今の俺。
吹き上げる寒々とした風が心に染み込んでいく・・・
「ふん・・・いーもーんだ」
そして虚しさを抑えるべく路上の小石をえいと蹴る。
その行為は虚しさに加えて寂しさを増すだけだった。
(泣いても・・・いいかな。うん)
「・・・って・・さい〜!」
(もう俺頑張ったよね。うん)
「・・・ってえぇぇぇぇ!!」
(もうここらで休もうか。うん)
「止まってくださいぃぃいぃいぃ!??」
「黙らっしゃああぁい!!このこわっぱが――!?」
―――衝撃!!
「どぅあッッはぁあ!?!」
自転車が――飛んできた。
俺の視界に映ったのは確かにそれだった。普通だったら自転車は空なんか飛ばない。
待てよ・・・空飛ぶ自転車とかだったら21世紀の機械仕掛けの青い猫型ロボットだったら出してくれるかも?
だけど最初の色は青じゃなくて黄色だったわけで・・・ってそんな事なんかはどうでもいいわけで。
「うぼはぁあぁぁぁぁぁほおぁぁあ!?」
大事な事は今俺が確かに死に直面してるって事だ。
大体自転車が坂の上から高速で『飛んで』きて顔面にタイヤの跡が付くぐらい轢かれて無事な方がおかしい。
その轢いた本人と言えば他に誰がいる訳でもなく・・・彼女である。
「雅人君!大丈・・・夫ですか?あぁもうこんなに汚れがぁ!?」
ダッシュで駆け寄ってきたかと思えば杏樹はいきなり慌ててハンカチで俺の顔に付いてるタイヤの跡をゴシゴシと・・・いたい痛い痛いいたい!!
「雅人君ごめんなさいごめんなさい!生き返って!ごめんなさいごめんなさい!!」
とりあえずこのままでは必死に慌てながらハンカチを擦る杏樹のとんでもない摩擦熱のおかけで顔のパーツがさながら福笑いになってしまう。姉貴の野郎にネタにされる前にそれだけは防がなくてはならないのだ!!
「とりあえず落ち着け・・・じゃなきゃ死ぬ・・・」
「良かった!雅人君が・・・生きてましたあぁぁぁ!!」
「不要に泣くな泣くな。とりあえず、さ」
近所の子供を宥めるようにして杏樹へ優しく言葉を投げかける。そうして思えばさっきとっさに出た『こわっぱ』という言葉は遠からずも、という事だろう。
とりあえずこうしていてもしょうがない。早くこの場から去らなければならないのだ。
何故ならば・・・
さっきまで人気がまるで皆無だったこの場に、杏樹が自転車で飛んで来て俺を思いっきり轢くなどする古来のコントをした事によって何故か近隣住民から笑いと拍手の喝采が起き凄い人が集まって来ているのだ。
「うわぁ・・・凄いですね。あっ、ありがとうございます!ありがとうございます!皆さんありが――!?」
「はい、帰るぞー」
いい加減最後まで杏樹につき合っていたら俺の身が保たない。杏樹のこの天然な性格というのはこういった事がいい事でもあり悪い事でもある。
絶対的な天然とはこうも恐ろしいものなのだ。
あぁ、俺の顔真っ赤だよ・・・
ついでにコイツを引っ張って連れて住民が見えなくなる最後の最後まで杏樹は手を振りっぱなしだった。
とても笑顔でした・・・
「ところで・・・その自転車どこから持ってきた?」
「えぇ〜と・・・雅人君を追いかけてる途中にあって・・・偶然鍵も掛かってなかったし凄い綺麗なフォルムだったから!!」
「うん、それ犯罪」
「あとさ・・・あの、言いにくいんだけどよ」
「・・・はい」
杏樹のやつも俺がこれから何を聞こうとしているのだろうかということがどうやら分かっているようだ。
明らかにさっきと打って変わって顔色が凄く変化している。
