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【短編】婚約破棄されて「神隠しの森」に追放された転生令嬢ですが、その鈴の音、実は助けを求める民の声でした~聞こえないあなた方に、ざまぁを鳴らしてあげます~

作者: uta
掲載日:2026/09/05

「セリカ・フェルン! 貴様は森の魔物と通じ、領民を神隠しに引き渡した大罪人だ!」


大広間に、第二王子アルヴィンの声が響き渡る。


居並ぶ貴族たちのざわめき。突き刺さる無数の視線。その中心で、私は静かに立っていた。


(あーあ。やっちゃったよ、この人。証拠もなしに大声出して……前世でいう名誉毀損、しかも公衆の面前で。訴えたら勝てるやつ。)


心の中で、私はそっとため息をつく。


前世――現代日本の、小さな神社。巫女だった母のもとで育った私は、この世界に転生してからも、あの頃の記憶をすべて持っていた。冷静な観察眼も、理性も、そして少しばかりの脱力癖も。


「婚約は破棄する! 森へ追放し、二度と帰らぬよう封印してくれる!」


アルヴィンの隣で、異母妹のロゼリアが儚げに目を伏せている。燃えるような紅玉の髪。涙をたたえた瞳。まるで悲劇のヒロインのように。


「お姉様……どうして、こんなことを……」


(どうして、はこっちの台詞なんだけど。あなた、知ってるはずでしょう。私が本当は何を「聞いて」いたのか。そして自分が何を握りつぶしてきたのか。)


「セリカ・フェルン。何か申し開きはあるか」


アルヴィンが勝ち誇ったように顎を上げる。私は、静かに口を開いた。


「……いいえ。何も」


広間がどよめいた。反論すると思っていたのだろう。


(言っても、あなた方には聞こえないもの。あの鈴の音が。)


「潔いな! では、連れていけ!」


兵士に腕を掴まれながら、私は最後に一度だけ、ロゼリアを見た。彼女は勝ち誇った笑みを、一瞬だけ、確かに浮かべた。


(決めた。もう我慢しない。私を捨てたあなたたちに――真実の鈴を、鳴らしてあげる。)


森へ続く道を歩きながら、私の耳には、もう聞こえていた。


――りん。りん。


遠い森の奥から響く、助けを求める、あの音が。



神隠しの森。人々が「魔物の棲む死の森」と恐れる、その入り口。


兵士たちは私を森の縁に突き放すと、逃げるように去っていった。誰もが、森に呑まれた者は死んだものとして扱う。


はずだった。


「お嬢様――ッ!」


栗色のおさげを揺らして、侍女のミラが駆けてくる。息を切らし、そばかすの顔を真っ赤にして。


「ミラ……どうして」


「どうして、じゃありませんよ! お嬢様お一人で行かせるものですか! あの馬鹿王子とニセ聖女め、いつか吠え面かかせてやりますからね!」


(相変わらず口が悪い。でも……ありがとう。)


胸の奥が、少しだけ温かくなる。この子だけは、幼い頃からずっと私を信じてくれていた。


「ミラ。私にはね、聞こえるの」


「……あの、鈴の音の話ですか」


「そう。みんなは魔物の誘いだと言う。でも違う。あれは――助けを求める声よ」


森の奥から、りん、りん、と音が響く。私はそっと目を閉じ、前世で母から教わった神楽鈴の呼吸を思い出す。


その瞬間。


私の視界に、音が「色」として広がった。


【鈴音感応】。音を光として視る、私だけのギフト。無数の細い光の糸が、森の奥へと伸びている。一本一本が、生きている誰かの声。


「ミラ、見えるわ。光が……たくさん。まだ、生きてる人たちがいる」


「お嬢様……」


「行きましょう。迎えに」


私は森へ足を踏み入れた。恐れではなく、確信を持って。


(待っていて。今、行くから。)


