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鴉の囀り  作者: 武田 和紗
8/20

第八羽

続き

第八羽



 若堂は今やネットの上で、網にかかった獲物を屠る殺戮者であった。

以前は王のように崇められ、リプライとRT、ふぁぼ数は比類なきものであったのに。

スマートフォンとタブレットを見つめ、固まっているレイジ、キューちゃん、そしてそれ以外のユーザーたち。同じ思いを感じていた。

うろうろとTmitter内を獲物を探すように彷徨いながら、若堂は新たな呟きを更新し始めた。



「フリーメールにしといて、良かった……」

身体の強張りが溶けたレイジの第一声だった。

向かいではキューちゃんが別の意味で胸を撫で下ろしている。

「俺は本アドだったから、もしかしたら危なかったかも……」

「畜生、条件は同じなのに直前までメールしてたせいで怖い思いしたじゃねーか!」

「フリメ、消しとけば?」

「そうすっわ。やべー、結構使ってる奴だけど、変えとこう」

「本アドじゃ変えるの辛いしなー」

「さっきまでデレデレしてたのに余裕だなお前」

「デレデレしてねーよ」

「……凛々さん、フレンチブルドッグそっくりだったな」

「………………うん」

「地雷系、どころか見えてる爆弾じゃねえか」

「……………うん」

キューちゃんがみるみるうちに萎れていく。

かなり今回の件は堪えているらしかった。

ある意味、キューちゃんの純情がずたずたに踏みにじられた一件であった。

その時、スマートフォンとタブレットが一斉に震え出した。思わず2人は身をすくませる。

どうやら、スカイプで連絡を取った「若堂にフォローされていない仲間たち」からのようだった。

グループチャットなので、一斉に会話が並んでいる。

カッサーラはふざけているのかと思うくらい慌てており、ハンドレットと愛華は落ち着いているがショックを隠せないようだった。

三四郎は『自分たちもうかうかしてられないっすね』と言い、タイラーは『凛々がブスでショックだった。それが一番リアルにきた』などとのたまっていた。

レイジは、外出中なのでボイスチャットは出来ないと断った上で『凛々さんは、殺される直前に突然フォローされたそうです』と送った。

『では鍵アカウントにすればいいのではないだろうか』とハンドレット。

賛同する声が上がる。早速鍵アカウントに移行するようだ。

レイジとキューちゃんは蚊食鳥に言われて、あらかじめ鍵アカウントに設定していた。

しかし、なぜ蚊食鳥はあの最初の話し合いでそれを注意喚起しなかったのか。

イースターエッグが死んだ時の様子を考えても小さな疑惑や疑念が膨らむ気がする。

蚊食鳥が祭り好きの目立ちたがりとは言え、殺人の片棒を担ぐとは考えにくい、と思っていた。

しかし、騒ぎを煽る様子などが自分の思うように誘導しているような・・・・・・いや、若堂の意思の通りか?

