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氷とけ

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふ~む、早いかなあ、山の雪がぼつぼつ溶けてゆくのは。

 いわば冬の旅行客。寒さに導かれるまま積もり、暖かくなればおのずから姿を消してゆく。

 自分にとっての過ごしやすさに忠実で、条件に合わなくなれば、とまどいなく、いなくなる。

 後ろ髪を引かれることがない、というのが人間と自然現象との大きな違いのひとつだと思っているんだ、私は。


 これらをどうにか年中引き留めようとするのは、人の意志と工夫、突き詰めればわがままによるところが大きい。

 容赦なく去るときは去るが、条件を整えさえすれば、いくらはべらせても文句ひとついわずについてきてくれる。厳しくも素直なんだ、彼らは。

 ゆえに、それらに変化の見られるときは気をつけなきゃいけない。いかなるごまかしもせず、真実を伝えてくれているからな。

 それは身近にある、とある物質もそうかもしれない。

 私の昔の話なんだが、聞いてみないか?



 製氷器を使った経験、君にはあるかな?

 一定の大きさに区切られた専用の器に、どんどんと水をついでいく。形が違うが、たこやきづくりの機械に似たようなところがあるか。

 それを冷凍庫に相当するところへ安置し、固まって氷になるのを待つ……という過程を持つわけだ。

 いまどきはあまりやらないかもしれないな。専用の給水機に水を入れてセットすれば、冷蔵庫内の製氷スペースにどんどんと落とし込まれていく。

 冷蔵庫のオート化、いわゆる「おりこうさん」な行いにより仕事を奪われ、対する人間はどんどんバカになっているのではないだろうか……と、ときどき心配になるくらいさ。

 機械がやたら気をまわすものだから、いざ人同士となると気の回らないところが面白くなくなり、失ったゆとりがいさかいを誘発する。やはり自分で動いて、自分でミスしないといかんかもねえ。

 こうして寒い時期にしかお目にかかれないはずの氷を、年中キープできる、というのはすごいことだけど。


 当時の私も、また自分で製氷器の用意をしていた。

 コップに入れるのみならず、私はじかにバリバリ氷を食べることも好きだったんでね。

 自前で氷を作っては、そいつをかき出して、あごの鍛錬と水分補給としゃれこんでいた。

 カチカチに凍らせてしまうと、氷が器と引っ付いてしまい、取り出すのに難儀する。ちょうどいい時間を見極めるのが肝要だ。

 私はちらちらと冷凍庫の様子を確かめ、氷のお世話をする。むやみやたらと庫の扉を開けるのは下策だが、自分の快さとの天秤だ。

 将来のために、今を重ねられるか。その重さのバランスはどうなのか。

 はた目につまらない作業に見えても、当人はいろいろ考えていたりする。


 そして、私好みの絶妙な仕上がりに至る。

 水っぽくなく、かといって咀嚼に頑強な抵抗を示すでもなく。小気味よい音を立ててもりもり食べることができる。氷菓子のそれを子供なりに追求し、一定のレベルにまで至ったというところかな。

 いっぺんに作れる氷は10個。そいつらを皿に並べて、パリポリといただく。

 ちょっと口の中がさみしいな、と思ったときの絶好の相棒であり、その日もお菓子を我慢した手前、すでに3ラウンド目の食事となろうとしていたのだけど。


 あれは27個目だったかな。

 ばりっと、ひとかみで砕いた瞬間、のど奥へ何か絡むものの気配があった。

 それは髪の毛を口に入れてしまったときの感覚に似ている。もしや、やってしまったかと、すぐに口をすすいだが出てこない。

 これまで髪の毛への対処は吐き出すか、あるいは魚の小骨と同じような感覚で、いっそ奥へと流してしまうかだった。

 めんどうくさく思い、大量の水でもってのどに引っかかったものへ攻勢をかける。

 なかなかしぶとく、4回やってもまだ残っているところを、今度は形の残った別の氷と一緒に押し込むことで、ようやく不快感をとることに成功する。

 成功したのはいいのだけど……やはり、この手のことは楽な道を選ぶべきでなかったかと、あとあと私は後悔することになる。



 それは最初、おねしょかと思った。

 なにせ、起きたら自分の敷布団がぐっしょり濡れているのだからね。この歳にもなって……という恥ずかしさが、何より先に来る。

 だが、ちょっと見てみると、こいつは小便じゃない。汗っぽくもない。

 臭いがなかったからね。どちらにしても。

 そして、あらためてみると範囲がやはり広い。またぐら近辺を越えて、背中全体をカバーしてくると来た。


 なんだ、これは?

 いざ起きて身体をあらためてみても、特に濡れてはいない。一方の服はというと、敷布団と同じようにぐっしょりだ。

 誰かが寝ている間に、私の身体を起こして仕込んだことなのか? いや……。

 確証を持てないまま、落ち着かない日中を過ごす私。その間も、身体のどこかが不意に濡れてくるのではないか、と気が気じゃなかったが、それはなかった。

 ただ寝ている間のみ、たっぷりと寝間着も敷布団も湿っていくんだ。

 子供の身体は、徹夜への適性は高くない。いくら寝るまいと思っても、いつの間にか意識をなくしていて……このざまなんだ。



 そして、この手の大事は誰にも知られたくないと思う、微妙な心持ち。

 私はこのことを黙り続けていた。そのまま、このことが夢のように過ぎ去ってしまわないかと期待して。

 結果からいうと、事態は一か月ほどのちに落ち着いたんだが……そのぶん体重が落ちた。

 どうやら肉が落ちたというより、臓器が縮んでしまったんだ。身体の中の臓器のほとんどがね。

 あのとき流れ出てしまったものには、血の臭いなどもなかったが、もしも関係があるのなら、氷のごとく溶けてしまったのかもしれない……。


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