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燃え尽き令嬢、適当に生きていく


「お目覚めになられましたか?」


 私の問いかけに、病室のベッドに横たわるブラクが、気だるげに瞼を持ち上げた。


「ここは……」


「医務室です。貴方が私に飛びかかってきたので、思わず殴り飛ばしてしまいましたわ」


「貴様……! こんなことをして、ただで済むと――」


「思っておりませんわ。ですから最後に、ダンスパーティーの日に言えなかったことを言いに参りましたの」


 ブラクが何か言い返そうとしたが、腫れ上がった頬が痛むのか、言葉を飲み込んで顔を歪める。おかげで、私は最後まで自分のペースで話すことができそうだ。


「三年間……私は、貴方が好きでした」


「……え?」


 虚を突かれたように、ブラクが動きを止める。私は溢れ出しそうになる感情を抑え、淡々と、自分に言い聞かせるように続けた。


「貴方が好きだから、貴方の望む通りの女性になりたい。そう思い続けてきました……」


 三年前、貴方が「綺麗だ」と言ってくれたドレスを大切に着続けたのも。

 「化粧の濃い女は下品だ」と聞いて、お洒落を控え続けたのも。

 「金が必要だ」と言われるたび、寝る間を惜しんで領地を動かし、工面し続けたのも……全部。


「貴方に……好きになって、欲しかったからです」


 目元が熱くなる。けれど、ここで泣くわけにはいかない。私は決めたのだ。もう、この男の前でだけは、絶対に涙を見せないと。

 私を「相応しくない」と切り捨てた男に、これ以上、自分の心を支配させたくないから。


「だからこそ……貴方が別の女性を選び、私を裏切ったことを、私は一生許すことができません」


「………………」


 ブラクは、三年ぶりに見るほど大きく目を見開いていた。いつものように怒鳴ることも、馬鹿にするような鼻笑いもしない。ただ、私の言葉を、呆然と聞き入っている。


(もっと前に、こうして向き合えていれば……。いいえ、もう遅いわね)


 時計の針は戻らない。私は捨てられ、彼は巨額の負債を負う。積み上がった不誠実の代償は、もう誰にも変えられないのだから。


(さようなら、私の初恋の人)


「……今は、本当に好きな殿方ができましたの。私を尊重し、心から優しくしてくださる、素晴らしい方ですわ」


「……アーシュ」


 私は椅子から立ち上がり、呆然と私を見上げるブラクへ、静かに頭を下げた。


「ブラク様。三年間、私の婚約者でいてくださり、ありがとうございました。……これからは、ただのクラスメイトです。お大事に」


 そう言い残し、私は踵を返す。

 もう、涙腺が限界だった。私は元婚約者――もとい、クラスメイトの返事を待つことなく、響く足音に集中しながら病室を後にする。

 白一色の廊下をカツカツと早足で歩き、出口が見えたところで、私の好きな人が壁に背を預けて立っていた。


「エルドレッド様……」


「よ。アーシュ嬢」


 軽快な彼の声が、今は何よりも心地いい。頬を伝った一筋の涙を制服の袖で拭い、私は精一杯の笑顔を彼に向けた。


「……スカッとしましたわ!」


「よっしゃ。じゃあこの後、学園近くの喫茶店街でデートなんていかがかな?」


 ルビーの瞳でウインクする少年の顔を見るだけで、心がポカポカしてくる。


「ふふ、いいですわね。でも、一度寮に戻らせていただきますわ。顔がぐちゃぐちゃになってしまいましたもの」


「もちろん。いつまででも待つよ」


 相変わらずわざとらしい決め台詞。似合っていないけれど、それが今の私には温かい。


「三時間くらい待ってくださる? 久しぶりに、私、凝ったお化粧をしてみたいの」


「……ぜ、全然待つぜ。そのくらい」


 分かりやすく引きつった笑みを見せるエルドレッドに思わず吹き出してしまう。


「ふふ、冗談ですわ。三十分で戻りますから、待っていてくださいね」


「ああ、ずっと待ってるよ」


 私は歩き出す。

 ここから先は、誰かのためではない、私のための道だ。

 自由奔放に、そしてどこまでも誇り高く――私は『適当』に、生きていく。

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