堂々巡りする頭でコーラを啜ると、コーラは無く既に溶けかけた氷ばかりだった。

「キューちゃん、俺新しいの頼むけど何か飲む?」

「え、あー、んじゃあったかいやつにしたいな。何か冷えた」

「ほいメニュー」

「さんきゅ」

少し悩んで、2人とも宇治緑茶にする。ウェイトレスを呼んで注文した後、周りを何の気なしに見回す。

意外と夜も更けているのに人が多いと感じる。

「なあキューちゃん、結構混んでるのな」

「んあ?あー、そうだね。・・・・・・俺らみたく、家にいたくない人たちだったりして」

「あー」

誰かが一緒にいるならともかく、一人だけで部屋にいるのが苦痛になると言う人たちも多くいるということか。

実際、心安らげる誰かと部屋にいるならいいが、得体の知れない誰かに監視されている気分を味わいながら一人部屋に篭る必要性はない。

レイジは何となく、周りの客席を見て、またファミリーレストランの暖色系の光を見て、ここなら大丈夫だと根拠のない安心感を得た。

「また、若堂がbotみたくなった」

キューちゃんが独り言のように呟いた。無言でレイジも身を乗り出し、タブレットを覗き込む。



Jackdaw_hamlet『人間性と言うのは、何を見て判断されるんだろうね』

Jackdaw_hamlet『所詮、他人から見れば対象者の一面を見ることしか出来ないのに』

Jackdaw_hamlet『他人が見た一面をモザイクみたいに繋ぎ合わせてやっと作った人間性なんて本質とは違うのに』

Jackdaw_hamlet『でもそれでしか判断出来ないか』

Jackdaw_hamlet『僕のこと、みんなどう思ってる?』

Jackdaw_hamlet『そういや話変わるけどね。例の面白い嘘をつく人気者』

Jackdaw_hamlet『あいつは未だに大ボラ吹だよ』

Jackdaw_hamlet『それはどうでもいいんだけどね』

Jackdaw_hamlet『だってもうそいつは』

Jackdaw_hamlet『そうそう、焼肉ならみんな何が好き?』

Jackdaw_hamlet『僕はミノかなあ』

Jackdaw_hamlet『あ、鳥肉も美味しいよね池袋のあの店まだあるかな』

Jackdaw_hamlet『僕はさ、イギリスにいた時美味しいお店にしか行かなかったから、まずいものは食べてないんだよね』

Jackdaw_hamlet『こっちに帰ってからも、いいものしか食べてないよ』

Jackdaw_hamlet『海外ではいい服を着てるとカモにされるから、こっちに帰ってからの方がファションは楽しめるんだよね』



「レイジ」キューちゃんが渋い顔で言う。

「若堂は、何が目的なんだ?」

「それが分かれば楽だろうよ」

「だよなあ」

取り留めのない若堂の呟きは、彼の輪郭を益々ぼやけさせていた。

何故。何のために。どうやって。

それらの答えは何一つ解かれてはいなかった。

レイジは先程、凛々が死ぬ前に閃いたものが何だったのか考えていた。

若堂のツミートにヒントがあったはずだ。

過去のツミートに遡りながら頭を巡らす。

それを繰り返す度に死者の顔が目に入る。

慣れるかと思ったが、全然慣れやしない。

画像の色合いが、生気のない色味で彩られているのでやけに脳裏に焼き付くのだ。

軽い嘔吐感を我慢しながら、いつの間にか運ばれていた緑茶を無意識に口に運んだ。

「旨いなこれ」

「ファミレスの癖にな」

「なー」

そういう間にも、若堂のツミートは延々と続く。



Jackdaw_hamlet『銀座の◎◎って店では、常連になるとワインをサービスしてくれるんだ』

Jackdaw_hamlet『フレンチなんだけど、結構ヘルシーメニューでね』

Jackdaw_hamlet『でもサービスしてくれるワインを飲むから、ヘルシーなのかどうか』

Jackdaw_hamlet『凄い量飲むからね』

Jackdaw_hamlet『ラスベガスに旅行した時はね』



「・・・・・・もういいしんどい」

ギブアップだ。これ以上読むのが疲れる。

キューちゃんはスマートフォンを忙しなく弄っている。

「キューちゃん、何やってんの・・・・・・」

「スカイプチャットで、フォロバされてない人・・・・・・えっと愛華さんとハンドレットさんと話してる」

「何か変わったことあった?」

