第四羽
続き
第四羽
レイジたちが行動を移し始めた一方で、Jackdaw_hamletはたった一人、「独り言」を呟き続けていた。
『僕はね、つくづくこの世界は美しいって思うんだ』
『ほら、朝日が昇ってまた沈むのだけでも凄いことじゃない。そういうのに僕は感動するんだよね』
『それだけじゃなくてさ、鳥が囀っているのを見ても幸せな気持ちになるじゃない』
『ピーチクパーチク何考えてるんだろうなーって』
『きっと人間には分からない価値観なんだろうね』
『そういえばオカメインコ可愛いよね。ほっぺの赤いのが』
『鳥って素敵だよなあ。自由で』
『イギリスに住んでたときもさ、鳥をよく見てたよ』
『そう言えばイギリスの国鳥、皆知ってる?』
『関係ないけど、鳩ってずっとヘッドバンキングしてるよね』
『ロックの魂なのかな』
『僕はUKロックが好きだけど、皆はどう?』
『ウィスキー飲みたいなあ』
呟き自体は、いつものJackdaw_hamletと変わりなかった。いつも、こういった事を呟いているだけだったのだ。
しかし、今となってはフォロワーにとっては、それがどういう意味合いを持っているのか探らねばならない恐怖の対象となっていた。
『クックロビンを誰が殺したのか』
『有名だよね』
『ああ、もちろん僕じゃないよ』
『クックロビンはよく囀るんだよ、可愛いよね』
『揉めない乳はただの肉だ』
『朝日が見たいなー』
唐突に話題が変わったり戻ってきたり。思うままをそのままに文面に書き起こしてるようだ。
彼以外に呟くものは、いない。
『ガレットを本場で食べたけど、日本で作った方が美味しかったよ』
『やっぱりジャパナイズドされてるんだろうね料理も』
『ねえ皆いつもみたいにRTしないの?』
『ふぁぼったり、僕が適当なこと言ったらすぐ絡んでくるじゃない』
『どうしたの?ねえ』
フォロワーたちは、一人で呟き続けるJackdaw_hamletを遠巻きに怯えて眺めている。
Jackdaw_hamletがいくらいつもの耳障りの良いことを言おうと関係なかった。
彼が後ろ手に血まみれのナイフを持っていることが分かれば、あえて絡もうとはしまい。
『@keisukelove ほら、君とかよく絡んでくれたじゃない。ダァ以外におっぱい触られるのは嫌だけど若堂さんならいいとか言ってたじゃない』
『@skyhighno1 ふぁぼ魔の君だから、すぐふぁぼってくれると思ったのにー。いつもならどんなつまんないツミートもすぐさまふぁぼるじゃん』
2人のアカウントは沈黙したままだった。
どこかで舌打ちの音が、Jackdaw_hamletと相互フォローのフォロワーたちには確かに聞こえた。
『つまらないな』
『リプライ返してくれなきゃ』
『殺しちゃうぞ』
タイムラインに、沈黙が訪れた。そして、Jackdaw_hamletからリプライを受け取った2人のアカウントから画像添付の呟きが上がった。
そして、それはすぐさまJackdaw_hamletによってRTされ、晒し上げられた。
金髪に近い茶髪の若い女性が、白目を剥き泡を吹いて床に仰向けになっている。
髪の毛は暴れたのか乱れ、濃い口紅が顔中にのばされ一見血まみれのようだった。
ご自慢だったろう巨乳も、はだけかけた深い襟ぐりのセーターの中で膨らみを強調するだけで、何の情欲も沸かせなかった。
もう一人は、かろうじて骨格で女性と分かる人物だった。
指紋でべたべたした流行に乗っていない眼鏡の奥にかろうじて、細い目が開かれている。
口はだらしなく開かれ、舌が飛び出していた。全体的にあずき色だ。同色のトレーナーとトレパンから、腹肉がはみ出している。
結んだ髪の毛は脂ぎっていて、光沢を放っていた。
