第十七羽
第十七羽
若堂のツミートは、黒い影の噂が出始めた頃から更に意味を成さないものへと変化していた。
『かかかか』『jniytubi』『あqwっっせdっrっtgyひゅじ』
それらのツミートは、若堂という人格の崩壊を全員に感じさせた。そして、ほぼ同時に何の前触れもなく虐殺が始まった。予告もなく、若い女が、中年の男が、子供が、次々と黒い羽根で飾られて死に顔をタイムラインに晒した。
緩やかに行われた行動の犠牲者は、その時だけで16人。
既に通り過ぎた行動の犠牲者は、これより更に大きな数だったが、若堂のフォロワーの全体人数としてはまだ微々たるものだった。
見守っていたフォロワーたちは、リムーブもブロックも出来ず、鍵付きアカウントにしようとした者は優先的に殺された。一旦若堂と「繋がった」者は、逃れられない。
理解できたものから、目に見えてツミートが減っていった。
パニックになり、対応策も持たないものは際限なく呟き続け、禁断の壺のスレッドで晒し挙げられたりした。
345:猫男爵
パニくってやんのwwwうぜえええwwww
346:名も無きDEEPER
まだまだいるぞwww目立つと死ぬかもしれないのにwww
あくまで彼らは対岸の火事、高みからの見物と言う姿勢で、恐慌状態の犠牲者候補たちを嘲笑う。
しかし、彼らとて完全に安全な立場ではない。
それを薄々感じ取りながら、彼らはどこまでも祭りの外周で盛り上がっていた。
「お待たせ、あたしの出番だ!」
そして、蚊食鳥の再登場は祭りに燃料を大量投下するに足るファクターであった。
『@Jackdaw_hamlet 暫く振り若堂さん相変わらずトチ狂ってるね!』
蚊食鳥のセンセーショナルな復活はネットユーザーを沸かせた。まるでスターが登場した時のように。
あるいは、若堂がタイムラインに現れるいつものように蚊食鳥はネットユーザーに迎えられた。
多くの応援リプライと希望に満ちた野次を受け流し、彼女は攻撃を開始する。
『@Jackdaw_hamlet さっきはよくもやってくれたね若堂さん。あやうく死ぬとこだったよ』
『@Jackdaw_hamlet まあホワイトナイトのお陰で助かったけどさ』
『@badbatbitbat ああきみか』
突然人格を取り戻した若堂の返信。
それもさっきまでの出来事をすっかり忘れていたかのようなニュアンスのリプライだった。
蚊食鳥はその微細な部分を感じ取り、少し苛ついたがすぐ気を取り直した。
『@Jackdaw_hamlet 今まであんたのこと調べてたんだ、仲間たちと一緒にね』
『@badbatbitbat ふーん』
『@Jackdaw_hamlet あんたはたった一人だけど、あたしには仲間がいるからね』
『@Jackdaw_hamlet 味方とは言い難いけど仲間がいっぱいいるんだ』
『@Jackdaw_hamlet つみったにも禁壷にも、たーーーくさん』
『@Jackdaw_hamlet どうだ羨ましいだろ』
『@badbatbitbat べつに』
『@Jackdaw_hamlet あんたには関係ないだろうけどね。あ、もうあたしにはアレは効かないからね』
アレ、とは若堂がモニター越しに発した黒い靄のことだ。
アレには蚊食鳥も動きを封じられ、危うく取り返しのつかないことになるところだった。
しかし、蚊食鳥には秘策がある。
『@badbatbitbat きみはきにさわる』
その一文をタイムラインに流すやいなや、若堂は蚊食鳥のモニターへ黒い腕のような靄を伸ばす。
だが、蚊食鳥を捕まえるはずのそれは、虚しく宙を彷徨った。
もやもやと画面にわだかまり、消えていくそれをニヤニヤと眺めて、蚊食鳥は頭につけたヘッドフォンを人差し指で叩いた。
「あたしさ、あんたにぐるぐる巻きにされた時気付いたんだよ」
黒い靄に向かって、美少女触手プレイ、と呟いてケッケッケと笑う。
「あんたの攻撃方法は物理じゃない、音だ」
それを発見した時、蚊食鳥はすぐにレイジに連絡をした。
『レイちゃん、何でも良いからイヤフォンとかで耳を塞いで音楽とか聴いて』
