第十五羽
第十五羽
真っ暗闇の中、体操座りをして額を膝につけて目を閉じていた。
目を閉じれば見えないことは分からないから怖くない。
口を開けなければ喋らないから気付かれない。
でも耳だけは必死で塞いでも聞こえてくる。
だから聞き流して、心の奥底にはけして入れないようにする。
ここまでしても、あの声だけはぐさぐさと中にまで入ってこようとするのだ。
――ほら。お前のために高級ソファを買ってきたぞ。
(別にお願いしてないのに)
――座ってみなさい。凄くいい奴なんだぞ。
(座り心地はいいけど、可愛くないよ)
――どうした。嬉しくないのか。
(そんなことないよ、そんなことないけど)
――お前はいつもそうだ、私がどれだけしてやっても喜ばない。
(ごめんなさいごめんなさいパパ)
単語が少し変化するだけで、ほぼ同じ内容の台詞がループする。
いつしか、満面の作り笑顔を覚えてやり過ごすことを覚えた。
(ありがとうパパ!とっても嬉しい!)
そうすれば、相手は満足げに機嫌よく居てくれるのだ。
感情任せに叩いたりしてこない。痛いのは嫌いだ。
反抗しようとする自分を殺し続けて。
その叫び声を聞き続けて。
(ああもう終わらせちゃってもいいかな)
ふとそんな風に思ったその時。
(・・・・・・何だこれ)
場にそぐわない、ご陽気な音楽が流れてきた。
(何だこれなんだこれなんだこれ)
驚いたことに、その音楽が勝手に入ってくる「声」をかき消してくれた。
そして世界は、ご陽気な音楽で満たされた。
(これ、知ってる。この音楽は)
目を開けると、目の前に着信を知らせ続けるスマートフォンがあった。
やけに顔と床が近い。どうやら、気を失っていたらしい。
(死にそびれた)
苦笑気味に胸の中で嘯くが、ぎしぎしと痛む身体が思考を邪魔した。
それでも無理やり気味に腕を伸ばして、スマートフォンを掴み通話ボタンを押した。
「蚊食鳥!無事なのか?!」
耳に飛び込んできたのは、既に懐かしく思えるキューちゃんの声だった。
ごろりと仰向けになって、
「ギリギリ、生きてる」
と返すと、相手は、長く深くため息を吐いた。
良かったぁ、と涙交じりの声は、本当に心配していたらしい。
「だいじょぶ、かくいちゃん、そう簡単に死なない」
「若堂に何かされたのか、体痛かったりするのか?!」
「意識飛んでた。でももう少し飛んでたらやばかったかも」
「マジでえ・・・・・・」
「戻ってこれたのはキューちゃんのお陰かもね」
「え?」
戸惑うキューちゃんに蚊食鳥は、なんでもないよ、と流した。
それより、レイジは上手くやっているのだろうか。
訊ねると、若堂に妨害されて返信が出来ないらしい。
しかし、自分は黒い靄から解放されてフリーだ。
いける。
「今度はあたしのターンだ」
かくいちゃん復活、と勢いをつけて起き上がりPCデスクの前に舞い戻った。
Tmitterと言う若堂の掛けた罠の網の上で、ユーザーたちは密やかに情報交換をしていた。
『@kimichan 若堂って、嘘吐きだけフォローするんだって』
『@longago しかもフォローされたら殺される』
『@ninja_s それって自分が大嘘吐きだからだろ。今までツミッターに書いた事全部嘘なんだって』
『@neet48 若堂って、結局何者なの?』
『@yaruodayo 俺前から思ってたけど、若堂ってタイムラインに張り付きすぎでキモイよな』
『@akaridaisuki 要は嘘を吐かなければいいんだよね?どのラインが嘘なの?』
『@tohohuhai まとめると、カッコいい同級生になりたくて成りすましてたってこと?』
『@freedive 他者に憧れるあまり、自己の境界が薄れ同一化してしまったのだろう』
『@honeytrap 思ったんだけど、あの日記の日付。若堂って本当なら凄くおっさん?うええ』
『@mayomayo 本当に人間なのかな?』
噂話はクラスタが違っても大差無いが、尾ひれはひれのつき方は千差万別だった。
