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鴉の囀り  作者: 武田 和紗
2/20

第二羽

所定メンバーが揃うまでは出しておこうと思います。

第二羽


なんだこれ。ノートパソコンの画面を見詰めて、レイジは固まっていた。

なんだこれなんだこれなんだこれ。

Tmitterの人気者、Jackdaw_hamletは一体何をやっているんだ。

悄然と大学の講義を終え、漫然とファミレスバイトを済ませて、雑然とした一人暮らしの1DKに帰って来て。

さあネットでもするかと、布団を取ったコタツ机の上のノートパソコンの電源を入れ、Tmitterアプリとネットブラウザを立ち上げたところだった。

Jackdaw_hamletがRTした以外にも他のユーザーからRTされた「犠牲者」の画像が、アプリのタイムラインを埋め尽くしている。

グロ画像に耐性のある方だと自負するレイジも、思わず口を手で押さえた。

部屋着姿の少女が白目を剥いて、口元には泡を吹いている。リストカットの経験があるようだ。

切りそろえた前髪は後ろ髪とのバランスが悪く、ざんばらの黒髪に見えた。

20代後半と見える細身、と言うよりガリガリの青年が半裸で倒れている。うつぶせになっているが、画像は顔をしっかり写している。

青白い顔、白目を剥いた眦には血が滲んでいる。サバイバルゲームのマニアだったのか、モデルガンのようなものが周囲に散乱していた。

年齢不詳のマッチョな男性が仰向け、ほぼ全裸で板張りの床に倒れている。やはり白目を剥いて、口は大きく開かれ叫び声が今にも聞こえそうだ。

30Kと刻印されたダンベルに添い寝するように、ただ死んでいた。

少女。少年。中年。性別不詳。

死体の品評会のようだ。

昔ネットで見た、ガエターノ・ズンボと言う怪奇蝋人形劇場の創始者が作った「死の劇場」のように、シュールに、残酷に、または滑稽に、そしてあくまでも客観的に死はそこにあった。

昔のヨーロッパ人は、残酷な見世物を好んだというが、蝋人形がそれの代わりになっていたのだろう。

しかし、レイジは「それ」が偽物ではないことは重々承知していた。

自動更新されるタイムラインは、Jackdaw_hamletをフォローして且つレイジとも相互フォローしているアカウントの悲鳴で溢れていた。

レイジは、Jackdaw_hamletの宣言をリアルタイムで見ていた。

アプリを立ち上げたら、ちょうどJackdaw_hamletがタイムラインに帰って来ていたのだ。

感情の起伏に乏しい方だと実感しているレイジだが、Jackdaw_hamletの出現には少なからずわくわくした。

レイジ自身のツミートなどは、『大学つまんね』や『だるい』『ガリガリ君美味かった』くらいだが、Jackdaw_hamletは違う。

Jackdaw_hamlet『今日はいいことがあったよ!お世話になっている◎◎さんと久しぶりに会って△△で晩御飯。彼はグルメだから、勉強になります』

言ってみれば、こんなツミートなどただのリア充アピールの糞ツミートなのだが。

Jackdaw_hamletが言うと、何やら憧れる、夢の世界の入り口を少し垣間見たような、そんな気分になれるのだ。

彼は、レイジにとって雲の上の人だった。それだけに、この騒ぎは現実感を伴わず彼をふわふわした気持ちのまま、置いてきぼりにした。

そして、Jackdaw_hamletの発言を最後に、タイムラインは静まり返った。

一部のbotや、Jackdaw_hamletをフォローしていないもののツミートが流れたが、タイムライン自体は凪のようだった。

「何だよこれ・・・・・・」

自分の口から出てしまった言葉に驚いて、レイジは一瞬挙動不審になった。誰もいやしないのに。

止まってしまったタイムラインを横目に、ブラウザのお気に入りをタッチパッドでクリックする。

マウスは持っていない。スペースの問題もあるし、ノートパソコンを膝に置いたりすることもあるのでタッチパッドの方が都合がいいのだ。

画面に、「禁断の壷」のロゴが映し出される。

「禁断の壷」とは、ネット上の超巨大掲示板だ。有象無象が時間を問わず蔓延り、馴れ合ったり論争をしたり荒らしを続けている。

そこに流れる情報は玉石混交、と言うよりゴミ処理場の中にダイアモンド一粒レベルだが、つい先ほどに起きた事件であってもすぐに詳細が手に入り、ネット住民には重宝されていた。

