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燃え尽き令嬢、綱になる

「……これは、何のつもりかな? 『給仕係』くん?」


 オスワルド公爵の金の瞳が、極低温の殺気を孕んで細められた。

 差し出した右手にシャンパングラスを握らされ、ダンスを物理的に阻止されたのだ。並の人間ならその視線だけで心臓が止まっていてもおかしくない。

 けれど、目の前の給仕――エルドレッドは、不敵な笑みを崩さなかった。


「いえ。オスワルド公爵殿が、どうにもお疲れのご様子に見えましたもので。一休みされては如何ですか? ……失礼ながら、公爵殿ももう“お若くない”のですし」


「…………っ!?」


 私の心臓が、今日一番の跳ね上がり方をした。

 言った。この男、言いやがった。

 この国の頂点に立つ男に向かって、「老いぼれは引っ込め」と言っているようにも聞こえる皮肉を、給仕の仮面を被ったまま投げつけたのだ。

 二人の間に流れるのは、もはや火花どころではない。物理的に空気が爆ぜそうな、濃密な殺気。


「平民の『姿』で、ずいぶん強気だね。これだからモテない男はいけない……」


「公爵様は、モテるための若作りも程々にされたほうがいいかと……」


「ハハハ……」


「フフフ……」


 二人ともニコニコしている。けれどその目にはどす黒い何かで染まっている。


(まずいわ。このままじゃ、エルドレッド様が不敬罪で細切れにされてしまう……!)


 私は顔面蒼白になりながら、エルドレッドを見つめる。けれど当の本人は、自分の寿命が光の速さで削れているのも気付かず「女遊びするなら歳を考えていただかないと……」などと貴族なら目玉が飛び出る発言をしていた。

 彼は平民だから、多少貴族の上下関係に疎いのは仕方がないと思っている。だからこれまでも私がフォローすればなんとかなると思ってきた。

 でも今回は言い逃れが出来ない。もう私がフォローしたところで、どうにかなる域を超えてしまっている気がする。

 良くて国外追放?

 最悪このまま斬首刑!?


(どうしようどうしようどうしよう……!?)


 こうしてパニックになっている私を置いてきぼりにしながら、国のトップと民草が口論していた。


「すでに予約済みの女性を口説くなど、年の功も役に立ちませんね」


「未だに女一人口説けないチェリーくんに、俺の話術を教えてあげようか?」


「大切な人のために、取っておいていますので……」


「ハハハ、青い青い」


「老害に言われましてもね」


 気づけば二人の言い合いはさっきよりも直接的な言葉に変わっていた。


(もう迷っている場合ではないわ!?)


「オスワルド公爵閣下!」


 二人の間に割って入る。心臓はバクバクで今にも破裂しそうだったが、命を繋ぎ止めるためにはもう悩んでいる場合ではない。

 エルドレッドを背中に隠すようにして、オスワルド公爵へ必死に頭を下げる。


「も、申し訳ございません! 彼は、その……私の友人でして! いささか、いえ、かなり失礼な態度をとっておりますが、決して悪気があるわけでは……!」


 必死の言い訳。あれだけ喧嘩腰だったエルドレッドの後で、「悪気はない」なんて無理があるのは分かっているけれど、そう言わざるを得ない。

 するとオスワルドは、私の焦りを楽しむように口角を吊り上げた。


「そうかそうか。悪気はないのか。……ならば許そう」


「本当でございますか!?」


 てっきり良くて出禁、最悪死刑の大失態を犯したと思っていたのに、公爵は意外なくらいすんなり許してくれた。「ありがとうございます!」と頭を下げると、頭上から何故か上機嫌な声が降りかかる。


「俺は寛大だからね。それじゃぁ『給仕係』くん……邪魔だ。平民は平民らしく、さっさとどきたまえ」


「ッ!?」


 その言葉で再び背後から何かが燃え上がる錯覚を覚えた。


「え、エルドレッド……様?」


 恐る恐る後ろへ振り向くと、怖いくらいニッコニコなエルドレッド。今まで見てきた彼の中で、間違いなく一番怒っているだろう。


(でも我慢して!? 処刑されちゃうからっ!?)


「寛大なご配慮、ありがとうございます! では私たちはこれで……」


「おっと、君は待ちたまえ」


「え!?」


 そうしてオスワルドが再び、私の手を取ろうと腕を伸ばす。


「君は、俺のダンスパートナーだろう」


 ……が、その手はまたもや空を切る。エルドレッドが、私の肩を抱いてぐいっと後ろへ引き寄せたからだ。


「彼女にはもうダンスパートナーがおりますので」


「……どうしても邪魔をしたいようだな、エルドレッドくん?」


「給仕として、お客様のことを第一に考えているだけですよ」


「俺に、そこまで取られたくないか?」


「さて、なんのことでしょう……」


 またもや男たちは火花を散らす。社交界の常識が通用しない地獄のレスバがせっかく収まりかけていたのに、気づけば第二ラウンドが始まる。


「退け、この不届き者が! その娘は俺が誘ったのだ」


「お断りですね。彼女は今、喉が渇いているんです。水を運ぶのが先です」


「ならば俺が飲ませてやる」


「公爵殿の注いだ酒など、毒に等しいですから」


 オスワルドが私の右手を取れば、エルドレッドがすぐさまその手首を掴んで取り返す。

 エルドレッドが私を左側に寄せれば、オスワルドが反対側から私の腰を引き寄せる。


「わ、わわわえあ……!?」


(何が起こっているの!?)


 右へ左へ、交互に引っ張られる私。

 片や、褐色の肌に金の瞳を持つ、この国最強の公爵。

 片や、黄金の髪に赤い瞳を持つ、平民代表の給仕。

 周囲の貴族たちは、この異常事態に言葉を失い、遠巻きに凍りついている。

 四大公爵家の筆頭が、一介の給仕と一人の令嬢を奪い合って子供のような喧嘩をしているのだ。明日には間違いなく、国のゴシップとして国中に知らされてしまうことだろう。


(……もう嫌。本当に嫌だ……!)


 平民を目指して『適当』に生きたいだけなのに。

 なぜ私は、こんな場所で男二人の綱引きの「綱」にされているのか。

 二人の睨み合いは深まるばかりで、夜会の華やかなワルツの調べさえ、もはや処刑台のBGMにしか聞こえなかった。

面白かったら⭐︎お願いします。そしたら次がかけます。

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