燃え尽き令嬢、適当になろうと頑張りすぎる
バーキランス貴族学園の生徒は、近隣の領地――カレンドナ地方とアボドレア地方から集まった子息令嬢たちだ。
私が実質的に管理しているフィルミナス領も、カレンドナ地方に属しており、ドレスを仕立てるファッション商から、その生地となる絹糸を作る養蚕農家まで、服飾産業が盛んに営まれている。
ゆえに、学園周辺の洋服店に並ぶドレスの出自は、見ればおおよそ見当がつく。
「信じられないかもしれませんが、これでもドレスの審美眼には自信がありますの」
「おお! それなら、アーシュ嬢が着ているところを見るのが楽しみだな」
エルドレッドは喫茶店へ向かう道すがら、ショーウィンドウの純白のドレスを眺めて笑った。
「えっと……着るのは、あまり好きではなくて。似合わないので」
ブラクにドレスごと罵倒された記憶が、嫌な手触りで蘇る。
けれど、服そのものは金になるということで、私の目は自然と肥えてしまったのだ。
「そうかなぁ……じゃあ、着てみよう」
「……は?」
エルドレッドがまたとんでもないことを言い出す。散財はしないと約束したばかりなのに。
「ドレスは高価です。ダメですよ」
「ところが、この店は『ドレスの貸し出し』をしてるんだぜ」
「なぜ殿方の貴方がそんなことを知っているのですか!?」
「知り合いが愛用しててさ」
ニヤッと微笑む少年。
その顔は、やっぱりとんでもなく美しい。
(そうよね……。あんなに綺麗な顔をしているのだし、ドレス好きなご令嬢の知り合いくらい、いるわよね……)
金色の髪の毛は神々しさすら感じさせ、ルビーの輝きを内包した瞳は見たものを魅了する。私も最初は、見た目で告白を受け入れた人間だ。なので、過去に彼の周りに女性がいてもおかしくないことくらい分かっていた。
分かりきっていることなのに……。
(モヤモヤする……)
彼は迷いなく店内へズンズンと入っていく。
それだけエルドレッドは私のドレス姿を見たがってくれているという証拠だろう。
「…………ハァ。もういいですわ。なるようになるでしょう」
半ば投げやりな気持ちで後に続くと、店員たちはエルドレッドの顔を見るなり、驚くほどスムーズに貸し出しを了承した。
そのまま試着室へ連行され、数人がかりで純白のドレスを着せられる。あれよあれよという間に、私はお姫様のように煌びやかに飾り立てられてしまう。
その出来栄えに、彼はここぞとばかりに感嘆を漏らす。
「アーシュ嬢。……やっぱり、君は美しいよ」
「お、お世辞は好みませんわ!」
「心からの感想だが」
「っ!? ど、どうだか」
どうせ見慣れているに決まっている。
彼の言った「知り合い」のドレス姿を。
「そこまで言うなら、今から行く喫茶店にその姿で行ってみるか? 店中の人間が、君に釘付けになるだろうぜ」
「な!? そんな、行けるわけ……」
否定しかけて、ふと思案する。
目の前の男は、私を「可愛い」としか言わない病にかかっている。ならば、客観的な視線で現実に引き戻すのも悪くないかもしれない。
(いやでも……こんなの淑女がやることじゃ……)
そう。
立派な淑女ならこんなことはしない。
こんなふざけた、適当なことなど。
ふざけた、適当……。
「適当……」
私のこれからの生き方は、どうしていくのだったか。この程度のことで日和っていて良いのか。
――否。
適当に生きることを決めた私の『適当道』はこれくらい余裕でこなさなくてはダメなはずだ。
それに、もう外聞などはどうでもいい。ドレスに着せられている哀れな姿を晒す「適当」な女を、とくと見せてやろうではないか!
「良いでしょう! 貴方の仰る通り、この姿で入店してあげますわ!」
私の不退転の決意?に、店員たちが一斉にギョッとした。きっと「正気か、この女」とでも言いたいのだろう。
だが、これでこそ生まれ変わった私だ。
エルドレッドも「よし、行こう!」と全肯定。ツッコミ不在の奇天烈カップルは、そのまま喫茶店へ直行した。
――道中。
通行人の視線は、それはもう痛かった。自分はいったい何をしているのかと、自問自答した回数は両手の指では足りない。
チリンチリン、と小気味よいベルの音が響く。重厚な煉瓦造りの喫茶店。
「いらっしゃい……ま、せ」
出迎えた壮年の店主の声が、分かりやすく動揺に震えた。
(……ほら。やっぱり)
あまりの恥ずかしさに、今すぐ床に穴を掘って潜りたい衝動にかられる。客は学生服か、落ち着いた紳士服・淑女服ばかり。
対する私は、店内の明かりでダイヤモンドより輝く青玉のブレスレットを嵌め、結婚式でも挙げるかのような純白のドレス。
(浮いているどころか、場の空気をぶち壊しに行っていますわ……!)
顔が真っ赤になるのを必死に耐えていると、店主がエルドレッドに相槌を打つ。
「随分と……可愛らしい御令嬢を連れて来ましたな、エルドレッド君」
「そう。女神みたいだろ? 絶賛、彼女を口説き中だ」
清々しい笑顔でサムズアップ。私の方はせめて羞恥に赤面しまいと必死だと言うのに、なんとも楽しそうで羨ましい限りだ。
お爺さんもツッコミしてもらって構わないのに、爽やかな顔で頷いてしまう。
「納得いたしましたよ。これほど美しいお方……わたくし、長年生きて参りましたが、お目にかかったことがございません」
やめて! いよいよ顔から火が出そう。
「言い過ぎです! 私、そんなに綺麗では……っ」
「なんと、お心まで謙虚で美しい。……エルドレッド君、果報者ですな」
「ああ! 最高の女だ」
恐る恐る周囲の反応を伺うと、客たちは一様にポカーンと口を開けて固まっていた。
当たり前だ。場違いな着飾った女が突然現れたのだ。私が彼らの立場でも、目を逸らせないほどの違和感に襲われるだろう。
「お、お騒がせしました! 今すぐ帰りましょう、エルドレッド様!」
「え? でも、せっかく皆が見惚れているのに」
「そんなはずありませんわ! あの顔を見てくださいな!」
しかし、店主の老紳士が「大丈夫ですよ」と優しく首を振った。
「彼の言う通りです、お嬢さん。皆様、見惚れてしまっただけです。間違いなく、お綺麗だ。せっかく足を運んでいただけたのだし、まずはひと時の紅茶を楽しまれてはいかがかな?」
「いや、でも……」
「よく言うだろ、可愛いは正g」
「ちょっと黙っていてください」
クスクスと笑いながら「気のお強いお嬢さんですな」となぜか嬉しそう。気が強いんじゃない。恥ずかしいのだ。
「エルドレッド君がここを気に入ってくれている理由は、ここのお客様が全員、素晴らしい方々だからです。なので、少しくらい目立っても、恥ずかしがらなくて良いのですよ?」
まるで鎮静剤のように、彼のやったりとした言葉を聞くうちに心が落ち着いてくる。
これが店主としての技術なのか、段々とこの格好でも良いか?という気分になった。
(そ、そこまで言われてしまうと……断りずらいわ)
「……わ、分かりました」
結局私は、人生で最も目立つ「適当」なドレス姿のまま、彼とのティータイムを過ごす羽目になったのだった。




