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欲しがり義妹が破滅するまでの3日間

作者: 夕霧 なな

「このアクセサリーすっごく素敵ね!ねぇお姉様、これ貰ってもいいでしょう?」


「…分かったわよ」


「ありがとうお姉様!」


はぁ、またか。もう何回目なんだろう。






事の発端は8年前、お母様が亡くなり後妻として父の愛人がなったことだった。その愛人は、後妻として屋敷に入るとすぐにほとんどの使用人を自分の思い通りに動く者たちに変えてしまった。


本来なら侯爵夫人となったとはいえ、すぐにあれこれ変えてしまうような権限はあるはずがない。しかし、元々父はお母様を冷遇し愛人になんでも与えてしまう人間だったのもあり、ちょうど父がとても忙しい時期に入ったのも相まって屋敷は完全に掌握されてしまうことに。


そして、そこから始まったのは私に対する嫌がらせの日々だった。


食事は私だけ使用人同然の場所で食べさせられ、下級の使用人のするような仕事も押し付けられた。話をしようとしても無視され、まるでいないものかのように扱われた。


お父様はほとんど仕事場で寝泊まりするようになり屋敷には帰ってこない。それがさらに彼女らを助長させていく。


義妹であるリュシーは、最初こそ少し離れて様子を伺っているようだったが、数日もすると私を攻撃しても良い対象だと認識したのか、同じように無視したり、すれ違い様に嫌味や、時には足を踏まれるようなことも起こる始末。


流石にやられっぱなしではいられなかったので何度か言い返すこともありましたが、そうするとお父様に私のないことを吹聴され、その夜は怒鳴られるばかりでした。


この家に、私の居場所なんてないんだわ。なのに、私は外で生きていく術を知らない。私はただ、囚われの身でいることしかできないのよ。


それは、生きることへの諦めだったかもしれないし、普通に暮らせている人への羨望だったかもしれない。私が心を閉ざしていくのに、さほど時間はかからなかった。


それからは、もう何の感情も浮かばなかった。お父様のお仕事が一段落し、収まるかと少し希望を抱いた時もあったけれど、ただそれは虐めが気づかれないように巧妙に、そして悪辣になっただけでより苦しくなるだけ。


私がそんな仕打ちを受けている頃に、お茶会などで私のことをどうしようもない悪い娘だと吹聴され、世間からの評判も下がる一方でしかなく。


貴族として生まれること自体が、本当なら平民として生まれるよりも何十倍も恵まれた暮らしをできるというのは分かっていたけど、それでもこんな扱いをされるのなら。私は貴族になんか生まれたくはなかったと、そう言いたかった。


そんな中でもずっと、お母様の実家であるレミュラー伯爵家は私を大事にしてくれていたし、よく色々な物もプレゼントしてくれた。お父様すら信用できないこの世界で、唯一心の支えと言える場所だった。


1ヶ月もすると、お祖母様やお祖父様たちからのプレゼントによって私の部屋が普通の部屋に見えるほどになっていて、これらのおかげでまだなんとか希望を捨てずに過ごすことがこれからもできる…はずでした。


私の部屋に自分が持っていない物が増えていくことを気に入らなかったリュシーが、これらをねだってくるようになったのです。


「お姉様!これすごく良いわね!私も欲しいから、貰ってもいいでしょう?」


と、表面上はただのお願いであるかのように。当然こんなこと受け入れられるはずがないので追い返すと、次に待っているのはひどい罰でした。


食事は抜かれ、何もない離れに監禁され、1日が過ぎようとした頃に出されましたが、私の部屋に物はもうほとんど残っていませんでした。私の数少ない宝物たちも、なにもかも。



あぁ、私ってこんなに、無力な存在なんだ…



それからはもう、逆らえばそれだけひどい仕打ちをされるだけだったから、従順に生きるしかない日々。


知らないところで落とされる私の評判、貴族令嬢とは思えないほど安っぽい食事や衣服、終わらない家の中での虐め。どれもこれも最悪な時間でしかなく私はただ耐えるしかなかった。






それから8年が過ぎて現在に至るけれど、何も変わっていないわ。私が取り返せたものなんてない。


もう、ほとんど諦めていた、そんな日のこと。


お父様から突然、


「カーミラ、お前も今度の王家主催のパーティーには出席しろ」


とだけ。今までパーティーには出席させないようにしていたはずなのにどうして…?