ツミートの口火を切ったのは、普段若堂に対して、親しげに絡んでいたものたちだった。
『もう無理 耐えられない』
『やだよしにたくない』
『嘘だこれは絶対嘘だ釣りだこんなのってあるか』
『ねえ誰か警察言ったの警察まだ警察』
あからさまなパニックに、静観しようとしていたはずの他の人間も、釣られた。
『どうしたらいい?ねえこれってなんかのイベントだよね』
『やっべえ明日、レポートの提出なのに死んでる場合じゃねえよ』
『若堂×フォロワー♂って萌える?燃える?こんなこと言ってたら死ぬ?』
『殺人鬼攻め滾る!ハァハァ』
パニックは、追い詰められた人々の言動をおかしくするには十分な効能があった。
そこへ、若堂はとどめを刺した。
『もっと皆で話そうよ』
『RTしてふぁぼってリプしてよ』
『してくれないなら、僕からするよ』
『返してくれなきゃ』
『殺すよ』
タイムラインは、声なき悲鳴で充満した。
蚊食鳥のお膳立てで、スカイプに8人の人間が集った。
レイジとキューちゃんの2人を除いて、6人の男女は全くの初対面だった。
レイジたちが声をかけた最初は、戸惑い気味だった彼らも趣旨を説明すると、スカイプに集まることを承諾してくれた。
彼らは一様に、「死にたくはない」とDMで呟いていた。
8人も知らない人間が揃うと、ごちゃごちゃになりそうなものだが状況もあってか全員おとなしかった。
『さーて、一応自己紹介する?あたしはDEEPERのコテハン、蚊食鳥!よろしくね!』
蚊食鳥の言葉に、6人が反応した。やはり蚊食鳥は有名らしい。
何とはなしに、自己紹介が始まった。
『ぼ、僕はカッサーラです』
20代半ばっぽい男性の声。アカウントは@hageflush。ツミート傾向は「自虐」。
『私は愛華です』
落ち着いた大人の女性の声。アカウントは@loveflowermine。ツミート傾向は「ビジネス」。
『わたしはハンドレットです』
かなり年嵩の男性の声。アカウントは@pure100%。ツミート傾向は「政治経済」。
『俺はタイラー』
年齢不詳なハスキーな男性の声。アカウントは@titiprpr。ツミート傾向は「妹&ロリータ萌え」。
『私、あの、凛々です…』
10代の女性、と言うより少女の声。アカウントは@yuukiring-ring。ツミート傾向は「自虐風自慢。地雷系ビッチ」。
『自分は、三四郎っす』
堂々とした体育会系の男性の声。アカウントは@kuroobi-sanshirou。ツミート傾向は「筋肉馬鹿」。
レイジは、彼らの自己紹介を聞きながら、蚊食鳥のつけてくれたそれぞれのアカウントのツミート傾向によって、奇妙な先入観が構成されるのにうんざりした。
余計な情報によって、極めてステレオタイプな彼らの顔まで想像してしまっているのだ。
あと、アカウント名のせいで余計なオプションの付いている、いや正確にはオプションが削られた人間もいる。
キューちゃん(単語が多い)とレイジ(鬱)も手早く自己紹介を済ませた。
『んで、レイちゃん趣旨を改めて話してよ』
蚊食鳥に促されて、レイジは小さく咳払いをした。喉が、渇いて詰まる。
『み、なさん集まって頂いてありがとうございます。あの、改めて趣旨を説明すると』
若堂ことJackdaw_hamletの脅威から逃れること。
我々には、若堂からフォローバックされていないと言うレアな共通点があること。
釣りにしろ何にしろ、助かるための方策を考えること。
レイジの説明に、初めての面々は頷くような唸り声を出したり、ため息を付いたりした。
話が終わったところで、ハンドレットが声を上げた。
『趣旨は理解出来ました。ただ、あなた方が若堂側の人間ではない、という証拠は出せますか』
証拠。そんなものはレイジたちには無かった。
