燃え尽き令嬢、好きな人からプレゼントされる
「アーシュ嬢! このブレスレットなんてどうかな?」
「これは……深みのある青玉のブレスレットですか」
「君の瞳と同じ色だと思ってな」
このエルドレッドという少年は、どうしてこうも小恥ずかしいセリフを平然と口にできるのだろうか。
柄にもなく、顔がカッと熱くなる。
贈り物をしようとしてくれる彼の気持ちは素直に嬉しいが、公共の場でその発言はあまりにも気恥ずかしすぎた。
「……ですが、この装飾品、相当なお値段がすると思いますわ」
ここはバーキランス貴族学園周辺でも指折りの装飾品店。客層のほとんどが上級貴族の学生である以上、平民であるはずの彼には、文字通り桁違いの買い物になるはずだ。
プレゼントしたいと言われて入ったものの、やはり早々に退散すべきかもしれない。
「エルドレッド様。もう少し手頃な物が置かれているお店……雑貨屋などに行きませんか?」
「え? これ、気に入らなかった?」
「いえ、とても素敵です。……ただ」
ただ、値段が「極悪」なのだ。
値札こそ無いが、ショーケース越しに見える同デザインの緑玉には、百万リンという数字が躍っている。
実質的に子爵家当主として領地を回している私でさえ、自分への褒美に買うには勇気がいる金額であった。
「だったら買って正解だな。これが記念すべき、俺からの初プレゼントだ」
「…………え?」
今、何と?
彼は駄菓子でも買ったような軽快なテンションで言っているが、もう一度言わせてもらいたい。
これ、百万リンはしますわよ?
「お金……本当に大丈夫なのですか?」
「ん? もちろん」
ケロッと答えているが、平民にとって百万リンは、一年間遊んで暮らせるほどの巨額だ。それを、出会って間もない女に易々と渡せるだろうか。
「こんなに高価な物……いただけませんわ。だって、これ……」
「ああ、値段のことなら大丈夫だぜ。二千リンで売ってもらえたからな」
「へ?」
二千リン?
一瞬、耳を疑った。こんなにも上質な青玉がふんだんに使われ、精巧な細工まで施された逸品が、ランチ数回分の値段で買えるはずがない。
しかしエルドレッドは自信満々に「たまたま安かったんだ」と胸を張っている。
「店員さんもそう言ってるし」
彼が視線を送った先には、宝石商の女性がコクリと、どこか引きつったような、けれど完璧な営業スマイルで頷いていた。
「……もし。このお品物、本当に二千リンでよろしいのでしょうか?」
「はい! 当店で、たまたま、偶然、信じられないほどお安くさせていただいた特別品でございます。……ですが、品質は最高級。巨匠ブルカーの手による直接の逸品に間違いございません! ぜひ、パーティーの際にはシャンデリアの光の下で腕を通してくださいませ。幻想的な光が乱反射し、それはもう……素晴らしいことになりますので!」
「ほらな」
横でエルドレッドがウィンクをした。……店員の説明を聞けば聞くほど、絶対に二千リンになどならない代物だと確信が深まる。
「エルドレッド様……いったいどんな手品を使ったのですか?」
「それはもちろん、『誠意』だぜ」
「誠意だけで資産価値が数百分の一に大暴落するなんて、経済学の講義でも聞いたことがありません」
「ははは! でも俺はその誠意だけで、一度は君を口説き落とした男だからな」
「二回目は振りましたけれどね」
「ぐっ……」
エルドレッドの顔が分かりやすく歪む。
そう、実は前回。彼の二度目の告白に対し、私は「まずは友達から」と答えて振っているのだ。
――なぜ振ったのか?
もちろん、知り合って間もないという理由もあるが、一番は貴族と平民の「貴賤結婚」という壁の厚さを知っているからである。
「……私は貴方を振りました。ですが、それは……その。貴方に対してだけは、『真剣』に向き合いたいと考えているからです。ですから、私のために金銭的なご無理はなさらないでください」
今の私では、彼と対等な立場で添い遂げる準備ができていない。『適当』に生きるなら、今すぐ恋人ごっこを始めてもいいだろう。
けれど――私は、彼が好きだ。
初めて本気で大切にしたいと思った人に、不誠実な真似だけはしたくなかった。
「……分かった。金銭的な無理はしないと誓おう。だから、このプレゼントは受け取ってくれるか?」
「…………ありがとうございます」
正直に言えば、嬉しくないわけがないのだ。
これまでの人生で手にしてきたどの装飾品よりも美しく、そして何より、「誰かからの純粋な好意」で贈られた初めての宝物なのだから。
おまけに、私の瞳に合わせたという、乙女なら誰しも憧れる甘い言葉のトッピング付き。
「やっぱり似合うぜ、アーシュ嬢」
「……う、嬉しいですわ」
頭から湯気が立ちそう。
好きな人からの贈り物というのは、こんなにも心を温かくするものだったのか。
(一生、このブレスレットを大切にしよう……)
そっと心に誓いながら、私は彼のエスコートに従い、行きつけだという喫茶店へと向かった。




