第六羽
6羽目。
第6羽
「なんかさ、ざわざわしてるんだよな」
電話口の向こうのキューちゃんに、何が、とレイジは返事をした。
スカイプでも、ましてやDMでもなく2人はお互いのスマートフォンで会話をしていた。
「ざわざわ、って言うか落ち着かないんだよ。ネットしてると」
「ああ、それなら分かる。さっきキューちゃんとDMしてるときに思ってた」
誰かからの視線を感じるような。そんな気持ち悪さが、ネットの海に漂っていた。
ふと、開けっ放しになっていたノートパソコンの画面にアラートが上がっていた。
スカイプだ。相手は蚊食鳥で、文字チャットのようだった。
『ピコ動とか禁壷とか面白いことになってるよ♪』
この一文のみだった。
「キューちゃん」
「俺も見た」
「・・・・・・楽しんでるよね」
「そういう子だから・・・・・・」
「ちょっと試しにピコ動見てみる」
「俺も見るわ。一旦切るよ」
「おう」
切電後、ブラウザのお気に入りに入れてあるピコピコ動画のリンクをクリックする。
アカウントを作って以来、たまに動物や自然系の動画を見るくらいで、ほぼほったらかしだ。
ピコピコ動画自体は、海外由来のYO-TUBEのように一般人が動画を作ってアップロードできるサイトだが、ここの強みは視聴者の反応がリアルタイムで見られることだった。
ミュージシャン予備軍、アーティスト予備軍、奇人変人がわちゃわちゃとしているイメージだ。
トップページの、今話題の動画のリンクをクリック。
「うっわあ」
思わず声が出た。
一面、若堂関連の動画だった。いくつかは元動画のコピーのようだが、あまりにも多すぎる。
センセーショナルなタイトルをつけようとしたのか、「Tmitterに現れた殺人鬼若堂」だのよく分からないミステリ小説のようになっている。
一番再生数の多い動画をクリックしてみる。
リアルタイムの強み・・・…動画上にコメントが流れる仕組だが、画面が見えないほどになっているのでコメントを非表示にした。
センセーショナルな音楽と共にTmitterのタイムラインと、禁断の壷のスレがスクリーンショットされ抽出されたコメントが強調されるなど、まあ見やすい作りになっていた。
大体の時系列は、これで読める。
もしや、蚊食鳥かと思って投稿者名を確認したが、彼女ではなかった。しかし、見覚えがある。
若堂にフォローバックされていない、オプションの削られた男。ツミート傾向は「自虐」のカッサーラだった。
「すげえ……あの人結構人気なのな」
どうやらカッサーラは、ピコ動ではちょっと名の知れた存在のようだった。
コメント欄は、「でかしたハゲ」など罵倒しつつ褒めているものが多かった。
「やっぱり禿げてんのな」
若堂のことは、これのせいもあるのかピコ動でも話題になっているようだ。まとめ記事などがリンクされ、公衆に縦覧されている。
またコメント欄でも、「DEEPから来ますた」の一節が目立った。
蚊食鳥や、それに倣った連中が関っているのは明白だった。
蚊食鳥が、言っていたことが気になり、禁断の壷DEEP板に行って見ることにする。
レイジは殆どDEEP板は見たことがない。禁断の壷のレスをまとめた、まとめブログなどで一部を知ることが出来るが、中にどっぷり浸かったことはない。
能力のある馬鹿連中。そんなイメージだ。
禁断の壷トップページから、リスト化されたリンク集内のDEEP板を探し、クリックした。
惨状、と言ってよかった。
上の方にあるスレッドはほぼ若堂関連。もっとも動きが早いのは、「若堂を凸するスレ」のようだった。
そのリンクをクリックする前に、少し気になってバックグラウンドのTmitterアプリを画面に呼び出してみる。
タイムラインは、若堂のツミートのみで埋め尽くされていた。
何故か吐き気がして、アプリをバックグラウンドに押しやって、スレを開いた。
ネットスラングに満ち満ちた混沌の中、レイジは必要な情報を探そうと流し読みする。
概要は、と言うと蚊食鳥のような糞コテの一人、イースターエッグが若堂に殺された人々の所に凸して(突撃して、のネットスラング)若堂の写真を撮影する、らしかった。
何故か若堂に殺された人々のアカウントは、所在地情報を添付したまま写真をアップロードしている。
その中でも、近いところがあればイースターエッグが出向く、と言うのだが。
レイジは、他人事のように、無茶なことを、と一人ごちた。
新しいレスを見ると、すぐ前に誰かが殺されたらしく、スレが一気に加速している。
実際、更新すると新しいレスが50件以上付いた。
イースターエッグのレスを抽出してみると、彼はどうやら既に現場に向かっているようだった。
320:イースターエッグ
やべえ
そこうちの近所なんだけど
325:イースターエッグ
>>324
多分近所の自然公園wwwwww
行って来るわーwwwwww
350:イースターエッグ
到着!でも数人既にいるわ、公園だしな。
352:イースターエッグ
警察は、もう呼んでるらしい。
こっそり写真うp
(その場にいる人間たちの不鮮明な写真)
もしかしてこの中に若堂いるのかな?