いつしか若堂は「自らが大嘘吐きのため嘘吐きを探して殺すモンスター」と言うイメージが出来上がっていた。
今までは、ネット界のカリスマであり発言一つがムーブメントを起こす王様であったものが、180度逆のイメージになっている。
しかし、ユーザーの誰もが気付いていない。陽のイメージは陰のイメージと紙一重であるということを。
力のあるリーダーは独裁者に、危うきに近寄らない君子は臆病者に、簡単に摩り替わってしまえるのだ。
そしてそのことを若堂自身ですら、気付いていなかった。
人の気持ちは変わらないと言う傲慢か、それとも人の気持ちに無頓着であったのか。
自分で作り出した王国が瓦解しかけていることにも気付かず、若堂は呪詛を呟き続けている。
一方、禁断の壷。
DEEPERたちは、蚊食鳥とレイジが行った若堂への「攻撃」と若堂の反応を分析していた。
325:名も無きDEEPER
やっぱり気になるのが若堂の言動だよな
326:猫男爵
嘘吐きしか信じられないくせに殺すって同属嫌悪ってことじゃないか
327:名も無きDEEPER
>>326
俺もそう思った、自分が嘘吐きだから嘘を吐いてない人は怖いとか
328:名も無きDEEPER
あー、嘘吐きなんてどうせ、危害加えてもいいってこと?
無茶苦茶だな
329:名も無きDEEPER
本物のカラスって何なんだよ
330:名も無きDEEPER
気になってたんだけど、何でこのタイミングで殺し始めたんだろ?
最初から若堂ってツミッターにいるんだろ?
331:猫男爵
>>330
自分もそれを考えてた。
時期とか条件があるのかな。
332:名も無きDEEPER
フォロワー数とか、そういうの?
後は記念日とか?
333:名も無きDEEPER
蚊食鳥が晒してくれた日記には該当する日付はないっぽい
334:名も無きDEEPER
最後の日記、遺書にも見えるよね
死んで本物になるうんぬん
335:猫男爵
うおおおお確かに!
見ようによってはかもだけど。
336:名も無きDEEPER
ハムレットにかけてるんじゃないの?
337:名も無きDEEPER
>>336
それもあるけど・・・結果的にハムレットは目的果たして死んでるし
338:名も無きDEEPER
自分前スレの>>894でここを立てた>>1だけど、
若堂は死んでると思う
339:猫男爵
何でそう思うの?
340:前スレ894
確証は無いんだけど、蚊食鳥とのやり取りで
遠隔的に若堂が攻撃してるっぽかった
あと、フォローしないと干渉は出来ても本格的に殺せないってことは
「繋がり」が無いと制限があるんだと思う
341:前スレ894
よく怖い話で幽霊が「扉を開けてくれ」とか
「部屋に入れてくれ」って言うだろ
異界の者は中の人に招き入れられないと、入れないんだ
一種の結界だって聞いた
342:前スレ894
だから鍵アカの人には、干渉できても殺せないんじゃないか
招き入れられてないんだから
リプライする行為もそうなんだと思う
接触するってことだし
343:名も無きDEEPER
すげー、オカルト板の住人?
344:前スレ894
ただの岩手在住のDEEPERだよ
345:名も無きDEEPER
どうせ遠野出身なんだろあなどれねえ
346:猫男爵
>>345
遠野物語関係ねえよwwwwww
じゃあ死んでるとしたなら対抗するにはどうしたらいいんだ
347:名も無きDEEPER
悪霊退散wwwwww悪霊退散wwwwwwwww
348:前スレ894
あながち悪くないと思うけど。
要は、若堂を「解体」すればいい話だし
349:名も無きDEEPER
ちょっと意味分かんない
350:前スレ894
昔ゲゲゲの鬼太郎で見たんだけど、
ある現象に名前をつけたりすると妖怪になるんだって。
小豆洗いとか河童みたいな。
だからその逆をすればいいんじゃないかと
351:猫男爵
つまりは正体を暴いて白日に晒せば、若堂を倒せると?
