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今日も、朝は物語を連れてくる。

静寂の中の僕の物語

作者: TO
掲載日:2025/11/26

僕は京都に住む22歳の社会人だ。


事務の仕事は始めたばかりの見習いだ。


最近の問題は、休みの日に毎朝の日課にしていたランニングだった。


最初は健康のために始めたものだが、3カ月も続けると景色が完全に定着してしまう。


しかも走るコースはいつも同じ。


家を出て鴨川沿いを走り、折り返して戻るだけ。

 

毎日同じ景色、同じ舗装道路、同じ時間。


健康のために続けていたのに、心のほうが乾いていくばかりだった。


そんなとき、たまたま本屋で手に取った一冊が、僕の習慣を揺らした。


──『SNSで発信して収入を得る方法』


軽く読み流すつもりだったのに、ページを捲るごとに胸がざわついていく。


「日常を変える一番簡単な方法は、別の景色を見ることだ」


その一文が、やけに心に刺さった。


僕は毎日走っていた。


けれど、本当に景色を見ていただろうか。


同じ道をただ淡々と走るだけで、何も見ていなかったのではないか。


そこで僕は決めた。


ランニングをやめるのではない。


**朝活で、新しい景色を探しに行くこと**にしよう、と。


そしてもうひとつ。


新しい景色を見つけたら、写真に残してみよう。


どうせならInstagramで発信してみよう。


自分なりに、朝の冒険を記録してみたいと思った。


実は最近、原付を買った。


生産終了になったばかりで、九万円で手に入れた中古車だ。

 

安いし、小回りも利く。


何より、初めての自分の足だった。


その日の朝活の目的地は、京都宇治市にある 大吉山だいきちやま


宇治橋から近く、登山初心者にも人気の山らしい。


朝日に照らされる宇治川や街並みが美しい、とSNSで見たことがあった。


「よし、今日の朝活はここだ」


前日の夜、仕事から帰って原付にガソリンを入れながらそう決めた。


久しぶりに胸が躍るのを感じた。


朝の5時20分に起きる。


冬の京都の朝は、布団を離れた瞬間に後悔するほど寒い。


けれど、目的地がある朝は不思議と起きられる。


運動靴、お金、携帯、ネックウォーマー、帽子、手袋。


荷物は最小限。


ただし、薄着で来たのは完全に失敗だった。


玄関を出た瞬間、肌が痛いほど寒かった。


原付はエンジンをかけると少し震えたが、すぐに機嫌よく応えてくれた。


街を走ると、まだほとんど車がいない。


信号の明かりだけが、やたら鮮明に感じられる。


宇治橋へ向かう道は、夜と朝の境目のような空の下、静まり返っていた。


原付のライトが照らす白い路面。


息を吐くたびに白く揺れる。


こんな時間に外にいること自体が、新鮮で、ちょっとした非日常だった。


宇治橋を渡ると、川面は黒く、どこか底を隠しているようだった。


その暗さの中、街灯だけが細い光を落としている。


「この静けさ……悪くないな」


そう心の中で呟いた。


宇治橋を真っ直ぐ進むと、深夜営業のガストが見えてくる。


その手前の信号を右へ。


曲がるとすぐに、源氏物語ミュージアムの看板が見えた。


夜明け前のミュージアムは、どこか別の世界への入り口のようだった。


そこからさらに真っ直ぐ。


行き止まりまで走り、左へ。


そしてすぐ右。


ようやく、大吉山の登山口が姿を見せた。


車の駐車場はない。


だからこそ、この静けさが保たれているのかもしれない。


原付を端に停め、ヘルメットを外すと、冷たい空気が一気に頬へ刺さった。


「……寒っ」


だけど、一歩踏み出してみる。


そこから何が見えるのか──それが楽しみで仕方がなかった。


5時55分。


空はまだ眠っている。


街灯の光も届きにくい登山道は、ほとんど暗闇だった。


S字のように右へ左へ折れ曲がる道。


踏みしめる砂の音だけが耳に届く。


「なんか、怖い……けど、嫌じゃないな」


暗闇は確かに恐い。


だが、暗闇の中を一歩ずつ進むことに妙な高揚感があった。


僕はただ、前へ進んだ。


15分ほどで頂上へ着くと、空はうっすらと青を取り戻しつつあった。


6時13分。


頂上から見えた街は、まだ半分眠っていた。


薄く白んだ光が、静かな宇治の街並みを包み始める。


「……きれいだ」


言葉が漏れた。


夜と朝の境目の光は、静かに世界を変えていく。


数分後、太陽の位置が少し上がっただけで、街の明かりが輝き始めた。

 

まるで誰かが「ここから新しい一日が始まるよ」と、合図をしているようだった。


寒さで指が痛いのに、心の中だけは不思議と温かかった。


「来てよかった……」


そう思えた瞬間だった。


しばらく眺めを楽しんだ後、下山を始めた。


そのときだった。


さっきまで暗闇だった道が、完全に姿を変えていた。


太陽に照らされて、道が金色のように光っている。


まるで「おかえり」と導くように。


ふと顔を上げると、木々も暗闇から解放されていた。


深い緑が朝日に透けて、まるで息をしているかのように見えた。


同じ道を降りているはずなのに、全く別の場所のようだった。


「景色って、こんなにも変わるんだ……」


胸の奥がじんと熱くなる。


少しだけ、人生の秘密を覗いた気がした。


登山口に戻って振り返ると、暗闇だった入口は、明るく照らされ、まるで新しい登山者を歓迎する門のようだった。


「行ってらっしゃい」


そんな声が聞こえた気がした。


原付にまたがり、エンジンをかける。


帰り道、朝の気配が街全体に広がっていく。


僕は気づいた。


朝活とは、ただ早く起きることではない。


昨日と違う自分に出会うための時間なんだ。


Instagramを開く。


まだ投稿は数回だけ。


だけど、見せたい景色がまたひとつ増えた。


「次はどこへ行こうかな」


そう呟くと、原付は小さく震え、街へと走り出した。


仕事は相変わらず忙しかった。


だけどなぜだろう。


いつもより、街の光が少し温かく見えた。


朝の山で見た光景が、体の奥にまだ残っていた。


暗闇の道を一歩ずつ進んだ自分。


朝日を浴びて輝いていた街。


緑の美しさに息を呑んだ瞬間。


そのすべてが、僕をほんの少しだけ変えてくれていた。


「よし、続けてみよう」


それが新しい習慣になる予感がした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


朝活の風景や、小説には書ききれなかった写真などは

Instagramにも投稿しています。

よければ覗いてみてください。


Instagram|(ここにURL)


作品が少しでも良いと思っていただけましたら、

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これからも短編を更新していきますので、どうぞよろしくお願いします。

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