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燃え尽き令嬢、焼き切れる

「こっちへ来い、子爵令嬢」


「いいえ、彼女は壁際で休むところです」


「いや、俺と踊る」


「私が水を飲ませます」


 右へ、左へ。

 オスワルド公爵とエルドレッドの口論は、もはや誰にも止められない領域に突入していた。

 私は完全に二人の男の間に挟まれ、ぐるぐると行ったり来たりを繰り返している。ドレスの裾が遠心力でバサバサと音を立てるほどだ。


(……目が回る! というか、おかしいでしょう!?)


 ただの平民である給仕が、国のトップである公爵にここまで楯突いているのだ。普通なら周囲の近衛兵や他の貴族が止めてもいいはずなのに、なぜか全員が遠巻きに青ざめているだけで、誰も止めに入ろうとしない。

 オスワルド公爵も公爵で、相手がただの給仕なら権力で黙らせればいいものを、大人気なく挑発に乗って言い争いを続けている。


「いい加減に――」


 私が耐えかねて声を上げようとした、まさにその時だった。


「――その辺りにされては如何ですか。オスワルド卿。そして……そこの『給仕』殿も」


 鈴を転がすような、けれどよく通る冷ややかな声がフロアに響き渡る。

 その声に、オスワルド公爵の動きがピタリと停止した。

 人垣が割れ、そこから歩み出てきたのは、一人の少年。

 見覚えがある。城門の前で、気圧されていた私に「堂々と臨めばいい」と声をかけてくれた、あの大人びた少年だ。


「……エリュゼスか。相変わらず可愛げのないガキだ」


 オスワルド公爵が、不満げに舌打ちをする。

 少年――エリュゼスと呼ばれた彼は、騒ぎの中心に立つと優雅に一礼した。


「この舞踏会の主催殿が、一介の給仕相手に熱くなられるなど珍しい光景ですね。ですが、あまり令嬢を振り回されては、オスワルド家の名折れかと。……それに、その令嬢は酷くお困りのようだ」


 エリュゼスは言葉巧みに、そしてオスワルドのプライドを傷つけない絶妙なラインでなだめていく。

 その隙を突いて。


「っ……!」


 ぐいっ、とエルドレッドが強い力で私の腕を引く。

 公爵の手から解放された私の背中は、そのままこの男の広い胸板へとぶつかる。彼は私の腰に腕を回し、自分のテリトリーに収めるように、もう離さないとでも言うかのように抱き寄せた。


「エ、エルドレッド様!?」


 背中に彼の硬い筋肉が押し付けられ、思わず顔が熱くなる。そんな私の動揺には気づくこともなく、頭上からボソリとーー


「……助かった」


 頭上から聞こえたエルドレッドの呟きは、いつものおどけたものではなく、ひどく低く、とても深い響きだった。

 そんな私たちを見て、エリュゼスは静かに微笑む。


「先ほどは名乗らず失礼いたしました、フィルミナス嬢。改めて自己紹介を」


 少年は胸に手を当て、全貴族が見守る中で堂々と名乗る。


「僕は、エリュゼス・リサンドルティア。……リサンドルティア公爵家の三男です」


(リサンドルティア、公爵家……!)


 オスワルド・グランフィザード公爵家と双璧をなす、四大公爵家の一つ、リサンドルティア公爵家!?

 その令息が、今、目の前に現れた少年だと言うのか!?

 しかし、私の驚きはそれだけでは終わらなかった。

 少年の姿を、改めて真正面から見つめる。

 月光を紡いだような黄金の髪。そして、燃え盛るような真紅の瞳。

 その色彩は、今まさに私を背後からガッチリとホールドしている『平民の給仕』と、鏡写しのように酷似していたのだ。

 エリュゼス・リサンドルティア。

 リサンドルティア公爵家の三男。

 ……三男?

 その瞬間、私の脳裏に、貴族学校で習ったはずの『四大公爵家の家系図』がフラッシュバックした。

 長男は既に次期当主として政務に就きながら、『剣聖』としての武勲を国中に知らしめている。三男は目の前のエリュゼス。

 ならば、リサンドルティア公爵家の『次男』の名は。


(……まさか)


 私の右手首には、先ほどオスワルド公爵が『リサンドルティア公爵が妻に贈った伝説の宝玉』だと言い当てた、二千リンの『蒼穹の青玉』が光っている。

 そして、私の背中には、金髪赤眼の男。


『値段のことなら大丈夫だぜ。二千リンで売ってもらえたからな』


 あれは、本当だったのか?

 やっぱり……どう考えたって、嘘なんじゃないのだろうか。

 点と点が線として繋り、恐ろしい図を描いていく。

 リサンドルティア公爵家の次男。

 その存在は有名なのに、いったいどこで何をしているのかの情報は全く表に出てこないお方。

 その男の名前は――。


(……エルドレッド、リサンドルティア……)


 背後にいる男の正体。

 誰かから聞いた訳じゃない。けれど、目の前の少年と、背後にいる彼、そしてこの手にはめられた青玉が、この予想を確定づけているようにすら感じさせた。


(いや、でも……そんな)


 エルドレッドは自身のことを平民だと言った。

 どうして?

 公爵家令息が平民を語る理由なんてあるのだろうか?もしあるのなら、それはいったいどんな理由なのだろう。


(本当は……何者なの? エルドレッド様……)


 今度は私の思考回路がぐるぐると回り、


(分からないよ……)


ーーそこで、完全に焼き切れたのだった。

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