第二十羽(最終羽)
第二十羽
(最終羽)
拡散された落胆は、禁断の壷のDEEPERたちが最も深く受け止めていた。
お祭騒ぎが大好きで、少しでもネタがあればガソリンを進んで掛けに行き炎上させることを好む彼らは、煽り耐性は強い。
また、嘘の情報で釣られたとしても肩をすくめて笑い合い、また新たなネタを探しに行くバイタリティーがあった。
だが、今回の若堂の件は虚像が大き過ぎた故に、その受けたギャップが激しかったのだ。
釣られたならまだいい。面白かったね、と言い合える。
だが、これではまるで風車に挑んだドンキホーテではないか。
踊るのは好きだが、踊らされるのは癪に障る。
そして、真っ先にその怒りをスレッド上に噴出させたのはコテハンの猫男爵だった。
562:猫男爵
ありえねえ。若堂のやつ、カルトの名前を大層に掲げてたって言うのか。
つまんねええええええ!
563:名も無きDEEPER
普通のスレ進行の時なら、カルトktkr!で盛り上がるんだけどねえ
ほら、陰謀論って盛り上がるじゃん
564:名も無きDEEPER
>>563
でもこの流れでカルトはねーべよ
565:名も無きDEEPER
かwwwwくwwwwいwwwwどwwwwりwwwww
誕生日おめでとうはねーよwwwwww
566:名も無きDEEPER
俺陰謀論好きだからカルトの話題も結構好きなのよ
んで、このカルトも妙な噂とかあるから知ってたわ
でも今回の件とは繋がんなかったよ、まさか過ぎて
567:猫男爵
許せん、非常に納得いかん。
568:名も無きDEEPER
>>567
落ち着けよ猫ちゃん
ほら猫画像でも見て落ち着けよ
ttp://ossya.dee.cc/material/mJ8o4iwhehw.jpg
569:猫男爵
>>568
モタ男じゃねーか!馬鹿!
多かれ少なかれ、祭に関っていた連中はギャップの溝に叩き落され、もやもやとした感情のままだった。
そして蚊食鳥やレイジが動かないことも彼らの感情を、ぐつぐつと煮込んだどろどろのシチューのようにさせた。
最初に動いたのは、猫男爵だった。
『ふざけんな、がっかりさせやがって』
直接、Tmitterでリプライをこの一言を送ったのだ。
コテハンのイースターエッグがどうなったか、他のユーザーが何をされたか忘れたわけではない。
ただ、怒りの方が思慮の先に立った。
一人が行動すると後は堰を切ったように、Tmitterアカウントを持つDEEPERたちが続いた。
持たなかったものもわざわざアカウントを作ってまで、若堂にリプライを送った。
がっかりさせるな。釣りならまだしも、これは何だ。
もっと大きい敵だと思っていたのに。
勝手に一人ぼっちで充実してろ。
苛立ちをそのままに、自分が言われたなら暫く落ち込みそうな言葉を遠慮なくぶつけた。
若堂だから。カリスマの化けの皮がはがれたモンスターだから。
何をしてもいい。
まさしく、八つ当たりだ。攻撃対象は間違っていないが、動機は八つ当たりに他ならない。
彼らは止まない耳鳴りのせいか、苛つきささくれ立ったものを、容赦なく投げつける。
何も反応が無いことが更に言動をエスカレートさせた。
嘘吐き。詐欺師の殺人鬼。気持ち悪い。
『@badbatbitbat なあ、これやばくね』
『@3lazydog ヤバイと思う』
その状況に危機感を抱いているのは、この2人だけ。
無防備に攻撃すれば、いつまたどんなことが起きるか分からない。準備をしていたと思っていたはずの蚊食鳥でさえ、死に掛けたのだ。
この中で罪を犯した事のない者だけこの女に石を投げていいと言ったのは誰だったか、レイジは思う。
石を投げる権利など、本当は誰にも無い。
レイジはあくまで居場所を守ることが最初の動機であり、誰かを傷つけることが目的では無かった。
途中で覚醒した暗黒騎士のせいで、叩きのめす楽しみが暴走したが。
『@badbatbitbat 俺はこんな展開望んでなかった』
『@badbatbitbat お前はそう思わないだろうけど、』
『@badbatbitbat 俺はいわば祭りを終わらせるために若堂に対抗したんだ』
蚊食鳥からの返信はない。若堂への罵倒が雨のように降り注ぐ中、唸り声と耳鳴りは止まない。
痛ぐるしいのは変わりなく、ただ何故か泣きたいように思う。
若堂の叫び声のように聞こえて、胸が痛い。
認めて欲しい。自分を見て欲しい。
痛切な自尊心と、尊大な侮蔑の目が全方向に向けられている。
求めているくせに拒絶する、中学時代の自分がモザイクのように散らばる。
蚊食鳥からのリプライが来た。
『@3lazydog あたしは祭に火を注ぐためだった』
『@3lazydog でも長すぎる祭は興醒めになるもんよ』
『@3lazydog 終わらせよう』
でも、どうやって。
今までやれるだけのことはやってきたのだ。
他に何か手があるのか。いや、蚊食鳥にはあるのか。
『@badbatbitbat 何か、手があるのか』
『@3lazydog ないよ』
でも、炎上したアカウントの末路は知ってる、と蚊食鳥は続ける。レイジは首を傾げた。
末路、とは?
