燃え尽き令嬢、罠にハマる
「増税すべきだわ。そう思うでしょう、ブラク?」
「あ、ああ。クレーの言う通りだ」
頬を引き攣らせながら頷くブラク。しかし、私は断固として首を振った。
「ありえません。そんなことをすれば、金銭的に立ち行かなくなった領民が一揆を起こしますわ」
「そんなだからアーシュさんは、いつまでも貧乏なんですのよ。取れる時に取る。これが富と繁栄を築くための唯一の方法ですのに!」
「……取る前提で考えている時点で、貴女の領地が繁栄することはないでしょうね」
「なんですって!?」
先ほどから議論を重ねているが、私とクレーの意見は悉く食い違う。彼女が愚策を弄しているのは明白だが、ブラクは立場上、彼女に味方しないわけにはいかないらしい。
「ど、どちらの意見も一理あるんだ、クレー。そう熱くなる必要はない」
必死に宥める元婚約者。「一理ある」というのは便利な言葉だ。こちらに九十九の理があっても、無理やり並び立たせることができるのだから。
そこで、エルドレッドが軽やかに提案した。
「だったらよ。二人の意見、どっちの方がいいか他三人で決めるってのはどうだ?」
「いいわ! 当然、わたくしでしょうけどね!」
「エルドレッド様がいうなら……」
と言いつつ、私の口角がこっそり上がる。選ぶのはブラク、ニエラ、そしてエルドレッドだ。ブラクは無理だろうが、他二人は絶対に私の案を選んでくれるだろう。
「じゃあみんな、指を差してくれ。自分がより良いと思った方に」
「エルドレッド殿。選べない場合は、どうする?」
「それなら、どちらも指差さなければいいぜ」
「で、では私は……」
「ブラクはわたくしの案に賛成だよね?」
「……ああ」
大変そうだな……ともと婚約者を見やる。あれが婚約者を捨てて、惚れた女に取り憑かれた男の末路か。
私はため息をつきつつ、「では、指差しをお願いします」と言う。
「わ、わたし……アーシュさんの案に賛成です」
「うぐ……私はクレーに、賛成だ」
ブラクは理性に反する行動への拒絶反応か、指をプルプルと震わせながらもクレーを指した。
傾国の美女に惑わされる愚帝とは、こういう姿を指すのだろう。私はため息をつきつつ、最後の一人、エルドレッドを見た。
「どうされたのですか? そんなにニコニコして」
「ん? いやな……我ながら、うまい作戦だと思ってな」
「うまい作戦?」
「アーシュ嬢!」
「は、はい」
突然声を張るエルドレッド。彼の指はまだ私を差してくれない。
すると何を思ったのか、クレーにも顔を向けて声を張る。
「クレー嬢!」
「……なんですの?」
怪訝な顔をするクレー。私たちの困惑が混じった目で見つめられながら、エルドレッドはまたもあり得ないことを言い出す。
「二人とも素敵だ! どうか、俺と付き合ってくれ!」
「「なっ!?」」
私とクレーの声が、不本意ながらシンクロする。こんな女と同じリアクションなど絶対に取りたくなかったのに、エルドレッドの発言が訳わからなすぎて一緒になってしまったではないか。
「な、何を言っているのですか? エルドレッド様!? あ、貴方はもう……」
私とクレーの声が、不本意にもシンクロした。こんな女と同じリアクションなど取りたくなかったのに、発言が支離滅裂すぎて頭が追いつかない。
(いや、待って……)
はたと気づく。
彼はクレーに振られている。そして、私も先日、彼を振っている。
だから改めて今の状況を客観視すると、振られた女二人に対して、二人とも素敵だからと言って両方いっぺんに告白してきたのである。
――なんなんだ、この男は?
エルドレッドは、せっかくの美貌が台無しなニヤケ顔で――。
「付き合ってくれたらその子を指すぜ?」
とかほざいている。
改めて思う。何を言っているんだコイツ。
「エルドレッド様」
「なんだ? アーシュ嬢」
「もしかして、これがやりたいからこのグループを作ったんですか?」
「半分正解だな」
キラキラとした美しい御尊顔でウインクをキメる大馬鹿者。顔が好みドストライクじゃなかったら、流石の私も殴っていたかもしれない。
「でしたら、何が目的なんです?」
「ナイショだぜ」
「………………」
やっぱり殴ろうかな。少しだけ拳に力を入れたところで、クレーが声を張った。
「ふざけないで下さい。平民のくせに、貴族と付き合える訳ないじゃない!」
「ふざけてないぜ? 本気だ。命だってかけれるぞ?」
「前も言いましたわよね? 平民の方と付き合う気はないと! それに、わたくしはもうブラク様とお付き合いしているのですわ!」
「お付き合い……ねぇ。ブラクは、どう思うんだ?」
エルドレッドの声に、ブラクの体がビクリと震えた。それはまるで、蛇に睨まれたカエルのように。
(二人は面識があったのかしら……)
伯爵子息と平民。接点などなさそうな二人だが、ブラクの怯え方は尋常ではない。
「ど、どう……とは?」
「決まっているだろ。俺が、クレー嬢と付き合うことは、ふざけていると思うか? それとも、『良いこと』だと思うか?」
「ッ!?」
滝のような汗をかき始めるブラクを、エルドレッドはじっと見下ろす。
その瞳の色は、燃える炎よりも赤く、そして氷よりも残酷な色をしていた。
尋常ではない様子に、流石のクレーも心配する。
「ブラク? どうしたの?」
「い、いや……わ、私は……」
「早く答えろよ。ブラク・エバーレンス……」
エルドレッドの声は、まるで別人のように低く恐ろしい。思わず私の体もブルリと震える。
「私は……良いことだと……お、おも、えない」
掠れるような声――まるで死刑場へと向かう死刑囚のような表情で、ブラクは答える。
その言葉にエルドレッドは「へぇ……」となぜかニヤリと笑い、芝居くさい動きで項垂れる。
「残念だ。また失恋か。あとはもう、アーシュ嬢にかけるしかないな」
「私!?」
忘れていた。私も告白のターゲットだった。
「俺は命懸けで告白しているのに、すでに一回振られてしまった」
「え?」
「もし! もう一人……それも大本命の好きな女性にまで振られたら、俺は……死んでしまうだろうな」
「っ!? な、なにを仰っているのですか!」
なんだ、この茶番は!? 命を懸けて告白するなら、場所も方法も考えなさい!
しかし、エルドレッドはなおも続ける。
「ああ……可哀想な俺! 俺を助けてくれるのはアーシュ嬢しかいない。……ブラク、クレー嬢、君たちもそう思うだろ?」
「ア、アーシュ……エルドレッド殿の告白を受けるべきだ。頼む、受けてくれ……っ!」
必死に、縋るように頷くブラク。
「わたくしも同感ですわ! お似合いですわよ? 貴方たち」
面白がってくすくすと笑うクレー。
「わ、わたし……こ、告白なんて、初めて見ました」
あわあわと動揺するニエラ。
「さぁアーシュ嬢。答えを聞こうか?」
私は、悟った。
全てはこの男が、私を外堀から埋めるために仕組んだ罠だったのだと。
さっきまで「私とクレー」の二対二の議論をしていたはずなのに。
気づけば私は、一対四という絶望的な包囲網の中で、エルドレッドの強引すぎる愛の告白を受け止めさせられていた。




