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鴉の囀り  作者: 武田 和紗
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第十六羽

第十六羽



「出来る中二病はじつを伴っているのだ!」

独り言を叫びながら、蚊食鳥はキーボードを派手な動きの割りに優しげな挙動で叩いている。

傍らのスマートフォンが震えて、着歌が流れる。

レイジからのメールだった。

『今大丈夫か』

『平気、中二病してた』

『何だそれ。俺のフォロワーが本物のカラスについて考察してくれてる』

『おー、あたしにも送って』

『おう。後、ハンドレットさんが若堂が死んでる証拠集めと愛華さんがジャックとエドの素性を洗っている』

『助かる、どんどん教えて』

『あとさ、俺にできる事ない?』

『今、若堂に妨害されてるんでしょ?』

『そうだよ』

『じゃあ無いなあ。あたしももう一度仕込みなおしてるし』

『そうか・・・・・・』

レイジの意気消沈した雰囲気を感じ取って、

『レイちゃんは今までも凄く活躍してくれてるよ。お陰で助かってるんだから』

と送った。

『どういたしまして、いやこちらこそありがとうなんだけど』

少し逡巡した様子のメールが追撃する。

『俺も、若堂を自分の手でやっつけたいんだよね』

おお、と蚊食鳥の目が見開かれる。

『レイちゃん、若堂をぶちのめしたい側の人だったっけ?』

少なくとも最初はそうじゃなかったよね、と言う気持ちを込めて送信する。

ややあって、返信が着た。

『その協力してくれるフォロワーさんに頑張って、って言われて』

『ふーん。まああたしが攻撃して隙が出来たらレイちゃんもやっちゃってよ』

『分かった』

メールだが、レイジの様子に何か違ったものを感じて蚊食鳥は首を傾げる。

しかし次の瞬間には、既に作業へと脳の動きは流れるように戻っていた。



蚊食鳥とレイジの攻撃が無くなった若堂は、怒り、猛り狂っていた様子を引っ込め、柔らかい調子で独り言を呟き続けている。



『僕が考える真の紳士とは、優しさと厳しさを併せ持つことなんだよね』

『僕は紳士的ではありたいと思うけれど、中々難しい』

『昔、瞬間移動の出来る機械があればいいなあと思っていたけれど』

『今って、ネットのお陰で瞬間移動が出来ているよね、精神は』

『ネットがあればどこへだって行ける』

『そうどこへでも』

『鳥のように自由に』



先ほどまでの「攻防」を忘れたかのようだ。

一転穏やかな語り口でいつものような持論を語り続けている。

顔の見えないモンスターの呟きを、餌候補のフォロワーたちや他のネットユーザーたちが警戒して眺めているのも気付いていない。

そのまま彼の取り巻きに優しく囁きかけ続けている。



『困ったなあ』

『リプライがいっぱい来るんだけど意味が分からないよ』

『たくさん同じことがRTされてるんだね』

『僕のことがたくさん書いてある』

『僕のことじゃないことも書いてある』

『みんな僕をフォローしてね』

『僕もフォローするから』

『みんな仲間だよ』

『僕の仲間』

『仲間は一緒にいなきゃね』

『君たちは僕がいなきゃしょうがない人たちだから』

『僕とおんなじになろう』



そして、今までに若堂が殺した人たちの画像を一気にアップロードし始めた。

ただ違っていたのは、画像にはある装飾がされていた。

彼らの遺体の周辺には長く黒光りする羽根が大量にぶち撒かれていた。

写真自体に装飾を被せたのではなく、被写体がいじくられている。

奇妙なことに、遺体はほんのりと笑みを浮かべているように見える。

不気味なそれらに、ネットユーザーたちは悲鳴を上げ、趣味の悪いものは我先にそれらをRTした。



『幸せそうでしょう?』

『僕はずっと待ってたんだ』

『これでみんな自由なんだ』

『本物になるんだよ』

『どこへでも行けるんだよ』



その呟きを、愛華が見咎めた。

「本物、ですって?」

若堂の発言を見返す。

僕の仲間。おんなじになろう。幸せ。自由。

作業を止めて、考える。

キューちゃん、愛華はキューくんと呼んでいる、によると「本物のカラス」がキーワードになっているかもしれない、とのことだった。

また、出てきた。

一体この意味とは何なのか。

ワンレングスの髪の毛を掻きあげて、縁なしのオーバルタイプの眼鏡の位置を直す。

一連の動きが、いつもの冷静さを与えてくれるはずだ。

これまでに分かったことをまず考えた。

恐らく若堂は死んでいて、ネットユーザーに干渉できること。

しかしそれは、フォローしたりリプライをしないと無理らしい。

嘘吐きは殺される。それも若堂に罵倒された上で。

ただ、今の文言を見るとまるで神のような傲慢さを感じた。

