第十八羽
第十八羽
『@Jackdaw_hamlet 暗黒界より甦りし騎士の名によって命ずる』
『@Jackdaw_hamlet 冥府よりいでたる【這うもの】よ』
『@Jackdaw_hamlet 我が炎によりあるべき場所へ還れ!』
「何やってんの?!ちょっとねえ!レイジ何やってんのー?!」
我が眷属であり、朋友であるキューちゃんが小声で騒いでいる。
我はやれやれと思いながら、理解の劣る彼に説明をした。
「何をとはおかしなことを言う。我は我なりに正々堂々と宣戦布告をしたまでだ」
「ちょっと、一人称おかしいよ?!口調も変だって」
「朋友よ。騒いでいて何か解決するのか?」
大人しく我の戦いを見守るがいい。
そう言うと、朋友は微妙な表情で口を噤んだ。
@3lazydogの急激な変化は、見守っていたネットユーザーにも激震を与えた。
最初に見た者は、蚊食鳥のような調子で@3lazydogがふざけているのだろうと考えた。
しかし読む内に、これはもしかしてと思い、プロフィールを見て確信した。
こいつは本物だ、と。
いい年をした邪気眼系中二病患者・・・・・・@3lazydogことダーク・フレイヤは、ネットユーザーの好奇と生暖かい目線の応援を手に入れた。
『@3lazydog 頑張れ暗黒騎士wwww』
『@3lazydog 騎士様応援しております』
『@3lazydog すげーwwww本物wwww』
『@3lazydog ダーク・フレイヤ様、奴を倒してやってくれ!』
こんな内容のリプライが一斉に@3lazydog宛に届いたが、ダーク・フレイヤ(人間名:レイジ)はからかわれているとは一切思わず、素直に受け取った。
「見たまえ朋友よ。我に民草から声援が届いている」
「うわー・・・・・・うわー・・・・・・」
リプライ欄を見せられたキューちゃんは、はっきり言って引いているが、ダーク・フレイヤは意に介さない。
深夜のファミリーレストランに、暗黒騎士は降臨した。
『声援感謝する。我の勝利を祈るがいい』
ダーク・フレイヤのツミートに、ネットユーザーたちが沸く。
ダーク・フレイヤの志気が高揚したところで、若堂からのリプライが届いた。
『@3lazydog ぼくは、はうもの じゃない』
『@3lazydog ぼくはからすだ』
『@3lazydog けだかいからすだ』
『@3lazydog きみもぼくのじゃまをするのか』
キューちゃんは、若堂のリプライを見て反応の普通さに違和感を持った。
普通なら、まずレイジの異様なツミートに突っ込みを入れるべきだと思ったからだ。
しかし、ツミートの内容を受け止めそれに返答している。
目の前で異様なオーラを放ち、タブレットを操作するレイジ、もとい暗黒騎士にその朋友はため息をついた。
黒歴史じゃなかったのかよ。
楽しそうだからいいか、と彼はドリンクバーで取ってきたアンバサダーを啜った。
『@Jackdaw_hamlet まだそのようなことを言っているのか下等生物め』
『@Jackdaw_hamlet 幽鬼のように蔓延り、あたら命を奪う気か』
『@Jackdaw_hamlet そのような狼藉、この暗黒騎士ダーク・フレイヤが許さぬ』
『@Jackdaw_hamlet 今すぐ理に従い、去ね』
わあ、何か難しい言葉いっぱい使ってる。
しかもちゃんとルビまで振ってあげてる。
キューちゃんは、自分自身がこの状況に耐えられるかどうかの戦いに身を投じることになった。
そんな孤独な戦いを知る由も無く、騎士とカラスは問答を続ける。
『@3lazydog きみはダーク・フレイヤというのか』
『@3lazydog きみこそきえればいいのに』
『@3lazydog じゃまだ』
『@Jackdaw_hamlet お前は分かっていないな』
『@Jackdaw_hamlet ならば答えてみよ』
『@Jackdaw_hamlet 本物のカラスとは何だ?』
『@3lazydog それはぼくだ』
『@3lazydog ぼくじしんがほんもののからすだ』
『@Jackdaw_hamlet そんなことは知っている』
『@Jackdaw_hamlet 本物のカラス、とはどう言った物なのか答えよ』
