俺、美味いものをご馳走になる。
こちらには初めての投稿です。
美味しいものを食べる話が書きたいと思いました。
「せめてものお礼に食事を用意しました。ぜひお召し上がりください」
踊り出しそうな自分を必死で抑え、丁寧に礼を述べる。本当は今にもがっつきたい! なぜなら俺は! 腹が! 減っているんだ!!!
「では食前の祈りを」
危なかった。さっさと食うところだった。お預けを食らった胃から抗議の声がするようだ。
祈りの言葉を卓についた全員で唱和しついに待ちかねていた食事がスタートする!
どうせこんなナリなんだ、テーブルマナーなんざあってないようなもんだが、ただでさえ見苦しい見た目なんだぞ、矜持まではなくしちゃならんぞと自分に言い聞かせる。
まずはスープだ。透明のカップは、下3分の1が金色のぜリー、上3分の2が白色のどろっとしたスープで満たされている。
小さなスープスプーンでかき混ぜると金色のゼリーがクラッシュされ、白いスープに隠れて見えなくなる。
鼻が効かないのが残念だが、誘われるように杯に直接口をつける。ひんやりしたぷるぷるがノドをつるんと滑り落ちた。口内に残るのはコンソメの風味と、冷たいじゃがいも。そうか、白いスープはビシソワーズだ。俺の、好物だ。
そんなことに気づかないくらい腹が減っていた自分を恥ながら、それでも喉を鳴らしてスープを啜る。久しぶりのまともな食い物に胃がくぅと鳴く。使われることとのないスプーンが浅ましい自分を映す。ちらりと目の端で領主が家令へ何事か告げるのが見えて肝を冷やした。冷静スープだけに……ってやかましいわ。
叩き出されるのかと思いきや、こちらに向き直った領主は人のよさそうな顔に哀れみをたたえていた。
「お客人、大変な空腹とお見受けしました。コースのお料理を出来次第テーブルに並べてお召し上がりいただくのはいかがでしょうか」
なんてことだ!
「いやはや、お恥ずかしいです……」
そう言いながらも視線は運ばれてきた皿に引き寄せられる。次はなんだ?
まず目に入るのは白いアスパラガスと、丁寧に盛られた葉野菜。隙間からサーモンと何か白っぽいものが見える。皿のふちにはオレンジのソースが、こう、オシャレな感じにシュッと模様を描いてる。
美しい前菜だ。この家のコックは腕もセンスもいいのだろう。
よだれを垂らさんばかりの俺は領主の眉間に増えた悲しそうなシワにも気づかず、フォークを手に取る。重い。
葉野菜ってなんでこんなに食いにくいのにフォークなの? なんかもっと食いやすいやりかたとかあるだろうに……どうにも難しく、結局フォークでサラダをかき集めそのまま口へ。犬食いだが仕方がない。どうせ今の俺は犬以下だし。
ああ、鼻腔にぷんと香る青臭い匂いが嬉しい。やや酸味のあるソースが丁寧に野菜全体にまぶされどこを食ってもうまい。野菜のドレスが半分ほど脱げると、下からサーモンと肉厚のホタテが現れた。大袈裟ではなく、シャンデリアの光を反射してキラキラしている。
まずサーモンとアスパラを一緒に口へ。生のサーモンはしっかり味が濃く、それでいて主張しすぎず優しい甘みのアスパラを包み込み、いくらでも食えそうだ。マリアージュってこういうとだったんだ。
感動しながらキラキラしたホタテに目をやると、「失礼します」の声と共に皿の左側に湯気の出たパンが山盛りのったバスケットと、乳白色のバターの塊が置かれる。
引きずられるように目を向ける俺の右側からも声がかかり、前菜の皿の右側には魚料理!
パリパリの皮がうまそうな白身魚に、緑のバジルソースがたっぷりかかっている。
そして、魚の上にちょこんと載せられた黒いつぶつぶたち。これはもしや、キャビア! 久しくお目にかかっていない!
