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燃え尽き令嬢、公爵邸のデカさを知る

 バーキランス貴族学校から魔鉱石の浮力で飛翔する『空列車』に揺られること二時間。

 雲海を突き抜け、魔導エンジンのガコン……ガコン……と重低音が心地よい微睡みを誘う頃、眼下に現れたのは『天界の城』と称されるオスワルド領の全景だ。


「どれだけの魔鉱石を使っているの……?」


 この国の四分の一を支配する四大公爵家の一角、オスワルド・グランフィザード公爵。その本拠地は、人類が持てる技術と魔導の粋を尽くした神秘の巨城だった。

 外壁には高純度の魔鉱石がふんだんにあしらわれ、夕刻の光を浴びて七色に明滅している。それはもはや建物というより、巨大な宝石の山に近い。


「お嬢様、落ち着いてくださいませ。深呼吸ですわ!」


「マキア、貴女の方が過呼吸気味ですわよ……」


 必死に大気中の酸素を取り込んでいる使用人を横目に、巨城と反対側に目を向ける。


(天界の城……ね。確かにかなりの標高だわ……)


 聞くところによると、2000m級の山頂よりも高いところにあるらしいこの場所は、私の生活圏よりも空気が薄い気がする。


「具合が悪くなったら、無理せずすぐに休むのですよ?」


「お、お嬢様こそお気をつけください」


 そんな会話をしながら空列車のタラップを降りた私は、自分の格好を再度確認した。


(これ……大丈夫よね)


 身に纏うのは、ちょうど先週止むに止まれぬ機会があって入手したドレスとブレスレッド。

 ドレスに関しては私用財産の九割――文字通り大散財レベルで誂えた最高級のドレスだ。それは白雪のような純白の生地に、細かな銀細工が流星のように刺繍されている。

 そして右手首には、エルドレッドから贈られた、二千リンの(と本人は言い張る)青玉のブレスレットが晴天の青空のように輝く。


「マキア……私の格好、浮いていないかしら?」


「そこは心配ご無用です。何度みても素晴らしい仕上がりです!」


「灰の妖精か何かだと思われないことを祈るわ」


 髪の毛も白っぽいのに、服まで真っ白になってしまっては、いよいよ灰女という蔑称が相応しく感じられてしまう。


「ハァ……」


 緊張とか心配とかで落ち着く余裕も無いまま進んでいくと、巨人のための門かと見紛うほどに巨大な城門の前に到着する。そこには歴史に名を連ねる有名な貴族たちが、贅を尽くした馬車や魔導車から降り立っていた。


(……場違い。圧倒的に、場違いだと感じてきたわ)


 子爵令嬢という肩書きが、ここでは羽毛よりも軽く感じる。門をくぐることさえ躊躇われるほどに、権力という名の重圧をひしひしと突きつけられ、知らず知らずのうちに私に足は豪華な石畳の上で止まっていた。

 四大公爵家の開く貴族の中の貴族だけが出席を許された世界。そんな場所に現状子爵、未来は平民の私なんかが入っていい訳がない。

 現在も平民なのに平然と給仕係となったエルドレッドは理解の外として、弱小貴族の私まで何をしているのか……。

 ハァ……と二度目の小さなため息をついているとーー


「――入らないのですか? フィルミナス嬢」


 不意に背後から、鈴を転がすような、けれどひどく落ち着いた声がした。

 驚いて振り返った私は、危うく声を上げかける。


「え!?……エルドレッド、様?」


 いいや、違う。

 そこに立っていたのは、見覚えのある黄金の髪と、燃えるような真紅の瞳を持っていたが、顔つきは大分幼い少年だった。

 年齢は十三歳ほどだろうか。背丈も私の顎のあたりまでしか無い。


(でも、あの人よりもずっとしっかりしてそうだわ……)


 エルドレッドによく似た面差しをしていながら、その佇まいは北極星のように冷たく静かだ。

 子供特有の幼さは微塵もなく、仕立ての良い礼服を完璧に着こなしている。


「えっと……ごめんなさい。あまりの光景に気圧されて、少しばかり立ち止まってしまったの」


 こちらが正直に白状すると、少年はわずかに目を細めた。その所作一つとってもエルドレッドの自由奔放な動きとは対極にある、完成された美しさだ。

 少年はクスッと大人びた表情で笑うと、


「無理もありません。この城は人の虚栄心を煽るように設計されていますから」


 とフォローしてくれる。何て気のきく子供なのだろうか。

 すると少年は私の右手……青玉のブレスレットに視線を向けると、反射光が目に入ったのかスッと目を細めた。


「ですが、貴女様も十二分に美しいと思います」


「え!?」


 少年は一歩前へ出ると、私の顔を真っ直ぐに見る。


「貴女も、鏡をご覧になれば分かるはずです。外見の存在感であれば他の貴族に決して負けていないと。……ですから、堂々とこの舞踏会へ臨めば良いでしょう。貴女を貶められる者など、ここには一人もおりません」


「き、君……」


 ……十三歳。本当に十三歳なのだろうか、この少年は。

 あまりにもキザで、それでいて説得力に満ちた言葉に、私の頬がわずかに熱くなる。

 いや!

 いやいや!

 こんな年下の子供に何ときめいているんだ、私!? 正気になれ!!


「気を遣わせてしまいましたわね……」


 けれど、その言葉のおかげで、不思議と肩の力が抜けていくのが分かった。


(……そうですわ。財産の九割も使って、こんなに素敵な魔法をかけてもらったのですもの)


 ここで縮こまっていては、家計を支えてくれた領民たちにも、このドレスを縫い上げた職人にも失礼というものだ。


「……ありがとうございます。少し、目が覚めましたわ」


「それは良かったです。……では、良き夜を」


 少年は優雅に一礼すると、まるで影に溶けるように群衆の中へと消えていった。


「あの子……何者なのかしら」


 その問いに答えてくれるものがいない。

 私は大きく一度、深呼吸をする。

 正しくある必要も、高潔である必要もない。私は、私のやり方で行こう。


「行きましょう、マキア。……せっかくの公爵家の夜会ですもの。適当に楽しんでやりましょう!」


 私は青玉のブレスレットにそっと触れ、一歩、光り輝く巨城の中へと踏み出した。

応援よろしくお願いします!

⭐︎とか付けてくれると続きを書くエリクサーになります。

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