自由にしてあげた。幸せにしてあげた。

「もしかして、殺すことが救い・・・・・・?」

あくまで若堂基準で。

蚊食鳥に知らせようかと思ったが、あやふやな状態ではかえって迷惑をかけるだろう。

もしかしたら、彼女も気付いたかもしれない。

愛華は、彼女のことを若さの割りに聡明で韜晦的な人物だと感じていた。

付き合いとノリのいい、今時の若者の顔の下に別の何かが隠れている。

あくまで印象だが、愛華にとって蚊食鳥を好もしく思う一因ではあった。

ペダンチックな人間は軽んぜられる。

愛華自身もそれを主軸として、大人の女性として振舞ってきたのだ。

今は、自分のやるべきことをやる時。

愛華は、再び先ほどまで見ていたブラウザを呼び出す。

そこには、嘘吐きのスター、エドの経歴が書かれていた。

Facebookに役員プロフィールにそれから。

彼の情報はネット上で見つけるのは簡単だった。

エドことエドワード・S・オルグレンはイギリスで著名な喜劇俳優だったのだ。

貴族の出身らしく高等教育を受け、貴族教育を施された彼は紳士となった。実家の企業の役員でもある。

喜劇俳優となったきっかけは、若い頃からのユーモアセンスが買われたものらしい。

喜劇映画の主演を何本もしており、人気もそこそこあるようだった。

甘いマスクで、既に中年と言っていい年齢だが魅力的な人物である。

ただ若堂の日記を読んだせいか、カメラに向かった微笑みのその奥に何か残酷なものが隠れているように思えて仕方なかった。

イギリスは未だに貴族階級と下層階級の差が激しいと聞く。

20年以上前のことならば、言うまでも無い。

黄色人種がまだ低く見られている状況で、そういった差別意識を持った人間が目をつけたとしたら。

最悪だ、と愛華は思った。

若堂が招待されたパーティーは、エドたちにとっては格好のショーとなっただろう。

きっと罪悪感など今も無いに違いない。

対して、ジャックという人物については全くといって良いほど情報が出てこなかった。

分かることは、若堂と同じ大学に通っていた、フランス系イギリス人ということだけだ。

とりあえず、エドの情報のみ蚊食鳥とキューちゃんに送り、ジャックについては調査中と付記した。

ジャックと言う名前と、若堂のアカウント名Jackdaw_hamletが気にかかる。

フル回転して疲れたのか痛むこめかみに指を当てて、目を閉じた。

するとハンドレットから、スカイプの文字チャットが送られてきた。

若堂こと若林タカヒコの死亡時のカルテを発見したということだった。20年前のデータだ。

何故カルテがあるのか。普通、自殺の場合カルテは作られないはずだ。

若堂は、自殺に失敗していた。そして病院に搬送され、治療を受けたが死亡した。

ただ、楽には死ねなかったようでかなり苦しみぬいて死亡したらしい。

死亡原因は、吐しゃ物を喉に詰まらせた窒息死。

自殺を試みた際、大量の薬物を投与していたようだがその中に法律で禁じられている幻覚剤などが含まれていた。

日本では、手に入りにくい薬物だとハンドレットは注記している。

彼がどうやってその薬物を手に入れていたかは分からないが、きっかけは想像がついた。

ネット上で王様のように振舞う姿と、薬物中毒になり苦しむ男性の姿はあまりにも乖離している。

だが、理解は出来た。そして許容は出来ない。

例えどんな苦しい過去があり、やむを得ない事情があったとしても、殺人は殺人、罪だ。

ましてやそれを、救いとするなど傲慢にも程がある。

愛華はまた痛くなり始めたこめかみを指で揉んで、目を伏せた。

そして、その時モニターの向こうで黒い靄が一瞬蠢いて消えたことに気付けなかった。



その少し後だった。

モニターに黒い影が映ったとネットユーザーたちが口々に噂し始めたのは。

そのうち、影は男の手だった、いや男の顔だった、とネット上で爆発的に情報が氾濫し始めた。

禁断の壺経由で拡散した若堂幽霊説は瞬く間に、その黒い影と結びついた。

果てには、その黒い影は若堂が殺す相手を探しているからだとまことしやかに語られ始めたのである。

黒い陰の噂自体は若堂のフォロワーから端を発したものだったが、噂が回るうちにそれはTmitterユーザー全員が黒い影の対象となっている、と言う話にすり替わっていた。

それに乗じて、恐怖心を煽るツミートが爆発的に増加した。

その中には、タイラーのツミートもあった。

彼自身の臆病さと、脆弱な自尊心がそうさせたのだろうが、その姿は震える子ウサギが小さな鳴き声を発しているようなものだった。

しかし、ネット上では正体の見えない不安が最も力を持って拡散される。それらの小さな呟きは大きな束となり、新たな物語を生み出し続けていた。



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