『証拠は…ないです。俺たちを信用してもらうしかないです』
若い男、恐らくタイラーが声を上げた。
『信用しろったって。そっちに蚊食鳥がいる時点でネタ臭がするだろうが』
キューちゃんが、あーそれもそうだよねえ、とのんきに言う。
当の本人の蚊食鳥は、あはは仕方ないよね、と笑っていた。のんきだ。
そこへ、大人の女性の落ち着きよろしく、愛華が口を挟んだ。
『いえ、レイジさんたちを疑うのは話をもっと聞いてからにしましょう』
『私も、そう思います……』
凛々も援護してくれる。
ならばそうしよう、とハンドレットがまず引いてくれた。タイラーも異論はないようだ。
『まず、俺たちが若堂に狙われないかも、と思った理由がそもそも奴にフォローバックされていないことです』
レイジの言葉に、蚊食鳥もおとなしく聞いている。
『若堂のやり方は、フォローされたら必ずフォローバックすることです。
実際、フォローバックされた人によると光の速さで返してくるとか』
キューちゃんが、そうそう、そういう風にフォロワーさんが言ってたよー、と言う。
『しかし、』ハンドレットが言う。
『フォローし忘れる、ということもあるんじゃないか?』
『俺もそう考えました、一度。でも、蚊食鳥に若堂にフォローバックされた人たちのツミートをリストアップしてもらったんです』
ほいほい、と蚊食鳥が文字チャット欄からテキストファイルを送信した。
6人が受信したのを確認する。
『ちょっと、文面を見てみてください』
メモファイルには、ちょっと多すぎると思うくらいの、ツミートのコピーが並んでいた。
『きゃーん若堂さんにフォロバされた♪フォローしてから1分経ってないのにフォロバ凄くない?!』
『@Jackdaw_hamlet 若堂さん、フォロバありがとうございます。フォローしてすぐだったので驚きました(笑)よろしくお願いします。』
『若堂凄くね?俺フォローして光速でフォローされたんだけどwwww』
『じゃくどーさんをふぉろーしました~。じゃくどーさんはぼくみたくPCにはりついてるのかしら?ふぉろばすぐだったよ』
『うっそ、すっげ、最近話題の若堂さんをフォローしたんだけど速攻フォロバしてくれたよ!プロフィールに偽りなしだな!』
『フォロバすっごい早いしツミート数も多いけど、よく規制されないよな若堂さん……』
他にも、同じような内容で全く別人のツミートが続いた。
ため息のような声が、参加者から漏れた。
『俺たちは、意図的にフォロバされていない、と言う見解に至りました』
そもそも、若堂の動きは異常なのだ。無視されがちだが。
botではないのに、そんな素早く行動できるものだろうか。
出来ないことはないよ、と蚊食鳥は言うが、かなりのTmitter廃人でも難しいのではないだろうか。
人間は必ず、睡眠を必要とする。たとえどんなショートスリーパーだったとしても、空白の時間はタイムラインで生じるはずだ。
しかし、若堂には「空白」が存在しなかった。
『だから、キューちゃんの意見としては若堂は何人もいると。若堂と言うユニットなんじゃないかと』
俺は、そう思うよー、とキューちゃんが語尾を継いだ。
『実際、日本各地でフォロワーが殺されてるわけだし』
蚊食鳥は、キューちゃんの意見を援護する。
『なるほど、』カッサーラが口を挟んだ。
『日本各地にユニットのメンバーがいれば、不可能じゃないかもしれないですね』
『いや、そもそも本当に死んでるんすかねえ?自分はそこら辺疑うっす』
ずっと黙っていた三四郎だった。堂々とした野太い声は、リーダーに相応しい迫力があった。
『死んでいるのに、アカウントは本人のだし。どうやって写真を撮ってるんすか』
『それは全然分からないです』