あ、次閲覧注意ね。
(うつぶせで倒れた男性の写真)
401:イースターエッグ
>>357
不謹慎上等wwwwwwwwww
でも、本物だったわ、あの写真
完全に一緒だもんな
ってか、マジでここに若堂がいるんなら怖いんだけど。
(人物と遺体込みの遠景写真)
呆れた。
脊髄反射で、キューちゃんの電話番号をダイヤルする。
彼はすぐに出た。
「どした?」
「酷いものをみた。お前も見ろ」
「なんだそりゃ」
レイジは問答無用で、スカイプのチャット欄に先ほどのスレッドのURLを叩き込んだ。
電話の向こうで、キューちゃんがぶつぶつ言っている。
そして、だいぶ読み進んだのか、うわぁ……、と呆気に取られた声を上げた。
「な?」
「DEEPERって、死者に鞭打つようなことする奴じゃないと思ってたんだけど……」
「このイースターエッグって奴、シロかな?」
「……若堂の仲間かも、って疑ってんのか?」
「その可能性もあるよな」
「それ言ったら切り無いけどさー」
キューちゃんはもごもごと口ごもった。レイジも、何もかもを疑って掛かるわけじゃないが、それでも何か気に入らなかった。
「これ……もしかして蚊食鳥が煽ってるんじゃないよな」
キューちゃんが何かに気付いたように呟いた。
「何で」
「いや……確証は無いんだけどさ。お祭好きの癖に表舞台にいないみたいだし。もしかしたら、って」
確かに。蚊食鳥の若堂事件への関り方、好奇心の持ち方はレイジには少しずれているように感じた。
火に油を、どころかガソリンを注いだ上で機銃掃射するような。
「じゃあさ、疑いついでにさ」
――蚊食鳥が若堂とグルだったらどうよ。
レイジの投げた問いに、まさかそんなわけない、とキューちゃんは否定した。
「どうしてそうじゃないと言い切れるんだよ」
「だって、蚊食鳥はそりゃあ面白いことが好きだけど、そのために人殺しの手伝いまではしないだろう」
「……蚊食鳥は信用できるのか?」
「それは分からないけど……」
「だろ」
レイジの言葉に、キューちゃんは困ったような唸り声を上げた。
どんなに仲良くたって、蚊食鳥が本当に味方なのかは分からないのだ。
そもそも、女性であることもつい先ほど知ったくらいなのだし。
「……俺、訳わかんなくなってきた……」
キューちゃんの声に、俺だってわかんねえよ、と返す。
嫌な沈黙が二人の間に落ちた。
ふと気になって、レイジはTmitterアプリを見た。リストが更新されている。
若堂にフォローされていない共通点を持つ彼らのアカウントを、リストに放り込んでおいたのだ。
通話を繋いだまま、流し読みをする。
彼らは、先ほどのスカイプ通話から気が抜けたのか、いつもと変わりないようにツミートしていた。
カッサーラは、自分の動画の宣伝ツミートに余念が無い。
三四郎は日課の筋トレを終えたようだ。
愛華は居ないようだ。ハンドレットは政権交代について持論を述べている。
タイラーは、よく分からないがアニメのキャラらしい少女を嘗め回しているようだ。
凛々は年上の男の人に迫られて困りますー、と自虐風自慢を繰り広げていた。
その時、あ、とキューちゃんが声を上げた。
「どうした」
「さっきのDEEPのスレ見てみ」
「どれ」
スレッドを更新する。
451:名も無きDEEPER
すげえな卵の奴wwww糞コテの癖にwwwwww
452:イースターエッグ
若堂、フォローしてみたwwwwwwwwww
@eggeggegg
453:名も無きDEEPER
>>452
うおおおおおおおおおおおwwwww
454:名も無きDEEPER
>>452
勇者wwwwktkrwwwwww
455:名も無きDEEPER
>>452
すげええええええ蚊食鳥の先を行ってやがるwwwwwww
456:名も無きDEEPER
>>455
しかも、本チャンのアカ使ってやがるwww
馬鹿wwww
457:イースターエッグ
うるせえwwwww
ちょっと若堂の鼻を明かしてやんよwwww
「……げんなりする」
率直な感想を述べると、俺も、と返事があった。
更新してみると、更にイースターエッグは活動を進めたようだ。
466:イースターエッグ
これから若堂に接触する!
見てるか蚊食鳥ー!