一体何を振り返っているのだろう――顔がピンク色になって頭頂から火山のように蒸気を噴き出して爆発寸前になったのかと思ったら次の瞬間には真っ青に青ざめてガクガクガクと身を震わして口から魂が出そうな・・・いやちょっと出ているようだ。
地球上どこを見てもこんな事を出来るのはこの杏樹ぐらいしかいないのではないだろうか。
いっその事『人間国宝』に登録してしまいたい。
さて、思い切って話を進めてしまおう。
「生徒会室」
と言っただけなのに・・・杏樹は見たことも無いほどにおもしろく焦っている。
それを言葉で表現出来ないのが残念で仕方ない。
「生徒会室」
「ひぃ・・!?」
「生徒会室」
「ひゃうッッ!?」
いや〜しかし何度やっても杏樹をからかうのは飽きないものだ。
こうしていつもながらに平和な時間が過ぎていけば嬉しいものだ。
ずっとこうして――
「杏樹」
「はいっ!はいぃっ!!」
「今日はさ・・・俺の言うこと聞いてくれるか?」
そうすると杏樹はプクっとした顔で俺に向けた。
「許しませんよ!今回ばかりは〜雅人君といえど!!」
「帰れ」
静かに、そして強く俺は言う。
「えっ・・・」
「帰れって」
「ま・・・さと君?」
「帰れッ!!」
突然の放たれる怒号に杏樹は思わず一歩たじろぐ。
――そして叫んだ
「逃げろッッ!!」
心の奥底から這い上がってきたのは大きな不安だった。
巡ってやってきたおぞましきその感触。
そして・・・
杏樹は何も言わず、けど俺の顔を確かに見ながら走っていった。
その方がいい・・・あと五分も走ればアパートに着き姉貴のヤツが何があっても杏樹を守ってくれるだろう。あとは自分が『これ』を片付けてしまえば済む事だから―
「おい」
暗く、憎しみがこもった恐ろしい声が自分でも分からない間に出ていた。
「出てこいよ」
いや・・・これが元々だった。
これが自分だったのだ。
『おぉおおぉぉッ!!!』
何かがとてつもない勢いで俺に向かってくる。ソレは一直線に俺に向かい『狂気』を振り下ろす。
だが俺はそれよりも早かった―
ソレの『頭』を掴む。
ソレは勿論早かったのだ。だが雅人にとっては何をするよりも簡単で――
楽しいと思った。
「アぁァあぁッッ!!?」
頭は雅人の側に建っている崩れかけたコンクリートの壁へと叩きつけられ何か形あるものが砕ける音と共にその息の根を絶たれる結果となった。
それは当たり前の結果だった。
一瞬で灰色のコンクリートは赤く染まり雅人の手をその色にへと変えた。
「あっはは。すげぇ、やっぱすげぇよお前!」
どこからともなくその声は聞こえた。
それと同時に脇道や後ろから1人・また1人と男達が現れる。
全部で俺の前に出てきたのは16人。
そしてそのそれぞれがバッドや鉄パイプやナイフなど定番と言える、それ故の殺傷力を持つ『狂気』と呼ばれるものを掲げている。
「あ゛ぁ!?」
それを一蹴するようにそれ以上の殺意を向ける。
その姿に対峙する事である者は慄き、ある者はたじろいでいく。
ただしその者だけは違った。
「お前・・・」
「いよぉぉ・・・お久しぶり、かぁ?」
覚えのある、苛立たせるその口調・顔・声。その全てに覚えがあった。
シュリアのホストクラブにいた・・・あの『俊慈』と呼ばれた男。
「てんめぇ・・・何の真似してくれてんだこら・・・」
「お〜こわ!ってか?バーカ」
一目で見て分かる通りコイツらの狙いはただ一つ、俺だった。
「なんのつもりだ、あぁッ!!?」
「なんのつもりねぇ・・・ちょっといい事教えてやろうとしてよ」
酷くにやけた顔で軽快に話す。どこか楽しそうで、快楽に溺れたような顔――
「あのクラブさぁ、クビになったんよ。店長のお気に入り?そのお前に手ぇ出したじゃん?