「あ、そうか……」
グロッキーになったキューちゃんが、独り言に顔を上げた。
「キューちゃん、もうちょっと頑張ってくれ」
ファミリーレストランは、人がいつの間にか減っていた。
レイジたちは逃げるわけにいかない。
キューちゃんはふにゃっと笑うと、頷いた。
任せるよ。
その気持ちを受け取って、レイジはタブレットをフリックした。
『@Jackdaw_hamlet 若堂』
『@Jackdaw_hamlet 炎上は、初めてか』
『@Jackdaw_hamlet 怖いか』
『@Jackdaw_hamlet 俺はあんたが怖いよ』
『@Jackdaw_hamlet みんなあんたを怖がってる』
『@Jackdaw_hamlet もう、人気者なんかじゃないんだ』
若堂の唸り声の様相が変わる。
戸惑い。恐れ。動揺。
レイジは彼の心の動きを逐一感じ取れた。
だからこそ、彼が「逃げたくなる」言葉も分かった。
『@Jackdaw_hamlet あんたをフォローしている連中は、あんたを攻撃するためだけにフォローしてるんだ』
『@Jackdaw_hamlet あんたを監視している』
『@Jackdaw_hamlet あんたが失敗するのを待っている』
『@Jackdaw_hamlet あんたの足元を掬おうと虎視眈眈と狙っている』
『@Jackdaw_hamlet 周りは全員、あんたの敵だ』
若堂に変化はないように見えた。
しかし、動きはフォロワーたちのツミートが知らせてくれた。
『あれ若堂のツミート見れなくなったぞ』『フォロー外れてる?』『ブロックされたなう』『フォロー外されたー!』
ブロックされて、フォローが外れたとしてもツミート自体は見ることができる。
蚊食鳥からは、「wwwwww」とだけ書かれたリプライが来た。ふざけているようだ。
順番に、だが凄まじい速さで若堂はフォロワーをブロックしていく。
波状にブロック報告ツミートが溢れ、タイムラインが飽和した。だが最初からフォローされていないレイジたちには関係ないことだ。
若堂がアカウントを、心を閉ざそうと、追求を辞めるつもりは毛頭無かった。
『@Jackdaw_hamlet ブロックしても俺たちはお前を逃がさないぞ』
『@Jackdaw_hamlet 殺人鬼』
『@Jackdaw_hamlet ネット世界が本当に自由だと思うなよ』
唸り声が一際大きくなった。
頭が揺れるような耳鳴りがあるが、レイジは倒れなかった。
『@Jackdaw_hamlet あんたのことは全部分かっている』
『@Jackdaw_hamlet あんたは解体された』
それが、契機だった。
唸り声が止み、耳鳴りが収まる。
キューちゃんが顔を上げて、周りを見回しスマートフォンでスカイプチャットを始めるのが見えた。
タブレットを何度もスワイプして、タイムラインを更新させる。しかし、若堂のリストは一向に動かなかった。
そして、ややあって。
若堂が、消えた。
タイムラインを離れた、ということでは無い。
「若堂」と言う存在そのものが、Tmitterから消えていた。
『レイちゃんおかしいよ、若堂のアカウントが消えてる』
蚊食鳥のメールは、彼女にしては珍しい慌てたようなメールだった。
しかしそれはおかしい。Tmitterは退会してから30日間経たないと情報は消されないはずだ。
そう蚊食鳥に伝えると、
『あたしもおかしいと思う』『でも本当に消えてる』
若堂のTmitterのホームへと飛ぶと、「申し訳ありません。そのページは存在しません」と表示が出た。
他のフォロワーたちもそれに気付いて、騒いでいる。
おい。逃げたのか。
文字通り、自分を消して若堂は逃げた。
勝った。終わった。……のか?