『@Jackdaw_hamlet 言葉も分からぬのか下郎め』
ネットユーザーたちから、「暗黒騎士△」などと歓声が上がる。
(△:三角形⇒さんかくけい⇒さんかっけーと言う変換によるスラング。対象者への賛美に使用する)
ツミートは拡散され、観戦者は増加した。
恐らく最初から関ってきた全員が気になっていた「本物のカラス」とは何なのか。
それが若堂の口から語られる。皆、固唾を呑んで見守った。
しかし、若堂からの返答は無かった。
充分すぎるほど待って、ダーク・フレイヤが呼びかける。
『@Jackdaw_hamlet 答えられぬのか愚か者め』
『@Jackdaw_hamlet いや、それとも答えたくないのか』
『@Jackdaw_hamlet 自らを欺くことになるからか』
返答は無い。黒い靄が襲ってくるかと身構えるが、それも無いようだ。
耳には持ってきていた音楽プレーヤーのイヤフォンを入れて、レイジが中学生時代に流行っていたヴィジュアル系アングラロックバンドの曲が流れている。
すると、そもそものレイジのタイムラインが動き始めた。
若堂と相互フォロワーになっている人たちが、口々に「耳鳴りがする」と悲鳴を上げていた。
こんな時でもネットから離れられない、捌け口が無い人間たちの悲痛な声が聞こえるようだった。
『@Jackdaw_hamlet 愚かな』
『@Jackdaw_hamlet 八つ当たりなど、子供のすることだ』
『@Jackdaw_hamlet 答えてやろうか偽物のカラスよ』
『@Jackdaw_hamlet お前こそ古の童話において、他者の羽根で着飾った愚かなカラス』
『@Jackdaw_hamlet 偽物よ、大人しく認めるがいい』
若堂の返答は無い。意にも介さずダーク・フレイヤは言い放った。
『@Jackdaw_hamlet 我こそは本物のカラス。お前の言葉を借りるならば』
『@Jackdaw_hamlet 自らの魂を偽らず、隠しもしない』
『@Jackdaw_hamlet 自らを以って自らを信ずる』
『@Jackdaw_hamlet それが我の姿』
いや偽ってるじゃん。思い切り偽ってるじゃん。
キューちゃんは耐える。
ここで突っ込んでしまえば、取り返しがつかなくなるかも知れない。
最悪の場合、爆笑が止まらなくなり周囲の人にご迷惑をかけてしまう。
孤独な戦いを知ってか知らずかダーク・フレイヤは、
「我が魂は騎士のものなり。例え姿がしがない大学生であってもな」
と告げてきた。
吹き出しそうになるのをこらえて、キューちゃんは太ももを必死でつねった。
そこへ、蚊食鳥からメールが来た。
『静観してたんだけど、レイちゃんどうして急に邪気眼系中二病なの何があったの』
それは俺が聞きたいよ。
と思いつつ、返信する。
『中学の頃、中二病だったんだよレイジ。何故か甦った。黒歴史が今更』
『ははーん、レイちゃんも考えたね』
『どういうことだよ?』
『若堂は黒歴史の塊みたいな奴だよ。しかも一昔前の背伸び系だ。
まあそれが犯罪に繋がったら駄目なんだけど』
蚊食鳥が更に追撃する。
『目には目を、歯には歯を。黒歴史には黒歴史だ』
『でもレイジ、嘘ついたことにならないかな?』
『大丈夫、凛々のこと覚えてるでしょ。自分が本気で信じてるなら嘘じゃない』
ということは。
こっそりと、タブレットにかじりついているレイジを見る。
長時間の滞在で隈が出来た目元と青白い肌。
けして肉付きがいいとは言えないスリムな体。
それらと醸し出す異様なオーラが合体して、不思議な空間を作り出していた。
ああ、本気でダーク・フレイヤなんだ。
キューちゃんは得心した。
中学の頃のアレは、一時的なものではなくレイジの中で生き続けていたのか。
だが大人になり、それを隠す術を覚えたレイジは客観的な立ち位置をキープするキャラクターになった。
それは主人公にはならず、傍観者として物事に接すると言うことだ。
特別なもの、主人公になりたいという欲望を抑えた結果が、レイジというキャラクターだった。
昇華されなかったダーク・フレイヤはいつしかレイジの本質として、出番を待っていた。
キューちゃんは、にっこりと笑う。
痛い。正直言って、痛い。
