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燃え尽き令嬢、イバラ侯爵夫人から誘われる

「……不徳だなんて、滅相もございませんわ。私の方こそ、感情に任せた物言いをしてしまい、申し訳ありません」


 深く頭を下げたシアテーラス夫人を慌てて制し、私はようやくソファに深く身体を預けた。

 背後で固まっていたマキアも、ようやく呼吸を再開したようで「ひぇぇ……」と小さく情けない声を漏らしている。

 張り詰めていた空気が霧散し、サロンには再び、使用人たちの明るい足音と、最高級の茶葉が躍る香りが満ち始めた。


「ふふ、貴女のような面白いご令嬢に会ったのは、本当に久しぶりですわ。……さて、フィルミナスさん。改めて、本題に入ってもよろしいでしょうか?」


「わ、私はただの子爵令嬢です! そんな、敬って頂かなくとも……」


 夫人の態度は先ほどまでのフランクな喋り方から一変。まるで私の方が階級が上だとでも言うかのように丁寧な話し方へと変わっていた。


「わたくしはフィルミナスさんを淑女として、そして未来の指導者としての資質を感じたのですわ。ならば、敬うのは貴族としての礼儀です。どうか、この身勝手な敬意を許して頂けませんか?」


「そ、そんな……私……」


 これから平民に嫁いで貴族を辞めようとしていると言うのに、なんだか申し訳ない気持ちになった。しかし、これ以上こちらが遠慮するのは逆に相手への誠意を欠いてしまう……。

 私は仕方なく、遥か上位の存在である侯爵夫人からの敬意を受け入れることとした。


「わかりました……。本題とは、一体どのようなお話でしょうか?」


「突然のお話になってしまいますが」


 夫人は悪戯っぽく目を細め、机の上の呼び鈴をチリンと鳴らす。ガチャリ……と示し合わせたみたいに即座に廊下の扉が開き、執事であるポールが夫人に手紙を手渡した。

 その一連の所作に宿る威厳。先ほどまでの「慈愛の顔」から、再び「社交界の支配者」としての温度が宿る。


「わたくし、折り入ってお願いしたいことがありますの」


 『イバラ』の手に握られている封書は明らかに最高級の紙を使っていた。一眼見て、その手紙が上級貴族の関わるものだと分かる。


「……はい。私にできることであれば」


 いったい何を頼まれるのか、若干の緊張を感じつつ頷く。


「一週間後、フィルミナスさんはご予定がありまして?」


 一週間後。ちょうど学園の講義が夏季休暇に入る時期だ。


「特に予定はございません……。領地の帳簿を適当に整理して、あとは……そうですね。エルドレッド様とお会いできたらいいなと思っているくらいでしょうか」


「あら、それは丁度いいわ」


 夫人はその手にあった金模様の封書を私に手渡す。


「ご覧になって下さいな」


「……は、拝見いたします」


 大仰なまでに豪華な模様があしらわれた封書を開けると、中には招待状と思わしき紙が出てきた。


「その日、オスワルド公爵様が主催する舞踏会が開かれますの。リサンドルティア公爵家と並び、この国の双璧をなす公爵家ですわ。……いかがでしょう、わたくしの『友人』という立場で参加してみる気はありませんか?」


「……えっ」


 心臓が嫌な音を立てた。オスワルド公爵。

 先ほどの夫人の言葉を借りれば「この国を傾けられる」レベルの権力者だ。そんな場所、どう考えても平民を目指して『適当』に生きようとしている私が行くべき場所ではない。


「……せっかくのお誘いですが、謹んで辞退させていただきます。私のような子爵令嬢が、公爵家主催の夜会など……壁の花にすらなれず、枯れ果ててしまいます」


「ふふふ……あら、勿体ないですわ。美味しいお菓子もたくさん出るし、何よりわたくしの『友人』としてなら、誰も貴女に無礼は働けないでしょうに?」


「いえ、それでも……。適当に領地で質素堅実な仕事をしている方が、私にはお似合いです」


 首を横に振る私に、夫人はくつくつと喉を鳴らして笑った。まるで、こうなることを予見していたかのように。


「そう。……残念ですね。実はこの舞踏会、会場の給仕係として非常に優秀な『平民の青年』を一人雇ったのですけれど」


 給仕係。平民。

 そのワードに、嫌な予感が脳裏をよぎる。


「……あの、その方のお名前は、もしや」


「ええ。エルドレッド、と言ったかしら。わたくしの知り合いのツテでね。彼が『どうしても経験してみたい夜会があるんだ。立ち振る舞いには自信があるから、給仕としてねじ込んでくれ』と頼まれてしまいましたの」


 オホホホ……と笑う夫人。

 その言葉を聞いて私はーー


「…………は?」


 思わず素の声が出た。

 あの男。あの、「平民」の男は、一体何をしているんだ。

 公爵家の夜会に、給仕として参加?

 昨日まで「アーシュ嬢、お腹すいたから適当に露店で買い食いしようぜ!」とか言っていたあの口で、何を企んでいるのか。


「……あの、エルドレッド様が、給仕に?」


「ええ。彼ならきっと、素晴らしい手際でシャンパンを運ぶでしょうね」


 なんなんだ、彼は。

 行動力があるとかを通り越して、もはや無謀である。


「エルドレッド様……どうしてそんなことを……」


 動揺が隠せず声を震わせていると、夫人は右手を頬に当てながら少しわざとらしいため息をつく。


「……ああ、でも心配ですわ。あんなに見栄えのいい青年ですもの。どこかの貴婦人に目をつけられて、裏の部屋に連れ込まれかねませんわね……」


 …………。

 ……嘘だ。

 絶対に嘘だ。

 あの男がそんな目に遭うはずがないし、そもそもこのイバラ侯爵夫人がそんな「心配」を本気でするはずがない。

 けれどーー


「…………行きます」


 この口は勝手に応じていた。

 勘違いしないでほしい。別に心配とか、そう言うわけじゃないのだ。


「あら、気が変わったのかしら?」


「ええ。……あの男が、公爵家の夜会でどんな粗相を仕でかすか、監視しなくてはなりませんから!」


 そう。これは監視。

 自由奔放な彼のことだ。公爵の前でいったい何をやらかすか分かったものではない。

 決して女性に言い寄られるのが心配とか、そんな俗っぽい理由ではない。別にエルドレッドが女性服のお店に詳しかったり、宝飾店で特別対応されていることに貴族令嬢の影が見えて気になっているとかそんなんじゃないし。


「シアテーラス夫人にご迷惑をおかけしないよう、精一杯見張らせていただきます!」


「ふふふ……心強いですわ」


 私は、震える拳を膝の上で握りしめた。

 絶対に見張ってやる。給仕のフリをして、適当に女性客をナンパしているに違いないあの「お猿さん」の背後を!


「決まりましたね。……一週間後、楽しい夜になりそうですわ」


 夕日に照らされた夫人の笑顔は、やはりどこか『茨』のように鋭く、そして愉快そうに輝いていた。

面白かったら高評価お願いします!

次の話を書く気力になります⭐︎

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