レイジは、そこにJackdaw_hamlet関連のスレッド(一つテーマごとに集められた発言の一覧)が立っていないかを確認しようと思ったのだ。

案の定、ネット関連の情報をテーマにした掲示板群のトップに、お目当てのものはあった。しかも、大量に。

『【殺人】Jackdaw_hamletについて【予告】』だの、『【Jackdaw_hamlet】本当に殺された?【釣り?】』などのスレッドが乱立している。

目の滑るような有様に、レイジは不満げに瞬きをした。

適当に一番勢いのあるスレッドを開く。書き込み数1000件が上限だと言うのに、既に800件以上を超えていた。

重要そうなワードを押さえて、流し読みする。

Jackdaw_hamletの今までの言動をスクリーンショットした画像や、被害者とオフラインで友人だったと名乗る人たちのレス、ただのお祭り好き、とスレッド内はカオスだった。

特に有益な情報は無いかと思われた時、一つのレスが目に入った。

『Jackdaw_hamletって、何者なの?ずっとタイムラインに居るみたいだし』

そのレスは、『お前らニートだってずっとネットにいるだろ』『壷に入り浸ってる俺らみたいなもんだろ』と反論されていた。

だが、レイジはそれに引っかかっていた。

確かに、俺たちはJackdaw_hamletのことを殆ど知らないのだ。彼から与えられる情報のみで、実際の顔も年齢も、性別すら定かではない。

仕事をしているようだが、それにしては頻繁に呟き過ぎだと思う。

ずっとパソコンや携帯電話などの傍にいて、呟き続けられるのなら自営業なのか。

しかし、いつ寝ているのか分からないほど、ひっきりなしに呟いているのはどう説明する。

bot(機械的に時間が来たら一定のツミートをするアカウント。リプライ機能がある場合もある)ということも考えられるが。

それにしては、いつでもリプライが来ると丁寧に返信をしているようだし。自分には来ないが。

そんなことをぐるぐると考えている内に、レイジはそれが無駄なことだと思い直した。

所詮、自分には関係の無いことだ。

これだって、きっと手の込んだ釣りなのだろう。もう少しすれば、きっと『釣りでした!』と宣言がされるはずだ。

それまで俺は傍観者を決め込んでいればいい。

レイジは、エンターテイナーであるJackdaw_hamletの動向を見ることにした。

タイムラインに動きは無い。

いや、Jackdaw_hamletのツミートがいくつか、増えていた。

Jackdaw_hamlet『つまらないな』

Jackdaw_hamlet『じゃあ、指名するよ』

Jackdaw_hamlet『@3939vip きみに決めた!』

ほぼ同時に、レイジの見ていたスレッドにレスが増えた。

『やべえ 指名された』

その後に、『3939vip乙wwww』などからかうようなレスが続く。

しかし本人はそれどころじゃないようだ。

『嘘 マジで怖いんだけど』『怖い本気で怖い』

IDの出る掲示板なので、連続した書き込みは同一人物のようだ。

『もう だめぽ』

そのレスを最後に、連続書き込みは止まった。

『何それwww超懐かしいwww』『おーいもう死んだー?』とのレスが続くが、同一IDからの書き込みは無かった。

ややあって、3939vipからのツミートがJackdaw_hamletによってRTされた。

ぼさぼさの髪の毛の、OL風の女性の死に顔画像と共に。

「ひっ・・・・・・!」

その顔を見た途端に、凄まじい悲鳴が耳元で聞こえた気がして、レイジは飛び上がった。

「禁断の壷」掲示板自体にも、悲鳴のレスが凄まじく書き込まれていた。

『釣りだ絶対釣りだ!』『怖いマジで怖い』『女だったのかよ!』『ごめんなさい助けて』

今までリアルタイムでJackdaw_hamletの行動を見ていなかった壷住民は、まともな悪意に恐慌状態になった。

そしてレスで埋め尽くされたスレッドはあっという間に1000件に達し、落ちた。

本物かもしれない。レイジはそう思い始めていた。

これが釣りや壮大なドッキリなら、むしろそうであって欲しい。

写真でも、死んだ振りと「本物の死体」は違う。生気の有無が、画像から滲み出ているのだ。

Jackdaw_hamletは、ひとごろしだ。しかも、大量殺人鬼。

憧れていた有名人は、一気に恐怖の対象に変化した。

何故殺す?何のきっかけで殺す?被害者はどうして選ばれた?