「ハンドレットさんが、今までの被害者の死因について考察してくれてるんだよ」

「え、そんなの分かるの、写真で?」

キューちゃんによると、流石に写真では細かい死因は分からないそうだ。

しかし、顔色や死に方で大体の「状況」は分かるのではないか、と言うことだった。

「何か顔がちょっと鬱血してるようで、窒息とかそういう時っぽいとか」

「うわ、嫌だわそれ」

「でもそれは絞殺された場合の特徴なんだけど、首には索痕が見当たらないから変だ、とか」

それはきっと素人には全く分からないだろう。

ハンドレットも多くの死者を見てきたはずだが、こういった例は珍しいようだった。

「それに、首を絞められたなら抵抗して首を掻き毟った後があることが多いとか」

「あー、金田一で見たわ。あの時は被害者抵抗してなかったけど」

レイジは漫画のほうの名探偵の名前を挙げた。

恋人に殺される被害者が、加害者を思いやって抵抗しなかった、と言う話だ。

「でも、若堂のこと、よく知ってる奴が殺されているわけじゃないしなー」

レイジの呟きに、キューちゃんも頷く。

「あ、でも扼殺・・・手とか腕で鼻と口を圧迫して窒息したなら、鬱血もするってハンドレットさん言ってる」

「へー」

「白目が膨らんでて、顔も鬱血、索痕がなくて・・・・・・うげ、気持ち悪くなってきた」

「・・・・・・俺もだよ」

「あと、ハンドレットさんが言うには、あの短時間で殺すんだから加害者は凄い力で無いと無理らしい」

若堂がターゲットを決めてから、画像添付ツミートをRTするまでの短時間。

確かに、あっという間なイメージだ。

特にスピード化しているインターネットの世界でかなり速いと感じるのだから、実際には異常な速さなのだろう。

「あと、愛華さんって仕事がパソコン関連でインターネットにも強いみたい。若堂の呟きとか独自に調べてくれてるみたいよ」

「・・・・・・何気に凄い面子だよな」

「役に立たないの俺らとかくらいじゃない?」

「うーん、個人的にはタイラーさんには負けたくない」

ツミート傾向が「妹&ロリータ萌え」のタイラーには、何となく。

「・・・・・・ところで、蚊食鳥は?」

レイジの言葉に、キューちゃんは首を横に振った。

「連絡もないし、禁壷にもDEEP板にもいないっぽい」

「何なんだろう、あいつ・・・・・・」

考えることが、たくさん過ぎて頭が混乱する。

若堂。蚊食鳥。

一体なんだってんだ。

キューちゃんのタブレットを我が物のようにして、レイジは禁断の壷にあるDEEP板を開いた。

やはり未だに若堂関連のスレは盛り上がっている。

適当なスレを選択する。

と、そこに蚊食鳥がいた。

「キューちゃん、蚊食鳥がいた」

マジで、とキューちゃんもタブレットを覗き込む。



712:名も無きDEEPER

いや、マジで死んでるから



713:蚊食鳥

そろそろ突撃してみようと思うんだけど



714:名も無きDEEPER

>>713

お、かっくん行っちゃう?



715:名も無きDEEPER

期待



716:蚊食鳥

ここで一発若堂凹まして、大手柄取るかなーwwww

でも、まだ早いかなwww



717:名も無きDEEPER

え、じゃああたしが手柄取っちゃうぞ★



718:名も無きDEEPER

おう、やれやれ>>717



719:名も無きDEEPER

>>717

期待期待期待



720:名も無きDEEPER

え、マジで?こういう流れwwwやらなきゃダメ?



721:名も無きDEEPER

>>720

やるんならコテハンつけろよ



722:ありす

りょうかい!じゃああたし、凸ってくるー

ツイアカこれね @alice-alice3



723:蚊食鳥

>>722

ありすたん、いてらーw



最後の蚊食鳥のレスには、微妙な悪意が篭っているようにレイジには思えた。

「とりあえず、このコテハンの動きを追おう」

そう言いながら、ありすと言うDEEPERのTmitterアカウントをリストに放り込む。どうやら、プロフィールやツミート内容を見るに17歳の少女らしいのだが。

「自撮りの写真、か……」

キューちゃんは、先程の凛々の件が本当に痛手だったらしい。複雑な表情でプロフィール欄を見詰めている。凛々もプロフィール写真は、物凄い化け様だったのだ。斜め上からの自撮り写真は信用しては、ならない。