大学生にもなって。ああ自分のことをルシフェルとか言ってる30男がこの前逮捕されてたなあ。
すると、蚊食鳥から再びメールが届いた。
『どうあれ、人の魂は自由だよ。犯罪さえしなきゃいい』
それには同意だ。
『だからキューちゃんはレイちゃんを否定しちゃ駄目だよ。
あたしの魂はキューちゃんに救われた、だからこそなんだけど』
蚊食鳥の言葉に、彼女と出会った時のことを思い返した。
彼女は(その頃は女の子とは思わなかったが)酷く疲弊しているように感じた。
DTMの練習としてDEEPでスレを立てたキューちゃんは、どうにかして安価>>45を元気付けたくなったのだ。
その結果、懐かれて強引に「友達」になったのだった。
『当然だよ、友達なんだから』
キューちゃんは短く、返信した。
レイジは暗黒騎士ダーク・フレイヤを再誕させてから、燃え上がるような高揚感に快感を覚えていた。
言いたいことを言える。やりたいことをする。
思ったことを実現する。主人公になる感覚。
それらは日常生活で無意識に抑圧していた感情だった。
抑圧した結果はツミート傾向「鬱」。
別に今までの生活が嘘だったわけじゃない。紛れも無く本物だ。
しかし、レイジという人間を構成する一部分でしかない。
厚い壁に守られた奥の奥にあるものは、強制的に眠らされていたのだ。
ダーク・フレイヤは単なる中二病の産物ではない。
自己表現と自己肯定の象徴なのである。
そして、他者へと自らを表現し、肯定する憧れの対象だった若堂を否定し自らを「本物のカラス」だと名乗った。
他者からの賛美や尊敬が無くても、気高い精神を持ち自分を信じられるものとして。
平凡な大学生の姿を保ったまま彼は、まさに「騎士」であった。
『@Jackdaw_hamlet 答えよ。お前が本物だと言うなら』
若堂の返信は無い。
ダーク・フレイヤ宛のリプライが、多くのネットユーザーから送られている。
また、迷惑になるからリプライするなと自治をする輩まで現れているようだ。
そんな中カッサーラからリプライがあった。
『@3lazydog ダーク・フレイヤさんのイメージ画像を描きました。早速動画にしていいですか?』
URLをクリックすると、カッサーラ流にデフォルメされたイラストだった。
漆黒の長い髪、すらりとしているが逞しさを感じさせる肢体を黒い鎧で覆っている青年が、戦いに向かう躍動感に溢れた姿で描かれている。
右手に握られた黒曜石の輝きを持つ剣には青い薔薇が巻きついていた。
もちろん、描かれた暗黒騎士の容姿は過剰に美しかった。
満足したダーク・フレイヤは、短く『良かろう』と返信した。
ほぼ事後承諾だったのか、すぐさまダーク・フレイヤが加えられた若堂との対決動画がアップロードされたことを示すツミートが上がる。
そのツミートも、瞬く間にRTされ拡散した。
一方、禁断の壷では、コテハンの猫男爵を中心にスレが盛り上がっていた。
4:猫男爵
新スレ乙!1乙!
もう30スレ目かー。
5:名も無きDEEPER
おつー
膠着状態だな
6:名も無きDEEPER
若堂から返事が無きゃつまんねーよ
7:名も無きDEEPER
暗黒騎士()たんに尻尾まいたか
8:名も無きDEEPER
1おつ
9:名も無きDEEPER
タイムライン止まってるねー
あ、ピコ動で新しいまとめ動画上がってたから
貼っておくね
ttp://xxx.xxxxxxx.jp/xxxxxx/
10:名も無きDEEPER
>>9
てんきゅー
11:猫男爵
暗黒騎士、蚊食鳥に比べると攻撃力弱そうなのに
効いてるなー。
12:名も無きDEEPER
>>11
ほら、魔法攻撃なんじゃね
13:名も無きDEEPER
出たwwwwww本物のカラスwwwwwwwww
14:名も無きDEEPER
一応、暗黒騎士が言ってたことで本物のカラスの意味は
FAなのかな
15:名も無きDEEPER
恐らく>>14
16:猫男爵
このまま膠着してると話進まないぞ。
ってか何を以って若堂を倒したと言えるのかな。
17:名も無きDEEPER
・・・・・・ぎゃふんと言ったら?
18:名も無きDEEPER
>>17は無視して真面目な話をしよう(提案)
19:名も無きDEEPER
結局どうしたら、虐殺とまんの?
