燃え尽き令嬢、ダンスの手を……
「俺ともぜひ、踊っていただきたいものだな。『高嶺の花』の少女よ」
至近距離で放たれる、有無を言わせぬ王者の波動。
断れば、次の瞬間に私の首が物理的に飛ぶのではないか。本能がそう警鐘を鳴らしていた。
平民を目指す『適当道』に従うなら、エルドレッド以外と踊る気はさらさら無いと断るのだが……。けれど、ここで命を落としては元も子もない。
「……光栄ですわ、オスワルド公爵様」
私は引きつりそうな頬を必死に動かし、精一杯の貴族スマイルで、白い手袋に包まれた彼の手を取る。
「フフ、楽しい夜になりそうだ、フィルミナス嬢」
オスワルドはニヤリと笑うと、絡みつくような仕草で私の手を握る。
こちらの肌触りを確かめるような手つきにゾワリとさせられるが、それ以上に驚かされたのはーー
(……私のことを、知っているの?)
天下の公爵様が、末端貴族の子爵令嬢を知っている。その事実に強い違和感を覚えた。
「お見知りいただき、光栄でございますわ」
「可愛い子は覚えるようにしていてね。さぁ、もっと目立つところで踊ろう」
「は、はい……」
オスワルド公爵……。
かなりの女好きだと聞いていたが、どうやら本当だったらしい。私程度の女にもお世辞を持ってくるあたり、なかなかに見境がなさそうである。
ホールの中心――最も注目を浴びるフロアへと迷いのない足取りで向かう。
彼の褐色の肌と、私の純白のドレス。そのあまりのコントラストに、フロア中の視線が集まるのが分かる。
「おぉ、それはまさか……」
途中、オスワルドの金の瞳が、私の右手首へと注がれた。
「『蒼穹の青玉』とは。見せつけてくれるじゃないか、子爵令嬢」
「……蒼穹の青玉?」
聞いたことがある単語だ。イバラ侯爵夫人ことシアテーラス夫人からも、その名を聞いた気がする。
一体それがなんなのか。私が尋ねるより早く、オスワルドはサラリと、まるで今日の天気でも話すかのように言った。
「リサンドルティア公爵が、その最愛の妻に贈ったとされる宝玉さ。……城一つ買えると言われている奇跡の一品だよ。持ち主曰く、何処ぞの宝飾店に預けたと言っていたが……」
「………………は?」
その瞬間、私の思考は完全に真っ白になった。
宝玉? 城一つ? 公爵の妻への贈り物?
あまりにも突飛で、冗談としても笑えない話だ。実際、エルドレッド様は「二千リン」で購入したと言っていたし、適当に露店で買ったとさえ言っていた。流石の流石に、本物ではないと思う。
(……本物じゃ、ないわよね?)
けれど、もし。もしもこのブレスレットが本物だとするなら。
私がこの夜会で、多くの殿方の目を引いてしまっていた理由は、この財宝のせいだったのだろうか。
そうだとすれば、ドレスに着せられているどころか、私はとんでもない物を身に付けて、適当に壁の花を演じていたことになる。
(……なんてこと。エルドレッド様と『肌身離さず付ける』と約束したから、付けているだけの適当な理由なのに……!)
もはや失礼を通り越して大罪人にされてしまわないだろうか? 本物では無いことを祈るしか無い。
(っていうか待って!? もし本物なら、なんで国宝級の品をエルドレッド様が持ってこれるのよ! ありえないわ!)
こんなのはありえない……と脳内で繰り返しながらパニックを起こしている間に、私たちはホールの中心に到着した。
オーケストラの曲調が変わり、ワルツの開始を告げる。
(あ、お、踊らなきゃ!?)
まだ大混乱中なのだが、ここで公爵に恥をかかせる訳にはいかない。でないと本当に大罪人になってしまう。
「さぁ……レディ」
オスワルドが仰々しい動きで、こちらへ右手を伸ばす。
この手を握れば、ダンスの開始。この国の頂点に立つ男との、絶対に間違えられない舞踏が始まる。
(郷に入っては郷に従え、か……。仕方ありませんわ。不満に思われない程度にステップを合わせて、なんとか切り抜けましょう!)
ぐるぐると回る思考を気合いでどっかに押しのける。
そして私が彼の手を取ろうと、白い指先を伸ばした、その時ーー
「お飲み物を、どうぞ?」
あまりにも聞き覚えのある、けれど今は最も聞きたくない声。
(…………うそ!?)
私はオスワルドの手を取ることができなかった。
何故か?
ーー私へと差し伸べられたはずの、オスワルド公爵の大きな手に、冷えたシャンパングラスが握らされたからだ。
「……これは、なんのつもりかな? 『給仕係』くん?」
「!?」
オスワルドの金の瞳が鋭く細められる。
私は、その隙間に立っていた人物を見て、危うく絶叫しそうになった。
見覚えがありすぎる。
黄金の髪。燃えるような真紅の瞳。
そして、主君であるはずのオスワルド公爵に対し、不敵に口角を上げた給仕姿の男。
「エルドレッド、様……!?」
私がその名を呼んだ瞬間。
エルドレッド様の、燃えるような赤い瞳と視線がぶつかった。彼は笑う。不敵に……。
そしてオスワルドへと向き直すと、少年は完璧な給仕の笑みを浮かべる。
「喉が渇いたのでは無いですか、公爵殿?」
その瞬間気がついた。
エルドレッドの瞳の奥には、明らかな、そして底知れない『怒り』の感情が、静かに燃え盛っている事を。




