一人と一匹のすれ違い愛。
注:ファンタジー要素も擬人化要素もありませんが、変態的要素が多少あります。
【下僕の気持ち】
朝。携帯電話のアラームが鳴るよりも早く、俺の目覚めはやってくる。
プニっとした肉球、肌をくすぐる柔らかな毛、甘えるように擦り寄ってくる我が家の可愛い女王様。
薄らと眼を開けると、外はまだ暗闇に閉ざされている。
愛らしい鳴き声を漏らしながら、俺の頬をペシペシと叩く。
爪が痛いです。もう少し眠らせてください。つーか可愛すぎるだろ、そんな大きな目で俺を見つめないで下さい女王様。
仕方が無いから、布団を捲って中へ招待する。不満そうな声。
何ですか? 抱っこしてくれないと一緒には寝ない? 我侭な女王様だ。
手を伸ばして、もふもふの身体を抱く。あったかい。よく眠れそうです。ありがとう、俺の可愛いお猫様、雌2才。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼。今日は仕事も休みだ。一日中可愛いお猫様と一緒にいられる。
窓際で日向ぼっこしている丸々とした毛の塊――もとい、キジトラ模様の女王様。ああ、なんて可愛いんだ。このまま一緒の墓に入れたらどんなに幸せだろう。
俺がじっと見つめていると、彼女は不機嫌そうな目で振り向く。そんなに見ないでよ、照れるじゃない。なんて、ちょっとツンデレな部分も愛らしい。
トイレに行くときは、マナーとして見ない事にしている。いつも恥ずかしそうに砂を掛ける仕草なんて、もう堪らなく大好きなんだけど。
俺の視線に気付いて、ふん、と鼻を鳴らす。それから、日の当たる場所まで行って、ゴロンゴロンと腹を見せる。女王様の必殺、可愛いポーズ!!ぐはあ……!!不覚にも鼻血が出そうだ。俺の体力はもうゼロです。勘弁してください。
一心不乱に携帯カメラのシャッターを切る。グラビアアイドルなんて目じゃない。俺の女王様が一番魅力的だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜。高級猫缶をペロリと平らげる姿に撃沈。食欲も旺盛、食べているときの幸せそうな顔が大好きだ。
トイレの後は、毎晩恒例のお尻チェック。尻尾を持ち上げて、お尻を見る。別にいやらしい気持ちなんてありません、女王様。健康チェックをしているだけなんです。だから爪を立てないで下さい。
引っ掻かれて歯を立てられる。女王様のお仕置きタイム。痛い、でもちょっと幸せだ。抱き上げて頬ずりすると、不機嫌な声で一蹴された。下僕には手厳しい女王様。そんな彼女だけど、大好きです。一生お世話させてください。
ベッドに入ると、寂しそうな目で見つめてくる女王様。ああ、くそ、なんでこんなに可愛いんだ。身体を撫でると、ゴロゴロと気持ち良さそうな音を鳴らす。満足すると、俺の胸に頭を乗せて、ようやくご就寝。
こうして俺と彼女の一日は終わる。今日も色々とごちそうさまでした。明日も明後日も、ずっと側にいてください。
【女王様の気持ち】
朝。間抜け面して眠っている男の顔を叩く。
ちょっと、暢気な顔して寝てるんじゃないわよ。早く餌をよこしなさい。
なかなか目が覚めないから、耳元で鳴いてみる。それから、幸せそうに歪む顔を叩く。ちょっと、叩かれてニヤけてるんじゃないわよ、気持ち悪い。さっさと起きて私のお腹を満たして頂戴。
じっと見つめると、下僕は布団を捲り上げる。中に入れ? 馬鹿じゃないの、私はお腹が空いているの。不満をもらすと、いきなり抱き上げられて布団の中に連れられる。ちょっと、何勘違いしているのよ、誰があたしを抱けなんて言ったのよ。ああ、もう信じられない。また寝ちゃってるし。いい加減この手を離してくれないかしら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼。いつもは家にいない下僕が、今日はずっと近くにいる。鬱陶しい。早く出て行ってくれないかしら?
のんびり日向ぼっこをしていると、締まりのないニヤけた顔がこちらを見ていた。少し無視していたけど、まだ見てる。そんなに見るんじゃない、気持ち悪いわね。思い切り睨んでやったけど、下僕はへらへらと笑ってばかり。一体なんなの、この男は。
トイレに行こうとすると、下僕はさっと目を逸らす。そういうところは、マナーがあってよろしい。でも、砂を掛けているときのいやらしい目付き、あれはどうにかならないのかしら。
本当に私の気分を害するのが上手いわね。ふん、と鼻で一蹴して、私は昼寝に戻る。天気がよくて気持ちがいい。ついウトウトしてお腹を見せると、あの男、一人で悶えながら写真を撮っていた。ちょっと、撮るなら綺麗に写してよね。それから、変な声を上げるのはやめて頂戴。まったく、どうしようもない下僕だわ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜。いつもよりも高級な食事が出されて、ちょっと満足。毎日こうだと嬉しいわ。下僕に期待なんてしないけど。
トイレの後、いきなり捕まえられてお尻を見られる。あんた馬鹿じゃないの!? この変態、今すぐにその緩んだ顔を引っ掻いてやる!! 乙女の秘密の場所を見るなんて、とんでもない男だわ。大声で訴えるけど、下僕はニヤニヤしたまま私に頬ずりをする。き、気色悪い!! 爪を立てても歯を立てても、どうして嬉しそうに笑ってるのよ!!
もう相手にしてやらない。ふん、とそっぽを向くと、下僕は満足そうに布団の中に潜り込んだ。何よ、もう寝るわけ? 私に詫びの言葉もないのに?
じっと見つめていると、大きな手が伸びてきて、ゆっくりと身体を撫でられる。ちょ、ちょっと気持ちいいじゃない。あんたは嫌いだけど、その手に撫でられるのは嫌いじゃないのよ。だって、私を大切に想ってくれるのが伝わるから。
勘違いしないでよね。あんたのことなんて、べつに好きじゃないんだから!!
ああ、もう眠くなってきちゃった。いつもの定位置について、私は瞳を閉じる。
今だけだからね。もう少ししたら、離れてやるんだから。
こうして私と下僕の一日は終わる。明日も明後日も、仕方がないから一緒にいてあげる。好きじゃないけど、嫌いでもないから。
書きなぐり短編。個人的に満足。