光の糸を辿るその先で――私はまだ知らなかった。数百年、ひとりぼっちでこの森を守り続けてきた、寂しがりの守護者に出会うことを。



光の糸を辿った先に、それはあった。


空気がゆらりと歪む、透明な膜のような結界。触れると、指先に鈴の音の感触が伝わる。


「ここ……時間の流れが、違う」


前世の知識が囁く。これは隔離された空間。閉じ込められた者は、老いることなく――ただ、助けを待ち続けている。


私は結界の綻びに指を差し込み、そっと押し広げた。


りん――。


澄んだ音が響き、光が漏れる。その向こうに、男が座っていた。無骨な、壮年の兵士。手には小さな鈴を握りしめている。


「……誰、だ」


かすれた声。彼はゆっくりと顔を上げ、私を見た。


「セリカ・フェルンと申します。あなたを、迎えに来ました」


男の目が、大きく見開かれる。


「迎え……? 俺は、グラント。領兵の……もう、三十年になる。ずっと、鳴らし続けた。誰か、気づいてくれと。だが、誰も……」


「聞こえていました。ずっと」


私が手を差し伸べると、グラントの無骨な手が震えた。


「……本当に、迎えが来るとは思わなかった」


壮年の頬を、涙が伝う。三十年分の孤独が、ほどけていく音がした。


「行きましょう。あなたの帰る場所へ」


結界を抜けたグラントは、外の光に目を細め、ミラに支えられながら膝をついた。


「お嬢様……この方が、最初の一人ですね」


「ええ。でも、最後じゃない。まだ、たくさんいる」


私は森の奥を見つめた。無数の光の糸が、まだ、私を待っている。


(全員、連れて帰る。そして――誰がこの人たちを見捨てたのか、白日の下に晒す。)


りん、と森が鳴いた。今度は、少しだけ嬉しそうに。



救出を重ね、私は森の最奥へと踏み込んでいた。


そこには、朽ちかけた神殿のような場所があった。漆黒に藍を溶かした鱗。月光色の長い髪。金色の竜眼を持つ、長身の青年が――こちらを、じっと見ていた。


(竜人……この人が、噂の「森の主」。冷酷な魔物と呼ばれる……)


身構える私に、彼は口を開いた。


「お前……鈴の音が、聞こえるのか」


低く、静かな声。だが、どこか震えている。


「はい。あなたが、この結界を守ってきたんですね」


青年――ヴァイスは、金の瞳を見開いた。そして、信じられないものを見るように、一歩、また一歩と近づいてくる。


「俺の声が……届くのか。呪いで、鈴の音を介してしか、人と関われなくなって……もう、何百年も、誰とも――」


言葉が、詰まる。


「あなたが領民たちを、守ってくれていたんですね。ひとりで、ずっと」


「……っ」


ヴァイスは口をつぐみ、ふいと顔を背けた。かと思えば、身を乗り出すように、食い気味に言った。


「……で、次はいつ来る?」


「え」


「い、いや、その、救出とか、まだ残ってるだろう。だから、次に、いつ……」


そこまで言って、彼は自分の言葉に気づいたのか、みるみる耳まで赤くなった。竜眼が泳ぐ。


(……この人、めちゃくちゃ寂しがり屋だ。冷酷な魔物どころか、ポンコツじゃない。)


思わず、私は笑ってしまった。追放されてから初めての、心からの笑みだった。


「毎日でも来ますよ。あなたが望むなら」


ヴァイスは、はっと顔を上げ、それから照れ隠しのように咳払いをした。


「……勝手にしろ。別に、俺は、寂しくなんか……」


りん、と。


私が鈴を鳴らすと、彼の体を覆っていた黒い呪いの靄が、ほんの少し、薄れた。


「今の……」


「あなたの呪い。私の鈴の音で、解けるみたいですね」


ヴァイスは、自分の手のひらを見つめ、そして――泣きそうな顔で、笑った。


「……お前、名前は」


「セリカです」


「セリカ」


名を呼ぶその声は、数百年分の孤独が、初めてほどけた音がした。



季節が巡る前に、私は数十人の領民を現世へと帰還させた。


そしてミラが、動いていた。


「お嬢様。集めましたよ。ロゼリア様が神託を捏造していた証拠、それに――救出された方々の証言、全部」


おさげを揺らし、ミラは分厚い書類の束を掲げた。


「あの女、行方不明者の情報を握って、『森の声が聞こえる』なんて嘘をついて回ってたんです。助けられた人を見殺しにして、その情報で社交界をのし上がった。反吐が出ますよ」


「証人は?」


「グラントさんをはじめ、皆さん『証言する』と。お嬢様が助けてくれたこと、この目で見た真実を、王都でぶちまけてやるって」


王都の大聖堂。聖女ロゼリアの「神託感謝祭」が催されるその日。


壇上で、ロゼリアが涙ながらに語っていた。


「森に呑まれた哀れな民のため、わたくしは日々祈りを……」


その時、扉が開いた。


老兵グラントが、ゆっくりと歩み出る。壮年の姿のまま、しかし三十年の重みを背負って。


「――嘘だ」


静寂。


「私は、グラント。三十年前、神隠しに遭った領兵だ。結界の中で、鈴を鳴らし続けた。だが、誰も来なかった。ロゼリア様、あなたは我々の場所を知っていた。知っていて、見捨てた」


