閑話 エルドレッドと薔薇の姫の会合
「……で、大切なデート中の俺を呼び出して、何の御用だよ。『薔薇の姫』」
喫茶店の個室、大声で叫んでも外に音が漏れない最上級の防音材を用いたわたくし達の集会所だ。
わたくしの事を『薔薇の姫』と呼ぶ黄金の髪色を持つ少年は、不機嫌そうに血の如き赤い瞳をこちらへ向ける。
「人の命がかかっているのに、デートを優先されては困りますわ。エルドレッド・リサンドルティア公爵子息様」
「人の命ねぇ……。オスワルドの野郎でも死んでくれたか?」
「お戯れを……。仮にも四大公爵家の訃報など、軽々しく願うものではありませんわ」
「じゃあ何があった? 早く戻らないと、アーシュ嬢の好感度が刻一刻と下がっているんだが……」
彼が今日、この集会場を訪れると聞いていたから急いで報告しにきたと言うのに、何とも雑な態度である。
そういうところも含めて、改めて他のご兄弟達とは違うなと実感する。
「急ぎのご報告が二つ、別件で一つご用件がありますわ」
「サクサクいこう。アーシュ嬢を待たせたくない」
「確か、フィルミナス家のご令嬢。なぜ彼女をお慕いされているのでしょうか?」
「なんでか? あ〜、なんか頑張ってるところとか、誰にでも優しそうなところ……。あと胸がでかいところかな!」
少し、問いを投げかけたことを後悔しつつ、ひとまず報告に入る。
「……左様ですか。彼女の婚約者を奪った令嬢……フローレンス家ですが、やはり黒だったようですわ」
「へぇ……。オスワルド傘下の可能性は?」
「諜報部隊を使用人に紛れ込ませましたが、その可能性は極めて薄いとのことです」
「だったら野盗の襲撃に見せかけて誘拐しとけ。情報は聞けるだけ聞き出して、改心しなさそうだと判断したら殺して良い」
まるでゴミを捨てるかのように、感情のない指示。たった17そこらの年齢の少年が、どうしてここまで冷徹な判断を下せるのか、わたくしには理解できない。
わたくしの矜持にかけて、できる限りの改心をさせる事を決意しながら、彼に対してうなづく。
「承知致しました。もう一件は『毒裁公』によってフーマン伯爵、オードギー伯爵、アレクマン子爵が他界されました」
三人もの貴族が毒殺された。
わたくしは彼らの顔も覚えているし、談笑した記憶もある。そんな知り合い達がもうこの世にいないという事実は、半世紀以上生きていても慣れることはない。
だというのに、目の前の少年は違う。
「先を越されたかー」
「はい?」
「俺がぶっ殺してやろうと思ってたんだがな、さすがは『毒裁公』。手が早い……」
少年の真紅に輝く瞳は、冥府へ行った三人を見ているのか、はたまた恐怖の毒裁公を思っているのか……。
わたくしはこの男が恐ろしい。人前では誰よりも明るく、とぼけた振る舞いをするくせに、いざ政治のこととなると平気で人の命を奪う。
(兄と弟様が“人を生かす”のに対して、彼は“人を殺す”ことに長けたお方ですわ)
政とは必要なものを生かし、不必要なものを削っていくことで成り立っている。その意味ではエルドレッドの存在は必要不可欠と言えるだろう。
しかしーー
「フィルミナス家の御息女は、貴方様のそのような一面を見られたら、どう思うのでしょうか?」
わたくしだったら逃げ出してしまうだろう。これほど恐ろしい少年と、毎日同じ床で眠ることなど想像もしたくない。
するとエルドレッドはニヤリと笑う。
「彼女は側にいてくれるね」
「どうしてそこまで自信があるのでしょうか?」
「明日にでも会ってみたら良いさ。俺が一目惚れした理由が、分かるだろうぜ」
にわかには信じがたい話だ。
イバラ侯爵夫人という二つ名で知られるわたくしでも畏怖するこの男を、ずっと側で御せる女などいるのだろうか。
いったいどんな少女なのだろう。強く、気高い女の子? どこまでもお淑やかで、常に冷静沈着な乙女?
「では明日、特別講師として拝顔いたしたく思います」
少年はくつくつと笑う。
「ああ、その時は俺もいると思うが、くれぐれも畏まるなよ? 学校では平民ってことにしてるんで」
「承知致しました」
「で、別件っていうのは何だ?」
「実は、先日ザクオラで野盗討伐していただいた件、町長からどうしてもお礼させてほしいと申し出がございました」
「おお〜、あそこの胡桃は美味いからな、是非とも会わせて貰うぜ」
「もしこの後お会いになるお時間があるのでしたら、そのままここへお通し致しますわ」
本来、公爵家の子息と小さな町の長が面会など許されない。身分が違いすぎる上に、平民が貴族の領地へ足を踏み入れること自体そうそう許される事ではないからだ。
しかし、エルドレッドについてのみ、そのような規制は外される。
ーーなぜなら彼は、平民としてこの場にいるのだから。
「あの町長、来てくれたのか……。もう良い年だろうにありがてぇな。アーシュ嬢には申し訳ないけど、もう少し待ってもらおう。町長をここへ招待してくれ」
「承知しました」
そうしてわたくしは喫茶店の一室を出る。町長にはこの店の裏口近くにある噴水で待つよう伝えてある。
「アーシュ・フィルミナス……どんな娘なのか、気になってきたわね」
あの恐ろしい少年が惚れ込んだ女。両親を失い、たった一人で領地経営を行っているという経営手腕は聞いたことがあった。
果たして彼女は、領地のみならず狂気の支配者すらも手懐けてみせるのか……。
わたくしは自然と口角が上がったのだった。




