燃え尽き令嬢、目をつけられる
グランドボールルームの扉が開かれた瞬間、私は光の洪水に飲み込まれた。
天井を埋め尽くすシャンデリアは、太陽の破片を繋ぎ合わせたかのように輝き、その下で極彩色のドレスが万華鏡のように回っている。
「ではお嬢様、武運を……私はあちらにある給仕用の軽食コーナーで息を潜めておりますので!」
「マキア、貴女ねぇ……まあ、ありがとう。緊張も程々にしなさいな」
この場から逃げるようにホール会場から出て行く使用人に「薄情者め……」と愚痴る。逃げられるものなら私だって逃げてしまいたい。
気合の入った純白なドレスの裾を握りしめ、私は大海原へ漕ぎ出す小舟のように、たった一人で会場へと足を踏み入れた。
(異世界にでも来たみたい……)
大規模なオーケストラが奏でる三拍子のリズムは、寄せては返す波のように優雅で、それでいて心臓の鼓動を急かすような熱を帯びている。
そのメロディに乗る大人たちは皆、過去にメディアや本で見たことあるような重鎮ばかり。
改めて、私ってここにいて良いのかしら?と疑問に思う。
「ーーそんなに固くならなくていいのですよ、フィルミナスさん。今日はただの『お遊び』なのだから」
「……!」
背後からかけられた涼やかな声に振り返ると、そこには扇を優雅に揺らすシアテーラス夫人がいた。彼女は私の装いを満足げに眺めると、悪戯っぽく瞳を輝かせる。
「せっかくのドレスですもの。さあ、あの『鈍感男』を探してみてくださいな。……きっと大喜びするでしょう」
「そんな気がします……」
以前、エルドレッドとデートした日を思い出す。あの日はずっとはしゃいでいたし、今回も嬉しそうにする姿が容易く想像出来た。
「わたくしから見ても、見惚れてしまいそうですわよ? フィルミナスさん」
「シアテーラス夫人まで……。ドレスに着せられているのです」
「ふふふ、それは周りの殿方が真実を教えてくれますわ」
「??」
イバラ侯爵夫人の言った意味が分からず首を傾げていると、シゴデキ使用人のポールがいつの間にか側で待機してくれていた。
「あら、もう行かないとなりませんのね」
夫人はポールに何かを耳打ちされ、少し残念そうに眉を寄せる。
「シアテーラス夫人。私のことは気にせず、先約をご優先下さい」
自分はあくまで彼女に誘ってもらった身。本来では見ることも許されなかった国のトップ層の舞踏会に参加させて貰えただけでも、これ以上ないほどにお世話になっている。
その為、会場の中でまで夫人の手を煩わせるわけにはいかない。
「申し訳ありませんわ。また今度、ゆっくりとお話しいたしましょう。…………それと」
別れ際、シアテーラス夫人は扇で口元を隠しながら、いたずらっぽく囁く。
「あの鈍感男を見つけられたなら、わたくしから特別なご褒美を差し上げますわ』
「あは、それは楽しみです……」
とは言ってみたものの、会場内を見回してみると、人も部屋も無数にある。
(探したくても、この人数の中から給仕一人を見つけるなんて……)
会場にいるのは、何度もメディアに取り上げられるような伯爵、侯爵などの名家の方々ばかり。子爵令嬢という私の肩書きは、ここだともはや透明人間に等しい。
「こんなんじゃ、真面目に探すのが馬鹿馬鹿しくなりますわ」
私は「適当」を合言葉に、なるべく目立たないよう会場の端――いわゆる『壁の花』の定位置を陣取った。そこから全体を眺めつつ、あわよくばエルドレッドが見つかって欲しいと思っていた訳だが。
「そこのお嬢さん。私と一緒に踊ってくれないかね?」
「オホホホ、ご冗談を」
……困ったことになった。
九割の財産を叩いたドレスと、マキアに磨き上げられた肌や髪の毛、そして「場に馴染もうとしない超然とした雰囲気」が、逆に目立ってしまったらしい。
「お一人ですか? よろしければ一曲、僕と――」
「失礼、先約がおりますので」
「これほど眩い光を放ちながら、壁際でくすぶっているのは罪だと思わないか?」
「思わないのでお構いなく」
「……踊ろう。言葉はいらん。君の高鳴る鼓動が、俺のステップに合わせたいと叫んでいるぞ」
「鼓動が高まってしまったみたいなので、向こうで休ませて頂きます」
声をかけてきたのは、どこかの有力な伯爵家の嫡男、凄腕実業家の侯爵令息、更には辺境伯爵家当主が話しかけてきた時もあったが、私は秒で断った。
その後も、何人もの「顔が売れた」男性たちが入れ替わり立ち替わり現れるが、私の答えは一貫している。
「あいにく、待ち人がおりますの」
貴族のマナーとしては、相手の面子を泥塗りにしかねない不作法だ。貴族としてにチャンスを丸ごと棒に振っていると思われるような行為。
けれど、近いうちに平民になろうとしている私にとって、そんな形式美はどうでもいいことだ。私の目的は、どこかでシャンパンを運んでいるはずの「平民」を見つけ出し、監視することだけなのだから。
(どこにいるのよ、エルドレッド様……。本当にお猿さんみたいに、屋根裏にでも張り付いているんじゃないでしょうね)
目を見開くようにして給仕たちの顔を追う。
そんな時ーー
「……見惚れた男たちをことごとく切ってのける『高嶺の花』がいると聞いたのだが、それは君かな?」
「え?」
(なに……!?)
耳元に、低く、そして艶めかしい男の声が響いた。
あまりにも重厚で、聞くだけで全身の産毛が逆立つような圧倒的な覇気。
反射的に振り返った私の視界を、漆黒の礼服が支配した。
「おお……驚いた顔も可愛いじゃないか?」
(この人っ……)
まず目を引いたのは、月光を反射して冷たく輝く雪のような白髪だ。無造作に見えて計算し尽くされたその髪は、気品と威厳の両立をさせている。
そして、その白髪と鮮やかな対比をなす深く陽に焼けた褐色の肌。更には彫刻のように深い目彫りの奥で爛々と輝く、鋭い金の瞳。それらはまるで、暗闇から獲物にかぶりつく大蛇のような不気味さがあった。
「あ、あなた様は……」
私は目の前の男の顔を知らないはずがない。
なにせ、目にする機会は新聞に留まらないからだ。
歴史の教科書に、あるいは「この国そのもの」として語られる男。
今回の舞踏会の主催者にして、四大公爵家が筆頭ーー
「オスワルド・グランフィザード……公爵、様……」
「俺ともぜひ、踊っていただきたいものだな。『高嶺の花』の少女よ」
まさか。
平民を目指して『適当道』をひた走る自分が、この国のトップからダンスに誘われるなんて。
一体なぜこんなことになったのかは理解不能である。
あまりにも不条理で、不適当すぎる展開に、私の思考は完全に真っ白になった。
面白かったら星お願いします。
頑張るモチベになります。