「可愛い……な」

あ、ダメだこいつ。

キューちゃんは女に騙される星の元に生まれてるんだろう、とレイジは納得する。

そうこうする間に、ありすは若堂に接触を開始していた。



alice-alice3『@Jackdaw_hamlet DEEPから来ますた★』

Jackdaw_hamlet『@alice-alice3 初めまして。君も禁壷から来た人?』

alice-alice3『@Jackdaw_hamlet そうですよー(・ω・)ミャハ』



同時並行でスレも進んでいく。



750:蚊食鳥

お、ありすたん接触したねー



751:名も無きDEEPER

煽ってんのかwwwありすたんwww



752:名も無きDEEPER

かwwwwおwwwwもwwwwじwwww



753:ありす

何だようwwwってか、一応これサブアカよー。

本アカじゃないからご留意★

若堂フォローしてきたにゃん★



754:名も無きDEEPER

うぜえwwww



「うぜえ・・・・・・」

レイジも思わず呟いたが、キューちゃんは、えーそうかなあ、と首を傾げている。

多分、今度はもっと酷い目に遭うんだろうなあ、と漠然とレイジは思った。



alice-alice3『@Jackdaw_hamlet 若堂さんは、どうしてフォロワーさんを殺そうと思ったんですか?』

Jackdaw_hamlet『@alice-alice3 ありすさん、フォローしました』

alice-alice3『@Jackdaw_hamlet ありがとうございまーす★(бдб)ノシ』



禁断の壷のスレが進む。



760:ありす

フォローwwwされたwwww

もっと切り込んでいくよー



761:名も無きDEEPER

おう、いけいけ



762:蚊食鳥

直球www勇気あるなあwwww



763:名も無きDEEPER

蚊食鳥も見てないでやれよwww



764:蚊食鳥

>>763

うん、後でねー



レイジは、口には出さなかったが、次なる犠牲者が決まった、と確信した。

と、同時に蚊食鳥へのもやもやとしたものが、更に大きくなった。

ちらりと見ると、キューちゃんの顔もやや青褪めている。

次に何が起こるか。

大体分かってしまうことが、更に吐き気を催させた。

その時、レイジの後ろにいたサラリーマンらしき男がテーブルをがたがた言わせたので、2人とも身じろぎした。

どうやら何かいいことでもあったのか、興奮しているようで、よっしゃ、などと呟いている。

「なんだあのおっさん、ニヤニヤしてる」

キューちゃんからは、そのサラリーマンの顔が見えるようだ。

「マジで、びっくりさせんなよな」

レイジがそう呟き2人の目は、タブレットに戻った。



alice-alice3『@Jackdaw_hamlet ねえ質問には答えてくれないんですか★』

Jackdaw_hamlet『@alice-alice3 ありすさん、イソップ物語の『美しい鳥コンテスト』って知ってる?』

alice-alice3『@Jackdaw_hamlet 知りません★何ですか?』



「レイジ、知ってる?」

キューちゃんの声に、レイジは億劫そうに顔を上げる。

「幼稚園で読んだぞ、あらすじは・・・・・・」

ある日、神様が美しい鳥を選び鳥の王を決めると言った。

それを聞いた鳥たちは羽を繕い、川で水浴びをして身を清めた。

我が身と声の醜さを恨んだカラスは、美しい鳥たちが落とした羽根を身にまとい神様に見出される。

しかしカラスを飾る羽根が自分たちのものだと気付いた鳥たちに毟り取られ、カラスは以前よりもみすぼらしくなるのだった。

「結局カラスは、自分を偽ってかえってみっともないことになったって言う寓話なんだよ」

「へー」

「まあ思春期には良くあるよな」

レイジがそう言うと、キューちゃんはうんうん、と頷いた。

「レイジも、中二の時そうだったもんな」

「は?!」

キューちゃんのさらっとした一言に、レイジの下顎ががくんと落ちた。

「忘れたの?レイジ、あの頃自分が何かの生まれ変わりで闇の力がどうとか言ってたじゃん」

「ちょ、おま、え」

全身の血流が酷く荒々しく行ったり来たりを始める。顔が熱くなったり冷たくなったり忙しい。

キューちゃんは、それには気付かず昔話を懐かしむように言う。

「あれ、今思えば中二病って奴だったの?レイジがそんなんだから、俺とかも遊ばなくなってさー」

そうだった。思い出した。

レイジが闇の力を封印した魂「ダーク・フレイヤ」だった頃、そしてダーク・フレイヤとして振舞うのと反比例して、友達が少なくなっていたことを。

今思えば、よくいじめを受けなかったと思う。

しかも、闇には孤独が似合いなのさ、と酔っていたように思う。

全て思い出して、レイジの顔は熟れたトマトのようになった。

「あのすいませんキューちゃん」

「何?」

「この件は・・・・・・この件はどうかご内密にしていただけませんでしょうか」

「うん?いいよー」

邪気の無い調子でキューちゃんは笑う。

でも良かったよ、Tmitterみたいなネットが無かったらまた友達になれなかったもんな、と更に続けた。

「お前・・・・・・天使?」

「何だよやぶから棒に」