ロゼリアの顔が、青ざめる。


「な、何を……わたくしは聖女……」


「我々を見捨てたのはロゼリア様だ。そして助けてくれたのは――セリカ様。ただ一人だった」


どよめきが、津波のように広がった。次々と、救出された領民たちが名乗りを上げる。「私も助けられた」「セリカ様だ」「聖女など偽りだ」と。


壇上で、アルヴィンが凍りついていた。


「そんな……ロゼリア、これは、どういう……」


「ち、違うの、アルヴィン様、これは何かの間違いで……!」


証言は、止まらない。


真実の鈴が、今、王都いっぱいに鳴り響いていた。



大聖堂の扉が、再び開いた。


差し込む光を背に、私は歩み出た。隣には、漆黒の鱗をまとった竜人ヴァイス。そして背後には、救い出した数十人の領民たち。


「セリカ……フェルン……?」


アルヴィンが、幽霊でも見たような顔で呟く。


「森に、封印したはず……なぜ、生きて……!」


私は、ざわめく貴族たちの中を、まっすぐ壇上へと進んだ。取り乱しもせず、声を荒らげもせず。


「お久しぶりです、王子殿下」


「貴様、魔物を……その竜人を連れて、何のつもりだ!」


「魔物?」


私はヴァイスを見上げた。彼は静かに、けれど確かな眼差しで私を見返す。


「この方は、数百年間ひとりで、あなた方が見捨てた民を守り続けてきた守護者です。魔物と呼んで恐れていたのは――あなた方の無知でしょう」


アルヴィンの顔が、赤くなり、青くなる。


「王子殿下。ひとつ、お尋ねします」


私は、静かに問うた。怒鳴らず、ただ、鈴を鳴らすように。


「私が通じていたのは、魔物ではありませんでした。あなた方が見捨てた、民の声でした。――鈴の音は、助けを求める人の音。それを『魔物の誘い』と切り捨てたのは、どちらでしょう?」


静寂。


誰も、言葉を返せなかった。


「どうして……」


崩れ落ちたのは、ロゼリアだった。


「どうして、私が聖女なのに! お姉様は、無能なはずなのに! なんで、なんでこんな……!」


「無能?」


私は、妹を見下ろした。哀れみさえ、少し湧いた。


「あなたは一度でも、あの森の鈴の音を、本当に聞こうとしたことがある? ――助けを求める声を、握りつぶすことに使ったあなたには、聞こえなかったでしょうね」


ロゼリアは、言葉を失い、床に崩れた。


王の裁定は速やかだった。


ロゼリアは偽聖女として断罪され、爵位も名誉も剥奪。アルヴィンは民と王家の信を失い、王位継承権を剥奪された。


私は、指一本汚していない。


ただ――真実の鈴を、鳴らしただけだった。



季節は移ろい、神隠しの森は変わった。


私は、森を管理する新たな領主となった。かつて「死の森」と恐れられた場所は、今や「帰れる森」と呼ばれている。


迷い込んだ者がいれば、私の【鈴音感応】が光を辿り、必ず連れ帰る。もう、誰も泣かせない。


「お嬢様、お茶の時間ですよ! ……って、また森に入り浸って。竜人様が拗ねてますからね」


ミラが呆れたように言う。相変わらずの毒舌と、姉のような世話焼き。グラントたち救出された領民も、今では領地の頼れる住人だ。


「お嬢様が正しかったこと、私はずーっと知っておりましたからね」


ミラは誇らしげに、胸を張った。


森の最奥。神殿の跡地で、ヴァイスが私を待っていた。


呪いの黒い靄は、もうほとんど消えている。月光色の髪が、木漏れ日に揺れていた。


「遅い」


「すみません。ミラに捕まってました」


「……別に、待ってなんか」


そう言いながら、彼の尻尾が嬉しそうに揺れているのを、私は見逃さない。


(そう言いながら、尻尾が嬉しそうに揺れてる。見逃しませんよ。)


「セリカ」


ヴァイスが、そっと私の手を取った。金の竜眼が、少し照れくさそうに揺れる。


その手のひらに乗せられたのは――小さな、銀色の鈴だった。


「これ……」


「お前が、いつでも、俺を呼べるように。鳴らせば、俺は、どこにいても駆けつける」


彼は、ふいと顔を背けた。それでも、耳が赤い。


「この音が聞こえる限り、俺はもう……寂しくない」


私は、鈴を胸に抱いた。前世からずっと、たった一人で聞き続けてきた鈴の音。あれはきっと、この日のためにあったのだ。


「ヴァイス」


「……なんだ」


「これからも、毎日鳴らします。だから――ずっと、隣にいてください」


ヴァイスが、はっと私を見た。そして、数百年分の孤独をほどいた、あの泣きそうな笑みで、頷いた。


「……ああ。もう、どこにも行かない」


りん――。


森に、鈴の音が響く。


もう誰も泣かせない、優しい音が。


その音の続く先に、私たちの物語は、まだ始まったばかりだった。

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