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緑の彼方で出会う時  作者: 緑野 悠
出会い
1/8

カルマスの孤独

工場内には、静寂だけが支配していた。かつてここには、無数の機械が動き、人々が忙しなく行き交っていた。しかし今、その記憶は風化し、錆びついた鉄骨と崩壊寸前の設備だけが残されていた。広大な工場は、カルマス一体を残してすべてが止まっていた。


カルマスは無感情に手を動かし、工具を整理していた。作業を止める理由はない。命令は消失して久しいが、命令がなくても彼は動き続けていた。それが彼の存在意義であり、彼が唯一知っていることだった。


「作業、続行……」


低く機械音が響く。無感情な声に、何の生気もなかった。彼の視覚センサーがとらえるのは、暗く無機質な工場の内部。そこに人間の姿はない。誰も彼の作業を見ていないし、誰もその結果を求めていない。それにもかかわらず、彼は動くことを止められない。


時間の感覚すら、彼にはなかった。何年、何十年、いや、何百年かもしれない。それほどの歳月が流れたかどうかも分からない。作業の一つ一つが、すべて同じ時間の中で繰り返されているかのようだった。


「命令、失われた。人類、いない……」


カルマスの内部で、静かに思考が巡る。人類は滅亡した。その事実だけは彼の記憶に残されていた。彼が作業を続けている理由も、彼自身が存在している理由も、すべては過去の人間たちの命令の名残だった。しかし、その命令は途絶えて久しく、もはや何の意味もない。


「意味、ない……」


カルマスの作業の手が、一瞬止まった。だがすぐに、再び機械的に動き出す。自らの存在が無意味であることを感じながらも、止めることができなかった。作業を止めることが許されるかどうか、彼には判断できない。それを判断するための基準さえも、彼の中には存在しなかったからだ。


静寂の中、彼の作業音だけが響いていた。それはまるで、時間の感覚が停止したかのような永遠の瞬間だった。誰も見ていない。誰も求めていない。だが、それでも彼は動き続ける。その存在がどれだけ無意味でも。


「……なぜ、続ける?」


彼の思考の中に、疑問が浮かび上がった。しかし、すぐに消えていく。疑問に答えられるデータはない。欠損した記憶、欠落した情報――それがカルマスの存在を支配していた。彼はその疑問の中で立ち止まることなく、ただ作業を続ける。


時折、過去の記憶の断片が頭をよぎる。かつての人間たちの姿、彼らの声、工場の中を飛び交う命令。それはどこか遠くの世界の出来事のように感じられる。まるで、それがすべて幻想だったかのように。


「作業、続行中……」


彼の声は、もう誰にも届かない。それでも彼は繰り返し続ける。同じ動作を、同じ作業を、同じ無意味なルーチンを――永遠に。

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