どれから食べようか右往左往したが、初志貫徹でホタテをまず味わうことにした。かなり新鮮なようで、口の中でぶりんぶりん跳ねる! いっそ暴力的なほどの甘味と鼻をくすぐる磯の風味がたまらない。
すっと空になった皿が下げられ、魚が目の前にずらされた。そしてその隣に置かれたのは……
「我が領内で獲られたジビエです。本日は野うさぎとトナカイのステーキです」
少し硬めなので小さめに切ってお持ちしました。俺はその言葉を聞いてはいたがほぼ理解できていなかった。口の中に唾液が溢れ出す。
だって。に、く。にくだ。肉。
出来立てなのか、焦げ目で脂がまだぷつぷつと音を立てている。敷かれたマッシュポテトが肉の脂とソースでてらてら光る。
一瞬、空腹が矜持を上回った。
ナイフが使えないので、勿体無いが白身の魚をフォークで雑に切る。思った通り皮がパリパリいい音を立てる。ホクホクした淡白な白身魚としょっぱいキャビアを同時に口の中へ。その余韻が消えないうちに無塩バターをたっぷりのせたふわっふわのパンで追いかける。バターでびたびたになった小麦の香ばしさがバジルソースの名残と混じり合って消えていく。
フォークをブッ刺して口に放り込んだジビエは流石の歯応えだが、噛み締めれば噛み締めるほど旨味が飛び出してくる。丁寧な下拵えと濃厚なポートワインのソースが獣臭さを完全に消し、ただただ幸せな脂の甘みを伝えてくる。
肉の脂とソースを吸ったマッシュポテトをバゲットにのせてかぶりつく。ばりんという外側の歯応えともちもちの内側、柔らかいポテト。
ノドが詰まって慌てて飲んだ赤ワインは酸味がやや強く、そこまでアルコールが強くないのかごくごく飲めるさっぱり感。脂の膜が張られた口内がタンニンを受け流し、残るのはフルーティーさだけだ。
遠慮がちに置かれたガラスの器からの冷気に目を向ければ、グレープフルーツのソルベだと言う。抱えるように持ち上げた器を傾けると、ほろ苦い冷たさが口の中の脂を綺麗さっぱり拭い去る。ここにまたジビエ、魚、バターのパン……と止まらないサイクルが始まる。
ハッと気づくと、領主とその家族たちはもうデザートも終わり、食後酒にナッツや果物を食べていた。待たせてしまって申し訳ないと思うと同時に、散々がっついた自分に気づき絶望する。
項垂れた俺に即座に反応したのは領主だ。
「ご苦労なさったのですね……おいたわしいことです。お食事は十分でしたか?」
優しげなペリドットの瞳が慈愛に満ちてこちらを見つめる。領主、めっちゃいい人だな……大好きになりそうだ。
消え入りそうな声で十分だと伝えると皿が下げられ、コーヒーとケーキが運ばれてきた。
鼻が効かないことを飛び跳ねて悔しがりたくなるようなコク深いコーヒーと、シンプルなチョコレートのケーキ。甘党の俺には嬉しい組み合わせだ。
コーヒーはやや苦味が強かったのでキョロキョロすると、砂糖は少し離れた場所にある。領主は家礼と何かを相談しているし、使用人も忙しそうだ。
俺は、テーブルの上をぴょこぴょこ歩き、角砂糖を2個抱き抱える。
うっかり、さっきからずっと俺を視界に入れない様にしている、この家の次女の前に躍り出てしまった。彼女の表情が凍りつくのを見て慌ててケーキ皿の前にぴょんと戻る。
壁際から小さく「ひ」という悲鳴。
青い顔のメイドが口を押さえるのが見えた。
ごめんな、カエル苦手だった?
でもこんなカエル野郎を招いたのは、そこの次女さんだぜ?
「領主様、少しお話しよろしいでしょうか」
意を決して俺は声を上げた。
コーヒーは美味かったが、やっぱり鼻が効かないのが残念だった。
書き溜めなどしておりませんので、ゆっくり更新します!