レイジがその通りにすると、タブレットにわだかまっていた黒い靄は見えなくなった。
訝るレイジに、蚊食鳥は簡単に説明した。
『視覚・触覚は全て脳が認識している。聴覚だってそうだよ』
『若堂はそれを利用して、あたしたちの脳を騙しに来てる』
『首を絞められた、体を拘束された、と脳が本気で思い込めば、簡単に現実もそうなってしまう』
『脳が死んだ、と思えば本当に死んじゃうんだ』
『だから、黒い靄に見えるのは、若堂が脳にそう見させているから』
『方法は不明だけど、可聴域に無い音を発して操っているのは間違いない』
『目と口は塞げるけど耳はシャットアウトするのは難しい』
『音には音だ』
『実際、あたしもキューちゃんに助けられたからね』
蚊食鳥は思い返す。
自分を暗闇から救い出してくれたのは紛れも無くキューちゃんだ。
それも二度も。
若堂に襲われた時と、禁断の壷の安価スレで。
今よりもっと投げやりで、自暴自棄にネット世界に没頭して、現実との境界が曖昧になっていた頃。
とある安価スレで「安価で曲を作る」と言うものがあった。
何となく指定されたレス番号をゲットして、何も考えずに「はちゃめちゃに元気の出る曲」をリクエストした。
少し時間が経って、そのスレの>>1からレスがあった。
『>>45 お待たせしました。元気の出る曲と言うことで、>>45が元気になってくれるように作ったよ。
きっとここでリクエストするくらい疲れているんだと思ったから。
これで>>45が元気になれますように』
レスについていたURLをクリックすると、それはもうご陽気としか言いようの無い曲だった。
底抜けに明るくて、不安も何もない。その癖、人を労わるような優しさがそこかしこにあって。
気付けば蚊食鳥は大声を上げて泣いていた。自分で自分が分からなくなるくらい、泣いて泣いて泣いた後にようやく現実との境界を取り戻した。
こんな優しい奴がいるなら、これから先も面白いかもしれない。
半ば強引にスレ主である>>1と連絡先を交換し、「友達」になった。
それ以上に、キューちゃんの存在は蚊食鳥にとってホワイトナイトだったのだ。
若堂の魔の手から救い出したのも、着歌設定にしていたキューちゃんの曲だ。
たった今、若堂を退けたのもヘッドフォンに流れるこの曲。
蚊食鳥は再びキーボードを叩く。
『@Jackdaw_hamlet と言うわけであたしにはあんたの攻撃は効かない』
『@Jackdaw_hamlet あたしも嘘吐きだから、ちょっと危なかったけどね』
『@badbatbitbat おまえはきらいだ』
『@badbatbitbat きらいだおまえはきらいだおまえはきらいだ』
『@badbatbitbat しねしねしねしねしねしねしね』
『@badbatbitbat しねしねしねしねしねしねしね』
おーこわ、と一人ごちる。
駄々っ子のようなツミートを読み流し、彼女は二枚の画像を呼び出した。
一枚は喜劇俳優エドワード・S・オルグレンの微笑を浮かべたプロフィール画像。
もう一枚は長めの黒髪に黒尽くめ、顔色のやや悪い30代くらいの白人男性が写っている。
しかし異様なことに、背後の白い壁には身長を測るためのラインが引かれていた。
なおかつ、彼が持つボードは。
「さーて、そーしんっ!」
掛け声とともに、その2枚はTmitterにアップロードされた。
『@Jackdaw_hamlet じゃっくどーさーん、この2人知ってるー?』
エドともう一人の画像が、ネット上に拡散される。
蚊食鳥のシンパと化したDEEPERや、レイジたちが積極的に若堂とのやり取りごと拡散しているのだ。
『エド』
『あああああああああああああああああああああああああああ』
誰にも向けられない空中に浮かんだツミートを若堂は発した。
その時、ネットユーザーたちは確かに絶叫する男とも女ともつかぬ何かの悲鳴を聞いた。
『@Jackdaw_hamlet 知ってるよね?一人はスターのエド』
『@Jackdaw_hamlet もう一人はー、これイタリア系?フランス系って聞いてたけど』