俺の勝ちだなwwwww
何故かは分からないが、このイースターエッグというコテハンは蚊食鳥に対抗心を燃やしているらしい。
フォローはしたくないので、とりあえずこのアカウントはリストに放り込んでおく。
普段からよく呟いているアカウントらしく、人となりが透けて見えた。
どうやら年代はレイジたちとそれほど変わらないらしい。よく外食するのか店で撮られた食べ物の写真が多かった。
そう言うと、キューちゃんも、
「確かこいつ、禁壷でも大学ダブったーとか言ってたわ」
と苦笑交じりに言った。
「DEEPで遊ぶのが生きがいなのかな」
「それでダブってたら意味ないけどねー」
「お前は大丈夫なのかよ」
「俺は真面目だからね。レイジこそ」
「俺は鬱ツミートしててもしっかり学業は修めている」
「うわー、今ドヤ顔見えたわー」
「うるせ」
「あ、イースターエッグが若堂に話しかけたぞ」
言われて、Tmitterアプリに目を向けた。
eggeggegg『@Jackdaw_hamlet 若堂さんどーも!DEEPから来ますたwwwww』
レイジとキューちゃんのため息がユニゾンした。
「なあキューちゃん」
「何」
「この人死ぬんじゃね?」
「まさかー」
「むしろちょっと死んでみてほしい」
「冗談でもそういうこと言うなよ気持ちはわかるけど」
画面の半分ずつ、DEEPのスレッドとTmitterアプリを表示して、反応を追う。
若堂のレスポンスは、異常と言ってもいいくらい素早かった。
Jackdaw_hamlet『@eggeggegg 初めましてイースターエッグさん。DEEPERなんですね』
eggeggegg『@Jackdaw_hamlet うっわ、本当にレスはええwwww随分大規模にやってますねーwwww』
イースターエッグが、スレに書き込むことを見越して更新する。
と、案の定だった。
480:イースターエッグ
うおおおおおおおレスきたああああああああ
481:イースターエッグ
ってか速攻フォローされたぞこえええええwwww
Tmitterの方では、若堂のイースターエッグ向けのリプライが延々とタイムラインに流れている。
Jackdaw_hamlet『@eggeggegg ああ、君は自分に自信がないんだね』
Jackdaw_hamlet『@eggeggegg 負け続けの負け犬君か』
Jackdaw_hamlet『@eggeggegg 自分を大きく見せるために無茶ばかりしてる』
Jackdaw_hamlet『@eggeggegg でも誰も認めてなんかいないよ』
Jackdaw_hamlet『@eggeggegg 君なんか』
イースターエッグのリプライはない。
その代わり、イースターエッグはスレッドに書き込んでいた。
522:イースターエッグ
なんだよこれ若堂の奴、煽りか?
525:イースターエッグ
オレのこと知らないくせに何いってん打
528:イースターエッグ
むかつくんだけど
>>526
知らねーよ
529:イースターエッグ
あれ、何かスレバグってる?
531:イースターエッグ
え、おれだけ?
画面おかしいんだけど、同じような人いない?
532:イースターエッグ
うっそ、こええ
イースターエッグの様子がおかしい。
他のDEEPERたちは、自分たちは特におかしくなってはいないと言っていることが、イースターエッグの様子を混乱させた。
545:イースターエッグ
嘘だお前らおれのことつってるだろ
546:イースターエッグ
画面が見づらい 何か知らないけど若堂の
547:イースターエッグ
途中送信
若堂のツミート?が画面 はみ出してる
550:イースターエッグ
え なにこれ なにこれ
555:イースターエッグ
なにこれ お前らたすけて
560:イースターエッグ
たすk
どこかで、見たような流れだった。
スマートフォンの向こうで、ひゅうひゅう、と息が漏れるのが聞こえる。
レイジもキューちゃんも次に何が起こるのかは重々承知していた。
Tmitterのタイムラインと、リストが同時に更新された。
@eggeggeggのアカウントから、画像が添付されたツミートが投稿された。
破廉恥な程に明るい蛍光灯に照らされ、青年は恐怖に歪んだ表情で仰向けに倒れていた。
フローリングの床には、カメラやスマートフォン、他にも様々なガジェットが彼を囲むように置かれていた。
まるで、死へ向かう青年を飾るかのように。明らかに、イースターエッグと名乗っていた男性が死んだ後に置かれたものだった。
細身の青年は、Tシャツにジーンズの姿でふらっと出かけたままのような格好だった。
茶色に染められた髪は、肌色とほぼ同じ色だった。
外傷が全くないのに、その姿は酷く陰惨に思えた。
若堂は当然のごとく、それをRTして彼のフォロワーに見せつけた。
ただ、いつもと違ったのは、被害者へのコメントがあったことだった。
Jackdaw_hamlet『@eggeggegg 僕は君みたいな人が嫌いだよ』
Jackdaw_hamlet『@eggeggegg 大嫌いだ』
初めて、若堂の憎悪を感じたような気がして、レイジの首筋にゾワゾワとしたものが走った。
淡々とゲームのようにフォロワーたちを殺していたはずなのに、能動的な印象。
生理的嫌悪感?
反射的に殺したような、そんな。
脳の何処かで何かが閃いたような気がした、が、それの正体はすぐに分からなくなった。
とりあえず、キューちゃんに話しかけようとした時、スカイプのアラームが鳴った。
蚊食鳥だった。
『卵さん殺されちゃったね』
『仕方ないか、あの人なら』
『あたしあの人大嫌いだったし』
蚊食鳥の言い振りは、どこか嘲笑を含んでいた。
レイジと、恐らくキューちゃんも、言いようのない嫌悪感に呻き声を漏らし。
画面から目を逸らした。
まだ続きます。