「俺もお前が友達で良かったよ」

そりゃ良かった、と緑茶を啜るキューちゃんだった。

和やかになる2人とは対照的に、レイジの後ろのサラリーマンは気が立っているようだった。

何かを呟きながら、たまに机をがたがた言わせている。

うるさいな、と思いながら2人は再びタブレットに視線を戻した。

若堂とありすのツミートはかなり進んでいた。



Jackdaw_hamlet『@alice-alice3 とりあえずぐぐってご覧』

Jackdaw_hamlet『@alice-alice3 僕が君たちを殺す理由が分かるから』

alice-alice3『@Jackdaw_hamlet 何それ、分かりません。カラスがどうしたって言うんですか』

Jackdaw_hamlet『@alice-alice3 カラスは本当は美しい鳥なんだよ』

Jackdaw_hamlet『@alice-alice3 それなのに、自らを貶めて他の鳥の羽根で別物に成り代わろうとした」

Jackdaw_hamlet『@alice-alice3 それは罪だ』

Jackdaw_hamlet『@alice-alice3 僕は、カラスなんだよ、本物の』

Jackdaw_hamlet『@alice-alice3 君たちみたいな偽物じゃない』

Jackdaw_hamlet『@alice-alice3 別物の振りをして楽しいか』

Jackdaw_hamlet『@alice-alice3 他者の声で話して楽しいか』

Jackdaw_hamlet『@alice-alice3 周りの人を騙して楽しいか』

Jackdaw_hamlet『@alice-alice3 虫唾が走るね』

Jackdaw_hamlet『@alice-alice3 イソップ童話のカラスは、羽根を抜かれて突付かれて、その後死んだだろうね』

Jackdaw_hamlet『@alice-alice3 君も同じようにしてあげる』



後ろのサラリーマンが、まだ気が立っているのかガタガタと机を揺らした。

うるさいなあもう。

くぐもった声で何事かを言っている。いや、叫んでいる?

レイジ、とキューちゃんが背後を指差す。

緩慢に振り向くと、サラリーマンはたった一人で不思議な踊りを踊っていた。

腹の出たスーツ姿、汗じみたワイシャツ。髪は薄くべったりとしている。顔は苦しげに真っ赤だ。

それを振り乱して、手をばたばたとさせ、今にも空中に浮き上がりそうだった。

周囲の客も、呆気に取られてそれを眺めている。

ウェイターが、慌てて走り寄ろうとしたその時。

一際高く、鶏が絞め殺されるような声を上げて、サラリーマンはファミリーレストランの床に仰向けに倒れた。

白目を剥いて、口はだらしなく開いている。

一瞬おいて、客から悲鳴が上がる。

救急車、と誰かが叫ぶ。誰かが、救護しようとしている。

レイジも、キューちゃんも身動きが取れなかった。

ウェイトレスやウェイターが客を落ち着かせようと奔走している。

「おい、レイジ!」

振り返ると、キューちゃんは既にタブレットに目線を戻していた。

これ見ろ、と画面を指すと。

あの倒れたサラリーマンの画像が、若堂によってRTされていた。

「な・・・・・・んだこれ・・・・・・!」

もう一度横目でサラリーマンの姿を振り返る。

やはり同一人物だ。

禁断の壷でも、ネカマだの、ありとあらゆる悲鳴が上がっていた。

蚊食鳥はと言うと、特にレスはしていないようだった。

サラリーマン、もとい、ネカマのありすは既に絶命していることは分かりきっていた。

レイジはゆっくりと周囲を見る。

「キューちゃん、何か動きが怪しい奴、いた?」

「いや、俺のとこは嫌でもおっさんが目に入るから」

「だよな。まだ、もしかしたら若堂・・・・・・近くにいるんじゃね?」

自然と声が小さくなる。

「でもおっさんに近づいた奴いなかったよ。むしろ俺たちが一番近いし」

「こええ」

「もしまだいるとしたら・・・・・・やばいよね」

このファミリーレストランに、若堂は、いる、のか?

ゆっくりと顔を巡らせても、青褪めた表情の客や店員しかいない。

「レイジ」キューちゃんが短く呼び掛ける。

「愛華さんが、スカイプチャット送ってきた」

スマートフォンごと、渡されたレイジはそれを黙読する。

『若堂の直近のツミートはキューくんがいるファミレス近辺からされているわ。詳しいことはまだ調べてる。でもさっきの若堂のイソップ童話の話で、納得がいったことがあるのよ』

『若堂のアカウント、Jackdaw_hamletって後ろのハムレットは分かるんだけど、前半のはニシコクマルガラス……イギリスの国鳥のカラスなのよ。ヒントにはならないかもしれないけど、一応伝えておくわ』

カラス。若堂によると、彼こそが本物のカラスだと言う。

レイジの頭の中で、今までのことが廻る。

そして。朧げながら、閃きは形を持って目の前に現れた。

「蚊食鳥……」

キューちゃんにスマートフォンを返すと、レイジは自分のスマートフォンのメールアプリを立ち上げた。

キューちゃんがレイジを呼んだようだが、既に耳には入っていなかった。

続く

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