それについてゴモゴモ喋ってたらよぉ!クビにされちまいやがったの!!」
まるで自分の話では無く他人の不幸ごとを楽しく語るような口調で話す。
「給料高くていいとこだったけどよぉ、どうもあの店長ヤバそうな感じだからこっちから出てきたわ!ヒャハハハハァ!!!」
「ま、そんな話じゃねぇけどよ」
雰囲気が変わった。
まるでソイツを覆う気というものが全くの別のものと入れ替わったような感覚だった。
「思い出したんだわ・・・お前、『アレ』だろ!『アイツ』だろ!」
物に対して投げかけるような言葉だった。喋るのは『アレ』や『アイツ』のみ・・・
だけど俺は理解していた。
「お前・・・『二年前』、俺のいた族潰しやがったヤツだろ。思い出すのに苦労したぜぇ・・・?」
ニヤニヤと何を楽しんでいるのだろうか、男の笑いは治まろうとしない。
「いや〜図星っしょ!つうが絶対そうだしな・・・まぁとりあえずさ」
男は手を上げる。
「――死ねよ」
その合図1つで後ろに控えていた16人全員が動く。
「あっははは!楽しいなぁ〜!」
最初に1人飛び出してくる。
バッドを持ち上げて構え俺との距離が1メートルも無くなった時、躊躇無く思い切りに振り下ろしてきた。
縦に対する攻撃は雅人の今の動態視力からは避ける事など非常に簡単だった。
それをあえて前に飛び出す。打ち込まれるバッドに対し雅人のとった行動はそれだった。
次の瞬間にはバッドはひしゃげ折れ、対するバッドを持っていた筈の男も体をくの字に倒れ込み息をするのも出来ずに悶絶している。
「てめぇら・・・・やってみやがれッ!!!」
吼える――
虚空へと轟くように雅人の声は響き渡った。
同時に三人、前に走り込んでくる。
ナイフが二人とバッドは一人、それでもいくら増えようが雅人には関係無かった。
赤く吹き上がる鮮血・・・何が起こるよりも早くナイフを持ったうちの一人が宙を舞う。
それをただ目の当たりにしていたもう一人にも一瞬の迷いも無く右の拳が叩き込まれ地面へと薙ぎ倒された。
バッドは水平に振られ、それは雅人を捕らえたのだと思ったのだろう。
だがそこに姿は無く気付いたら伏していたのは自分であるという事にすら数瞬と言う時間を費やした。
「こんだけかッ!?あ゛ァッッ!??」
目の前に立たれた雅人と言う人外。
男達はその名を思い出したのだ。
――狂人
その名のごとき悪魔がここにいた。
肝を抜かれたのか、当然であるが男達はそれ以上出る事が出来なかった。
「あ〜あ、しゃあねえと・・・」
の中で俊慈は前に出る。
それを待っていたように雅人は立ち上がり手に付いた鮮血を払う。
「来いよ・・・来いよ!!この―――」
そしてそれは虚空に轟く。
乾いた無機質ななんの面白みのない金属音、そして左膝にバランスの悪い形に撃ち込まれた『腔』。
「てめ―――」
二発、三発――と
両膝は原型をとどめれないほどに銃弾を撃ち込まれていた。
「世の中にはさぁ、凄い物好きがいてよぉ・・・お前凄い愛されてるみたいだぜ?」
いつの間にか雅人の周りには男達が取り囲んでいた。
当然だ、抵抗など出来るわけが無かった。
「昨日、だっけ?なんか変なやつがこの銃渡してよ・・・お前を殺して、だってよぉ!!!」
確実に感じる感覚。
それは終焉だった。
多分呆気なく来るとは思っていた。それが今この時だとは・・・多分思いもよらなかった事だ。
「まぁいいや・・・とりあえずさぁ、天国の『アイツ』と元気にやってなよぉ・・・?」
最後の最後に俊慈が放った『ソレ』
「おい」
「あぁ・・・?」
血を――
「何て言った・・・」
俊慈は銃のグリップを握る。
煌めく銃口は真っ直ぐに雅人の頭へと向けられた。
「じゃ『アイツ』によろしくって言ったんだよ。バーカ」
血を―――
銃は撃たれなかった。
代わりに何かが宙を舞った。
「俺のぉ・・・手ぇえぇえぇぇッッ?!?」
ドサリ、と銃を握ったままの『手』が落ちる。
そこにいたものは何が起こったのか、それすら理解出来ずにただ立っているしかなかった。
「なんだよ?!何だよこれぇぇぇ?!?」
『手』が落ちたのは俊慈だった。
一旦は尻餅をつき皆と同じように何が起こったのか分からなかったのだろう。