疑問符の取れないまま数十秒考えて、レイジは脱力した。
8時間強の誰にも見えない苦闘は、終わった。
足元をふらつかせてファミリーレストランを出ると、朝焼けがしょぼつく目に染みた。
バッグがやけに重く感じる。それはキューちゃんも同じのようだ。ファミリーレストラン前の駐車場で2人は、思い切り伸びをした。
不意に、レイジの携帯電話が鳴った。Tmitterのフォロー許可を要求するメールが引っ切り無しに着ていたので、それかと思ったところが意に反して蚊食鳥からの電話着信だった。
「レイちゃんおつかれー」
「蚊食鳥、か」
「そうだよ、かくいちゃんだよ」
蚊食鳥の声は、疲れを感じさせないくらい明るい。
彼女もほぼずっと戦っていたというのに、タフだ。
「ねえレイちゃん」
「なんだよ」
「終わった、ね」
「お前は、終わったって思うのか」
結局、若堂は何も言わず、まろび出るように逃げてしまった。謝罪も言い訳も、何にも無く、だ。
安心感の底に、不完全燃焼した燃えかすが燻っている。
そんなレイジの気持ちを慮ったのか彼女は、
「祭はね、ちょっと足りないくらいでいいんだよ」
と笑った。
今回の件は、祭としては行き過ぎた。どんな形であれ、終わらせなければならなかった。
そういう蚊食鳥の思いは、レイジに分からない訳では無かった。が、もやもやとしたものは残る。
試合だと思っていたのが、実は壁打ちテニスだったと思い知らされたような。
「俺はね、蚊食鳥」レイジは言いにくそうに、また言い淀みながら「どこかで若堂が泣いて謝るのを期待していたのかもしれない」と呻いた。
「あたしは若堂が逆ギレして自爆するのを期待してたよ」
蚊食鳥の語調は、どこか優しい。
「終わったんだよ、だから自分を見つめ直すなんて無駄なことだよ」
返事ができなかった。
でも彼女がこんなにも優しいから、言う通りにしよう。
素直にそう思った。
レイジの様子が変わったのを感じたのか、蚊食鳥は何故か照れ臭そうに「あたし、Tmitterやめるわ」と言った。
「やってても呟くことないし、そんな暇あったらDEEPで祭やるし」
「ヒーローがクソコテに逆戻りか」
からかうように言うと、あたしはそもそもそんな柄じゃないよ、と笑われた。
俺だってそんな柄じゃない。
一頻り労をねぎらうと蚊食鳥は、
「じゃあそろそろ切るわ、キューちゃんによろしく」
と言った。
「おい、キューちゃんと話さないの?」
「今はいい」
でも今度は会いに行く、と意味深長な笑い声を立てた。
「じゃーねレイちゃん。また遊ぼうね」
「おう、今度はもっと平和な感じでな」
全く顔を合わせることもなく、声と文字列だけの付き合いだったが、蚊食鳥は鮮烈な印象を残した。
通話の切れたスマートフォンの画面を見つめていると、キューちゃんが顔を覗き込んできた。
「蚊食鳥、何だって?」
眠そうで、疲れで体がゆらゆらしているが優しげな瞳に変わりはない。
「お前を攫いに来るってさ」
「はあ?」
首を傾げるキューちゃんに、レイジは笑顔だけ返した。
なんだよー、とキューちゃんがむくれるのを横目に、未だメールの来るスマートフォンをスワイプした。
「レイジ、またフォローのメール?」
「ああ、鍵付きアカウントだからいちいち来るんだよなー。終わったし、鍵外そうかな」
「すっかり人気者だなあ」
「一過性のもんだろ」
と言いながら、レイジはアカウントの鍵を外す。
レイジのフォロワー数は見たことのないような数字になっていた。
うおーすげー、とキューちゃんが覗き込む。