疑問は尽きないけれど、今はそんなことを考えている場合ではない。当然、家であのような扱いを受けている私にドレスなんてものはないし、着ていくものがないのだ。


どうしようかしら…


悩んだけれど、あまりお祖母様たちに迷惑をかけたくないのでまずはお父様に言ってみることに。


「あの、お父様。私はパーティー用のドレスを持っていないのですが…」


「ん、あぁ。一応今回のパーティーは王家の主催だからな、我が家が恥をかかないために用意してやろう」


渋々という雰囲気だけれども、とりあえずドレスは何とかなりそうです。





そして、パーティー当日。ここでもまたリュシーはやらかしてくれたのです。


先日お父様に買っていただいたドレスに着替えようとしている時、リュシーが突然やってくると


「お姉様がそんな良いドレスを着るなんてずるいわ!こんなの絶対似合わないくせに!」


はぁ、今日来るんですか。


「あなただって今日のためにドレスを新調しているじゃないの」


「お姉様なんかは、私より下でなくちゃいけないのよ!」


は、はぁ?ちょっと、本気で意味が分からないわ。


「そんなお姉様のドレスなんてこうしてやるわ!」


「あっ!待ちなさい!」


止める間もなく、リュシーは私のドレスをはさみで切って捨ててしまった。


「お姉様なんかには、この流行遅れのドレスの方がお似合いよ!」


なんてことを言って、昔のものを押しつけられてしまった。


着ていく予定だったドレスが破かれてしまったし、これを着ていくしかないわね…。





そして、パーティーに出発するために馬車に乗り込むとき、当然お父様に咎められた。


「お前に買ってやったドレスはそんな流行遅れのものではなかったはずだか、あれはどこにやったのだ」


「あのドレスは、リュ…」


「お姉様が!こんなドレス私の趣味じゃないわ!なんて言って捨ててしまったのよ!私見たわ!!」


なんですって?なるほどね、最初からこうするつもりで…


「なんだと、お前は昔からそういう奴だったがまさか今日そんなことをするとは失望したぞ。お前が私たちと一緒に動くことは許さん。我が家の品位が低く見られるからな」


リュシーが横で勝ち誇ったような顔をしている。私を下に見ているからってそこまでするの?





パーティーが始まっても同行は許されていなかったのでバルコニーで時間潰し中だ。やっぱり、誰にも邪魔されることなくこうやってゆっくりできる時間というのは良…


「やぁ、君がカーミラ嬢かい」


そんな静寂に水を差す声が。一体誰がそんなことをと思い振り返ると…え?


「だ、第二王子殿下…?」


「よそよそしいな、カーティスと呼んでくれていいよ」


初対面のはずなのになんなのこの殿下は…


「い、いえ…初対面の殿下を名前でなど…」


「うーん、やっぱり噂なんてものは当てにならないかな」


急になにを…?


「自己中で、強欲で、義妹に嫌がらせばかり、いらないものを押しつけたり暴力も振るったりと、世間でそう噂されている君のことが気になったから招待してみたけれど、正解だったかな」


そんなに悪評が積み重なっている私を、わざわざ呼ぼうなんて変な人…。


「不思議そうだね、なぜ僕が君を呼んだのかと思っているかな。良いよ、答えてあげよう。そもそも僕はこの噂自体疑っていたから、実際に会ってみて見極めようと思っていただけだ。まあ要は好奇心でしかないわけだね」


「だとしても、もしも私が噂通りなら、そんなことをするのは危険だったのでは…?」


だって、そうだ。私がそのような性格なら、ここに来た殿下に何かしようとしていたかもしれない。


「まあ、そうだったらそうで、別にいいかな。そんなことはないと、確信はしていたけれど」


「それは、なぜ…?」


「だって、家で御しきれないほどの悪女が、家から出ないなんておかしいでしょ?お茶会に出席したこともないのに、噂になるなんてあり得ない。あぁ、流しているのは侯爵家の人間か」


