神楽を舞う巫女と僕
5年前の夏祭り、僕は恋をした──。
相手は名前も知らない女の子だった。
巫女さんが着ているような白い衣装を身にまとい、笛と太鼓の音色に合わせて神楽を踊っていた。
とても綺麗な子だった。
「どこの子だろう?」
最初はそんなことを思いながら眺めていたけれど、気づけば彼女から目を離せなくなっていた。
舞うたびにシャンシャンと鈴の音が鳴り響く。
くるりと回るたびにたいまつの炎がゆらめいた。
本当に。
本当に美しかった。
周りの雰囲気も合わさってか、神秘的な光景だった。
そうこうするうちに神楽は終了し、花火が上がった。
歓声が沸き起こる。
けれども、僕は花火なんて見れる状態じゃなかった。
神楽を踊っていた女の子に心奪われ、ただただ茫然と立ち尽くすのみだった。
それが5年前の夏。
それから僕は、毎年その女の子の神楽を楽しみにしている。
女の子は見る度に綺麗になっていた。
白い肌はより白く、黒い瞳はさらに深みを増している。
彼女自身が神様なのではないかと思える美しさだった。
そして今年の夏祭り。
今日も僕は彼女の神楽を楽しみにしていた。
多くの屋台が立ち並び、たくさんの人でごった返す中、神楽が始まった。
シャン、シャン……と、鈴の音色とともに彼女が現れる。
白い肌、黒い瞳、唇には薄く紅がさしてある。
今年の彼女は過去1番美しかった。美しいと感じた。
そして笛と太鼓の音とともに神楽が始まった。
シャンシャン、シャンシャンと彼女が舞う。
くるりと回り、ひらりと踊る。
見慣れた舞だけど、何度見ても見惚れてしまう。
回りで見ている人たちも、うっとりとした表情で彼女の舞を眺めていた。
やがて舞が終わり、彼女が膝をつく。
と同時に花火が上がった。
大きな花火はまるで彼女の舞を祝福しているかのようだった。
舞を見ていた人たちも、一斉に花火に目を向ける。
でも彼女は花火には目もくれず、スッと立ち上がるとその場を後にしようとした。
「あ、あの……!」
思わず声を出してしまった。
彼女はびっくりして僕に目を向けた。
ああ、なんてことだ。
まさか話しかけてしまうなんて。
でも、僕はどうしても押さえきれなかった。
この胸の高なり、気持ちをどうしても伝えたかった。
「とても……とても素敵な舞でした……」
緊張してうまく言葉が出ない。
けれども、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう……」
「去年も一昨年も、すごく素敵でした」
「……見ていてくださってたんですか?」
「はい」
「嬉しいです」
少し顔を赤らめる姿が愛おしいと感じた。
「また来年も舞ってくれますか?」
「はい、ぜひ。お望みとあらば」
そう言って恭しく頭を下げる彼女。
そしてそのまま神社の中央に据えられた舞台を降りていく。
僕は神社の中からそれを見つめていた。
そう、僕はこの地域の神様。
どうやら僕の姿は彼女には見えていたらしい。
まさか声をかけられるとは思っていなかったようだ。
「来年が待ち遠しいな」
僕は力を込めて神社を中心とした半径数十㎞に結界を施した。
これで余程のことがない限りこの地域は安全だ。
今年も僕の力が及ぶ範囲で人々を守ろうと心に誓った。
お読みいただきありがとうございました。