燃え尽き令嬢、ヤキモチを焼く
「嬉しそうですわね……」
私の呆れ顔に、エルドレッドは満面の笑みで頷く。
「好きな女がみんなを虜にしてるんだぜ? 最高の気分さ」
「虜にしているのではなく、悪目立ちしているんです」
私のツッコミも虚しく、彼は上機嫌なまま。全く人の気も知らないで。
……けれど、あんまり真っ直ぐに褒められるものだから、毒気が抜かれて本当に自分が綺麗なんじゃないかと錯覚しそうになる。
「貴方がどうしてそこまで私を高く評価するのか、正直に申しまして不思議でなりませんわ」
「褒める理由、か……。言われてみると、なんでだろうな。勝手に言葉が溢れてくるんだよ」
「一応お聞きしますが、他の女子生徒とも普段そのようにお話しなさっているのかしら?」
エルドレッドは「そうだなぁ」と首を捻った。
「今とあまり変わらないかもな、おそらくだが」
「………………」
つまり、誰にでも「最高だ」とか「女神」だとか言って回っているということか?
先ほどまでの羞恥心とは別の、どす黒い感情が胸を焼く。結局、彼は女なら誰でもよかったのだ。でなければ、女性服の店にあんなに詳しいはずがない。
「アーシュ嬢? なぜ怒っているんだ? 俺、なにか変なこと言ったか!?」
「いいえ。なにも変なことは仰っておりませんわ。……それにしても、随分と淑女の扱いに慣れていらっしゃるのね、エルドレッド様」
「え? そんなことは……」
「きっと、たくさんのご令嬢を口説いて回っているのでしょうね?」
「いや、誤解だ!? 俺は本当に、君が一番可愛いと思っているぞ!?」
「……どうだか」
「ああ……っ!?」
適当な返事をしてやると、エルドレッドは捨てられた子犬のような声を漏らした。けれど、このムカムカした気分は収まらない。
彼の優しさを受けているのが自分だけではないと思うと、どうしてこうも嫌な気持ちになるのか。
「な、なにか欲しいものはないか!? なんでもいいぜ。ええと……あっ、このパンケーキとか美味いぞ!」
「ケーキはすでに食べています」
「ぐっ……」
必死にご機嫌取りをするエルドレッド。机の上には、食べかけのシフォンケーキが置かれている。
捨てられた子犬はそれでもめげずに、「じゃあ、あの紅茶とかはどう?」とか。「ラテアート、やってみない?」とか。
しまいには「肩を揉もうか?」とまで言い出す。
あまりの必死さに毒気が抜かれ、許してあげようかと思った矢先――。
「エルドレッド君、『薔薇の姫』から伝言だよ」
店主が彼に耳打ちした。
(薔薇の姫……?)
聞き慣れない単語に首を傾げると、エルドレッドは露骨に嫌そうな顔をした。
「マジか……。彼女はなんて?」
(彼女……)
『姫』と言っていたので、女性なのは当然か。しかし、ふーん。……なるほど? 女性ねぇ。
「今すぐ会いたい、と言っていたよ」
「あー、これは……やばい感じか?」
「だろうねぇ。確実に」
エルドレッドはわかりやすく私と店主を交互に見る。引き攣った笑みをこちらに向けた後――。
「店主、……あとにしてもらうことは?」
「ご冗談を」
ホッホッホ、と優雅に笑うお爺さん。だが目は笑っていない。
エルドレッドは何かを堪えるように身悶えすると、ガバッと私に振り返った。
「本っっっ当に、ごめん! 三十分だけ席を外させてほしい!」
「他の女性に会いに?」
「くぁwせdrftgyふじこlp!?」
「構いませんわ。紅茶も飲み終わりましたし、私は外で待っております」
「も、もう一杯、紅茶はどうかな!?」
「結構です」
私は立ち上がり、自分の分の料金を机に置いた。途端、顔面蒼白の子犬が私のドレスに情けなく縋り付く。
「待ってくれ! 別にやましいことなんてないんだ!」
「でも、私とのデートよりは大事なのでしょう?」
「それは……そうとも言えないような気がしなくもないが、とにかく君との時間の方が大切なんだ!」
