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鉄のハインリヒ  作者:
2/5

マリを泉に落としたら、カエルさんが助けてくれましたわ。

2話目です!

 太陽の光を受けて、掌中のマリがぴかぴか輝きます。

 金色のそれは、さあ、材質は何で出来てるとおっしゃっていたかしら。

 でも、そんなことどうでもいいみたい。

 だって、こんなに綺麗なんですもの。

 わたくしの白い腕がしなやかに動き、金色のマリがふわっと跳ねる。

 初夏の鮮やかな緑に金色がとっても映え、わたくしは楽しくなってころころ笑い声を上げました。

 もう少し高く跳ねさせると、あの青空と真っ白なもこもこの雲を写すかも知れないわ。

 それはとてもいい考えのようで、わたくしは先ほどより少しだけ力を込めてマリを投げます。

 思った通り、金のマリは青空の下で太陽のようにきらめき、そして放物線を描いたかと思うとわたくしの指にぶつかり、明後日の方向に転がってしまいました。

「あ」

 不運にも落ちたところはでこぼこの坂道で、あっちへころころこっちへころころしながらどんどん遠くへ行ってしまいます。

「待ってちょうだい! そんなに速く走れないわ!」

 しかも、ああ、なんていうことでしょう。

 あちらは泉の方向だわ!!

 岩か何かに引っかかってくれないかしら、というわたくしの祈りも虚しく、とぷんという水音と小さな水飛沫。

 ようよう泉の淵に辿り着き覗き込んでみましたが、濁った水はわたくしの宝物をすっかり隠してしまいました。

 お父様からいただいた、お気に入りのマリだったのに。

 悲しくなって、わたくしはえーんと声を上げて泣きました。

 でもここには優しく「どうしたの?」と聞いてくれるお姉様も、力強く「なんとかしてあげよう」と言ってくださるお父様もいません。

 ちょっとの間そうやって泣いて、ちょうど涙が出なくなってしまったのでわたくしは泣くのを止めました。

 どうしましょう。ここにはわたくししかおりません。わたくしが何とかしなければ、マリは返ってこないのです。

 意を決して、わたくしは濁った水の中にえいやと手を入れます。でもわたくしの腕の長さぽっちでは水の底まで届きません。

 どこかに引っかかってないかしら、もうちょっと下かしら。

 はしたないことですが、ワンピースの袖を肩まで捲り上げ、腕を沈めていきます。

「もしもし、うつくしいお嬢さん、それ以上はあぶないよ」

 突然どこかから男の人の声がして、わたくしは危うくひっくり返るところでした。

 何とか体勢を立て直して、慌てて袖を下ろしむき出しの肩を隠します。きょろきょろ見回しても誰もいません。

「ごめんね、びっくりさせたみたいだ」

 それが本当にしょんぼりした声だったので、わたくしは思わず笑ってしまいました。

「こちらこそ、はしたない姿をお見せしましたわ」

「とんでもない、こちらが急に声をかけてしまって」

 このままでは謝罪合戦が続きそうですので、わたくしは一度仕切り直すことにしました。

「どちらにいらっしゃるの?」

「どうして泣いていたの?」

お互い考えることは同じだったようで、ふたりの声が重なりました。

 譲るような沈黙が続いたため、わたくしはマリを泉に落としてしまったことを説明します。話しながら悲しい気持ちを思い出してしまい、鼻がすんすん言いました。

「なるほど……もしかしたらお手伝いができるかも知れないんだが……」

 ハンカチで鼻を押さえていたわたくしは、パッと顔を上げました。

「ちょっと事情があって、人に姿を見せられないんだ。見つけたらここに置いておくから、もう日が傾いているし、明日にでも取りに来れるかな」

 わたくしは首を傾げました。

「まあ、お尋ね者でいらっしゃるのかしら?」

「それは違うと誓うよ」

「よかったですわ、だったら怖いと思いましたの」

 ほっとしましたわ。声が聞こえてくる場所がいまいちわかりませんが、なんとなくの方向にむかってにっこり笑ってみせます。本当にお尋ね者だったらどうしようと、ちょっと怖かったのです。

「……ちょっと、見た目が特殊なもので……」

 以前サーカスの絵本を読んだことがあります。

 色々な姿形の方がいらっしゃいました。

「申し訳ございません、わたくしなんて失礼なことを……」

 慌てて頭を下げると、「いや、あのそうじゃなくて、というのも変なんだけどそうじゃなくて」と慌てた声がします。

「それに、わたくしのマリがどうなったかすぐに知りたいんですの……あっちを向いているのではダメでしょうか?」

 声はしばらく沈黙していましたが、

「それもそうだね、お嬢様があれだけ泣いちゃうくらいの大切なもののようだし。よし、ひとつ探してみるからあっちを向いててくれ。絶対振り向いちゃダメだよ!」

 と早口に言うが早いが、どぼんと水の音がしました。

 振り向きそうになったわたくしはハッと気づいてあっちを向き、泣いているところを見られた恥ずかしさに身悶えるのでした。


 時間としてはすぐだったのでしょうが、待ってると長いもの。

 やきもきしていると再び水音がしました。

「これで合ってるかな」

 ころころとわたくしの隣に転がってきたのは……金のマリ!

「ああ、これです! 本当にありがとうございます!」

 振り向きそうになる自分を抑えるのは大変でしたが、必死で前を向いたままお返事します。

「よかった、もうなくさないようにね」

 ちゃぷちゃぷ。このまま遠ざかりそうな言葉と水音に、思わず大きな声が出ました。

「わたくしの大切なマリを助けてくださった恩人にお礼をしないなんて、父に叱られますわ。

 わたくしはまだ子どもですので、お礼は父と相談させていただきたいと思います。せめてお家の場所かお名前を教えてはいただけませんか」

 彼は少し迷ったようです。

「俺は旅人でしてね、お嬢さん。何もいらないと格好つけたいところですが、最近まともに飯を食ってないんです。少しでいいんです、食料をお恵みいただけますか?」

 ああよかった! これで恩人にお礼ができます。

 しっかりとホテルの名前を復唱して覚えます。

 ちゃぷちゃぷ水音も嬉しそうです。

 その時、突然空から何か黒くて大きなものが降ってきました。

 恩人の悲鳴と大きな水音。

「やめろ! 俺は餌じゃないぞ!」

 バサバサという羽音とどんどん大きくなる水音に、わたくしは約束を破って勢いよく振り向きました。

 カラスが2羽、泉の中にくちばしを何度も差し込んで何かを狙っています。

「こら! おやめなさい!」

 小さなハンカチだけでは頼りなく、わたくしはえいっとマリを放りました。

 見事にマリは大きな音と水飛沫を立て、驚いたカラスは飛び去りました。

 そこに残ったのは……

「見たことのないカエルですわ」

 ウシガエルほどもあるでしょうか、でも色は鮮やかな緑です。顔も、どちらかというとアマガエルのように、目がくりっとしています。

 背中がぽこぽこしていて気持ちよさそう。あら、お腹の部分なんかの内側は白いのね。

「何やってるんだ! 大事なマリなんだろう!」

「……カエルがしゃべりましたわ」

「待ってて!」

 カエルは恩人の声でそういうと、再びどぶんと水にもぐっていきました。

「……ええぇ?」


読んでくださってありがとうございます!

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