そもそも、「どうやって殺した」?

パッと見だが、殺されたユーザーたちの居住地はバラバラだった。

何故分かったかと言うと、添付された画像に現在地表示がされていたからだ。

レイジのいる関東が最も多かったが、何人かは静岡や滋賀など遠隔地のようだった。

何より、どうやって被害者の死に顔写真を撮影し、そのアカウントから投稿させたのか。

それを公式RTするのは、見せしめの意味なのだろうか。

頭の中がごちゃごちゃになって、整理が出来ない。

半分呆然としていると、Tmitterアプリからポーン、とリプライが着た事を知らせるアラームが鳴った。

体が強張る。小さい悲鳴を上げた気がするが、考えたくない。恐々とリプライ欄を見ると、相互フォローしている友人からだった。

hill_myna2000『@3lazydog おーい、まだ生きてる?よな?』

3lazydog   『@hill_myna2000 キューちゃんか。マジでびびったんだけど』

hill_myna2000『@3lazydog 良かった、写真の中にレイジっぽいの居なかったけど、心配してた』

3lazydog 『@hill_myna2000 ごめん、ありがとう でもパニックになってた』

リプライをくれたのは、中学時代の友人、HNキューちゃんだった。中学卒業以来会っていなかったが、ふとしたことで交流が戻り、Tmitterではよく会話していた。

キューちゃんも、Jackdaw_hamletの騒動を見ていたようだ。すぐにリプライが来る。

『一体これ、何なんだろうな』

『わかんね。何だってあの若堂さんがこんなことしたんだろ』

『お前、若堂さん好きだったもんなー』

『好きって言うか憧れてたと言うか』

『俺らも殺されるのかな』

Tmitterのリプライでまるでチャットのように、2人は会話をラリーする。お陰で無駄にブラインドタッチ(最近はタッチタイピングと言うらしい)が上手くなった。

キューちゃんのリプライに、レイジは考え込んだ。そして、問いを投げてみた。

『むしろ、何で殺されるんだと思う?』

『分かんないよ、突然だし。若堂さんについてはレイジの方が詳しいんじゃないの』

『だから余計にわかんないんだって。突然そういうことする人に思えなかったし』

『禁断の壷見てる?すっげえよ』

『俺も見てた。あの3939vipのレス見てたよ』

『マジでかー。あれ、マジで殺してるんだよな?』

『釣りじゃなければな』

そうは言っても内心、レイジは、いやキューちゃんも釣りだとは毛頭思っていなかった。

これは、現実だ。それでもまだ、ホラー映画を画面越しに体験しているような気分は拭えなかったが。

だからこその、妙な高揚感があった。怖いもの見たさや、野次馬根性に似ているような。

自分だけは死なないだろう、と言う根拠のない自信を生ませるにはこの状況は、充分な素地があったのだ。

そのせいで、恐怖による思考停止より探究心の方が2人の中で勝った。

『キューちゃんはさ、若堂さんがどうやって殺してると思う?』

『多分、仲間が何人もいるんじゃね?』

『だとしたらすげーな。一人、静岡だぞ』

『いや、さっき死んだ3939vip、北海道だぜ』

『マジで』

『マジ』

『あのさ、この先はDMで話さない』

『おk』

正直なところ、レイジは何やら嫌な予感がしていた。タイムラインから何者かの視線を感じたのだ。

きっと気のせいだろうと思うのだが、世界的にオープンなタイムラインより、気持ち悪さを払拭するため個人間のプライベートなやり取りが出来るDMでの会話を提案したのだった。