ほとんどの人は、噂に流されて私を最低な悪女だと言うけれど、まさかこんなにも疑って、調べてくれる人がいるなんて…


「ところで殿下、私を呼んだ理由、それだけではないですよね」


「あれ、気づかれちゃった?まあそうだね、本題はこれから。実は君の侯爵家って色々なところでやらかしてるんだよね。とは言ってもそれは後妻とその娘だけか。違法行為にも手を染めているよ」


なんですって?そんなことをしていると…?


「ただ、うまく隠しているから完全に証拠を引っ張り出してくるのが難しいんだよね。それでさ、提案なんだけど」


「僕の婚約者にならない?」


…ん?え?


「え、え?こ、婚約者??」


「うん。そうだよ、婚約者」


ど、どどどういうこと?話の意図が全く分からないのですけれど。


「え、何故…?」


「君の義妹が行っている違法の中の1つがいわゆる魅了効果のある薬、なんだよね。その性格なら、婚約者になったとあれば僕を奪うために必ず使ってくるだろうね、そこを取っ捕まえようってわけさ。共犯者、とでも言うべきかもね」


でもそれは


「もし、魅了の薬ではなく、毒薬などでも仕込まれたらどうするつもりなのですか。危険すぎです!」


殿下の命があまりにも危険すぎる、そんなことさせるわけには…


「はは、心配してくれるんだ?どうせ僕は兄上のスペアでしかないし、特に目立った才能もないから、消えたところで構わないさ」


その一瞬、私と同じような気配を感じた。まるで、もうすでにこの世に希望がないかのような。生きている価値がないとでも言うような感情が込められているような気がして。


なんというか、放っておけない気持ちでつい


「分かりました、なりますよ。でも…殿下の命が自分自身ではどうでもいいと思っていても、他人にとってはそうじゃないんですから、ね?」


その時殿下がどんな表情をしていたかは、分からない。





その翌日、私と第二王子殿下が婚約するという事実が公表され、我が家は大騒ぎだ。自室を出ると、リュシーとお義母様の話し声がここまで聞こえてきていた。


「なんでお姉様なんかが殿下と婚約することになっているのよ!私の方がずっと相応しいのに!」


「そうねぇ、リュシーの方がよっぽど良い子なのにどうしてあんな子を選んでしまったのかしら。なら…」


このような会話が聞こえてくる。私はあまり乗り気ではないけれど、なにか策を考えていそうだし、一応殿下の読み通りなのかな。


午後からはお茶会をしようという内容の手紙が、そろそろ殿下から届くようになっているらしい。家族ならば一緒に来ても構わないと書くことであの2人を誘き寄せるつもりのようです。


「お姉様!殿下からのお茶会のお誘い、家族と一緒でも良いと書いてあるからついていくわ!!」


食いついた。となると今日が決行日、そして、あの2人の破滅する日となるでしょうね。





「でん…カーティス様。お招きいただきありがとうございます」


そうだった、昨日に「婚約者が殿下、と呼ぶのは変だからカーティスと呼んでね」と言われていたのを忘れそうになっていた。特に不信がられてはいないようだから大丈夫ね。


リュシーは開口一番に


「あなたがカーティス様なんですね!とてもお美しいですね!私はリュシーです!」


と言い放った。殿下に対してすごく失礼なことをしているのだけど、自覚ないのかしら。


こんなことはあったが、しばらくは特に大きな問題はなく進んでいった。ただ、事あるごとにリュシーもお義母様も私を下げるような発言をしてくる。


「お姉様、我が儘ばかりで私はいつも虐められていて…そんなお姉様より私の方が…」


とかなんとか。殿下はもう事情を全て知っているので特に私が反応することはなく、殿下に会話を任せていると、手筈通り私は衛兵に呼ばれた。


「あら、カーティス様ごめんなさい。少し席を外しますね」


と言って退出する、と見せかけて実際は扉のすぐ外にいるのだけれど。あとはここで動き出すのを待つだけ。だけど、心配だわ…殿下。一瞬しか見えなかった心の奥底、だけどそこには、自分の命に頓着がない気持ちがあったから。無茶してしまうんじゃないかと不安になる。