20:猫男爵
実はさ
手詰まりなんじゃね。
猫男爵の言葉に、全員が薄ら寒い気持ちになった。
つまりは、若堂を徹底的に潰せない限りはこの状況は続くと言うことだ。
薄皮一枚の恐怖と好奇心を天秤にかけても、いつかは前者に傾いてしまうだろう。
第一DEEPER自体が長すぎた祭がろくなことにならないのは、身にしみて分かっている。
人間の集中力にも限界がある。
また、イベントの賞味期限というのも確かにあるのだ。
若堂が虐殺を開始したのが、午後八時過ぎ。
それから既に8時間は優に過ぎた。
体力も限界に近い。
蚊食鳥の攻撃と、また彼女の失敗にネットは沸いた。
そして新たなキャラクターの登場。
そろそろ終わらせなければ、娯楽もぐだぐだになってしまう。
ネットユーザーたちの中にじわじわと重い空気が流れ始めたその時。
若堂のツミートが上がった。
『こんにちは』
『Tmitterと言うものが日本に来たので始めてみました』
『アメリカなどの世界では凄く流行っているそうですね』
『よろしくお願いします』
突然の意味不明なツミートに、見た者はしばし思考停止した。
まるで突然人が変わったかのような。
蚊食鳥と愛華は分かっていた。
これは、若堂が最初にTmitterに書き込んだツミートなのだ。
何故突然こんなことを書き始めたのか。
理解できないままに、若堂は自己紹介のツミート、そして今までのツミートをなぞっていく。
まるでもう一度やり直すかのように。
自然と、スカイプチャットに若堂にフォローされていなかった者たちが集まった。
「これは一体どういうことなんだろう」
と、ハンドレットが問う。
それに答えられるものはいない。
レイジとキューちゃんはスカイプチャットには来ず、様子が分からない。
延々と続けられる若堂の繰言に、タイラーがぽつり、と呟いた。
「なんか、生まれ直ししてるみたいだな」
どういうことだ、と仲間たちが口々に問うと彼は戸惑うように、
「俺の、妹がちょっとメンヘラで・・・・・・カウンセリングをやったんです」
とても言いにくいことらしく、彼はつっかえつっかえ一生懸命に喋る。
「どうやら、親とかとの関係で、おかしくなって」
「えっと、赤ちゃんからやり直すってのをやったんです」
「カウンセラー?に甘えさせてやって育て直しみたいな」
「一番愛情が欲しかった頃からやり直して心を治療する、とか」
「俺、難しいこと分かんないから若堂のこれが同じかは分かんないけど」
もにゃもにゃと語尾を濁しながら、タイラーは締めくくった。
「それは、あるかもしれないな」
とはハンドレットの弁。
「一番いい時代に戻りたいと言う欲求は誰しもあるが、攻撃されたために退行したのではないだろうか」
うーん、とそれを聞いて他の面子は唸る。
違うような。合っているような。
違和感、は感じるが原因が分からない。
「若堂は多分死人だけど、ネット上ではずっと生きてたんだよね」
と、蚊食鳥は愛華と共に調べた資料を提示する。
それには、今までの若堂の軌跡が記されていた。
ウェブサイト。ブログ。SNS。
生きている人間のように振舞いつつ、時代が下るにつれて流行の居場所に移動する。
まるでコンピューターウィルスみたいだ、との呟きに、首肯する気配を感じた。
ネット上に潜み、欲求を満たすために顔を出す。
「だからTmitterだったのか」
ブログやSNSと違って、他者への働きかけがしやすく影響力も大きい。
徐々に取り巻きを集めた若堂は、「頃合」を見ていたのか。
「でもどうして今なんだ?」
ハンドレットの呟きに、蚊食鳥は頭を抱える。
フォロワー人数。ツミート数。日付。
見た限り、何らかの符号は見えない。
若堂のプロフィールをもう一度見る。
誕生日は、事を起こした日付とは程遠い。
「気まぐれ、だとしたら嫌だな」
カレンダーアプリを立ち上げる。今日の日付が点滅する。
昨日が何を意味していたのか、それとも別のきっかけなのか。
彼が、何を考え、何の目的でネットの海に身を投じ嵐を起こしたのか。
それが分からなければ何も解決しない、と蚊食鳥ははっきりと感じていた。




