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鉄のハインリヒ  作者:
3/5

俺、カエルになる

やっとハインリヒが出てきました

 ことの発端は約2週間前。

 あちこちの美味いもん食いながらブラブラしていた俺は、3ヶ月間にこの領地に来た。

 その昔、そうだな、3代ほどまえの領主が、遠く離れた国からお嫁さんをもらった。よくある政治的なあれやこれやだ。

 こんなだだっ広い土地と山しかない場所に嫁ぐことになった娘を憐れんだ彼女の父親が、輿入れに召使と共に料理人をくっつけてきた。

 それでここは異文化ミックスのちょっと独特な食文化が花開くことになったのだ。


 そんな食の都で俺は今、修羅場の真っ最中だ。

 目の前には氷のように冷たい目をした女性が立っている。

「私のことだましたの?」

「違うそんなつもりじゃなかった」

 彼女の視線の温度はどんどん下がるのに、俺の汗は止まらない。

「なに? じゃあ私が勝手に勘違いしただけって言いたいわけ?」

 女の人ってなんで「ここでハイっつったらやばいよね下手したら刺されるよね」みたいな質問するの? 罠なの?

 固まった俺に「何とか言いなさいよ」と無慈悲な声がぶつかる。あ、これ無言でもダメなやつだ。

 更に不幸なことに、彼女はいわゆる『先祖返り』だった。

「チンケな領地の六男なんて知ってたら粉かけたりしなかったわよ! この嘘つき! カエルにでもなっちまえ!!!」

 君こそ金目当てじゃんか!! そんな俺の反論は、急激な身体の変化により声にならなかった。

 身体中の肉という肉がぎゅうぎゅう押し込められるようだ。骨がみしみし言い、圧迫された肺から空気が押し出される。

 とんでもない違和感に自分で自分を抱きしめる。皮膚がボコボコ隆起し、ぬるっとした肌触りに変わっていく。

「結局あんたは美味しいものが食べれればそれでいいんでしょ」

 目の前の恋人のことなんか気にもしないものね。

 寂しそうに呟いた彼女の表情は見えない。俺が小さくなって自分の服に埋もれているからだ。

「その姿がお似合いよ。じゃあね、何とか生き延びな」

 何とか服の中から抜け出すと、ドアを出ようとする彼女が見える。

「ま、ま、待ってくれ!!」

 ぎょっとしたように振り向く彼女。

「やだ、しゃべれるの? キモチワルイ」

 本当に気持ち悪そうな顔をするなよお前がやったことだろ!

「味覚を残そうとしたからかしら。見た目はただの大きいカエルだけど、口内は人間の機能が残ってるのかしら」

 今なんつった? 大きなカエルだって????