352:名も無きDEEPER
弱体化できるってことか若堂だけに
353:名も無きDEEPER
352が見えない
354:名も無きDEEPER
>>353
奇遇だな俺もだ
355:名も無きDEEPER
前スレ894、お前すげーなwwww
でもどうやんの?
356:前スレ894
蚊食鳥と@3lazydogに動きが無いけど、自分は怖いから
2人にやってもらう
自分は手助けが出来そうならする
357:名も無きDEEPER
最強のチキン戦法wwwwwwwwww
358:前スレ894
でも、素性とか正体は蚊食鳥が暴いてるんだよなあ
あと何が足りんのだろう
359:猫男爵
ジャブは入ってるけど、決定的な一打にはなってない感じだよな。
360:名も無きDEEPER
だから本物のカラスって何だよ
361:名も無きDEEPER
>>360
かくいたんがまとめてくれた若堂の日記最初から読め
362:名も無きDEEPER
>>361
いや読んだよ。多分ジャックって奴のことなんだろ
だけど、どの状態を「本物のカラス」って言うんだよ
363:猫男爵
若堂は自分を「本物のカラス」って言ってたよな。
本物のカラスって、単純にジャックのことなのかな。
364:名も無きDEEPER
孤高とかそんなイメージ?
365:名も無きDEEPER
じゃあちやほやされてた状況おかしいだろ
366:前スレ894
ちょっと考えてみる。それで@3lazydogに送ってみるよ
367:猫男爵
>>366
頼んだ。
禁断の壷のやり取りが活発に行われる中、未だファミリーレストランに缶詰の男たちはむさ苦しい状態になっていた。
場つなぎに頼んだシーザーサラダがテーブルの上で萎びている。
それをたまに、キューちゃんが突付いている。
キューちゃんのタブレットをレイジは触れないので、スマートフォンでタイムラインを見ていた。
「蚊食鳥が無事で良かったけど、まだ標的は俺なんだよなあ」
深くクマが刻まれた悪相になったレイジは、細身もあって幽鬼のようだった。
「でもタブレットしか被害遭ってないじゃない。まあ俺のタブレットだけど」
「ごめん」
「若堂のやつ、俺のタブレット壊したら承知しないぞ」
レイジの目には、未だもやもやと黒いものがタブレットの表面を這っているのが映っている。
どうにも触る気になれないし触れば腕が痺れる。
スマートフォンは連絡手段として残しておきたかったので、こちらからの攻撃は今や不可能だ。
頼りの蚊食鳥はまだ動かない。
レイジは、蚊食鳥くらいしか若堂に対抗できる人間はいないのでは、と思い始めていた。
例えばハンドレット。彼は大人で正論を言えるタイプだが、若堂をやり込めるには弱い。
似た理由で愛華も除外だ。
カッサーラはどちらかと言うとサポートタイプだと思う。お醤油タイプと言うか。
タイラーは良い線行きそうだが、気が短くまた短慮と言うのが引っ掛かる。
そうなると、自分の知る限りおちょくりで怒りを受け流しながら的確に攻撃出来るのは蚊食鳥だけという事になる。
しかし、蚊食鳥が若堂の反撃に遭う直前の「攻撃」は少し心が痛かった。
クラスメイトがこっそり書いていた小説を、いじめっ子が取り上げて全員の目の前で読み上げるような。
幸いにしてレイジはそんな目に遭わなかったが、一歩間違えれば自分もそうなっていたかもしれない。
ふと、キューちゃんを見る。
彼はまた愛華やハンドレットと連絡を取っているようだ。
ふんわりとしているように見えて、如才ないところが彼の処世術だと思う。
例えばキューちゃんが若堂に対抗していたら。
シミュレーションをして、駄目だ無理だ、と思った。
彼のあだ名、キューちゃんの由来を思い出したからだ。
パニックになると、相手の言ったことを鸚鵡返しにする。