フォロワーのプロフィールを最初から見ていくとやはり、DEEP からのアカウントが多いようだった。
一斉に知らない誰かから注目される衝撃。
誇らしいような、何だか怖いような不思議な気分だ。
何にやついてんだよ、とキューちゃんに小突かれる。
ヒーローなんて、柄じゃあ無いけど。
でも、何故か嬉しかった。
感じの良さそうなアカウントをフォローバックして行く。
ファミリーレストランの駐車場でやることではないが、どうした訳かすぐに一人暮らしのアパートに帰りたくなかった。
朝焼けの空に、鳥の声が騒がしい。
キューちゃんは一人でストレッチを始めた。
「なんだ、これ……」
最初は悪戯かと思った。しかも性質の悪い。
「どしたん?」
「いや、これ………」
スマートフォンを見えるように押しやると、キューちゃんは目を見開いた。
@Jackdaw_othello
「まさか、悪戯だろ」
そういうキューちゃんの声は震えている。
「だよな。変な嫌がらせする奴だよな」
しかもご大層にハムレットを同じシェイクスピア作品のオセローに変えてまで。粗筋は、確か……。
ブロックしてやろうと、プロフィール欄を開く。
呟きはゼロ。フォロワー数もゼロだ。
アイコンは卵、デフォルトのままだ。
自己紹介にはただ一言、「嘘吐き。」と書かれている。
「気持ち悪い」
「早く、ブロックしなよ」
「わ、かってる」
ブロックボタンを押そうとした瞬間、アイコンが目の前で変わった。
赤黒くて、最初はそれが何の画像か分からなかった。
気づいた瞬間、レイジは口を抑えて悲鳴を噛み殺した。
それは血塗れで半分両目を閉じた青年の死に顔だった。
趣味悪い、と震え声で言うキューちゃんも口を抑えている。
ブロック、早く、ブロックしないと。
だが手が震えて、うまくいかない。それどころか押せたとしても何故か手応えがないのだ。
そうこうする内に、@Jackdaw_othelloがツミートした。
『嘘吐き。』
誰に向けられたかも分からないたった一言のツミート。
たったそれだけのツミートが、レイジの血液を凍らせた。
2人とも、石になったかのように立ち尽くす。
逆光が2人の表情を覆い隠して、見えなくなる。
キューちゃん。
友人の名を呼ぼうとした刹那、スマートフォンの画面から黒い煙のようなものが飛び出した。
え、と口を開けたまま見ているうちに煙はぐるりと渦を巻き、レイジの身体を抱き締めるように包み込んだ。
そして、もやもやとした黒い影はゆっくりとレイジを愛撫した後、凄まじい速さでレイジの胸に吸い込まれていった。
気づけば周囲は変わりない朝の清しい空気に戻っていた。
「今の……」
呟いて、ふと画面を見ると@Jackdaw_othelloのツミートが更新されていた。
『僕と同じだよ』
その文字列を見た瞬間、胸の奥の奥が冷や水を浴びせられたように感じた。血が逆流して、凍っていく感覚に動けなくなる。
どういう意味だ。どういう意味だ。どういう意味だ。
頭がくらくらとして、考えられなくなる。
キューちゃんも、どこを見ているか分からないまま立ち尽くしている。
突然、空を引き裂いて凄まじい叫び声が耳を貫いた。
身体をびくつかせ振り返ると、近くの電線にカラスの大群が留まり2人をじっと、見つめていた。
カラスの鳴き声だと彼らが認識するや否や、カラスたちは再び悲鳴を上げ、一斉に飛び立った。
朝焼けの中に取り残された男たちは暫く、カラスの去った空を、怯えた顔のまま呆然と見送っていた。
【了】
ありがとうございました。
また新作を上げていきたいと思います。




