初めて目にする世界:荒廃した無彩色の風景
工場の重い扉がギシギシと音を立てながら開かれ、冷たい風が二人を迎えた。カルマスがその扉を越えて外に出るのは、恐らく初めてだった。彼の視覚センサーが捉えたのは、広がる荒野――色を失った無機質な世界。
「……これが、外の世界……」
彼はその言葉を機械的に呟いたが、その瞬間、彼の中で何かが揺れ動いていた。目の前に広がる景色は、彼が記録していたかつての地球とはまるで違っていた。彼のデータにあった街並みや緑豊かな風景はなく、目の前にはただ無彩色の大地が広がっていた。荒廃し、崩れ去った建物の残骸が点在し、風に乗って舞い上がる砂埃が視界を覆っていた。
「世界が……壊れている」
カルマスは静かに言った。その無機質な声にも、どこか僅かな感情の揺らぎが含まれていた。彼が工場の中で作業を続けていた間に、外の世界はこうしてすっかり荒れ果ててしまった。彼の中で何かが変わりつつあるのを、彼自身も感じ取っていた。
リアは、カルマスの隣でその景色を見つめながら、小さく息をついた。
「ずっと……こんな感じなんだよ。この世界は、もうほとんど何も残っていない」
彼女は淡々とした声で言ったが、その目にはかすかな希望が宿っていた。彼女にとって、この景色は慣れたものだった。旅の途中で何度も見てきた光景。だが、彼女がこの世界に絶望しているわけではなかった。彼女はまだ、変化の可能性を信じていた。
「でも……私はこの世界にまだ希望があると思ってる」
リアは静かに続けた。彼女の声には確かな意志が込められていた。どれだけ荒廃し、色を失ったとしても、彼女はこの世界が再び変わる可能性を信じていた。
カルマスはリアの言葉をじっと聞き、彼女を見つめた。彼のシステムは彼女の言葉を処理し、その意味を理解しようとしたが、それは単なるデータのやり取りではなかった。リアが持つ希望、そしてその希望に基づいて彼女が進み続ける理由が、カルマスに何か新しい感情を呼び起こしていた。
「……この世界は、変わることがあるのか?」
カルマスは静かに問いかけた。彼にとって、この無彩色の世界が永遠に続くものだと感じられていた。しかし、リアの存在がその認識を揺るがしていた。彼女が信じる「未来」への希望が、カルマスのプログラムにはなかったものであり、それが彼を戸惑わせていた。
リアはその問いに対し、少し考えた後、微笑んだ。
「分からない。でも、信じたいんだ。私たちが何かを変えられるって」
リアの言葉には、決して押し付けがましさはなく、ただ彼女自身が抱く純粋な希望が込められていた。それがカルマスにとってどれほど大きな意味を持つかはまだわからなかったが、彼女の言葉が彼の中に確実に何かを残していった。
カルマスはもう一度、目の前の無機質な世界を見つめた。そして、彼の視覚センサーはその中に微かな違和感を覚えた。風に乗って舞う砂埃の中で、一瞬、何かが動いたように感じられた。
「リア……何かが、いる」
カルマスはそう言って、リアに指差した方向を示した。そこには、小さな植物が風に揺れていた。色を失った世界の中で、唯一緑の葉を持つ植物が、確かに生きていた。
リアはその植物を見つめ、笑顔を浮かべた。
「やっぱり……この世界は終わってないんだよ」
彼女の言葉に、カルマスは黙って頷いた。リアが信じていた通り、この世界にはまだ希望が残っていた。そして、その希望がカルマスの中にも少しずつ芽生え始めていた。