微かに聞こえる声から会話を盗み聞くと、そこでは


「そういえば私、カーティス様のためにお茶入れの練習をしているんですよ!ぜひどうぞ!」


あれは…なにかを入れている?粉のようなものが入れられていたのは見えたけど、何かまでは分からなかった。どうやってこれを暴くのかは教えて貰えなかったから、すごく怖い。もしも、毒殺する気だったなら…


「うん、これは毒だね。どういうつもりかな、リュシー嬢」


あれは、銀のスプーン?でも、魅了薬では変色しないはずじゃ…


「え、嘘…魅了薬を入れただけだから色なんて変わるはず…」


「自供したね、衛兵たち、この2人を捕らえろ」


「なぜよ!私はただお姉様なんかより私の方がカーティス様に相応しいと思っただけなのに!!」





すぐに2人は捕らえられることとなった。違法薬物の所持と王族への使用未遂。王族への使用は未遂とはいえ即刻死刑となってもおかしくないほどの罪だったけれど、殿下がそれを望まなかったために、罪人用の強制労働施設で死ぬまで働かされ、幽閉されることになるそうだ。理由を聞いても、私のため、とだけ言って詳しく教えてもらえなかった。






計画通り上手くいっていて、実際に魅了薬は使われていたし、殿下の安全も守られたけれど、1つだけ謎が残ったまま。


「殿下、あの時なぜ魅了薬に効かないはずの銀食器が変色していたのですか?」


「ああ、あれはね。最初から黒い食器に水性の塗料を塗っていただけだよ」


「そんなことができるのですか…でもそれだと、冤罪が生まれませんか?」


何も入れてなくても反応してしまったら、冤罪が大量発生してしまいそう。


「その心配はないよ。あれは魅了薬に反応して溶けるものだから。魅了薬は昔から違法薬物とされていたし、それが大事件を起こした歴史もある。二度と起こらないように対策するのは当然だったんだよ。まあだから、仮に口を滑らせてなくても結果は一緒だったね」


「そうなんですね、なら良かった」


「でも、僕は実際に口にして確かめようと思っていたよ……君に会うまでは」


私に会うまでは…?


「はは、言うべきか迷っちゃうな。僕は確かに生きる意味を見出だせなかった。兄上は僕より何倍も優秀だし良い為政者になるだろう、それに比べて僕は、優れている部分は何もなくて。何のために生きているのかなって、思ってた。でもあのパーティーの夜に君に諭されて気づいたよ。こんな僕でも、自分でそうだと思っていても、父上も母上も、もちろん兄上も、僕を愛してくれているんだって。僕だけの命じゃないんだって気づいた」


「そしてそれは、君も一緒だろう?」


「えっ?」


なんで、それを…


「君の義妹の取り調べで分かったよ、世間でよ君の悪評はほとんどそのままあのリュシーとかいう子が君にそのまましていたことだ。そしてあのパーティーの時、君も僕の心を覗いたつもりだったかもしれないけど、どこか感情的で、自分のようにならないでほしいとでも言うような、そんな気がしたから。だから、今度は本当に」


そう言って殿下はなにかを取り出し差し出してくる。

それは…指輪だった。


「え…?」


「あなたのおかげで、僕は救われた。だから、次はあなたが救われる番だと、そう思う。好きだ、カーミラ。僕と、結婚してくれないか」


そんな、この人は…どこまで私を…。


「…はい、私で良いのなら」


「君だからだよ、愛しのカーミラ」








それから2年後、私たちは結婚し子供も生まれました。


今でもカーティス様は事あるごとに愛の言葉を囁いてくれる、のは今でも恥ずかしいけど幸せだ。


これからは、私の幸せ。もう誰にも、奪わせない。



~fin~

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父親のざまぁが欲しかったですね
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