 ぶつぶつ「口も見た目はカエルだけどねえ」などと呟く彼女はまるで実験動物を見るような視線で、でも負けてられないと彼女に向かって駆け出す。

 目の端に映る手足がなんだか緑でぶよぶよしていてゾッとする。

 なんとか四肢を動かしてチェストによじ登る。無様な動きに彼女が唇の端で嘲笑するのが見えた。

「そうなってるんだ!? これどうすりゃいいんだ!?」

「おとぎばなしの定番は、愛する人のキスよ。

 せいぜい頑張れば? 私はもうあんたなんか好きじゃないからキスはしてあげられないわね」

 ドアの閉まる音が、銃声のように部屋に反響した。

 乱暴な動きに揺れる鏡。ドアにかかっていたそれの動きが止まるのを息を詰めて見つめる。

 大きなカエルが、間抜けな顔して映っていた。



「お客さーん、大丈夫ですか?」

 放心していた俺は、ノックの音と人の声に文字通り飛び上がった。

 宿の親父だ。修羅場に耳を澄ませていたに違いない。

「騒がせて悪かったね。今日は休むことにするよ。

 しばらくの間、馬の世話を頼んでもいいかな」

「かしこまりました〜」

 足音が遠ざかり、俺はほっと息を吐いた。同時に、腹がぐうと鳴る。

 気になっていた馬のことはなんとかなった。次は飯だ

 この宿はルームサービスなど食事の提供がない。1階に食堂があるので自分で頼むスタイルだ。

 流石にこの姿では行かれないな……。

 仕方なく、非常食の袋までよちよち移動する。

 皮袋を開くのに水掻きのある小さな手では頼りない。隙間からなんとか手を差し込み、上に下にやたらめったら引っ張り、最終的に無理矢理身体をねじ込んだ。

 持ち出せたのはりんごとバゲット。うっすら察してはいたが、明らかに硬い。カエルの歯でなんとかなるものなんだろうか……と恐る恐るバゲットに口をつけると

「……噛める」

 そういえば彼女が何かいってたな。見た目はカエルのものだが、口の中を舌でなぞると人間の時と同じように歯やのどちんこを感じる。

「これで飢え死にの可能性は低くなったな」

 虫とか食う羽目にならなかったのは僥倖だ。

 自分の身体ほどの大きさのバゲットは2日前に買ったものだが、固くなりすぎていない。カリカリした食感としっかりした小麦が美味い。

 水分が恋しくなったので、両腕でリンゴを抱き抱えなんとかかじりつく。少し熟れすぎた真っ赤なリンゴは蜜をたっぷりふくんでいて、パンで乾いた口内をじゅわっと瑞々しくしてくれる。あーあ、これはリンゴパイとかにしたかったな。

 この小さな身体のどこに収まったのか、バゲットとリンゴはぺろりと食い尽くされた。

 さて。これからどうしようか。

 流石にこの状況で愛する人とか言われても無理だ。女性はカエルが嫌いなものだ。

 彼女も捨てぜりふを吐いて帰って行ったし、希望は薄い。薄いんだが今の俺には頼れるのは彼女しかいない。なんとか頭を下げて許してもらえないか聞いてみよう。

 彼女の家は確か山のふもとだ。馬に乗れないとなると移動に時間がかかるだろう。とにかく今日は休んで明日すぐに出掛けるとしよう。

 俺はベッドを見上げる。さっきみたいによじ登ろうとしてふと、カエルって跳ねるよなと気づいた。

 後ろ足に力を込めて、えいっと地面を蹴りあげる。

「これはなかなかだな」

 びよーんと想像より高く飛び上がり、べしゃっと地面に落下。視界がぐわんぐわんする。これは、要練習だな……。

 4回目でなんとかコツをつかみ、ベッドの上に無事着地! そのまま眠気に引きずられるようにして意識がブラックアウトした。


 翌朝、快適とは言えない目覚めをした俺はぴょんっと身体を起こした。

 カエルだ。

 寝たら治んないかなと思ったが、はかない夢だった。

 俺はびょいーんとベッドから降りると身体全体異で蛇口を回し、水を飲んだり浴びたりする。

 目下の悩みはどうやって外に出るかだ。ドアは恐らく重くて無理だろう。窓でなんとかならないかな。一階だし、落ちても死なないだろう。

 もくろみ通り、閂のような窓の鍵はこの身体でも解錠できたし、身体全体で引っ張ったら窓も開いた。立て付けが良いって素晴らしい。いい宿だな!

 ぴょーんと地面に降り立ち、まずは馬小屋へ。相棒の様子を見ておかないと流石に心配だ。

 地面が近くて動きにくい。ぴょんぴょん跳ねればいいんだろが、あまり人に見られたくないしのそのそ移動する。うわ虫。でか。

 馬小屋に近づいているのだが、話し声がする。壁に隠れて除いてみるが人の姿は見当たらない。

「……なんだよ」

「でも君のご主人も優しそうじゃない」

「そろそろご飯の時間だね」

「優しいけど行程はまあまあ鬼だよ。水辺にいく回数が少なすぎる」

 幻聴が聞こえるようになっちまったのか?

「早くうんち掃除してくれないかなー」

「あ、ちょっと! こっちに糞飛ばすなよ!」

「きれいずきだね」

「馬車って重い?」

 馬がしゃべってる!!! 

「ハインリヒのところは?」

 混乱の渦にいた俺は、相棒の名前に動きを止めた。

「うちのご主人も優しいよ。美味しいもの食べさせてくれるし、いっぱい話しかけてくれるし、大好き!」

 栗毛の馬……俺の愛馬ハインリヒの口がもごもご動くのに会わせて言葉が聞こえる。ももももおもしかして会話できたりするのかな!!

 


お読みいただきありがとうございます。

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