だけど次の瞬間には嫌でも分かってしまった。
視覚がそれを捉え、聴覚が落ちる音を捉え、感覚が――痛みがやってきた。
それで分からない人間など居るはずもない。
「お、おいぃ!誰か説明しろよおぉぉ!!」
悲痛なその声で叫び辺りを散らし千鳥足のような走り方で俊慈は自分がどこへ行くのかも分からずにただ逃げる。
他の男達も残る理由など無く、絶望的な恐怖に駆られて声にならない叫び声をあげながら走り去った。
残ったのは雅人1人だけだった。
現状は変わらず――むしろ酷くなっていくようだ。力が入らず声すら出ない、それでいて両膝から下は血だまりと化していく。
結局最後はこうなってしまうのだと、雅人自身感じていた。
「あ〜あ、逃げちまいやがった!手が飛んじまったぐらいで逃げやがって・・・」
突然聞こえる――
誰のものでもない、だけどこの空間に違和感無く響く声が雅人にも聞こえた。
「起きたな。っと・・・ほらよ」
冷たく無機質な感触。額にそっと当てられてそのまま置かれた。
「つ・・・めた」
「お〜冷たいって感じるならもう大丈夫だな」
頭もまだガンガン響いている。億劫になるほどだ。
その中で覚えのある声がした。
「あんた、・・・誰だ?」
ポカンとした時間が流れる。よく見ると俺の目の前に男が1人ポカンとしているのが見えた。
「こ〜の野郎!人が助けておきながらその恩を忘れるかこのガキはッ!!」
顔に向かって垂直に振り下ろされる拳、それは勢いといい躊躇の無さといいどうみても本気だった。
「・・・とぅあッ!?」
『立ち上がり』必死の思いでその攻撃を避ける事に成功した。
その途端に地面はまるで爆発が起こったように轟音を散らした。
「こっ・・・」
上擦った声は今のこの必死さを表すには十分だった。
「殺す気か!テメェッッ!!」
地面にはとんでもなく大きな穴が空いておりあと数瞬でも遅れてしまえば大惨事となっていただろうと雅人は自分に嫌と言うほど言い聞かされた。
「ぷっ・・・はははははっ!!今の見たかよ?お前のすんげぇ動き!?超必死だったのな!」
それは必死にもなろう。
こんな状況を見せられればなおさらの事だ・・・
「おいテメェ、悠々と笑ってんじゃねえぞコラ!いきなりびびらせやが―――」
ふと違和感が生じた。それは自分に対してである。
歩いている、ただそれだけの事だった。
それなのに生まれた違和感、俺は隠しきれなかった。
「なっ・・・!?あぁ!?」
膝は両方とも動いていた。
全く普通に前のように、それどころかいつも以上に快適なくらいだった。
あれだけ俊慈の放った銃で撃たれ出血も酷く意識さえ失ってしまうほどのものが、今こうして無くなってしまっていたのだ。
「すんごかったよなぁ、お前。あんだけの奴ら相手しときながらよ」
そうだ。確かにあの人数を相手に、そして確かに銃で膝を撃たれて――
(これが・・・ヴァンパイアなのか)
ほんの少し前の時間に起きた事だった。それがまるで元々無かった事なのかのように・・・
人の域を越えすぎた人外としての忌むべき恐ろしき力。
そして意識を失う寸前に一瞬だけ姿を表したかのように『見えた』あの存在。
「そうそう、そういえば聞きたかったんだけどよ。お前、山本 雅人だろ?あいつら見てて分かったぜ」
男が話す言葉には何も無かった。
ただ俺の名前を聞いてそれが確信であると確かめるため、それだけの作業。
「それがどうかしたのかよ。別に大した事もねぇし、ただのそこらにいるガキと変わらねぇ」
男は納得したのかその顔はさっきとは何か違うものとなっていた。
俺がその時ソイツから垣間見たのは『歓喜』だった。
何を喜ぶ、何を感じている――
必然と俺は言葉を放つ。
「あんた、名前は――?」
「杉螺 椋」
「覚えとくよ、どうやらアンタも普通、じゃないみてぇだしな」
「へぇ・・・やっぱ分かるんだな、そういうの」
疑問は確信となる。
「何しようとしてんのか分かんねぇけどよ・・・アイツには、杏樹には出だしさせねぇ」
「はいはいと、まぁ今日は様子見?って事でこの辺で消えとくわ。アンタ『おっかない』しなぁ?」
男は最後にまた笑った。
そして背を向け無言の笑みを向けたまま夕刻の闇の中へとその姿をうずめていった。