黒尽くめの男が持っているボードには、『Giàcomo・Dupre』と書かれていた。
イタリア語とフランス語が混じったちぐはぐな名前。
男の雰囲気も相まって、どこか違和感を感じさせる存在だった。
『@Jackdaw_hamlet あー、これジャコモ・デュプレって読むの?むーずかしーわ』
『@Jackdaw_hamlet この人でしょ?いとしのジャック』
バチバチッ、とモニターが音を立てたが蚊食鳥は無視する。
キューちゃんのご陽気な曲に乗りながら、軽やかに指はキーボードを叩く。
『@Jackdaw_hamlet この人のこと調べてさ驚いたよ』
『@Jackdaw_hamlet 何とこの人』
次の瞬間、画面が揺れた。ように思えた。
怒涛の若堂のツミートが始まったのだ。
それも、画像添付RT。
『ががががががががが』『やめろやめろやめろやめろやめろ』
『おまえおまえおまえおまえおまえおまえ』
そんなことを合間に呟きながら、新たな犠牲者たちを量産し始めた。
しかも止まる気配も見せず。
『@Jackdaw_hamlet やめるのはあんただ!』
『あたしのツミート見てる人はイヤフォンで大音量で音楽聴いて!』
『死にたくなければ言うこと聞いて!』
蚊食鳥の叫びがタイムラインにこだまする。
すぐさまそのツミートは拡散され、多くに広がった。
そして、波が引くように若堂のRTが止まった。
「やばい、何か力強くなってんじゃん・・・・・・」
独り言の中に、焦りが滲む。
一気に多くのフォロワーが死んでしまった。
人のことなど普段どうでもいい蚊食鳥でも、気分は悪くなるものだ。
自分のせいじゃない。だが、甘かったとは反省する。
あくまで死なせてしまった人たちのためでなく自分が戦うために。
だから退く気は毛頭ない。
『@Jackdaw_hamlet 気は済んだ?』
『@Jackdaw_hamlet ジャックは、大学の職員だったんだね』
『@Jackdaw_hamlet 卒業生で、大学で専門的に薔薇の世話をしていたとか』
『@Jackdaw_hamlet 土地も自由に使ってたんだよね』
『@Jackdaw_hamlet だからって、いけない植物育てちゃいけないよね』
蚊食鳥は、愛華が調査してくれたジャックの資料を若堂とネットユーザーに開示した。
『@Jackdaw_hamlet いけないおくすり、作ってたんだね』
『@Jackdaw_hamlet それでつかまっちゃったんだね』
『@Jackdaw_hamlet 辛かったよね、憧れていた人だったから』
ややあって、若堂のリプライが上がった。
『@badbatbitbat きみは、ぼくになにをしたいんだ』
「えー、なにをってー?」
もし蚊食鳥の傍に誰かが居たなら、その表情に驚き内心引いたかもしれない。
それほど、彼女の顔はサディスティックな愉悦に満ちた笑みを浮かべていた。
『@Jackdaw_hamlet ジャックが逮捕された時どう思った?』
『@Jackdaw_hamlet 一人じゃ何も出来ないのにどうしよう、って思った?』
『@Jackdaw_hamlet あ、それとも自分も捕まると思った?』
『@Jackdaw_hamlet 怖かったよね?だってそうだよね共犯だもんね』
『@Jackdaw_hamlet ねえねえジャックの作ったいけないおくすり、気持ちよかった?』
『@Jackdaw_hamlet ねえねえ教えてよ、どんな気持ち?ねえどんな気持ち?』
ネットユーザーたちの、顔色が青褪めていく音が聞こえるようだった。
いいの?これ大丈夫なの?とささやきが満ちる。
同時に、レイジたちを含めた「仲間たち」もあからさまに引いていた。
それはもちろん禁断の壷でえげつない行動をするDEEPERでさえも。
625:猫男爵
ちょちょちょ、蚊食鳥やばいよ。
626:名も無きDEEPER
かくいたん大丈夫かよ?!
627:名も無きDEEPER
こんなこと言って平気なのか
628:名も無きDEEPER
いけないおくすりってなんかえろいなハァハァ
629:名も無きDEEPER
若堂、ヤク中?