プラス、本名のもじりから。
Tmitterのアカウントでも未だにちなんだ名前をつけているのを見ると、まんざらでもないらしい。
当の本人はそんなことを目の前で思われているとは知らず、真剣な顔でスマートフォンに文章を打ち込んでいた。
レイジの視線に気付いたのか、聞かれてもいないのに何を話しているのかキューちゃんが教えてくれた。
曰く、若堂の言っているジャックとエドを特定すること。
若堂の生死の確認。
真夜中だが、ハンドレットの人脈で何とかしてもらうらしい。
もし若堂が死んでいるなら、自殺の可能性が高いから記録は残っているだろう、と空恐ろしいことを言う。
「自殺、かー・・・・・・」
半信半疑のレイジの言葉に、キューちゃんが代弁するように反論した。
「いや、最後の日記が遺書っぽいってハンドレットさんも愛華さんも言ってるんだよ。俺もそう思うし」
「まあ俺もそれっぽいとは思ってたけどね」
しかし引っ掛かるのが、自殺していたとして遺書と思われる日記の日付は今から20年程前なのだ。
それまでなぜ何も行動を起こさずTmitterをしていたのか。
そして今このタイミングだったのか、何も分かっていない。
漫然とTmitterを更新していると、不意にリプライがあった。
見てみると、@yanagida-kunioと言うアカウントである。
かなり初期からのフォロワーで民俗学研究を行っていると言う大学生だった。
『@3lazydog 突然すいません。自分なりに若堂の言っていた「本物のカラス」について思ったことがあったのでリプしました』
『@3lazydog カラスはイギリスではアーサー王の化身とか国を守る鳥として大事にされているそうです』
『@3lazydog 他にも太陽神アポロンの使いだとか、死の女神の象徴とか色々あります』
『@3lazydog カラスの王様だと、嘲笑に気付かず虚飾にまみれた王の童話があるようですが』
『@3lazydog 恐らくいい意味で使用しているに違いないので、これは参考までに』
『@3lazydog ジャックと言う人をかなり神格化してるようですね、若堂は』
『@3lazydog ローマだと、孤独の、というよりむしろ、高次元で生きようと決意した者の〈意図的な孤立〉のシンボルだそうです』
『@3lazydog 希望の象徴だとか。鳴声がクラ(明日)と聞こえるからとか』
連投っぷりに少々引いたものの、レイジはすぐさま返信をした。
『@yanagida-kunio ありがとうございます。今若堂に妨害されてますが参考にします』
『@3lazydog 大量に送りつけてすいません。思いつく限り送ってしまいました』
『@yanagida-kunio びっくりはしましたw』
『@3lazydog 自分は本物のカラスとかその辺りがキーワードなんじゃないかと思っています』
『@3lazydog 応援しています。頑張ってください』
頑張ってください。何故かその言葉に、レイジの心臓は跳ねた。
そうだ、自分は何で若堂に対抗しているんだっけ、と思い返す。
死にたくないから。殺されたくないから。
何かを、しかも強力なものを「叩き潰したいから」。
自分の発想に一瞬ぞっとしつつ、快感を覚えているのに気付く。
そうだ、叩き潰してやる。若堂を。完膚なきまでに。
基本ダウナー気味、ツミート傾向も鬱と評されるレイジの胸の中は、静かな青い炎で燃えていた。
珍しい感情。サディスティックなものを孕んだそれは、ただ静かに破壊を望んでいた。
レイジ自身は気づいていないが、その根っこはダーク・フレイヤだった頃と同じものだった。
少年らしい破壊衝動と共に、悪相となったレイジの瞳だけは爛々と輝いていた。