『ああいう風に作った写真なんじゃないすか?だとしたら、釣り確定っすよね』
『だといいんだけど……』
レイジがそう言うと、場は不自然な沈黙に包まれた。
ハンドレットが、唸るような声を上げた。
『わたしは……あの写真は本物、だと思う』
『何でそう思うんすか』
やや不満気に、三四郎が返す。
するとためらいがちに、ハンドレットは、
『わたしは……監察医なんだ。仕事柄……あまりいい死に方をしていないご遺体を見慣れている』
と呻くように言った。
あー……と誰のものかとつかぬ声が漏れた。
『やだ……あれ、本当の死体なんだ…本当の…』
震える声で虚ろに囁くのは凛々だった。
『俺、何回も見ちまったよ……』
吐気を我慢するような声で、タイラーが呻く。
『……アレが、本物だとして。どうやって殺してるのかしら……』
震える声を抑えて、愛華が問いかける。
キューちゃんがそれに答えた。
『俺は、事前に殺す人を決めてるんじゃないかと思う』
『……どういうこと?』
凛々が、甘えるような声で問う。
『だから、すぐ殺してツミート出来るんじゃないかな。いや、もしかしたら既に殺してるのかもしれない』
女性陣から、小さな悲鳴が聞こえた。
『既に殺してるから、直前のツミートは若堂の仲間たちかもね』
『それなら、僕たちは助かりますね』
カッサーラが安堵したように言う。
『相互フォローしてる人たちと言う前提条件も成り立つかもねー』
蚊食鳥が補強するように、鼻歌まじりに言った。
『…それなら、もしかしたら、俺たちは傍観者でいられるのかもしれない』
レイジがそう言うと、どこか全員の空気が緩んだ。
そこからは何か物別れな空気になり、何となく解散する流れになった。
何かあったら、すぐに連絡する約束だけは取り付けて、銘々にスカイプを切った。
凛々は、何故か文字チャットでレイジに自分のプライベートな連絡先を送ってきた。
ツミート傾向の「地雷系ビッチ」というのが引っかかったが、とりあえずヘビーユーズしているフリーメールのアドレスで送っておいた。
別に、下心ではない。完全に無かったとは言えないが、連絡先を交換しておいて損はないだろう多分。多分。
最後までスカイプを繋いでいたのは、蚊食鳥とキューちゃんとレイジだけだった。
キューちゃんはもう少し考えてみる、と言い、蚊食鳥は他のDEEPERの力も借りてみるよ、と笑った。
キューちゃんの推理が正しければ、レイジたちには危害がないのかもしれない。
ただの、エンターテイメントを楽しむだけの傍観者でいられるのかもしれない。
それでも、この3人は若堂が起こした「祭」を追求することを止めなかった。
義務感ではない。どちらかと言えば、自分だけは助かりたい、と言う感情に近かった。
そして、それに付随する意地の悪い好奇心……窃視症にも似た野次馬根性が、彼らを動かしていた。
蚊食鳥はDEEPERと糞コテの誇りにかけて。キューちゃんとレイジは、このくだらない日常を変える非日常として。
レイジは怯えながら楽しんでいた。
テレビ画面でホラー映画を見るような感覚だったのかもしれない。
それが、本当に映画なら。画面越しの事件だったなら、それでよかったのだろうが。
スカイプを切り際に、蚊食鳥が何の気なしに言った台詞が気にかかった。
『でもさ、何でキミら7人だけハブられてるのかについてはなーんにも分からなかったねー』
共通点のない7人。念のため、思い当たりそうなことを聞いてみたが、違うということが強調されるだけだった。
共通点は、若堂からフォローバックされていないということだけ。
ヘッドセットを外して、レイジはTmitterアプリを眺める。
Jackdaw_hamletは、たった一人、壊れたようにツミートを吐き出し続けていた。
ひとまずここまで。