630:名も無きDEEPER
>>629
多分そうなんだろうけど、確証は無いな
ジャックって奴が逮捕されたのは本当だな、
写真とデータ見ると
631:名も無きDEEPER
蚊食鳥、度胸あると言うか性格わりーな
がっかりしたわ
632:名も無きDEEPER
どっちがwwwwwヒールwwwww
633:名も無きDEEPER
なんか俺のことじゃないのに胸が痛くなって来た
ひどいよかくいどり・・・・・・
普段は結構向こう見ずな行いで周囲を混乱させるDEEPERたちも、流石に蚊食鳥の言葉にはダメージを受けていた。
けして大多数と言うわけでは無いが、コミュニケーション能力の低さや要領の悪さで苦しむ人間がネットに救いを求めてDEEPにはまり込んだ、と言うパターンも多い。
そんな彼らにとっては、蚊食鳥の言葉は投げつけられる刃に他ならなかった。
蚊食鳥のリプライ欄も、そのような抗議めいた、そこまでではなくてもたしなめるようなツミートで埋まった。
しかし彼女は意に介せず、ツミートを流した。
『だから、あたしは誰の味方でもないって言ったでしょ』
『あたしがやりたいのは若堂を止める事』
『死にたくなきゃ黙ってな』
彼女のツミートを見て、激昂するもの、呆れるものが沸いたが大半は蚊食鳥へのリプライをやめた。
そのことによって、若堂からのツミートがぴったりと止んだことに彼らは気がついた。
641:猫男爵
あれ、タイムライン止まってね?
642:名も無きDEEPER
ほんとだ
643:名も無きDEEPER
若堂、終わった?
644:名も無きDEEPER
蚊食鳥「・・・・・・やったか?」
645:名も無きDEEPER
>>644
フラグ立てんな馬鹿!wwwww
やったか。
空気が統一される。
その数秒後。
『ああアggggggggggggッがggggggっがあああああああああああ』
『kkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkk』
『ぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい』
雄たけびのようなツミート。
そして、ネットユーザーたちの耳にもヘッドフォンやイヤフォン越しに凄まじい叫び声が届いた。
ヘッドフォンと大音量の音楽で防御していたはずの蚊食鳥も。
「・・・・・・い、たっ!」
気休めにパソコンのステレオの音量を最低まで下げるが、それでもまだ声は残っていた。
「何て奴よ、耳おかしくなるじゃん!」
自分の叫ぶ声で、体を立て直す。
画面に一瞬、黒い靄が見えたような気がしたが首を振ってキューちゃんの曲に集中した。
タイムラインは若堂の叫び声で埋め尽くされている。
その悲鳴が突如止まったかと思うと。
『@badbatbitbat おまえをころす』
キー・・・・・・ンと耳鳴りが襲う。
聞こえない。何も聞こえない。
首を振っても、音楽プレーヤーの音量を上げても、真空に放り込まれた感覚が直らない。
また、暗闇だ。
モニターでは、若堂のツミートが続く。
『@badbatbitbat おまえをころす』
『@badbatbitbat おまえはけがした』
『@badbatbitbat からすをけがした』
『@badbatbitbat ころすころすころす』
『@badbatbitbat うそつきはゆるさない』
『@badbatbitbat ぼくをきずつけるものはみんなてきだ』
『@badbatbitbat うそつきだ』
『@badbatbitbat ぼくいがいはうそだ』
『@badbatbitbat ぼくがぼくだけがほんものだ』
『@badbatbitbat おまえはただのこどもだ』
『@badbatbitbat ころしてやる』
黒い靄が再びモニターにわだかまる。
あ、やばい。前と、同じだ。
パターン入ったこれ。
蚊食鳥の頭がぐるぐると廻る。
黒い靄が、蚊食鳥を捕まえようとした時。
『@Jackdaw_hamlet やめろ若堂』
タイムラインが動き、黒い靄の動きが止まるとモニターの奥に帰っていく。
「レイ、ちゃん」
呟きと共に、蚊食鳥の世界に音が戻ってきた。
若堂の動きを止めた、リプライを送ったのはレイジだった。
何故かアイコン画像が変わっている。
気になってプロフィールを見てみると、よく分からない有様になっている。
一言で言うなれば、中二病・・・・・・?
アイコン画像は、十字架が青い薔薇で飾られ綺羅々々しい。
プロフィールには、冥界だか暗黒界だかから蘇った炎を操る騎士かなんかの来歴が書かれている。
その名もダーク・フレイヤ。
「えっとー・・・・・・これは」
白馬の騎士じゃなくて、暗黒騎士が来ちゃった。
しかもとびきりいっちゃってる。
蚊食鳥は、力が抜けて、あはは、と空笑いをした。




