燃え尽き令嬢、一線を越えかける
「さあ、認めていいんだぜ? 俺の女になりたいってな!」
「……まるで悪役のようなセリフですわね」
「た、確かに……」
私のツッコミに、ニエラが思わずといった風に同意した。けれど、当のエルドレッドは悪役呼ばわりされても、どこか嬉しそうに笑っている。
「言ってみたかったんだよな、この言葉」
「言われる日が来るとは思いませんでしたわ」
ゲンナリとした気分で目の前の男を睨みつけると、彼の方からグイッと、逃がさないと言わんばかりに顔を近づけてきた。
「で? 恋人になってくれるのか?」
「………………」
本心を言えば、嫌なはずがない。それどころか、こうして彼がまだ真っ直ぐに好きでいてくれることが、嬉しくて堪らないのも事実だ。
けれど、そう簡単に頷けない事情もある。婚姻関係になれば十中八九、私が爵位を捨てて平民落ちするだろう。
だが、悲しいことに私の家事能力は、現状「ゼロ」に近いのだ。
(妻が家事すらできないなんて、遅かれ早かれ愛想を尽かされてしまうわよ……)
だから、待ってほしかった。私が一人前の「平民の妻」になれるまで。立派に暮らしていけるようになるまで。
だというのに……。
「なんでそんなに、関係を急ぎたがるのですか!?」
「それは当然、好きだからだ」
「好きならば、その……私のペースに合わせてくださいませ」
「無理だな」
「なぜですの!?」
「体が勝手に動くんだよ」
この脳みそお猿さんが!
どうして彼がこれほどまでに「恋人」という形に拘っているのか、今の私には理解できない。エルドレッドのことは好きだが、今の距離感も十分に心地いいと感じていたから尚更だ。
「そもそも、そこまで恋人に拘る必要はないでしょう? 私たちはまだ学生ですし……」
「恋人になりたい理由が、どうしても知りたいって?」
「そう、ですわね……」
するとエルドレッドは、虚空を見つめて真剣に考え込んだ。どうせ深い理由などないのだろうに、「なんて言ったもんかな」と一人で悩んでいる。
「アーシュ嬢」
「……なんですの」
「俺は、君の顔が最高に好きなんだ」
「はぁ!?」
「もちろん性格も最高だ! でも……なんと言えばいいんだ? とにかく、その顔が、もう、たまらなく好きなんだよ」
「つまり……外見が好みなだけ、ということですか?」
結局、この人も外見で選んでいるだけなのか。そもそも一目惚れだと言っていたのだから、外見を好かれている自覚はあった。それは誇らしかったし、私自身、彼の顔がドストライクなのだからお互い様だとは思う。
――けれど。
(……中身を見てもらえていないのだとしたら、少し悲しいわ)
もし仮に、以前のような「灰女」と蔑まれていた頃の姿に戻ってしまったら。彼は、今の熱情を嘘のように冷まして、私を捨てるのだろうか。
そんな「もしも」を想像しただけで、目元が熱くなる。
「違う、違うぞ! そういうことが言いたいんじゃなくてだな……」
私の曇った表情を見て、エルドレッドが慌てて首を振った。
いつも飄々として、明るくて、実はとても優しい私の好きな男の子。
そんな彼が、何かを決心したようにコホンと咳払いをした。「仕方ねぇか」と、覚悟を決めたような小さな独白。
「自分でも変だって分かってるんだ。……でも、アーシュ嬢の顔を見ていると、好きだって気持ちが……なんて言うか、溢れてくるんだよ」
「……え?」
いつの間にか、エルドレッドの体が私のすぐ目の前まで迫っていた。彼の顔が、触れそうなほどの距離にあるという事実に、心臓がドクンと音を立てる。
「この顔が……好きでたまらねぇんだ。欲しくて……堪らなくなる」
彼の大きな手が、熱を帯びた指先で私の頬をなぞる。
燃えるような瞳が、私の心を焼き尽くそうとするかのように、食い入るように見つめていた。
「え、エルドレッド……様?」
指先から伝わる体温が熱すぎて、意識がぼんやりと溶けていく。
「俺は……君の顔を、体を……全部、俺のものにしたくて、たまらねぇ」
ゴクリ……と喉が鳴る。
「……アーシュ、頼む。早く、俺の――」
その目が強く、私を見つめて……。
顔が近づき――。
「場所をわきまえるべきですね。そこのお二人」
ピシャリと、冷たい言葉が降ってきた。
「「!?」」
刺々しく、けれどこの場の熱を一瞬で凍りつかせる重厚な響き。
私は弾かれたようにエルドレッドから離れ、声の主を見上げた。
「――シアテーラス侯爵夫人!?」
そこには、眉間に険しい皺を刻んだイバラ侯爵夫人が、冷徹な視線で私たちを見下ろしていた。