DMをキューちゃんに送ろうとしたところ、先んじてキューちゃんの方からDMが来た。

ポーン、とDMが着た事を示すアラーム。レイジは、アラーム設定を切った。

『レイジ、何か変だよなつみったの状況』

『俺もそう思う』

『さっきの続きだけど、若堂は仲間がたくさんいるんだと思う。それで何らかの方法で殺害、してるんだろ』

キューちゃんはもう、若堂を呼び捨てしていた。

『北海道まで仲間がいるとしたら、ちょっとした秘密結社だよな』

『それか若堂を名乗る人間が、何人もいるとか』

『若堂、って言うユニットみたいなものってこと?』

『俺はそう思うね』

キューちゃんがそう思う根拠はほぼ無いに等しいが、そうであると、いやそうであって欲しい気持ちが文面から見え隠れしていた。

『でも、どうやって狙ってフォロワーを殺せるんだ?』

レイジがそう突っ込むと、キューちゃんの返信に間が開いた。ややあって。

『それはあれだよ。最初から誰を殺すか決めてたんだよ。それで最初から配置してたんだ、人員を』

『見ず知らずの人間を、部屋に入れる奴がいるのかな。しかもすぐに殺してるだろ』

『あー、そこが問題なんだよなあ。そこさえ解決出来れば、一番いい案だと思うんだけど』

一番いい案、か。案と言っても、自分たちが安心するための案だ。納得して、恐怖感を消し去り、自分たちだけが高みの見物が出来る案。

それさえあれば、また俺達はTmitterと言う娯楽を楽しむことが出来る。

レイジは、少しの高揚感の中に醒めている自分の気持ちを感じていた。

『大体さ、』と、レイジは愚痴るようにキューちゃんに返信する。

『若堂ってさ、フォローバックした相手にしかリプライしないでやんの。何回リプライ送っても、返リプ来ないからさー。ちょっとムカツイたことあったよ』

『え、マジで?』

『いや、マジよ。フォローしたらフォローバックします、相互フォロー歓迎みたいにプロフィールに書いてあるのにさ。俺、フォローバックされてねえんだよ』

『ああ、違う、違わないけど。俺もフォローバックされてないんだよ。当然リプも来ない』

『マジかよ』

まさかキューちゃんも同じ思いをしていたとは。レイジは何やら、嬉しいような腹立たしいような複雑な気持ちになった。

そして、ふと何か閃いた。

『キューちゃん、もしかして殺される条件って、相互フォローしてること、だったらどうする?』

『若堂と?でも、物凄い人数いるんだぞ。誰でも当てはまるだろ』

『でも、そんな誰でもフォローバックされる状況なのに、相互フォローじゃない奴が2人も身近にいるんだぞ。関係ないかな』

『思い過ごしだろ…。偶然じゃないの』

『だって俺、結構初期の頃だよ、フォローしたの。その頃から必ずフォローバックしますー、とかプロフィールにあるんだぜ』

『レイジ、お前結構傷ついてたのな…』

『当たり前だろ!』

必ずフォローバックすると言う相手に、一向に相手にされない。最初は自分のツミートに何か問題があるのかと、不安になってツミートチェックをしたものだ。

それからは、少しでも早くフォローされようと、絡みに行ったものだ。しかし、若堂はフォローどころか、リプライさえ寄越さなかった。

意識しないようにしていたが、結構傷ついていたのだ。

今の段になって、それをまざまざと見せつけられた。

若堂は、俺を、無視し続けた。

『だから、俺は無視された理由を知りたいとも思う』

と、レイジは追撃してDMを送った。

『それは、今回のことと関係あると思うの?』

キューちゃんの返信はあくまで冷静だった。

『分からない。でももしかしたら俺たツミート同じように、フォローバックされていない人がいるかもしれない。それが鍵かもしれないじゃん』

キューちゃんの返信には間があった。レイジが返信を待ちかねると、ようやく返信が来た。

『分かった。ネット関係に詳しい友達がいるから、そいつに相談してみる。数千人いるフォロワーを虱潰しに探すのは大変だろ』

『ありがと、キューちゃん』

『俺もこのままじゃ気分悪いし』

レイジは、息を吐いた。萎えかけていた高揚感が戻ってくる。心臓が少しだけ鼓動を速めた。

ノートパソコンの画面では、Jackdaw_hamletのツミートがタイムラインにじわじわと増えていた。

何話か続けて投稿予定

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