「なのに、その『薔薇の姫』という方に会いに行かれるのですね?」
目に見えて動揺するエルドレッド。一瞬何かを思案するそぶりを見せ、何かを決意したかのように口を開く。
「聞いてくれ。これには深いわけがあるんだ」
「伺いましょう」
エルドレッドはコホンと咳払いして姿勢を正すと、神妙な面持ちで語り始めた。
「実はこの国には闇の組織がいて、奴らから人々を守るため、俺たちは日々戦っているんだ。薔薇の姫はその活動を支援してくれる大切なパトロン。だから彼女と話すことは、巡り巡って国のためにな――」
「外で待っておりますわ」
「ああっ!?」
私はツカツカとヒールを鳴らし、喫茶店の出口に向かった。後ろで子犬の断末魔が聞こえてきたが、もう知らない。
(真面目に聞いた私がバカでしたわ)
本当のことを言ってくれれば、まだ信じる余地があったのに。闇の組織と戦っているだなんて、どこのファンタジー小説の話か。
相手が昔の恋人でも、今の恋人でもいい。ちゃんと話してくれたなら、きっと悲しくても納得するだろう。それなのに、彼は嘘をついたことが、悲しくて腹立たしかった。
(闇の組織と戦ってるってナニよ!)
私が店の扉に手をかける前に、店主がそっとドアを開けてくれる。
「外にお席がございます。そちらにホットココアをご用意しましょう」
そのはにかんだような笑顔は、まさに歩く精神安定剤。
「悪いですわ……わざわざ外まで持ってきていただくなんて」
「構いませんよ。あのお調子者には、私共々いつも助けられておりますので」
結局、昼下がりの温かい風に吹かれながら、私はココアを飲むことにした。絶妙な乳化加減で、甘すぎず落ち着く味である。
「……はぁ。貴族でもないのに、一体どうやってこんな人脈を築いているんだか」
エルドレッドのことを想うと、またイライラしてくる。その度に私はココアを口に含む。
数刻の間、気合いの入り姿ドレス姿で通行人の見せ物となっていると、通りの向こうから不快な叫び声が響く。
「お黙りなさい、汚らしい枯れ木の分際で! わたくしたちを誰だと思っているの!」
見れば、学園の制服を着た二人の令嬢が、痩せ細りボロボロの服を纏った老人をなじっていた。老人の服は泥に塗れており、貴族専用のピカピカに整備された街道では、確かに異質な存在である。
「すみません、すみません! わしはただ、恩人にお礼を言いたくてここに来ただけで……」
あたふたと頭を下げる老人を、彼女たちは冷酷に切り捨てる。
「ご自分の容姿を鏡で見てから仰いなさいな」
「ここは貴族の憩いの場よ! あなたのような穢らわしい存在が足を踏み入れていい場所ではありませんわ!」
――お前はここに相応しくない。
聞き飽きた、傲慢な侮蔑の言葉。
それでも老人は引き下がらなかった。黒ずんだ手には、木の実が入ったカゴが握られている。それは野生のクルミのようで。
「これがお礼? 冗談でしょう。常識がなさすぎるわ!」
「あっ!?」
少女の一人がカゴをはたき落とす。
私の腕よりも細く、か弱い腕では、当然カゴを守り切ることなどできなくて。パッ、と道端にクルミが散らばった。
「ちょっと、ゴミを散らかさないでよ」
「さっさと失せなさい! 掃除してからですけど」
「あ……く、クルミが……」
くすくすと笑う少女たち。健気に、腰を屈めてクルミを拾い集める老人。
そんな光景を前に、誰も口を出さない。ここは貴族の街。平民がどう扱われようと、それが「当たり前」だからだ。
まともな貴族なら、決して関わりを持とうとはしないだろう。
そう。
『ちゃんとした』貴族なら。
「クルミ……落ちましたわよ?」
「へ?」
私は、『適当』な女。
だから、貴族のプライドなんて知ったことではない。ただ「適当」な理由をつけて、目の前の理不尽に物申す。