『じゃあ、な』
あの笑みだけは、ずっと離れる事は無く自身の全てを蝕んでいくのだと――そう思って仕方なかった。
あの笑みだけは――
『おもしれぇ・・・コイツは久々の当たりだ』
『今すぐ壊してしまいてぇが、ウルサい奴がいるからな』
『いいやもう収まらねえ』
何も見えないほどの夜霧が覆う、珍しく天候の悪い夜だった。
冷たく肌にまとわりつくような冷気が漂い歩きそこにいるものの命を奪いつくさんとするほどだった。
故にそこにいる者は皆無で『あった』
「あぁ、久々に楽しめるってか?」
なのにその声はあった。
確かに、そしてその空間によほど似合っているかのような存在だった。
「アイツ・・・楽しそうだなぁ・・・」
おかしな言葉だった。
相手に対して楽しそう、そう言っておきながら歓喜に顔を歪めているのは自分だったのだから。
その『歪み』は収まる事は無い。
徐々に酷くこの夜闇と同じものに成っていく。
「・・・ちっ」
なのに起こった舌打ち。
それは目の前に現れた『物』に対して発したものだった。
「てめぇよぉ・・・随分ふざけた事してくれてんじゃねぇかよ!!」
現れたのはその男。
俊慈は明らかに不衛生であろう適当な包帯に巻かれた腕を必死に抑えながら出てくる。その後ろには取り巻きである男達が群を連ね俊慈に付いている。
本来それは耐えかねれるような痛みではなかった。
千切れたのでは無い、何かがやって来て確かに感じた『熱』のようなものと共に切断された。
気づいた時には遅く俊慈の腕はこれから永久に戻る事は無くなった。
「見ろよこれをよぉッ!!笑えんだろうがあぁぁあぁ!!」
狂気に取り込まれたような表情と化した俊慈。
そんな俊慈をまるで路上の石のような、在って無い『物』を扱うように見ている。
だがその視線は真っ直ぐに捉えてはいなかった。
「シカト、かよ・・・いいぜぇ。そんな事だろうよお前はよぉ!!こうするだけなんだからよぉッ!?」
殺意がこもり俊慈の狂気すら凌駕する脅威が向けられる。
鋭く霧がかった夜闇にうっすらとソレが浮かぶ。
「あぁッ!こうなった時どうするよぉ!!どうよ!?自分が与えた銃を向けられる気分はよぉ!!」
いつ撃たれるかも分からないそんな状況下でさえこの男、杉螺 椋は無言を通していた。
確かに男達へこの銃を与えたのは自分、全ては山本 雅人の『今』の能力を読む為の考えだった。
そうでもしなければこの男達が山本 雅人に対してまともに戦えるわけもなく、銃というものは『それだけ』をするには十分なものだった。
「・・・ねぇな」
「あぁッ!?何言ってんのか分かんねぇてめぇよぉ!!」
そして今、それが終わった後では男達は――
邪魔、だった
「お前らじゃ1つの
カウントにもならねぇんだよ」
冷たく、絶対的にのしかかる『闇』
俊慈を含む男達は気付いてしまった。自分達が対峙しているのは人間では無い。
人の姿をしているが『コレ』は違うのだ。
死神だ。
いや死神でなかったら何であるのだ。
こんなものがこの世にいたのでは――自分達はどうしたらいいのだろう。
絶対的な死を運んでくるその存在にもう勝ち目などは無かったのだ。
「だからってよぉ・・・この腕はどうすりゃいいんだぁ!??てめぇがやってくれたんだッ!てめぇにもその身で詫び―――」
俊慈の横で――ズルリと音が鳴った。
ハッキリと聴こえたその音に俊慈は息つかず顔を向けた。
目を疑っただろう。
きっと『ソレ』は仲間の1人なのだと、気付くのに数秒の時間が掛かった。
しかしその数秒の果てに仲間の四肢は生ぬるい音と共に崩れた。
驚きよりも焦りが先にやってくる。
こんな事をやったのは誰だ、と。
そして『応える』ように椋は笑った。
それは同時に俊慈の世界が音を立てて崩れた瞬間でもあった。
『あ゛ぁ゛アアぁあアぁあッッ!!』
その叫びには歓喜と恐怖が入り混じりもうそれはどちらが叫んでいるのかすら分からなかった。
理解出来たのは俊慈の目に映ったのは地面に伏した体、そして目の前には自分の足があった。
最後に見えたのは自分に向かってくる椋のその笑顔に満たされた表情。
そして次には何も見えなくなった。
ただ聞こえるのはその叫び。
歓喜、それだけだった――